青の薔薇を捕まえろ 下準備②
どうかもう許してくださいと泣いて謝るギルマスのおっさんから聞き出した情報によるとドルドム男爵には三人の息子がいるらしく、これがまたしょうもないドラ息子なんだそうな。
長男のガイアは脳みそを母親の腹の中におっことして生まれてきたような乱暴者らしい。ドルドム兵団の団長をやってるんだがまぁロクデモナイ男で女遊びが大好きらしい。
次男のマッシュも頭の中が空洞なんじゃないかってくらいのバカの乱暴者らしい。ドルドム兵団の副団長をやってるらしいがこれがまた長男に輪を掛けたロクデナシで、仕事もせずに娼館に入り浸ってる女好きらしい。
三男のオルテガなんだがこいつも母親のお腹に脳みそと品性を置いてきたクソ馬鹿野郎で取り得は暴力だけ。その癖に自分は他の兄弟よりマシだと思い込んでる馬鹿野郎なので余計に性質が悪いんだそうな。そして女遊びが大大大好きで領内の村に押し込んでは気に入った女を手籠めにしているんだそうな。
なんかもうすげえな。三兄弟が全員同じ属性だよ。むしろ仲がいいんじゃねえのこいつらって思うかもしれないが兄弟仲はバチクソ悪いらしい。同族嫌悪かもしれんな。
で、ギルマスさんはギルドに来た陳情を裏でもみ消しては男爵家からおこぼれを頂戴しているらしい。そのおこぼれってのが女だ。……想像の何倍もしょっぱい共犯関係で逆に驚いたよ。
ギルマスさんにはとりあえず不能の呪いを刻み込んでおいたわ。
賢者のような澄み渡った心で勤労に励んでくれることを願うわ。俺に対して誠実であれば三年で解けるって言っておいた。本当は解けないけど希望のある三年間は真面目に仕事をしてくれるはずだ。
そして俺は領都ドルトムントの近くにあるドルドム男爵邸を遠くからこっそり観察している。俺くらいの暗殺者になると外観から内部構造がわかるんだよ。
あー、窓の間隔が不自然なところがある。あそこは隠し部屋だな。
隠し通路もあるな。三階と四階の合間が離れすぎている。たぶん隠し階というか抜け道だな。
川から侵入できる隠し水路もあるな。用途としては逃げ道なんだろうが俺は侵入者側だからね。
スケッチブックに鉛筆で外観図を描く。
お次は実際に正門を飛び越えて侵入してみる。目の前で兵隊どもがくっちゃべってるけど俺の存在に気づかない。本気出すとこの程度はよゆーなんだよ。さすがに目の前で扉を開けたり物音を立てると気づかれるけどな。
ささっと内部を確認して回る。隠し部屋おっけー! 隠し通路おっけー! 地下水路おっけー! ……一部全然おっけーじゃない光景もあったが後日だな。
おっと隠し財産を見つけた。これも後日にするか。うーん、ステ子さえいれば、ステ子さえいれば財産から武器にいたるまで丸っと全部頂戴できるのになー。
ステ子早く戻ってきて。自分探しの旅を終えて戻ってきて。こういうミッションの時はけっこう寂しいんだぞ。
内部マップも描き終えたので残る用事は三馬鹿兄弟の確認だけ。長男は邸宅で書類仕事をしている。馬鹿なのは確かのようだ。足し算を間違えている請求書に承認印を捺している。……これが領主の馬鹿息子が決済するのを知っている商人による水増し請求だったら笑うな。馬鹿のうえに領民から舐められてるのかよ。
つかけっこう変な書類ばっかりだ。酒場、娼館、男娼窟……
ドルドム男爵家はアメリカのソルジャーか何かなのか? 酒飲んでセックスしてるだけじゃん。
一応鍛冶屋とかちゃんとしたのもあるにはある。あー、その書類は決済したらダメだろ。どこを見てるんだよこの長男は。何にでも判子を捺すマシーンかよ。
そんなマシーンが一仕事を終えてやりきった顔をしている。馬鹿野郎やり直しだよ。
「ふぅー、このような難解な仕事はマッシュやオルテガの馬鹿どもにはできまい。領主の仕事を一部とはいえお任せくださったということは次の男爵は俺だということだな?」
こいつ四十歳越えてんのに一部しか任せて貰えていないかよ。どんだけできない奴だと思われているんだよ。リザ姉貴なんて十二歳ですでに領主代行補佐をしていたぞ。
そんな馬鹿息子が立ち上がる。
「父上、このガイア必ずやご期待にお応えいたしますぞ!」
虚空に向かってアピールするんじゃねえよ。とは思いつつもやる気があるのは良いことだ。早めに自分に見切りをつけて帝都で燻ぶってる数字に強いのを雇い入れろよ。補佐官さえまともならどうにかなるから。
