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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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海にはロマンがいっぱい② ぼくの、最高のともだち

 魔法薬『リアリス・マーマイド』は言ってしまえば水中での呼吸を可能にするアイテムだ。イギリスで有名なクソマズ発酵食品ではない。いやはや二度の人生において口に入れた瞬間に悶絶したのは後にも先にもマーマードだけだぜ。


 この魔法薬は液体漬けの藻だ。口に含めば水の中でも呼吸ができる。

 ちょっぴり興味があったので以前遊んでみたがこれがけっこう難しかった。買う時にコッパゲ先生の娘から特殊な訓練が必要でレクチャーに銀貨50枚と言われたんだがケチって自力でやって失敗こいたんだ。


 これはただの失敗談。海底まで潜ろうってんだ、こんな方法じゃ無理なのは最初からわかっている。


「《種族転身チェンジフォーム 肉体指定アバターズチョイス 星の奥に棲む者エントリアル》」


 神の半身である俺に与えられた権利の一つ『改宗』は信徒の姿を借りるもの。

 エントリアルへの改宗を行うと体が金属質になり呼吸の必要がなくなる。液状化した金属の摂取のみで活動が可能であり声帯がない代わりに特殊波長の音波による意思疎通を行う。


 俺は勝手にメタルリリウスと呼んでいるがこの形態は強いぜ。毒性の完全耐性、熱量への高度耐性、その他諸々かなり高い数値のおまけ付き。強いけどトールマンに戻った時に陸で溺れかけるから長々と変身すると危険なんだ。睡眠時が特に。


 じゃあ深海まで泳いでいこう。

 エントリアルに視覚はない。メタルリリウスの目が完全に飾りってわけじゃないがかなりぼやけている。エントリアルにとって視覚に類する器官は触覚。音波触診なんだ。

 自分で動いて発する波と返ってくる波。他の生物がなした波を感じ取ってソナーのように周囲の環境を把握する。これは水中ならものすごく有益な器官なんだけど陸上だと盲目に等しくなる。あいつらが陸に上がって来ない理由ってこれだよな。


 いわゆる大陸棚を越えて本来の海へと泳ぎ出す。大きな魔法力の気配を探りながらひたすらに海の底を目指していく。


 海はやはり危険だ。災害級のような魔法力があちこちに潜んでいる。

 縄張りのようなものがあるらしき、近づくと警戒しつつ寄ってきて、離れると警戒を残したまま離れていった。海の掟を感じる。


 クラーケンの気配なら昨日感じたばかりだ。あれと近い気配を探す。


 だが見つからない。少し方角を変えてラタトナ海底城の方へと泳いでみる。迷宮の気配は海の中では凄まじい威圧感を放っている。海の中の太陽と表現するほうわかりやすい。それも今にも破裂しそうな不穏な太陽だ。


 見えてきた。ラタトナ海底城だ。海底から突き出る九つの塔と一際巨大な中央塔が異様な魔力圧を放っている。……嫌な気配だ、ディアンマの本体の気配に近い。


 海の底が脈打っている。今見えているのは海底城の一部でしかないようで、コアの気配はずっと下、海の底に埋もれているのだ。

 近づけば近づくほど魔力計測が異常を来たす。海底城から放たれる圧力のせいで俺の中の計器がずっと計測限界の針を振り切っているんだ。


 この辺りを泳ぐ魚はいない。こんな恐ろしいもののは避けて当然なのだろう。

 不発か。やはりクラーケンなんてそう簡単に見つかるわけがなかったな。


 お嬢様へのお土産に無人ならぬ魚のいない珊瑚礁からいい物を探そう。深海に色彩はなく、メタルリリウス君の目は限りなく節穴だ。どれがいいのか全然わからない。


 どれでもいいかと大きく育った一本をポキンと折った瞬間だ。

 海底を突き破ってゲソが飛び出してきた。海底の泥を巻き上げて噴火のように飛び出してきたゲソが俺に絡みつく。海の底に潜んでやがったのか。


 ものすごいちからで俺を砕こうと巻き付くゲソの圧力。

 海底からのっそりと浮かび上がるタコ野郎。その頭部こそが俺が今まで泳いでいた珊瑚礁そのものだったのだ。嫌な共生関係、いや提灯アンコウの提灯部分か。普段は小魚を住まわせて小魚狙いでやってきた大物を捕らえて食うタイプと見た。


