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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
143/362

青の薔薇を捕まえろ 下準備③

 ここはストラの光無き暗所。不規則に設置された階段と階段が交錯するここはまるで迷宮のよう。

 求める女の姿は無い。まるで闇にさらわれて隠されてしまったかのようだ。


 焦燥が吐息となって漏れ、駆けるサムライの呼吸を乱した。


「トゥール、どこだ! トゥール!」


 叫んだ妻の名さえも闇に隠れて消えていく。

 返答はない。行方も知れない。確かなのはこの地下のどこかにいることだけ。……オルテガ・ドルドムはさらってきた女を遺跡の地下に囲っている。長い潜伏活動の果てにようやく掴んだ情報だ。


 やがて光が見えてきた。墓所に転がる一本の松明が照らすそこに息絶えた女が臥せっていた。

 両腕を鎖で縛り上げられ、無残にもくるぶしから下を切り落とされた女と、彼女を抱いてすすり泣く巨漢。……巨漢は聞き分けの無い子供のように泣きじゃくっていた。


 一目ですべてを察したサムライが刀を掲げる。


「我が妻の仇、散れ」

「仇…かたきか? 俺が? ……もうどうでもいい、もうこんな世の中はうんざりだ。殺れ」


 一閃が閃き、ことりと落ちた首へと走った草鞋による踏みつけが落ちたトマトみたいにぐちゃりと潰した。


 仇討ちを終えたサムライが妻の遺骸を抱き入れる。

 もっと早く来れていたら。もっと早くここだとわかっていたのなら。もっともっともっと、後悔ばかりが嗚咽と共に流れ出す。もっとだ。もっと早くに助けに来られたのならこんな結末にはならなかったのに……


 聖女…否、いまは勇名もなきただのマリアは滂沱と泣き暮れるサムライの背を見つめ続けることしかできない。

 彼に掛ける言葉などありはしないし彼もまた何も望んでいなかった。今はただ亡き妻を静かに想う時間があるだけでいい。


「真田さん……」

「すまねえ、せっかく助太刀してもらったのにすまねえが今は放っておいてくれ。こいつと二人にしてくれ」


 かつん、と硬い足音が聞こえる。

 かつん、かつん、と軍靴が近づいてくる。


 闇の中でも仄かに青白く輝く銀の仮面が二つ。醜いヒキガエルを模した矮躯の仮面の者。雄々しい狼を模した仮面の者。彼らが残念そうにため息をつく。


「殺したか。物の価値のわからぬゴミどもめ、せっかくの宝玉を壊すとはな……」


「イヒヒヒ! せっかくのオーヴの死体、使わぬ手はあるまい」

「脳の腐れた奇跡の担い手に価値などあるものか。燃やしてやれ、それが慈悲だ」


 燃やせ、それがサムライの手にちからを取り戻させた。

 勝手な言い分を唱えるクソどもを殺せ。そのために再び立ち上がるちからを得た。


「ごちゃごちゃうるせえな。てめえらもオルテガの仲間か?」

「哀れな。何も知らずに此処まで入り込んだか。そんな体たらくだから妻を救い出せなかったのだ」


「―――散れ、赤花楼」


 一瞬の交錯と舞い散る血しぶき。胸を打たれたサ/ムライが二つに分かれて石の床に落ちていく。


 マリアが動く。剣を振り抜いた狼の銀仮面へとせめて一太刀と斬りかかり、だが胸を蹴られて迎撃された。壁に背を打ち悶えるマリア。痛みで視界は歪み、意識が遠ざかっていく。


「イヒヒヒ! こっちのサムライは使えるがその娘は要らんなあ、我が死霊兵の列に加えてやる気にもならぬ弱卒だわい」


「下劣な死体漁りめ。目的が済んだのならとっとと消え失せろ」

「つれぬ男よな。まぁよい、ワシも忙しい身ゆえな」


 視界が暗転していく。黒く染まっていく視界の中で血が二つの線を描き、ずるずると重たい何かを引きずる音だけが聞こえている。


 死んだかな。そう思った時だ。眼前からハッキリと声が聞こえてきた。


「見逃してやる」

「ど…して?」

「これに懲りたら火遊びはやめるのだな。……お前は光の世界に居ろ」


 声が遠ざかっていく。


「ま…って……! にげる、つもり?」

「追いたければ追ってこい、だが二度目の慈悲は無いと知れ。我が名は銀狼卿シェーファ、次に会う時がお前の終わりだ」


 気絶したマリアが再び目を覚ますのはドルドムント市の衛兵詰め所となる。行方知れずだったマリアを捜索していた学院の友人達に囲まれて事の顛末を報告したマリアは、そこで初めてあの銀仮面の二人が革命義勇軍の統率者だと知る。


