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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
14/362

真意と読み違いと読んでない

 八日間の遠征から帰り着いた商会本部で戦績スコアを確認している。あたしたち契約者の戦闘評価はポイントという形でディスプレイに表示される。そう、都会には紙ではないディスプレイなる不思議な文字媒体があるのだ。村じゃこんなの見たことない。都会は進んでるなー。

 で、今回の遠征のスコアはこれ。


 1st 68500.00 ドルガン・フェンリル 

 2nd 9585.20 オイゲン       

 3rd 8255.80 フェリス・ランドール

 …

 …

 …

 16en 2250.60 マリア・アイアンハート


「16位かー……」


 微妙な数字だが納得はしている。上の方の連中が強すぎる。部隊長のドルガンさんなんて別次元の強さだ。でっかい犬に変身するしわけがわからん強さだ。

 もちろん他の連中も強すぎる。オイゲン君なんておない年なのにA級冒険者だっていうし、ランドールさんにいたっては祈りの都で学位を取った賢者候補だ。


 今は商会の地下酒場で遠征の祝勝会をやってる。祝勝会というくらいだ。宴会代は商会持ちなので戦友たちとパァっとやってる。ドルガンさん酔うとすぐ脱ぐよね。

 野郎どもがパンツをかけてパンツレスリングをやってる。いやはやこのバカ騒ぎは村の酒場を思い出すね。お父ちゃんもよくやってたよ。バカ騒ぎの最後に氷張った池に飛び込むやつ。


「いいぞー、脱がせー!」

「マリアさん、淑女ならそんなふうに囃し立てないの。もうっ!」


 ランドールさんに窘められてしまった。

 ランドールさんは見た目若作りな魔女さんだ。実年齢は知らないけどそろそろ40代という噂だけどまったくそうは見えない。本人曰く化粧にコツがあるらしい。


「ランドールさーん、あたしにもコツを教えてよ~~~~!」

「この玉のお肌には必要ないでしょ」


 ほっぺをツンと突かれたけどそうじゃない。


「魔法の話ぃ~~~い! どうしたらそんなに器用に多重詠唱できるの?」

「マルチタスクに限って言えば訓練しかないわね」

「もっと簡単にすぐ強くなれる方法!」

「ないわよ」

「え~~~~!」


 悲しい悲鳴をあげると呆れられてしまった。仕草がエロいぞ。やはり大人の魅力か?


「まったくしょうのない子ねえ。っていうか本当にお肌モチモチしてるわね。私もこんなお肌だったのかしらねえ……」


 魔女さんが遠い眼差しでどっかを見つめ始めた。たぶん昔の恋人とかを思い出しているにちがいない。酔うと知らん男の名前を叫ぶ癖があるアラフォー魔女の心境を想い計ることは、あたしにはできない。


 昼間に始まった祝勝会。夕方を向かえる頃には一人二人と参加者が減っていく。あたしも報酬を確認してから帰ろう。

 商会の窓口で商会会員証を提示して窓口の電子端末で報酬を確認する。今回の遠征の報酬は280テンペル金貨になった。学費なんてとっくに溜まっている。


 遠征で獲得した戦利品は一括で商会に卸され、査定が行われ、戦績スコアに応じて配分される。

 モンスターを倒した数。大物を倒した際の貢献度。遠征団のバトルオペレーターが評価・算出した数字が報酬額に影響する。遠征に同行する医神の神官なんかの重要なロールには最初からボーナススコアが付与されている。遊撃隊員のあたしには無縁なスコアだ。


 今回の報酬は商会で預かってもらう形の貯金にした。小銭ならともかく大金を持ち歩く理由がないからだ。

 銀狼商会モールでは貯金口座からの引き落としで買い物ができる。便利すぎてつい色々と買いすぎてしまうのは問題かもしれないけど便利だ。口座には687枚ほどの金貨を預けている。ちまちま稼いでいたのが嘘みたいな貯金額だ。