 クラーケンがニタニタ笑いながら大口を開く。どうやら丸呑みにするつもりらしい。


『迷宮の魔力圧で気配を偽装するのか。面白い考えだが勝てる相手かどうかを判断する知能も必要だったぞ?』


 クラーケンの巻き付きは確かにすごいパワーだぜ。俺じゃなかったら簡単に全身の骨を砕かれている。

 まぁなんだ、待ち伏せ戦法は見事だがパワーが足りない。それだけだ。


 片手斧をチェンジフォームで巨大化して振り上げでゲソを断ち切る。大暴れするクラーケンが墨ならぬ毒液を噴出したが生憎メタルリリウスは毒耐性100だ。


 十八本のゲソが蠢いている。魔法力による強化打撃の構えだ。

 害意が膨れ上がる。その機を、攻撃するという意を俺の異能『機眼』がはっきりと捉え、クラーケンが実際に攻撃を行う寸前に牽制のチャンスを得た。


『リリウスブラスター!』


 エントリアルは熱線を放てるのでリリウスブラスターも同じ技だ。ハザク神が全身から生やす砲塔と比べればカスみたいな威力だがクラーケンを怯ませる威力はある。


『退け、ゲソ一本で見逃してやる』


 クラーケンが戸惑っている。しばしの沈黙の後でゲソを使って遠くへと逃げ出した。


 丸ごと狩ってやってもいいんだがな、残念ながら俺の泳力をもってしてもゲソ一本運ぶのでギリな気がする。お残しをするとクライシェの好感度が下がりそうな気がするんだよね。


 よし、陸に帰ろう。

 このゲソ一本が幾らに化けるか考えるだけでニヤケが止まらないぜ。クラーケンハンターの未来は明るいな!



◇◇◇◇◇◇



 途中から切ったとはいえ全長8メートル。直径312センチから142という巨大なゲソを抱えて浜辺に戻る。すでに日常を取り戻しているラタトナビーチに響き渡る悲鳴と逃げ惑う海水浴客だが安心してください、メタルリリウス君です!


 そして何故かウェルキンとベル君と目が合う。ナンパ中だったのか、許せ。


「クラーケンかと思ったら……」

「お前なに持ってきてんだよ……」

『クラーケンのゲソ』

「んなこと見ればわかるんだよ!」


 怒鳴られたぜ。言いたいことは理解できるが怒鳴るくらいなら質問を正確にしろと言いたいね。


「つかナンデ思念話なんだよ。面倒だから口を使えよ」

『今メタルリリウスだから声帯がないんだ。簡単に言うと変身能力だ』

「ちょっと海潜るだけで軽々しく人間辞めるんじゃねーよ……」


 慄くウェルキンの意外な認識能力の高さがクソうける。ナシェカやクリストファーも使えるし俺が使っても三番煎じ。大した驚きもないようだ。


「クラーケンの脚なんてどうしたんだよ。食うのか?」

『知らないのか、けっこうな高級食材なんだぜ?』


 運ぶの手伝ってくれたらお駄賃あげるよって言ったら軽く引き受けてくれるウェルキンとベル君好き。やはり持つべきものは友達だな。

 三人で電車ごっこみたいにクラーケンのゲソを担いでイース海運を目指す。いっちに、いっちに!


