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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
145/362

主人公のいないリゾートで② マリアと子犬と鉄血と

 ホテルはペットOKなのかを心配したマリアであったがベルボーイの兄ちゃんに聞いたら全然問題ないらしい。


「さすがにでかい虎とか狼を持ち込まれたらご遠慮願いますがね、その子くらいの大きさなら全然大丈夫ですよ!」

「へえ、そうなんですね。ちなみに大きな生き物がダメな理由ってなんですか?」

「そんなのがうろついてたら単純に怖くないですか?」


 納得の理由だ!


「ある日マダムからうちの子供が行方不明なんだけどって相談があったとして、廊下で血塗れの靴だけ見つかるなんて僕は嫌ですよ」

「それは納得の理由ですね」

「でしょう? だから人様に害を与えられそうな生き物は常識の範疇でお断りしているんです。まぁ僕らもあまり強くは言えないのでたまに押し切られていますけど!」


 快活に笑いだしたベルボーイの青年の発言が怖すぎる。どうやらこのホテルにはたまにでかい肉食獣のペットがうろついているらしい。

 と思ったが冗談らしい。


「冗談冗談、うちは皇太子様肝入りのホテルなので向こうさんだってそう強くは出られませんよ」


「本気で冷や汗が出たんですけどぉ?」

「いや申し訳ない。冗談は置いておくとしてこの子なら大丈夫ですよ、お前みたいな可愛いやつが人を丸呑みにできるわけないもんな」

「きゃん!」


 ジョン(仮)がマリアの胸の中でごろっと半回転。腹を撫でてもいいよ的な意思を感じる……

 愛くるしさの権化なのでお兄さんも癒されているようだ。


 子犬を抱いたまま部屋に戻ると先に戻っていたリジーが化粧水の瓶を置いて笑いながら走って近寄ってくる。


「なんだソイツ、ジョンに似てんなー!」

「だよねー」


 子犬をリジーに渡すと短い手足でガンバッテよじのぼり、頭の上に登頂した。


「アハッ、こいつも頭にのぼるのかよー」

「子犬って高いところが好きなのかねえ」


 この日はリジーが子犬を抱えて眠った。可愛いの共演であった。


 翌朝は日の出と共に目覚めたマリア。ジョギング用に買った新品の服に着替えているとジョンも起きた。そして自分も行くとばかりに足元をくるくるまわり始める。


「子犬は元気だねえ。来る?」

「きゃん!」


 子犬を連れて朝のジョギングだ。

 あんまり速いとジョン(仮)がついてこれないと思って海岸線を軽めに走る。朝のジョギングは素晴らしい。真夏だというのに風は涼しいし体も目覚める。何より体力もつく。良いことしかない。ナシェカとかは誘っても絶対に来ないけど!


「お前がいると楽しいねえ。このままマリアさんに飼われちゃう?」

「きゃん!」


「ってそうもいかないか。お前の飼い主が探しているだろうしねえ」

「……くぅん」


 飼われたそうな様子である。しかしこいつは誰にでも懐くのでたぶん別れる時も元気に飛び出していくんだろうなーと予期しているマリアであった。野生の欠片もない子犬なのだ。


 ジョギングをしていると知り合い、というには恐れ多い人物が向こうからやってきた。

 ヴァカンス中の騎士団長閣下。すでにけっこうな汗を掻いている騎士団長閣下が唇を歪めて「精が出るな」と言ってきたので慌てて返答する。


「いつも朝から走り込みをしているのか?」

「はい、何事も積み重ねですので! アイアンハート流剣術の教えは丈夫な足腰が一番大事なんです」

「素晴らしいな。俺も常々そのように考えている。ガイウス殿の薫陶がよほどよろしかったのであろうな」


「養父のことを知っておられたのですか?」

「直接は知らぬが調べたことがある。帝国騎士団に在籍していたのは二年や三年という短い期間だが剣豪で知られていたようだな。同期の間からは極北の剣聖と呼ばれていたとか」