 これが正史。このドルドムでこれから起きる出来事だ。

 で、これから俺がどうにかする問題なのさ。



◇◇◇◇◇◇



 俺の眼前でトキムネくんが土下座している。胡坐を掻いたまま頭を木目の床にこすりつけ、微動だにしない。彼のこういう潔さだけは感心するぜ。普段は威勢がいいくせに謝らなきゃいけない時だけは見誤らないもんよ。


「リリウス様ァ、お借りしたおかねはいずれきっちりお返しします! ですが今は、今はちょこっと待ってください!」


「いや、別にいいんだよ。トキムネくんに貸したおかねが戻ってくるとは考えてないし俺の中であれはあげた判定だから」

「リリウス様……!」


 トキムネくんが顔をあげる。顔をあげていい空気になったら恥も外聞もなく顔をあげる。トキムネくんなら常識だ。……どこまでも俺に似てるんだよなこいつ。


「でも俺がトキムネくんの弟分ってどういうことなの?」


 マジで驚いたぜ。トキムネくんの子分どもが騒いでいたんだが、どうやら彼らの中では俺はトキムネくんを慕っていて、まだ冒険者になりたての頃に大変なお世話になっていたらしいじゃんよ。


「Gランの頃からトキムネくんにはお金ばかり貸してたよね? 酒場のツケも払ってやったしおでん屋も何度もおごらされたし……あれはマジでビビったぜ、自分から誘っておいて財布忘れたから代わりに払ってくれだもんな」


 トキムネくんの上がった頭が下がる……!

 下がってまた地面に着地した。本当に安い頭だな。


「その次はなんだっけ? 前は払ってもらったし今回はオレのおごりだとか言っておいてまた財布忘れたんだよな。お前の財布どんだけ存在感ないんだよ。むしろ世話をしてたのは俺なんだけど?」

「いや、その、あれは……子分どもの前でついイイ格好したくて」


 なんて小さな理由で嘘をつく男なんだ。

 でもこれがトキムネくんだわ。俺とユイちゃんから心底見下げ果てられてたグランナイツの斬り込み隊長だわ。


 ちなみにリコちゃんはトゥールちゃんに頼んで外で遊んでもらってる。理由は武士の情けだ。立派かどうかはともかく父親の頭を下げる姿なんて見たくはないだろ。


「俺も鬼ではない。トキムネくんの尊厳を守るためにその小さな嘘に乗ってやる。お金だって返さなくていい。だからこれでこの話はおしまいだ」

「お…おう、ありがてえんだが」

「でも感謝だけは欠かすなよ?」

「リリウス様の寛大さに涙ちょちょぎれまくりです!」


 即座に調子に乗りそうな気配を察したからけん制だけはしておいたぜ。

 トキムネくんのこと別に嫌いじゃないけど調子にのってる時の不快指数ハンパないんだ。


「よろしい。で、さっきの騒ぎはどういうことだよ。借金か何か?」

「ん? あぁ、まあ話せば長いんだが……」

「短くする努力はしろよ」

「わーってるよ。この村には借金があるんだよ」


「不作の年に領主家から借金をしたとか?」

「それもある。が、一番でけえのは開拓資金だな」


 詳しく聞くと納得というかよくある借金だ。

 領主家はたまに領地の内外にこういう御触れを出す。


『新しい村を作ります。希望者はドルドム男爵家まで名乗り出るかお近くの衛兵詰め所まで』


 以前村があったけど今は廃村になってるとか、開拓が面倒で放置してきたけど資金を工面できたから開拓に乗り出すとか、そんな理由で領内に新しい村を作る計画だ。

 村が増えれば税収も増える。領主家が行うべき事業の一つが開拓村なんだ。


 開拓に掛かる費用の扱いは計画によってマチマチだ。全額領主家負担で返済の必要なしという好条件もあれば、掛かった費用の何十パーセントを何十年分割で支払いという普通の条件とか、生活基盤が成り立つまでの食料支援や職人の手配なんかの開拓の面倒は見るけど後で全額返済しろっていう悪い条件もある。