「うぎぎぎぎ! ちょっ、ウェルキっ、リリウスも! 待って、潰れそう!」

「マジで重いな! 馬何頭分だよ!」

「わかんねえけどトンで十数って重さになるだろうな」

「無理だって! 荷馬車が必要な重さだよ!」


 ベル君がだらしない。彼がモテないのはこういうところかもしれない。

 逆説的にウェルキンがいい男に見えてきた。そしてメタルリリウス君はもっといい男に見える理論だ。


 大勢の恐れ戦く視線を気持ちよく浴びながら休憩を挟みつつイース海運に到着。

 船着き場に行き、クラーケンのゲソをどどんと置く。……最初からこっちで海からあがればよかった気がする。


 エントリアル化を解除してさっきの商人さんと交渉をする。


「即金での買い取りは難しいな。約束手形になる」

「イース海運の手形なら安心できる。構わないよ」

「ありがたいね、せっかく儲けたのだし当店で散財してはどうだい? 恋人に贈り物なんていいと思うのだがね」

「考えておくよ」


 最初に比べたらだいぶ足元を見られた気がする金貨十万枚相当の約束手形と、バイト二人のバイト代として金貨十枚ずつをオマケで貰った。


「ちょこっと手伝っただけで金貨十枚とか最高すぎんだろ。すげえすげえ、リリウスお前最高!」

「わぁ、ちょっと信じられない金額だあ。本当にいいの? 後で返せとか言わない?」

「幸せのお裾分けってやつだよ。素直に貰っとけ」


 お礼を言ったウェルキンがイース海運デパートの二階に向かう。きっとナシェカへのプレゼントを買いに行ったに違いない。ベル君は財布に大事そうにしまいこんだ。金貨はこすれると価値が下がるから専用のケースに入れたほうがいいぞ。


 よし、あの四人娘にも幸せのお裾分けをしてやるか。



◇◇◇◇◇◇



 ラタトナにいる知人全員に声をかけての大作戦がいま始まる。


「えー、本日の作戦はお買い物大作戦であります。諸君らの仕事は思う様に物欲を燃やして欲しい物を買い漁ることであります。なお買い物額の上限は存在しないものとします」


 途端にどよめくデパート内である。

 俺の集めた友人達よりもむしろ他の客の方が反応が大きい。どこの富豪だというひそひそ話が聞こえてくるくらいだ。ふっ、ただのクラーケンハンターさ。


 呼んだのは三馬鹿プラスワン。D組のバカジョバカ男子。アーサー君とエロ賢者。親父殿。ガーランド閣下とラストさんの計14名だ。


 親父殿は俺が心配なのか変な動きになってる。


「りっリリウス、お前だいじょうぶなのか? 変なきのこを食ったわけじゃないよな?」

「湾岸リゾートできのこの疑惑はおかしいだろ」

「おかしいのはお前の行動だ。いったい何の得があってこんな恐ろしい大会を開くんだ」

「日頃お世話になってる人々へのささやかな返礼に決まってんだろ」

「ささやかじゃないから言っているんだ! 上限額がないってどういうことだ、ここがどこかわかっているのか、町の裁縫屋ならともかくイース海運デパートだぞ!」


 ここで掲げる一万枚の金貨の振り出しを約束する約束手形!


「うおっ、イースの約束手形それも黄金の縁取り!」


 指をずらす。すすっと現れる同様の約束手形が十枚。

 親父殿も驚愕だ。


「十万テンペル……!」


 閣下も納得したみたいに頷いている。


「クラーケンを持ち込んだ幸運な男がいるとは聞いたがお前だったのか」

「リリウス君ってお金が寄ってくる不思議な子なのよね。うふふ、これは素直に幸せのご相伴にあずかるべきね」

「ラストさんには世話になってばかりだ。好きなものを選んでくれ」


 クラーケンハンターの栄光の門出だ。気前よくパァっと使ってくれ。

 金の心配なんてするな。俺には友達クラーケンがいる。


「D組のバカジョバカ男子については戦闘用装備の購入を勧める。せっかくの機会だし聖銀で揃えちゃえよ。それでは作戦開始。八時にはレストランの予約があるから忘れないでくれよ」

「「うおおお!」」


 バカどもの雄たけびが開始の宣言となり各自適当に散っていく。


 俺は俺でカメラコーナーに移動するエロ賢者を呼び止める。


「カメラ選びのアドバイスなら構わんが」

「いや、一個相談があるんだ」


 ガイゼリックは神器を山ほど持っている。どんな手品か知らんし入手経路も不明だがそこはどうでもいい。……どうでもよくねーが聞いて教えてくれるとは考えていない。


「神器を売ってほしいんだが、幾らあれば売る気になる?」

「ほぅ、また凡俗らしい願いだな」


 何の意外性もなくて悪かったな。


「対価の話は求めるもの次第だな。何を欲する?」

「お前が前に使っていた白のシュテリアーゼが欲しい」

「白のシュテリアーゼなど知らんな」


 惚けているふうでもないエロ賢者がバサッとインバネスを翻し、そこから真っ白い剣を取り出した。それだ。それが欲しい。


「時のシュテリアーゼならここにあるがな」

「それを売ってほしい」

「しかしお前は白を求めているはずだ」

「白とか時とかはどっちでもいいんだが……」


 待て、もしかして別物なのか?