 窓口での目当ては貯金額の確認もあるけど銀狼ポイントの確認もある。

 遠征で稼いだスコアはそのままポイントに変換され、ポイントショップで買い物ができる。ポイントはポイントだ。1ボナにもならないけどショップの品物は魅力的だ。


 保有ポイント 5800ポイント


 ①貸与装備品クラスアップ 王級剣士→帝級剣士 55000ポイント

 ②会員クラスアップ 一般会員→中級会員 2000ポイント

 ③レベルブースト 1000ポイント

 ④……

 ⑤……

 ⑥……

 ⑦……

 ⑧貸与装備品の買い取り


 最初は学費が目当てだったけど目標額をあっさり貯めたいま目標は貸与装備品の買い取りにある。

 腰から吊るした真っ青な金属でできたカッチョイイ相棒『不滅のスラーンド』だ。苦楽を共にした相棒を学院に連れて行きたいのだ。


 貸与装備品の買い取りという文字列をぽちっと押すと画面が切り替わる。情報端末の使い方にも慣れてきた。最初は窓口のお姉さんに教わりながら苦労して操作していたけど慣れると簡単だ。たまに変な画面にいってしまいお姉さんに泣きつくことになるけど!


 ①スラーンドの買い取り 280000ポイント

 ②魔導甲冑の買い取り 380000ポイント

 ③グラップラーフィストの買い取り 250000ポイント

 ④ヴァルキリーギアの買い取り 非売品

 ⑤パンツァーグリーヴの買い取り 320000ポイント

 ⑥竜宝珠(赤王輝)の買い取り 9999999999ポイント

 ⑦クイックワードの買い取り 300000ポイント

 ⑧魔の心臓の買い取り 9999999999ポイント


 一部ポイントの桁がおかしい装備があるがスラーンドちゃんは28万ポイントか。まだ5800ポイントしかない。先が長すぎる。

 一か月で約6000ポイントだ。28万ポイントまで約四年か……


 無理すぎる。でもこの超強い相棒と別れたくない。スラーンドちゃんと比べればラムゼイブレードなんてカスだ。ごめんお父ちゃん、アイアンハート流の教えを忘れたわけじゃないけど名剣の魅力を味わったあとでは元の身体に戻れない。

 だってオーラの乗りがちがうよオーラの乗りが。しかも苦手な冷気の属性が斬撃に乗るとかあたしのために存在する武器じゃん。手放したくない!


 このままだと四年かかりそうだ。でもドルガンたいちょくらい稼げれば遠征四回で買い取れるんだよね……

 パンツレスリングに勝利した雄たけびをあげてる犬系獣人のたいちょーにコツでも聞いてみるかね。


「たいちょー!」

「おう、どうしたよマリア!」

「たいちょーくらいスコアを稼ぐにはどうしたらいいかな? コツを教えてよ!」


 たいちょーが悩む。ものすごい悩んでから言う。


「俺の役割を代わってみるとか?」

「死ねと申すか」


 ドルガンたいちょーは超強い。一流の剣士+神級装備を使い、でけえ犬になって戦場を駆けまわるトンデモナイたいちょーだ。死ねと申すか。


「どう考えても無理ぃ」

「どう考えても無理ってことは今は無理ってことだろ。単純に実力が足りない、それをわかってる賢いマリアならそのうち俺くらい強くなって稼げるようになるって」

「タイムリミットがあるんだよね」

「あん?」


 あたしは四月に騎士学院に行く。ラティルトに居られるのは大目に見積もっても三月の第一週でそれ以降は帝都に向かわないといけない。

 そういう話をするとたいちょが難しい顔になった。


 その時だ。大時計塔の鐘の音色がラティルト市に響き渡る。日暮れを告げる鐘だ。


「ごめん、たいちょー! ニャルさんと約束があるからこの話はまた今度!」

「お…おい!」

「またねー!」


 商会の地下酒場を出る。

 待ってろニャルさん、今日もモフり倒してやる!