 まぁ条件が悪いと人が集まらなくて計画倒れの恐れもあるから普通はそこそこイイ条件で人を募る。他家の領地から人を招く場合に悪条件を出しちゃうと他家から文句を言われるしね。無礼なやつだと思われちゃうしね。


 元をたどれば二十うん年前のことだ。オージュバルト辺境伯家とランダーギア密林地帯の間にある山脈トンネルを掘るために大規模な公共事業が発布されたんだ。これがけっこうな高賃金だったらしく帝国中から大勢の人が集まったんだってさ。

 土系統が得意な魔導師うん百名に加えて大勢の工員が集まって三年の歳月をかけてトンネルが完成。ご祝儀も貰って工員もウハウハだ。


 三年だ。三年はあまりにも長い時間だったのだ。工員の多くは地元に戻ったが一部はこっちの残りたがった。というのもこっちでカノジョが出来たり結婚したり子供ができたやつがいたってわけだ。……まぁこの辺も公共事業の目的の一部だったんだろうな。


 オージュバルト戦後に新しく興った七つの領主家、こいつらと工員の利害が一致した結果ランダーギアの大規模な開拓が始まったんだ。

 この密林のあちこちにはこの時にできた村がけっこうあるらしい。今ではもう廃村になってるところも多いけど、エンズ村は生き残った側だ。


 まぁ簡単に言うとトゥールちゃんのご両親はこの地で出来婚して定住者になったんだね。


「開拓資金の返済かあ。幾ら残ってんの?」

「約三百テンペル」


 思わず飲んでたお茶でむせちまったわ。


「金貨三百枚だと? どんな計算だよ、ボッタクリだろ」

「計算は合ってるらしい」

「マジ?」

「不作の年に借金をして食料を買い込んだりな。最近は特に悪くて借金続きだったらしくてな……」

「そんな村」


 そんな村捨てちまえよ、と言いそうになって咄嗟に言葉を呑み込む。

 そんな言葉を吐けるのは俺が無責任な余所者で、村での暮らししか知らない農民ではないからだ。ちょこっと暴力が得意なだけの冒険者が偉そうに一か所に根付いて頑張ってる方々を馬鹿にするのは流石に配慮に欠ける。


 が、トキムネくんも同意見だったらしい。


「オレも思ったよ。そんな村捨てて余所に行った方がいいだろって。……でもよ、こんなダメダメな土地でも一所懸命に守り抜いてきたトゥールの親父さん達にそんなこと言えるわけがねえだろ」


「トキムネくんクソ馬鹿野郎だけどそういう優しさだけはあるんだよね」

「てめえ、オレが金を借りてる弱い立場だからって何でも言っていいと思ってんだろ」

「思ってるよ」


 冗談だ、冗談。だからその拳をおろせ。

 わるかったってば。


「自分達の暮らしも楽じゃねえってのにこの村の人達はアルテナ神殿に入りたいっていうトゥールのためにカンパ金を出してくれたんだよ。そんな人達が困ってるってんだ。オレが一肌も二肌も脱ぐのは当たり前だろ」