 アシェラの制作した春のマリア・レポートには確かに白のシュテリアーゼと書いてあった。俺がゲームで見たシュテリアーゼももう少し細身の片刃の剣だった。別物なら納得もいく。


「白のシュテリアーゼも存在するのか?」

「先に知らんと言ったはずだ。何より白のと言ったのはお前の方じゃないか」

「じゃあ質問を変えるぞ。時のシュテリアーゼはどこで手に入れた?」


 エロ賢者が口をつぐむ。話してもいいか迷っている感じだ。

 秘匿している遺跡なら明かさないのは当然だ。同じ銘を持つ神器の存在を示された後ならさらに慎重になるのも理解できる。

 俺なら見落としがあったんじゃないかと考えて発見場所に戻って白の方を探す。


「見つけたら売ってほしい」

「性能次第、と言いたいところだがお前がそこまでして欲しがる神器だ。くれてやる気になる程度の性能とは思えん」


「やれやれ、交渉失敗か」

「駆け引きは苦手か。稚拙とも呼べぬ、焦りすぎだ、俺に情報を与えただけだぞ」


 指摘されるとぐぅの音も出ないね。お世辞にも上手とは言えない下手な交渉だったし結果もダメダメだ。案外ナシェカに依頼して代理購入させた方がよかったのかもしれない。こいつナシェカには甘いし。


「じゃあ気に入らなかったら売ってくれよ。ってことで今回は別の物を買わせてくれ」

「何を欲する」

「どんな神器持ってるのか教えてくれよ。目録があると嬉しいんだが」

「俺に手の内を明かせときたか。優しめに言ってやる、出直してこい」


 う~~~ん。当然と言えば当然なんだろうがビターな対応だ。

 ここは欲張らずに直球でいこう。


「トールハンマーを売ってくれ」

「あんなモノでいいのなら売ってやっても構わんがな」

「いいのか?」

「俺には不要な品だ。雇いの兵隊に持たせて夜逃げされるの癪であるしと持て余していたところだ」


 わかる懸念だ。傭兵に神器を渡しても夜逃げされるのがオチだ。売れば一生遊んで暮らせる武器なら普通は売る。聖銀の装備くらいなら真面目に働いてくれるかもしれんが、強すぎる武器の弊害だな。

 しかし旨い話には落とし穴があるものだ。やはりというかきちんと落とし穴があった。


「対価として無色のリバイブエナジーを800ディワース貰うぞ」


 テンペル金貨なら何百万枚払ってもよかったんだがな。

 リバイブエナジー、それも無色ときたか。ディワースって単位がどの程度かは知らんが少ない数字ではないんだろうな。


「金貨じゃダメか?」

「神器を売ってやるというのだ。この程度の対価は当然だろう?」


 エロ賢者はすげえ魔導師だ。おそらくは俺と同じく天上の領域で戦う男だ。だからリバイブエナジーなんてアシェラ信徒と神々の眷属しか知らない言葉を知っていて、神器の対価に求めている。


 リバイブエナジーは神々のちからそのものであると同時に、神々の間において通貨のごとくやり取りされる場合がある。頼み事をしてその対価にちからを渡すという概念だ。

 神を殺して手に入れるのもリバイブエナジーであるし神が権能を強化する際に必要とするのもリバイブエナジーだ。信徒と神兵に変える時に使うのもリバイブエナジーだ。世界の裏側においては何の属性にも染まっていない無色のリブは金貨なんかより遥かに価値があるんだ。


 簡単に言えば俺の錬金術もリブを使っている。ゴールドを生み出す秘術の動力そのものを寄こせって話だと考えればリブがどれだけ高い価値を持つかわかるはずだ。


 俺は王のちからを自分用のリブにチマチマ変換しているからまだ入手できている方だ。信仰のちからを持たない魔導師にとっては入手難度は俺の比ではないはず。大量の魔石から精製する方法もあるがそれこそ莫大な金が掛かる。