次男のマッシュもすぐに見つかった。屋敷の庭で兵隊どもと格闘をやってる。まあまあ強い。意外にも強い。頭の中が空洞という話だったが弱いなんて一言も聞かなかったしな。
兵隊どもに胸を貸し、どんと構えては受け止めてぶん投げる豪快なスモウレスラータイプの乱暴者だ。
「まだだ! 俺を殺すつもりで来い!」
「若様ッ―――お覚悟!」
「応! いいぞいいぞ、その調子で次ぃ!」
途中からスモウで遊んでるふうにしか見えなくなったが兵隊のまとめ役としては普通に有能そうだな。けっこう慕われてそうだしな。
「よし、ここまで! お前達は引き続き鍛錬に励むがいい!」
「若様はどちらへ!?」
「俺か? 俺は一夜の夢を見に行くのだよ」
まだ昼間だってのに女のところかよ。カスだな。
「お伴いたします!」
「俺達も若様と一緒に! 若様の行くところならどこへだってお伴したいのです!」
「ガハハ! 可愛い奴らめ、よぅし、今夜は俺のおごりだ。酒でも女でも好きなだけ楽しめい!」
スモウで汗を流した次男が十数人という兵隊を連れて豪遊に出た。……誰も残ってねーし屋敷の警備とか平気なのかよ。
ドルドム男爵領ダメそうだな。相対的にうちの実家がマシに見えてきたぜ。
でも領内にダンジョンがあるからこんなんでも裕福なんだろうな。一個置くだけで相当な赤字収支でもプラスになるチートオブジェクト『ダンジョン』が強すぎる。
さて問題の三男か。三男が問題なのだが見当たらない。
仕方ない、先にトキムネ君のところに行こう。
◇◇◇◇◇◇
エンズ村はドルドムント市から北西寄りながら気持ち北北西に行った山の中腹にあるらしい。雑なんだよ。さすが田舎だ。でもこういう雑な説明になるのも仕方ない。……道がねえんだ。
田舎の村だとまことに残念ながら道が存在しないパターンがある。俺も冒険者やって長いけどこういう村からの依頼が本気で困る。クエスト達成の前に村にたどり着けないんだよ。
街道から脇道があるからそこを真っすぐって説明されたのに実際に行ってみると脇道なんて見つからないし町と町を往復すること二回。マジで困ったんで朝市で村から野菜を売りに来ているやつを捕まえて案内させたら他よりも小石が気持ち少ない場所を指してこれが脇道だとか言うんだぜ。
うん、よくあるんだよ。地元民以外絶対にたどり着けない系の村がね。
エンズ村もおそらくはそのパターンだ。この密林で気持ち北北西に行った先にある山の中腹なんて情報でたどり着けるわけがねえ。地図もあるにはある。だが密林の中で地図が何の役に立つんだよ感。
伯爵ー、早く現在位置がピコピコ光る魔法の地図を開発してくれー!
冒険者ならどんなに高くても買うと思う。マジで。
そして始まるエンズ村を求める俺の旅。俺はガンバッタ。超ガンバッタ。魔法探査を駆使し(魔物の反応が多すぎてワカンネエ!)、時に木のてっぺんにのぼっては位置を確認し(見渡す限りが密林なんだよ!)、人の足跡っぽいのを追跡したり(アンデッドの巣穴に着いたぞこの野郎!)。
ううぅぅどうしてS級冒険者になってまでこんな地味な苦労を……
密林で迷子になるS級冒険者なんてカッコワルすぎる。俺に憧れている全世界三十億人の子供達に申し訳がないぜ。
情けない気持ちで山の中を歩いている。頂上までいってバードビューで探そうと決めた頃だ、木立の向こうに畑を発見! 何が山の中腹だよ。バリバリ山頂の付近じゃん!
第一印象は寒村。何ともしけた村だ。猫の額程度の畑があって、少し離れたところも畑があり、納屋のようなオンボロな民家が一棟だけある。これだけなら村とさえ呼べないが草を毟っただけの道を往けば他の畑と民家があった。ずっとこんな感じで曲線の一本道でつながっている村だ。……見つけられたのは奇跡だな。
おそらくは土地の魔力が弱くて魔物除けの結界をこういう形でしか張れなかったのだろう。解析したところ異臭の結界のみだ。亜人系の魔物には意味がないんだがな。
「――――! ―――!」
「―――!」
遠くから揉め事の怒声が聞こえてくる。
声の方に向かうと村の入り口っぽいところに村人が集まっている。騒動を把握するために木の上にあがる。どうやら兵隊ともめているらしい。
「ですからこう頻繁にお越しになられても出せぬものは出せぬのです!」
「そうです! 期日までには必ず返済すると言っているではありませんか!」
もしかして借金の話してんの?