◇◇◇◇◇◇



 マリアがドタバタ足音を鳴らして階段を駆け上がっていった。地下酒場に残されたライカンスロープの部隊長ドルガンは子供が見たら泣き出しそうな強面の眉を困った感じの八の字にして、「ま、いっか」と呟く。


 何がいいんだろうか。それが気になった商会窓口のお姉さんが聞いてみる。


「何がいいんですか?」

「何もよくねえよ。まさかとは思うがって程度の話だしマリアはけっこう賢い娘っこだ。きちんと考えているんだろうぜ」


 本当に何の話だろう。商会のお姉さんは理解へは達しなかった。

 でも部隊長の中では自己解決しているようだしこれ以上は口を挟まない。彼女も組織の人であり実質的にラティルト支店の店長であるドルガンを煩わせるほどの興味ではない。


 ドルガンがぼやく。


「シェーファの野郎きちんと説明したのか? したとしてマリアはきちんと聞いていたのか? ……これ絶対揉めるぞ。サインの前に契約書の読み上げや重要事項の確認なんかも徹底させたほうがいいんだろうなあ」


 ドルガン支店長は業務改善命令の内容を考えながら、酒をぐびりとやった。

 酒瓶を二本も空ける頃には当然のように業務改善など忘れてしまった。



◇◇◇◇◇◇



 十日近い遠征と、激戦の疲れを取るような数日間の休みを繰り返して二月になった。

 マリアは遠征から戻ってくる度に険しい顔つきをするようになった。ニャルはそれを深層への遠征がマリアの心に大きな負担をかけているのだと思った。

 なにしろマリアはうわ言のように寝言で「足りない、足りない……」と悪夢に苦しんでいるのだ。


 遠征の後は三日か四日の休日を挟む。ニャルはマリアの負担を和らげるために休日の間はなるべく一緒にいるようにした。

 でもその内に耐えきれなくなった。


「そんなに辛いのなら辞めたほうがいいニャ」


「へ、なにが?」

「マリアは働きすぎニャ。みんな冗談で狂戦士とか言ってたけど、今のマリアは本当に狂戦士みたいニャ」

「あのあだ名は冗談だったのか……」


 地味にショックを受けていたマリアである。


「ニャルは明るいマリアに戻ってきてほしいニャ! 辛いなら辞めたっていいニャ、深層なんて何度もいくところじゃないニャ。怖いのニャ! いつかマリアが本当に帰ってこなくなりそうで怖いニャ……」

「平気平気。全然平気だって強い装備もあるし仲間も強いし深層なんて全然大したこと……」


 ニャルがポロポロ泣き始める。

 ぎょっとするマリアがいいわけを色々する。でもニャルの涙を止めることはできなかった。


「怖いニャ。マリアと離れ離れになるのが怖いニャ……」

「ニャルさん……」


 抱きしめた猫耳は震えていた。

 どれだけ心配をかけていたんだろう。随分と遅れて気づいたマリアが決意するみたいに頷く。


「うん、わかった」

「……?」

「あたしプログラム辞める」

「いいニャ?」


「友達を泣かせてまでやるようなものじゃないっしょ。スラーンドちゃんは残念だけどニャルさんの方がもっとずっと大事だし!」

「スラーンドちゃんって誰ニャ?」

「あたしの相棒。商会から借りてる超強い剣なんだけどさ、ポイントを貯めたら買い取れるってんでポイント貯めてたんだ! まぁ全然足りなかったんだけどね」


 猫耳の脳内に落雷が落ちる。

 そう、気づいてしまったのだ。


(ま…まさか足りない足りないって寝言は実力じゃなくてポイントだったのニャ……?)


 ニャルは気づいてしまった。

 マリアが時折する鬼気迫る表情や必死になる理由に気づいてしまった。


 ようし、辞めるぞー!なんて腕を振り上げて宣言するマリアの元気さを見て確信した。


(もしかしてマリア全然弱ってなかったニャ? でもマリアらしいニャ)


 二人はその足で商会に駆け込み、ドルガン隊長に直談判する!