「トキムネくん……」


 何だよマジでいい理由じゃん。

 お前のことはマジのカスだと思ってるけど時にこういう熱いところがあるから見捨てられねえんだよな。


 さて、一応聞くには聞いたが確認はしておこう。

 ここまではまっとうな理由があるように聞こえたが実際の裏事情を知ってる身としてはね。一応ね。


「で、この村の徴税は何割なんだよ」

「八割だ」


 地獄のような税率だな。廃村が多い理由はここだろ。

 いや、廃村が増えて税収が下がったからこのクソみたいな税率なのか? 死ぬわ、実際詰みかけてるし、つーか実際に詰むんだし。


「で、今ある収穫分を八割税として毟り取られて残った分で幾ら払わなきゃいけないって?」

「滞納分も合わせて77テンペルだ」


 無茶すぎるだろ。平地にある大きめの農村の一年の収穫でも足りない金額だ。八割も毟り取っておいてこれを支払えって鬼かよ。


「無理じゃね?」

「今年の返済の目途はつけてある。ここは迷宮のある土地でオレは冒険者だ、不可能な金額じゃねえよ」


 やるねえ、さすがは金と色にはだらしないけど腕は一流のトキムネくんだ。

 しかも今後の事も考えて村の若い衆を鍛えて村の防衛力強化と困った時に迷宮に出稼ぎに行ける体制を作っているんだそうな。


「トキムネくんやる時はやるよね」

「へっ、可愛い嫁さんと娘のためだ。やるに決まってんだろ」


 トキムネくんカッコイー。

 でも一か月か二ヵ月後に妻を奪われて、ドルドムで現地ゲリラになるんだよ。おそらくは問題の根幹を理解していないせいでそうなる。


「で、問題の根幹を理解してる?」

「ああん、借金だろうが」


 はいアウト。


「問題の根幹はオルテガがトゥールちゃんを欲しがってる部分だ。おそらくだが支払いに失敗する」


「は? いや待て待て待て、オレはきっちり77テンペル稼ぎ出したぞ。少し余裕もあるくらいだ。失敗ってなんでだよ」

「何でってのは理由にならないんだよ。土地の領主家の人間が女を欲しがったのなら必ずそうなる。例えばトキムネくんが留守の間に山賊に扮した兵隊が村を襲って返済金を盗み出すとか、書類を書き換えて返済額を倍増させるとか、払える払えないは問題じゃないんだ。むしろ払えてしまえるからこそ乱暴な方法を取りかねないんだ」


「……マジな話なんだよな?」

「マジだから助けに来てやってんだろ」

「助けに? 何でだ?」


 マジでわかってない顔をするなよ。

 本当に馬鹿だなこいつは。


「ラトファとバトラ兄貴からもお前とトゥールちゃんのことを頼まれてる。俺だってそうだぞ。短い間だったけどおれだって仲間グランナイツの一員だったからな」

「ったく、お節介な連中だぜ……」


 悪態をつきながら涙を流して鼻水をすするトキムネくんマジツンデレ。

 じゃあ情報公開といこうか。


「オルテガがトゥールちゃんを狙ってるのは純愛だけど狙ってるのは一人じゃねえぞ。ドルドム三兄弟全員が狙っている」

「お…おい」


 この程度で動揺するなよ。まだまだあるんだぞ。


「次男のマッシュが帝国革命義勇軍と手を組んで連中の潜伏地として廃村を提供している。この村も潜伏地の候補として狙われているんだぞ」

「なっ、なにぃ?」

「だから払える払えないの問題じゃないって言っただろ。どんな手を使ってでもこの村を潰すつもりなんだよ。で、こっちが潜伏先に使われていると思われる廃村の地図な」


「なんでそんなもん持ってんだよ……」

「ここ二十年うん年分の地図をギルドからかっぱらってきたんだよ。こっちは領主邸の見取り図。出入り業者のリスト。三兄弟の懇意にしている娼館。青の薔薇との連絡方法」


 書類を一個投げては次の書類を確認してまた投げる。

 どっさり積み重なった書類の山を見てトキムネくんが狼狽えている。


「お前マジだな」

「おう、ここまでやって初めて領主家と戦争ができるんだよ。逆にここまでできないのなら尻尾を巻いて村人全員で夜逃げするべきなんだよ」

「はっ! そうだな、そりゃあそうだ!」


 トキムネくんにいつもの調子が戻ってきたな。

 こっちに着いてから終始シリアスな顔をしてやがったこいつがさ、勝ってる時だけするあの調子こいた面に戻ったんだよ。最高の勝ちフラグだな。


 胡坐を掻いた膝をバンバン叩いているトキムネくんが勝利を確信した面で言うぜ。


「頼もしいぜ弟分!」

「おうよ兄貴分! こっちを手のひらで転がしてる気分でいるクソ野郎どもにぶちかましてやろうぜ!」


 見せてやるよ圧倒的な勝利ってやつを。

 ぶちかましてやるぜ帝国にリリウス・マクローエンの全力を。


 まずは帝国革命義勇軍、てめえらを根っこから引きずり出してやる!

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