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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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主人公のいないリゾートで① 予言者は白を求めて

 ガイゼリック・ワイスマンにとって装備とは術の威力を高める補助具でしかない。


 彼にとっての最大の武器は繰り返してきた時間の中で磨き続けた術法であり、基本的に被弾は想定していない。

 探知からの先制制圧攻撃or潜伏魔法による戦闘回避。強敵には契約精霊を前衛に並べての魔王術による凶悪な遠距離砲撃戦術。


 魔導師のバトルスタイルは現代に到るまでの歴史ですでに検討され尽くしている。

 トライブ七都市同盟が提唱する魔導兵団こそが現代における最適解。大勢の魔導師のちからを根幹術者に託し、魔導兵団という一個の強大な魔導師となって戦場を蹂躙するスタイルだ。

 恐るべきちからを持った魔導王は要らない。集団のちからは絶大なる個人を凌駕する。


 だがガイゼリックはあえて古代のスタイルに拘った。繰り返される時の輪を勝ち抜くために欲したのは集団ではなく個の強さだ。

 太陽の王家に代表されるこのスタイルは強力な分、個としての消費が激しい。……連戦に弱いのだ。

 当然だ。現代魔導は太陽の超人を倒すために生まれたのだ。太陽の超人と同じスタイルでは騎士団のような統率の取れた軍勢に敗北するのだ。


 だからガイゼリックはさらに時を遡った。そして到達したのは古代の魔導王のスタイル。

 遥かな古代において魔法を操る者は王であり、その絶大のちからをもって軍団を率いていた。恐怖をしいて強い亜人種を武装させて前衛に並べて身の回りにはさらに強力な精霊を置き、後方から魔法を打たせて自らの身の安全と無駄な消耗を抑える。


 王の闘法こそがガイゼリックのバトルスタイルであり、奇しくもその完成形は最初から彼の記憶の中にあった。

 アシェラ神の闘法こそが彼がたどり着いたバトルスタイルの究極形であったのだ。


 そんなガイゼリックが珍しく武装を整えている。


 常用している月読の衣 魔法抵抗力+20000

 天照の腰帯 魔法抵抗力+15000

 音置きのブーツ 敏捷性+4000(上限値4000)

 ダナンの三本目の銀の腕 追加武装+1

 深淵竜の竜顎 魔法攻撃力18000の吐息を放つ

 ゼナスの巻頭衣 物理防御力+8000

 ニケの茨のサークレット 幸運+200

 ちからの指輪×10 魔法力+4000×10

 禁鞭 概念系必中物理攻撃力6000の28回攻撃

 麒麟刀 雷撃属性を纏った物理攻撃14800


 本気モードの完全武装だ。ほぼ特級の神器で揃えている。所有していることがバレたら世界中の大富豪と神殿から刺客が送られてくるレベルの品ばかりだ。……聖銀竜でも倒しに行く気だろうか?


 貸し衣装屋の地下室から出てきた弟の重武装を見て、ルイーゼ姉様が目をパチクリしている。


「ねえリック、そんな格好してどうしたの。まさか馬鹿と勇者になるつもりじゃないでしょうねえ……?」

「あの迷宮は困難なわりに旨味が少ない。もう凝りましたよ」

(わぁ、それってもう勇者になってる人の発言じゃないのー)


 どうやら可愛い弟はとっくに勇者の試練を乗り越えていたらしい。

 ラタトナ海底城は生きて帰って来られた時点で勇者を名乗っていいレベルの過酷な迷宮である。さすがに何の戦利品もなく手ぶらで戻ってきたやつは馬鹿認定となるが、旨味が少ないというからには何かしら持って帰ったのだろう。


「うんうん、賢い弟で嬉しいわ。それでどんな無茶をやらかすつもり?」

「先日とある可能性を示されましてね。事象の亀裂に潜ろうと思います」


 ルイーゼが首を傾げる。聞き覚えがない。

 ルイーゼが記憶を手繰る。やっぱり全然聞き覚えがない。


「ナニソレ?」

「この世界に刻みつけられた事象がランダムに再現される不可思議な場所です。そうですね、例えばそこでは過去の英雄と戦えます。かつて存在した強大な魔神も出てきます。神と呼ばれるモノどもでさえ再現されるのです」


 ルイーゼ姉様が想像する。想像したけどイメージができたとは言えない曖昧な感じになった。余りにも荒唐無稽な話なので想像の途中でフィクション小説の話だと思ってしまったのだ。


「じゃあアルマンディーネにも会えたりするのかしら?」

「運がよければそのような奇跡もあるかもしれませんね」


 ちなみにアルマンディーネとは魅了の顔を持つ絶世の美男子に恋をした女神と云われており、禁じられた恋の果てに主神オーディンから天の牢獄に囚われてしまったという神話がある。