 隊長はちょうど鼻毛を抜くくらい暇を持て余していたのですぐに会えた。


「たいちょ! あたしプログラム辞めたいです!」

「唐突だな……。は? ちょっと待て、何が不満なんだ? マリアお嬢ちゃんはけっこう強いから可能ならもう少し働いてほしいんだが……」

「不満はあると言えばあります。買い取り価格が高すぎます!」

「うちのボスのコネで特別に用意させた王級装備だからなあ。すまんが支店長権限でもそれは無理だ」


 マリアが舌打ちする。


「そうじゃなくて! 友達が心配して泣いてくれたんです。あたしはニャルさんを悲しませるようなまねは続けたくないんです!」

「おう、最初にそっちの理由を言えばいいんだよ。マジかぁ、筋もいいし部隊長候補くらいには考えてたんだがそういう理由なら仕方ないな」

「いいんですか?」

「ダチ公泣かせるのがイヤなんて最高の理由じゃねえか。マリアは良いダチ公に恵まれたな」


 ライカンスロープの族長ナバールの息子ドルガンは義に厚い男なので納得の理由だ。

 あっさりと認められたのでやや肩透かしをくらった感じのマリアがポカーンとしていると、ドルガンが書斎机から二枚の書類を出した。


「これ除隊申請書な。んでこっちが違約金の支払方法な、悪いが一括払いで頼むわ」

「へ?」

「ボスから契約の時に聞かなかったか?」


 何の話だろうかとマリアが記憶を手繰る。しかし記憶は曖昧だ。当時は迷宮中層までの貫徹ロングランの後で大変眠かった。記憶にないのも無理はない。


 ドルガンが書類棚からマリアの契約書を探す。すぐに見つかった。

 契約書は契約者と商会で保管するようになっているのでマリアの部屋にもあるはずだがドルガンは商会保管の物を見せる。


「ここだ。これ」

『契約者が契約期間満了を経ずに本プログラムの脱退を希望する場合、契約期間一か月に対して違約金100テンペル金貨のペナルティーを支払う』


 そしてマリアの契約期間は三年契約になっていた。

 この文言を見た瞬間に猫耳とマリアが叫ぶ。


「違約金3300テンペルぅ~~!?」


 巨額の違約金がマリアを襲う!



◇◇◇◇◇◇



 ギルド職員オルシアはラティルト支部を代表して帝都フォルノークを訪れた。銀狼商会の商会主銀狼シェーファとの会談が目的だ。

 大ドルジア帝国冒険者ギルドは銀狼商会との対決は話し合いという形を望んだがゆえだ。……武力衝突は不利。そういう結論が出た。


 イルスローゼのギルド本部から回ってきた報告書によれば元A級冒険者『銀狼シェーファ』の危険度はSSSクラス。ハードエレメント化して王都ローゼンパームで殺戮を行い、黄金騎士団からの追撃をゆうゆうかわしている。

 ハードエレメント化した人種が理性を取り戻したケースは少ない。魔に呑まれて魔人と化した者は暴れるだけ暴れて駆除されるのがセオリーだがこの男は数少ない理性を取り戻せた部類だ。冒険者ギルドは過去の事例から銀狼シェーファを上位精霊化していると見ている。

 配下には元が付くがA級冒険者が70名、B級なら350名を有するライカンスロープの部族を従え、謎多き竜人の護衛が二名もついている。

 殺人教団ガレリアと契約しているという情報もある。


 これだけなら糾弾もできる。冒険者ギルドのちからはこの程度の存在に屈したりはしない。

 問題はドルジア帝国に本拠地を置くイース財団が冒険者支援事業に多額の出資をしている点だ。冒険者の王レグルス・イースの影響力は未だ大きい。ギルドに対する影響力ではない、世界と冒険者を夢見る若者たちへの影響だ。