 さすがうちのお父ちゃんと鼻高々なマリアである。


「上官の妻と浮気をして騎士団を追い出されたらしいが残念なことだ」


 さすがお父ちゃんと肩を落とすマリアである。

 養父は五十近い今でもバリバリの現役だ。ナニが現役かは言わぬが花だ。


「マリア君も相当な腕前と聞いている。よければ腕を見せてはもらえないか?」

「いやぁ、あたしなんて全然ですけど」

「謙遜…という様子ではないな」

「入学してから打ちのめされまくりでして。ナシェカとかリリウスとかガイゼリックとかクリスとか」


「その四人と肩を並べるほどであったのなら今すぐに騎士団にスカウトしているところだ。当然だが幹部の席を用意する」

「あいつらそんなに凄いんですか?」

「規格外と言ってよいだろうな。俺だとてあれだけの強さに到達したのは幾つの年だっただろうか」

(あ、この人あの四人に勝てる人だ。さすがは騎士団長)


 目の前にも規格外がいたようだ。

 規格外な人物がこんなことを言う。


「よろしい、ではあの四人に早く追いつけるように稽古をつけてやろう。武器種はロングソードだったな?」

「はい。……どうしてあたしの得意な武器を知ってるんですか?」

「調べたからな」


 さらっと怖い発言をした騎士団長が虚空から武器を取り出している。とんでもないことを普通にしているけど騎士団長なら当然かと納得するマリアであった。あのトンデモナイ四人のせいで常識が壊れつつあるのだ。


 放り渡された聖銀剣を受け取る。何故かマリアの得意な長さの剣だったがもはや気にすることをやめた。騎士団長すごいで思考停止している。


 互いに同じ長さのロングソードを手に浜辺で対峙する。

 マリアが流派の構えを取ると騎士団長も同じ構えに変えた。いわゆる八相の構え。八つの斬撃にスムーズに移れる、基本的な構えだ。


 同じ構えで向かい合う。気後れか事実として圧力を感じるのかマリアの額から汗がこぼれだす。


「相手の出方がわからないから安易に打ち掛かれずにいる、といったところか?」

「はい」

「常に訓練の気分でいる馬鹿者よりは良い心構えであるがな。よろしい、こちらから往こう」


 稽古という言葉は実際そのままの意味であり、だがしかしガーランド式戦闘訓練であったのだ。剣術の稽古ではなかったのだ。

 ガーランドがのっそりと歩いて近づいてくる。強烈なプレッシャーにさらされたマリアが慌ててガーランドの肩に打ち込む。聖銀剣が肩を叩き―――ガアン! 弾かれた!?


 即座にマリアの首筋に飛ぶ手刀。寸止めだったが直撃したら首を刎ねる威力があるのはドバっと流れ出した冷や汗で十分すぎるほどわかった。


 マリアがものすごい目つきで己の首を刎ねかけた手刀を見下ろしている。当然だが首を動かせない。怖すぎる。


「とまあこういう感じの訓練だ。どうして俺がマリア君の打ち込みを避けなかったかの説明は不要だな?」

「ええ、まあ、……ノーダメなんで避ける必要がなかったからです」

「うむ、その通りだ」


 美形なのに全然甘さのない、むしろ厳格さしか伝わってこない騎士団長閣下の口から教えがドバドバ噴出する。


「本当に何故かは不明だが稽古だと言っているのに何故か一発打ち込んだ方が勝ちだと考えている馬鹿者が多すぎるのだ。勝利とは打倒を意味し殺せる威力を打ち込めて初めて勝利と言える、そうは思わないか?」


「もしや魔法は禁止だと考えてやいまいか? 当然だが稽古ではどんな方法を使ってもいい、戦闘技能とカテゴライズされる手法であればどんな方法も許される。それこそが勝利を勝ち取るちからを養う稽古の本意なのだ」


「さすがに朝食に毒を仕込んでおく等の方法は意義を失うので禁止させてもらう。恋人や家族を人質に取る等の手法もだ。故意に殺害を目論むのも困る。実力向上が目的なのに騎士どうしでの殺し合いは国力低下の一因になる。それは本当にやめてほしい」