「諸事情があって今はリブが少ない。溜まってから声を掛け直すよ」

「……王のちからが減じているのか?」


 何の話だ、とは言わない。

 俺とこいつの間で王と言えば種族王か殺害の王のどちらかを意味するはず。


「ちからが減るって殺害の王が弱っていると?」

「以前までのお前ならこの程度の拒絶でも苛立ちを覚え俺を殺そうと考えたはずだ」


「そんなわけが……」

「無いとは言い切れまい。王の心は殺意に満ちている。あんなものに触れ続けている自分の精神の健全を信じられるわけがない。少なくとも俺には無理だ」

「……」


 反論はできない。アシェラからも警句を受けている。

 俺の純真無垢な真っ白いラブリーな心に殺害の王のコーヒー色の殺意が流れ込み、俺の心はカフェオレになっていた。それが最近にコーヒーにミルクを少量垂らしたレベルになっている。

 亡霊憑依ゴーストハックなら対処はできるが、精神の汚染を取り除く方法はない。


「いや、構わん。危険性の減少は歓迎できる。俺も取引は理性のある相手が望ましい」

「弱体化はよくないんだがな」

「制御に長じてきた証であろう。暴走する全力よりも制御下に置かれた5%の方が信頼できる」


 出力がそこまで落ちているのか。消費税より低いとは……

 クリストファーを殺せなかった理由は単純にレジスト値を打ち破れなかっただけか。


 エロ賢者との話し合いによりトールハンマーの売約を取りつけることができた。ディワースという単位がよくわからないと言ったらアシェラ信徒に聞けとさ。ディワースとは高位の神兵を生み出すちからの最小単位を意味し、悪徳信徒800人分だそうだ。ボッタクリだ。

 ボッタクリだと思うが「では買うな」と言われたらね。

 欲しいんだよなあ。手に入らないのなら仕方ないで諦められるが売ってくれるのなら是非とも欲しい。ハンマー系の神器なんて俺のための武器じゃん。


 気を取り直して適当に買い物をする。ステルス収納が使えないせいで取り出せない魔導コンロや調味料の買い直しを重点的に。替えのシャツや半ズボンも買っておく。イースが取り扱っているお洒落なやつだ。


 買い物の途中で親父殿と合流。女性物のアクセのアドバイスを求められたが……


「息子のかねで浮気相手へのプレゼントを買うとかいい加減にしろよ」

「誤解だ、リベリアへの土産だ」


 俺のかねで義母への土産とか根性据わりすぎだろ。

 屋敷で俺をいじめていた張本人だぞ。


「まあ俺のセンスで選ぶのなら罰ゲームのようなもんだし丁度いいか」

「お前そんな体たらくで大丈夫なのか」

「大丈夫って何だよ」

「マリ……げふんげふん」


 親父殿が咳き込む。誤飲か、年食ったなあ。

 肩を組むな肩を。


「それで学院生活はどうだ?」

「成績ならバートランド公宛てに送付されているはずだが学年首位だと思うぞ」

「すごいな、お前はむかしから勉強だけはできたからなあ」

「親父殿は劣等生だったんだっけ?」

「まあな。ガキの頃は勉強が本当に嫌いでな、最低限の読み書きだけはできたが本当にそれだけでな。学院では苦労したぞ。領主になってからも苦労した。もっと前から真面目にやっておけばよかったって後悔したもんだ」


 義母にプレゼントする用の髪飾りを色々と手に取りながら懐かしそうに語る親父殿である。やっぱりセンスがいいな。アドバイスなんて俺と話す口実でしかないね。


「お前は立派だよ、俺の子にしとくにはもったいない立派な息子だ。こうして親孝行もしてくれるしな」

「調子のいい親父だぜ」


 親父殿があとは孫の顔を見せてくれたら完璧だなって言った。

 孫ならいるよ。意図的に会わせてないだけで。


 親父殿は大理石のバレッタを選んだ。白黒のマーブル模様が穏やかな印象を与える、中年の女性が身につけているべき品の良い髪留めだ。やっぱりセンスがいいよな。


「リベリアにはお前からの贈り物だと伝えておくよ」

「余計な気を回さなくてもいいから……」


 あ、気づいてしまった。


「もしかして浮気旅行を誤魔化すために俺とラタトナにいたという事にしたいのか?」

「俺の信用はそこまで低いのか……?」


 いやさすがに邪推のしすぎか。幾ら親父殿でもそこまでのゲスさはないよな。


「わりぃ、今の失言は忘れてくれ」

「本当だぞ」


 俺もこの邪推ごと忘れよう。父と息子がデパートで買い物をした。それだけだ。

 懐中時計を確認すると七時半だ。そろそろみんなの買い物も終わっただろうか?