「奇跡が起きたら一枚撮ってきてね。楽しみに待ってるわ」


 響き渡るシャッター音。

 エストカント市製のポラロイドカメラ(アルフォンスを拝み倒して買い取った!)から一枚のフィルムが出てきて、ガイゼリックが写真にキスをする。


「そのような手間を掛けずとも麗しのアルマンディーネなら眼前におりますよ」

「ばかね、きちんと帰ってきなさいって意味で言ったのよ」


 でもルイーゼ姉様も嬉しかったのでハグをしてあげた。ちっとも喜ぶ様子がないのは可愛くないが弟は昔っからこういう子だ。大人びているというか達観している。冷たいわけではないけど微妙に塩対応だ。


 最初は拾われっ子なのを気にして遠慮しているのかな~って思ってたけど、最近は自分の扱いに慣れているのかなーって思い直してきた。……弟には何かとんでもない秘密があるってのは知っている。


 弟はたまにこうして重装備で出かける。しばらくしたら戻ってきて何食わぬ顔をしているけど、よく見ればあちこちに傷痕があったりする。幸い大怪我をしているところは見たことがないけど、まだ見たことないってだけだ。


 弟はきっと大きな使命のために戦っている。たぶん自分には何も手伝えない。学院生の頃は模範生徒の会の会長やってたしそれなりの実力はあるつもりだから分かってしまう。自分じゃ何もできない。

 だからルイーゼは可愛い弟が戻ってきた時に精一杯の笑顔で構ってあげて、元気にしてあげようって決めている。彼が自分の意志で戻らないと決めた時は泣かないであげようって決めている。


「きちんと帰ってくるのよね?」

「夏季休暇の間に、と確約申し上げることはできかねますが。帝都の屋敷になら寮に戻る前に一度顔を出しますよ」

「それならいいのよ。帰ってきてくれるのならそれでいいの」


 聖母のごとく優しく微笑みかけてくるルイーゼ姉様を見つめながらガイゼリックは思った。


(変な物でもお召しになられたのだろうか?)


 姉の心配を鬼の霍乱と読んだカワイクナイ弟であった。


 まさかクラーケンじゃないだろうなー、と思いながら貸し衣装屋を出ていく。あれは妙な中毒性があるから危険なんだがなー、と思いながら歩いていく。


 リゾート内では夜渡りのような特定位相潜航タイプの特殊移動方法が使えない。帝国の敵対国家であるイル・カサリアの神兵どもの得意技であるためだ。使えば結界に衝突してダメージを負うのだ。

 リゾート唯一の入り口であるゲートから出ていく。守備につく騎士から重装備の理由を聞かれたので咄嗟にクラーケンを狩りに行くと答えておいた。


「うまく狩れたのなら是非とも一切れ分けてほしいね」

「まず不可能であろうが期待せずに待っていてもらいたい」


 気さくに笑って別れてから夜渡りで空間跳躍。ドルジア帝国周辺の位相空間には遥かな古代に仕掛けられた設置罠があちこちにあるので、安全だと分かっているルートを経由して目的地を目指す。


 一枚の扉を潜るような感覚で何度も景色が変わっていく。

 山の頂上。森林の中。秘された墓所の屋根。異国のような見慣れぬ町。どこかの温泉郷。


 最後に、氷壁に覆われた冷たい谷底。あまりの冷気に肌が強張るのを感じながら封印洞窟を自由落下で落ちていく。

 暗闇を落ちていく予言者の手には真っ白い剣の神器がある。


「正しい所有者でなければ抜けぬのだと考えていたのだがな……」


 時のシュテリアーゼは未だ真の姿を露わにしていない。

 この滑らかな刃は刃ではなく鞘なのだ。ゆえにこのまま使っては打撃武器。……触れた対象を消失させるという点において打撃と表現するのはおかしいが。

 このままでも異例なほどに強力な神器にも関わらず未だ鞘から抜けていない。……どうあっても抜けないのだと信じ切っていた。


 だが可能性が示された。


「もしこれが二つで一つの姉妹剣であったなら。もし二つ揃わねば真のちからを発揮しない類の神器であるのなら」


 ガイゼリック・ワイスマンは武器には拘らぬ男だ。信じるべきは鍛えぬいた己のマジックスキルのみ。

 だがこれほどの神器とあれば真の姿を見たいと思うのは自然なことだ。


「白と時を揃えて何が起きる? ククク…面白いな、まだ俺の知らないことがあるのか、まだ俺を驚かせてくれるのか。ここまで胸が高鳴るのは本当に久しぶりだ」


 予言者が闇の底に落ちていく。

 例えそれが死へと続く一歩だったのだとしても彼は後悔だけはすまい。きっとその最後は笑い狂いて果てているのだから。

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