 誰もが夢見る絵本の中の英雄の後押しが若き英雄が始めた、冒険者ギルドによく似た傭兵事業。

 オルシアは帝都ギルドマスターの密命を受けて銀狼の腹の内を探りに来たのだ。


 通されたのは銀狼商会の商談室。調度品の質は素晴らしいが、彩りに欠ける部屋だ。

 この部屋には無駄な物が何もない。花瓶も絵画も絨毯も財を誇示する物がない。商談部屋は商会の顔だ。取引を望む者はこの部屋を見て商会の格を判断する。商談部屋を着飾ることで安心と信頼が生まれるのだ。

 質実剛健と言えば聞こえはいいが無駄のないこの部屋は銀狼の精神の在り方が表れている。そう考えることもできた。


 ソファに男が一人座っている。銀の仮面を被った男。この男が銀狼だ。

 オルシアは気圧された。魔竜を前にし人にできることは何もない。ただ慈悲を請い逃げるだけしかできない。……逃げることさえできずに殺されるのがわかっていても。


 入り口で固まるオルシアへと銀狼が口を開く。声は銀器のごとく固く鋭い。


「いつまで呆けているつもりだ。別に食い殺したりはしない、さあ座れ」

「はい……」


 事前に幾つもの提案を考えてきた。帝都支部からも幾つかの質問を預かっている。

 でも銀狼と相対した瞬間に思考のすべてが吹き飛んだ。……ただただ恐ろしい。


 本当はこんな部屋いますぐにでも飛び出したい。泣きわめいて逃げ出したい。オルシアを留めたのは理性だ。


 微笑みを張り直して銀狼の対面に座る。湯気をのぼらせるティーカップに口をつける勇気までは無い。


「事前に聞いた話では冒険者ギルド帝都支部との正式な会談の前の事前交渉だと。我らの間にどんな合意が生まれるかは私も興味がある。とりあえずは伺おう」

「合意など生まれるはずがない、そうお考えですの?」

「それは君達の言い分を聞いてから判断することだ。ちがうか?」


 オルシアがテーブルの上に置いた書類を滑らせる。

 帝都支部からの質問状をそのまま渡した。もちろん事前に銀狼商会へと送っていて、回答はこの場で行われる予定のものだ。だからあえて無視する。この質問状にも回答にも意味がないと悟ったからだ。


「真意を。ギルド所属の冒険者を横から掠めとるようなまねをする、その真の狙いをお尋ねしたい」

「冒険者を拘束する権力は存在しないね。もちろんギルドからの要請があれば個人の判断で依頼という形で仕事を請け負うのだが強制する権利はギルドにさえ存在しない。そんな彼らが私達銀狼商会のあっせんする仕事を請け負ったからと言って何が問題なんだ?」


「本当におわかりにならないような方がここまでの大商会を一代で興せるはずがない、ちがいますか?」

「見解の相違なんだろうな。古臭い縄張り意識の権化では理解できないか? では私のほうから君達冒険者ギルドの不満を簡単に言い表してやろう。うちの畑に手を出すな、育った冒険者はうちの物だ。ちがうか?」


 オルシアはYESともNOとも言えなかった。

 銀狼という男の底知れなさに怖気が立ちそれどころではなかった。ラティルト支部の支部長がそういう例えを過去に用い、直近ではニャルにだけ明かしたギルドのスタンスを表す表現が銀狼の口から出てきたのだ。

 この男の目と耳はどこまで伸びているのかを考えると恐ろしくて仕方なかった。


「言うまでもないが冒険者はギルドの所有物ではない。自ら考え判断して生きている一人の人間なのだ。そんな彼らが美味しい仕事を提供する我らと自由意志の下に契約して何がおかしい?」

「美味しい仕事ですか? 適正価値の三割での専売を強制するあなたがどの口で美味しいなどと言えるのですか?」


「揚げ足取りのつもりなら笑えないな。私達は兵装やアイテム、情報支援という形で報酬の先払いをしている。私達のサポートを受けた冒険者の収入は以前と比べて十倍から百倍は軽く超えている。対して冒険者ギルドは冒険者に対し何のサポートも行わず無知につけこみ適正価値の六割で買い取っている。いったいどちらが悪質だろうな?」