 お稽古のはずなのに禁止事項が人倫にもとる悪行だけだ……

 ガーランド式訓練の激しさが説明だけで伝わってくる。現役の騎士どもが悲鳴をあげ、治癒の奇跡を修めた衛生兵見習いが常駐する理由がありありと伝わってくる。


 マリアは思った。


(軽い気持ちで稽古にのったのは間違いだったかも……)

「以上を踏まえた上で再開しよう。とりあえず今日は俺から一本取れたら終了とする」


 軽く告げられた終了目標がどれだけ困難なのか、マリアはすぐに思い知ることになる。

 この男の防御力を突破する方法がマリアには無いのだ……



◇◇◇◇◇◇



 訓練二日目。疲れたので今日は訓練サボろうかなって考えてたら騎士団長が部屋まで迎えに来た……

 訓練三日目。逃げようとしたらつかまった……

 訓練四日目。またつかまった。


「技量は悪くない、目もいい、だが闘争への没頭が足りない!」


「訓練の意味を複雑に考えるな。だが思考停止は許さん。どうすれば目の前の敵を殺せるかを考え続け実行しろ!」


「むっ、日が暮れてきたな。よろしい本日はここまで! 思うにマリア君に足りないのは殺意だ。メシの時も寝る時もただひたすら敵を破壊する方法を考えるのだ。毒を使わず人質も取らずにどうすれば俺を殺せるかに没頭していればこの程度の稽古、明日にもクリアできるはずだ!」


 訓練は日を追うごとに激しくなっていった。最初は手抜きでロングソードを使っていた騎士団長だったが三日目からは愛用のバスターブレードに切り替えている。刃が五メートルもある超特大の両手剣だ。しかも材質がオリハルコンくさい。


 掠っただけで肉体が破裂しそうな斬撃を掻い潜って接近戦に持ち込む。正直この時点でちょっぴり勝てたかもって思ったけど騎士団長は甘くなかった。あろうことか特大剣を捨てやがったのだ。


 渾身のオーラぢからを込めた斬撃を片手で受け止められ、もう一方の手で首を掴まれる。


「あ…あれ……?」

「君は筋がよい(ニッコリ)」


 鉄血もにっこりの攻防だったようだ。満足してもらえたかなーって思っていると……


「今の動きを忘れない内にもう一回やるぞ(ニッコリ)」

「あ、あのぅ、休憩したいなーって……ダメですか?」

「君のためを想って言っている(ニッコリ)」


 マリアも気づいた。


(この人まさかこの不自然な笑顔で人がやる気を出すと思ってるんじゃ……)


 ガーランドも時に反省する。そして学習する。厳しさだけでは人は付いて来ない。

 どれだけ目をかけても逃げるやつは逃げていく。何が原因だろうかと考え、至った。


 口調を優しく改めてみよう。不機嫌そうな面はやめて笑顔を作ろう。訓練内容を変えたら意味がないから他の面で優しくしてやろう、と。


 的外れとは言わないが……

 言わないが……


 そこではない。そこではないのだ。


「嫌だああああ! この人絶対あたしを殺す気だあああああ!」


 逃げ出したマリアであったが秒で頭を掴まれて逃げ出せない。


「君は逸材だ。素質がある。さあ訓練に励もう」

「嫌だああああ!」


 泣いても泣き喚いてももう無理ですって言っても絶対にノルマだけは譲らない。さすがに食事の時間と日暮れだけは許してくれるけど他は絶対に譲らないガーランド式訓練から逃げ出すことはできない。……そんなのはリリウスがずっと前から失敗し続けている。


 夕暮れがやってきて、ようやく五日目の訓練が終わりを告げた。


「日毎に良くなっている。この分なら一年もすれば十分な腕前になるであろうな」

(今後一年間毎朝迎えに来る宣言じゃないよね!?)


