主人公のいないリゾートで④ 私は駄犬でいたい
浜辺でご主人と鉄血が訓練をしている。棕櫚の木の木陰に寝そべってそれを見ているジョンは人間って大変だなあって思っている。
海岸線でごろんとしていると人間どもの噂話が耳に入ってくる。
どうやらどっかの皇子の噂話らしい。まったく人間は噂が大好きだなと忙しない連中に呆れ果て、駄犬はごろりと寝転がる。
あぁ犬は素晴らしい。ゴロゴロしているだけなのにどっかの子がシャーベットを恵んでくれる。その親切に対して駄犬は愛想を振り撒くだけでいいのだ。
そんな自堕落な駄犬生活に差す陰気な影。日傘を差すしか能のない奴隷女を率いてやってきたヴァンパイアロードが隣に座り込みやがった。
「まさかこんなところに堂々と寝転がっているとはね。随分と探したのだぞ?」
「くぅん」
ジョンはアクビを返事にした。
駄犬には面倒くさい吸血鬼の相手をしてやる理由なんて無いのだ。
「シェルルクだがね、キミの貢物を大層喜んでいる。空いている一席に招くのに不満はないそうだ」
「……」
難しい話は嫌いだ。駄犬の口は餌を食むためにあるのだ。
間違っても革命の話なんかのためにあるわけじゃない。
「ここから北の密林の大地に来ている。よい機会ゆえ引き合わせてやろう」
「くぁ……(アクビ)」
「……キミが私を嫌う理由も理解はできる。だが私だとてマイ・フィアを掠め取られた怒りを呑んでこうして手を組んでいるのだ。歩み寄る態度くらいは示してほしいね」
駄犬が尻尾でぺしぺしとスカーレイクの膝を叩く。
早くどっか行けって感じだ。
「可愛いクラリスの頼みでなければ誰がお前ごときの手助けをするものか。あの娘はお気に入りか? ならば目を離さぬことだ、夜の闇がお前の大切な物を掠め取って隠してしまうかもしれない」
スカーレイクの上半身が粉々になって吹き飛ぶ。
新たに生まれた二本目の尻尾が一撫でで彼を破壊したのだ。
主人たるヴァンパイアロードが砕け散り、だが奴隷どもは慌てもしない。悲鳴の一つもあげない。……そのありようはただの動く死体のようだ。
ヴァンパイアロードの死体がさらさらと砂になって散っていく。
だが気配だけは残っている。
『増長するなよ雑魚が。お前など私の温情で生かしてやっているカスにすぎぬ、分際を弁えろ』
『ようやくしゃべる気になったか。存外的を得ていたのか?』
『……マリアのことを言っているのならお前の好きにしろ。私は二度と大切な者は作らぬ』
『冷たい男だ。あの娘っこが聞けばさぞ悲しむだろうに』
『俗物が』
スカーレイクの気配が薄まっていく。
だが声だけが残った。
『密林の地はドルドム。マッシュという男に声をかけるがいい。銀のガマガエルに通じる道だ』
気配が完全に消えてなくなったのを見届けて、駄犬が再びぺたんと横になる。
あぁ人間の世は面倒くさい。私は犬になりたいと思いながらぐーすか眠り始めた。
◇◇◇◇◇◇
そして幾日からの時が流れ、駄犬は飼い主の頭のうえに寝っ転がりながら旅をしている。
馬を駆っての旅はオージュバルト領内をひたすらに北上。とうとう領境が見えてきた。横断する巨大な山脈によって隔てられた向こうの地はオージュバルトではない。
ランダーギア密林地帯。三方を山々に囲まれた霧けぶる密林の大地だ。
彼の地へと続く大トンネルを丘上から見下ろし、案内人よろしくリリウスが観光案内している。
トンネルの作られた理由とかいついつに完成したかとかそういうどうでもいい観光情報だ。
駄犬がアクビする。
(このタイミングでスカーレイクの指定した土地の迷宮とはな。運命のダーナとやらは私に革命を為せとお望みらしい)
あぁまったく面倒だ、私は犬でいたいのだがなと駄犬が尻尾を丸めて眠る。