「サポートなら……」

「すべて有料だろう? モンスターマニュアルの閲覧は有料。地図も有料。依頼を終えた冒険者の手元にはいったい幾らが残るのだろうな。銀狼商会はそれら情報を冒険者プログラム契約者に対して当然の義務として必要量無償で行う。専任のオペレーターをつけて討伐対象の弱点部位及び耐性などの情報を与えている」


 オルシアが反論を試みる。銀狼が手を掲げて制止させる。話を最後まで聞けだ。


「お前達は悪魔だ。賢い冒険者なら金を払ってでも情報を取得するだろうさ。だが大半の冒険者は無知な平民だ。彼らは農具に毛の生えた程度の武器を抱えて恐ろしい魔物退治へと出かける。お前達の怠慢のツケを命で贖っている。そんな悪質な環境にあっても生き延びた冒険者たちをお前達は野菜と呼ぶ。彼らの権利を認めず他の仕事を得るやこうして同業他社を潰しに来る。彼らから選択肢を奪う」


「やはりそうなのですか?」

「何がだ」

「あなたたち銀狼商会の目的は冒険者ギルドに取って代わること。だから合意などありはしないと考えているのですか?」

「競合できるのならそれでもいいと考えているよ。このままでは我ら銀狼商会の二軍という形になるかもしれないが積極的に潰すつもりはない。簡単な話じゃないか。市場を独占する形でしか存続できない冒険者ギルドに競合する同業者が現れ、高品質なサポートを掲げる我らに賢い人々が殺到している。彼らはみな満足してくれているよ。もし我らのサービスに不満があるのなら彼らは賢い選択をする。我らを見捨てて古巣に戻るはずだ。それが彼らの有する自由民としての権利なのだから」


「期間契約で縛っておきながら何が自由な権利ですか!」

「契約書はきちんと交わしている。きちんと内容を読んでからサインするようにと助言も行っている。それでも契約を交わしたのならそれは彼らの有する自己への責任から発したものだ。当然ではあるが契約期間を終えた契約者に対し圧力を掛け、留まるように強制したりはしない。……契約更新には相応のメリットを用意するがね」


「悪魔はあなたではないですか。欲望を刺激して命という対価を支払うまで戦いに駆り立てる悪魔ではないか! 契約者の末路が死ならばどれだけの約束をしようと支払う必要がなくなる。かねの亡者め、それがあなたの本心なのですね!」

「たしかに私はかねを愛している」


 仮面の奥にある銀狼の眼に鬼火が灯る。オルシアはもはや生きて帰れる地点を越えてしまったのだと悟った。


「金があれば寒さに凍えることもなく飢えに苦しむこともないからだ。金があれば人々は優しくなり金を通じて愛情をくれるからだ。金があれば私の愛した友人たちも死ぬことはなかった。私は金を愛している。生まれた身分だけですべてが決まるこの世界で唯一階級社会を突破できる共通の概念だからだ」


 銀狼が懐に手をやる。

 中から出てくるのが刃だとしても驚きはない。だが出てきたのは封書された手紙だった。


「私は金を愛している。だがそれ以上に憎んでいるのだよ」


「……あなたの真意は本当にどこにあるのですか。何を欲しているのですか?」

「私は世界を変えたい。すべての人に平等な世界を作りたい。この事業はその第一歩でしかなく、冒険者ギルドが我らの台頭を阻止するというのなら受けて立ってやってもいい。だがその方法はサービスの充実であるべきだと考えている。この手紙にはギルドへの業務改善方法を記しておいた。判断はそちらに委ねるしかないが願わくば良き競合相手になってほしい」


「あなたは何も知らない」

「少なくともキミよりは知っているつもりだ」


 オルシアは生還した。オルシアを通じて帝都支部へと渡された手紙は帝都ギルドマスター一読の下に破り捨てられることになるが、彼女にはそれを止める権限はなかった。

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