 いやまさか。お忙しい騎士団長閣下がまさか。まさか……

 ありえないとは言い切れない……


 高笑いと共に去っていく騎士団長閣下の背を呆然と見送るマリアががっくしと四つん這いになった。優しいのは手をぺろぺろ舐めてくれるジョン(仮)だけだ。閣下は言葉は優しいけどあれは偽装だ。本質的に鬼教官なのだ。


「ダメだ、死ぬ、明日には死んでる自信がある。……逃げなきゃ」

「くぅんくぅん」

「ジョン、あたしと一緒に逃げてくれる?」

「きゃん!」


 こうしてマリアとジョン(仮)のリゾート脱出計画が始まった。

 大丈夫だ、リゾートの外まで逃げれば追ってこないの精神だ。……本当に追ってこないと言い切れないのが怖い。


 ホテルに書き置きだけ残し、いざ帝都へって駆けだしたマリアの下に、空から赤毛のモヒカン男が降ってきた。

 超格好いいヒーロー着地を決めた赤モッチョが叫ぶ。


「帰ってきたぜ、リゾートにな!」


 そしてこっちを見て、彼にしては本当に珍しいことに……


「おわぁっ!?」


 変な悲鳴をあげた。

 ジョン(仮)に本気で驚いている。どんな反応だよと思いつつもこいつの顔を見ていると腹が立ってきた。人様を殺人犯予定呼ばわりして逃げたやつだからだ。


「あんたねえ、あたしを殺人犯呼ばわりして逃げるなよ。あの後の空気ひどかったんだからね!」

「いやぁ、めんごめんご」


 軽い!

 軽薄すぎる様子でペコペコ謝るリリウスは何を言ってもヘラヘラと切り返してくる。マリアが最近の理不尽なお稽古の怒りも込めて色々文句つけてるのにヘラヘラしてる。


「あー、でもそっかそっか。そいつは都合がいいな。リゾートから出る理由ってほとぼりを冷ましたい感じだよな?」

「そうだけど」

「じゃあ他のみんなも誘って迷宮にでも遊びにいかね?」


 マリアが途端にイヤそうな顔になる。


「馬鹿と勇者にはなりたくないんだけど」

「いやいやあの地獄の迷宮とはちがってもっと簡単なところだよ。ドルドム迷宮って知らない、こっから北に行ったところにあるド田舎のドルドム」


 ニコニコしているリリウスの笑顔がなぜかお稽古で無茶ばかり言うガーランドとよく似た胡散臭い笑顔に見えて仕方なかった。


「やめと……」

「何でもするって言ったよな?」


 立ち去ろうとしたが両肩を掴まれて逃げられない。くっ、この男のやり方!

 ガーランドと一緒だ!


「何でもするって言ったよね?」

「うっ、押しが強い……」

「ダイジョウブ! 危なくなったら俺が何とかするからさ、ほんとに何も企んでないからさ!」

(聞いてもないのに企んでないとか言い出した!)


 完全に何か企んでるやつの言動だ。そんなリリウスがBBQパークの手伝いのためにホテルから出てきたみんなに話をつけはじめた。新調した装備で腕試しをしようぜって感じで言い含めている。……ウェルキンやエリンは根が単純なやつらなので疑ってもいない。


 で、最後にリリウスが片手でむんずと摘まみ上げたジョン(仮)に言う。


「お前は遠慮してくんねえかな?」

「きゃんきゃん! きゃんきゃん!」

「え、来るの? マジで? う~~~ん、余計なことしないって約束しろよ?」

「きゃん!」


 なんでこいつは子犬とバチバチに睨み合っているんだろう……?


 みんなはもう迷宮モードだ。聖銀で揃えた新装備でどこまでやれるかっていう話に完全移行している。楽しそうにワイワイしている。こうなるとマリアも今更行きたくないなんて言い出しにくい。


(はぁ、もうどうにでもなーれ……)


 マリアの意思など関係なく、リリウスが黒幕の青の薔薇捕獲大作戦が始まってしまうのだった。

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