おそらくは村長と村長の息子らしき壮年の男が、一人の大柄な男を相手にしている。トロールのごとき身の丈とむっきむきの筋肉。そして母親のお腹に知能と品性を置いてきたようなアホ面。間違いない、こいつがドルドム三兄弟の最後の一人オルテガだ。
「そうかいそうかい、そいつは楽しみだ」
オルテガが憎たらしい面で笑っている。イヒヒヒって感じのゲスな笑い方だ。さすがは品性の足りない男。
「確かに払ってもらうに越したこたぁねえがよ。別の形でもいいって言ってやってるのに頑固だねえ」
「収穫までお待ちくださるという約束のはずです」
「ああ覚えているぜ。徴税後に十分割を十年。だが去年と一昨年の分が滞っているんだったよなあ?」
「今年までは待ってくださるとお約束したはず」
「そうなんだよ。親父殿は優しいから滞納した分を待ってやってるんだよ。で、今年まとめて払うんだよなあ? ―――本当に払えるんだろうな?」
緩急を付けてからの恫喝。これは強いぜ。無辜の民を恫喝するのに慣れてやがるな。
村長の胸倉を掴みあげるオルテガ。その腕にしがみつく村長の息子だがオルテガは手を離さない。大人の二人程度は片手でよゆーってか。
オルテガの独壇場と化した場に凛とした声が響き渡る。
「乱暴はおやめなさい」
声が響き渡った瞬間にオルテガがゲス度ゲスゲスレアの笑みを浮かべた。
村の奥から天女の如き女性がやってきた。陽光を浴びた若葉のような緑色の長い髪と芯の強そうな顔立ち。トキムネくんの元奥さんのトゥールちゃんだ。奥さんにナイショで騎士団を辞めたトキムネくんに愛想を尽かして娘と一緒に実家に帰ったトゥールちゃんだ。娘のリコちゃん元気かな?
「約束通りお支払いは致します。まだ期限を越えているわけでもない。ですのにこの仕打ち、これがドルドム男爵家の正式な作法というわけですの?」
「おっと、つい熱くなっちまったぜ」
オルテガがパッと手を離し、村長ズが地面に落ちた。
もうこんな奴らはどうでもいいとばかりにオルテガがトゥールちゃんに近づいていく。もう察するに余りあるな。お察しだ。
オルテガがトゥールちゃんの頬に付いた墨汚れをハンカチで拭おうとして、軽やかに避けられている。
「ったく、せっかくの綺麗さんが台無しだぜ。こんな村の暮らしはお前には似合わねえよ」
「森と共に生き、大地に手を入れ、火を熾して生きていくが人の営み。汚れる行いを他人に押し付けて生きている者の方が偉いと考えているのならそれは傲慢なのよ」
「俺はお前さんとちがって頭が足りねえから傲慢なんて難しいことは分からねえよ。でもな、他人を顎でコキ使えるってのは偉いからできるんだよ」
「そうね、あなたは男爵家の男ですもの」
「お前もこちら側に来ればいい。その綺麗な肌が汚れるような仕事は全部他人に押し付けられる特権の側にな。平民出とはいえお前なら親父殿だって一も二もなく頷いてくれる」
「あら、お抱え治癒師にでもしてくださると?」
「ばかをいうな。お前には次期領主夫人こそが相応しい」
「あいにく夫も娘もいる身なの。もっと早くに声を掛けてほしかったわね」
「……今からだって遅くはねえよ」
オルテガが背を向ける。どうやらリリウス・サニーサイドエッグは必要ないらしい。
兵隊に手振りで撤収を告げたオルテガが騎獣に乗り込む。
「いいな、待ってやるのは徴税の日までだ! 払えなかった時は約束通りトゥールを貰っていくぞ!」
どうやら間に合ったようだな。
これが数か月後だったらゲーム通りのBADな結末になっていたはずだ。
変えてみせるさ。これはそのために手に入れたちからなんだから。……とシリアスに決め顔を作っていたらだ。油断していたんだろうな。
すっかり油断していた。足元で俺を見上げる幼女に気づけなかったのだ。
「あー、リリおじさんだー!」
リコちゃん、リリウス君はまだお兄さんだよ。
十五歳の男の子におじさんって言っちゃダメって教えたでしょ!
◇◇◇◇◇◇
トキムネくんは丁度どこかに出かけていたらしい。
村から立ち去っていく騎兵の姿を見かけて慌てて戻ってきた。
「ドルドムの兵隊が来てやがったのか! トゥール、理子も無事か!」
「まったく遅いのよ。あなたはいつも遅いの」
「わりぃ、返す言葉もねえぜ」
自分の情けなさにしょぼくれるトキムネくんと、心底嬉しそうに微笑みかけるトゥールちゃん。天使だな。
「でもわたくしが大変な時には必ず駆けつけてくれる。遅れたってちゃんと来てくれるのがあなたの良いところよ」
抱き締め合って愛を確認する二人の熱々な光景である。
娘ちゃんを抱き抱える俺は目隠しをしてあげている。武士の情けってやつだ。
「パパー、ママー!」
出ていくタイミングを見計らっていたらリコちゃんが自己主張を始めた。幼女って空気が読めないよね。読まなくてもいいけど。
「理子! ってなんでリリウスがいるんだよ!?」
「あらま!」
驚く二人に告げてやるのさ。
「まっ、救世主サマの参上ってな。久しぶりだな!」
うちの警備の仕事をほったらかして旅立った事とか貸した金とか色々あるけどさ、今は単純にこの再会を喜ぼうぜ。