 デパート内を回ってみんなを集めていく。最後にお会計だ。クラーケンの買い取り担当の人だ。

 ニコニコしながら差し出してきた革のボードを開いて請求書を確認する。


「……?」


 20万飛んで87テンペル金貨だと……?

 ありえない、ありえない金額だ。端数になった87テンペルでさえ平民の生涯年収を越えているんだぞ。ばかな、ありえない、いったい何を買ったらこんな金額に……?


「一応聞いておくけど親父殿はなにを買った?」

「何を驚いている。俺は髪飾りだけだ、値段ならお前も見ただろう」


 金貨八枚という大変懐に優しい金額だったな。

 すまない、疑ってすまない親父殿。そうだよな、色々あったけど親父殿が俺に何かしたことなんて無かったもんな。むしろ色々心配してくれていたもんな。この支払い額から父の愛を感じるよ。


「じゃあナシェカだ」

「どういう疑惑なのかナシェカちゃんわかんなーい」

「正直に言いなさい。どれだけ散財したの?」

「ドレスとー、アクセとー、化粧品とー」

「幾ら!」

「だいたい2000テンペルくらい。十万も荒稼ぎしておいてケチくさくない?」


 ナシェカではなかったか。いや1000億PLの女だからね。疑惑をかけるくらいは当然だよね。うん当然だ。


「マリアは?」

「ごめんねー、ナシェカと同じくらいかな?」

「マリアとエリンのコーデ担当だからね。すっごくいい感じだから次の夜会が楽しみぃ」

「わたしも淑女の仲間入りさ。貴公子を捕まえるぜ!」

「デスきょの姉御、貴公子を殺すなよー」

「殺さないよ! わたしを何だと思ってる!」

「デスきょ」


 リジーちゃんよ、やめれ。デス教徒をいじるのはやめれ。

 デス教徒は身バレが一番のタヴーなんだぞ。怖いわ。


 そんなリジーちゃんも新しいドレスを一着と化粧品を買い足したくらいで82テンペルだそうだ。ナシェカに次いで金遣いが荒い予感がしていたのに素晴らしいな。親に言えば何でも買ってもらえる富豪の娘だからな。この機会に色々買い溜めしようなんて貧相なメンタルじゃねえんだ。


「わかりました、犯人はお嬢様、あなたですね?」

「え、事件の話なの?」


 消えた金貨殺人事件であります。


「何を買いました?」

「せっかくだしドレスを一着と水着を買ったわ。ありがとうね」

「いえいえいつもお世話になってますし」

「もしゃ。犯人とか言っておいてすぐにそのムーブ。リリウス君精神分裂してない?」

「あら、リリウスは元々こうじゃない」


 元々情緒不安定でデフォルトだと思われていたのか。まあいい。


 アーサー君は平気だろ。どうせ本だ。本なんかで金貨二十万枚もいくわけがねえ。エロ賢者は首を振っている。お前に借りを作りたくないと言わんばかりの態度で、こいつは1ボナたりとも買ってないな。


 ガーランド閣下と目が合う。守銭奴の鉄の顔面には何の動揺もない。ないが。

 無いが腕を組みながらこっそりとラストさんを指さしている!


「ねえ、ラストさんは何を買ったの?」

「うふふ」


 え、待って待って、その笑顔怖いんだけど。

 いつも怖いけど今日は特に怖いよ。犯人的な意味で。


「みんなでクルージングを楽しもうと思って買っちゃった♪」

「まさか」

「うん、バアル級高速帆船 (80の客室を備える大型軍船)」


 助けて親友クラーケン



 デパートの窓から海に飛び込んで金策に向かった救世主がいるらしい。

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