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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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海にはロマンがいっぱい①

 二十畳一間が一階と二階にあるだけのショボいコテージに招かれた海の女王はキョロキョロしている。人の住まいに招かれるのは珍しいのかもしれないし、伝承にある救世主の巣穴が小さくて驚いているのかもしれない。

 とりあえずクッキー缶と麦茶を出してみた。麦茶には目をしかめているのでお茶という概念はないらしい。


 とりあえずハザクくんがしゃべってる。


「だいぶ前に英知殿からクライシェと救世主さんを引き合わせてほしいと頼まれていたのだけど彼女を探すのに手間取り今頃になってしまったのです」


「アシェラからか。もしや俺の強化計画?」

「はい、クライシェの加護は強力なので是非ちからを借りたいというので苦労してこの子を探してきたんです。えっへん」


 ハザクくんって子供の分霊の時は知能が下がってみえるよね。

 見えるだけで実際はそうじゃないんだと思うけど、やっぱり視覚効果って強いわ。


「助かるよ。苦労かけたな」

「殿からも協力するように命じられてますので」

「我はまだ協力するとは言っておらぬ」


 態度がツッケンドンだ。協力するとは言ってないが、つもりもないのなら態々来たりはしないはずだ。何か困りごとがあって対価として加護をくれるのかもしれない。


 クライシェが無遠慮な視線を向けてくる。瞳がどうのではなく眼球そのものが真っ青な不思議な眼が俺の深くを見通そうとしている。

 俺も拒んだりはしない。何も隠しはしない。好きなだけ探って納得してほしい。


「深く老いた魂と若々しい肉体。たしかに並みの陸の者ではないがお前にガレリアが討てるのか?」

「討てるさ」

「随分とあっさりと言いおる。あの者どもは倒せぬ、我もハザク殿も数えるのも億劫なほどに戦ってきたがどうにもならぬ手合いよ。もう一度問うぞ、本当に討てるのか?」

「討つよ。それが俺の存在意義だ」


「星霜の彼方から来たりし約束の救世主よ、ならばその証左を示せ」


「戦ってちからを示せと?」

「何を聞いていた。我とハザク殿を倒してみせたとてガレリアに及ぶ証左にはならぬ。偉業を為してもらう、それを以てして我も判断しよう」


 予想通りのおつかいクエストだ。

 以前にも何個かやったやつだ。アルテナを通じてイリス神の協力を仰ぐ時に「行方不明のディアナ神を見つけてこい」って言われた後はダッシュでフェスタに飛んでライアードに頭を下げてリアクターから解放してもらったっけ。


 対話する者。世界の調和を守る者。調停者の仕事だ。

 神と人を繋ぐのが俺の仕事だ。よぅし、やってやろうじゃん。


「偉業を為してみせよう。何をすればいい?」

「我が古き友を妄執から解き放ってほしい。我が友パルム・メジェドを……」


 そのクエストクリア済みな件について。

 エンシェントドラゴン蒼のパルム・メジェドなら去年仲間にしたよ。ゼニゲバとハザクくんが訪ねてきたすぐに後でちょうど祈りの都の市長選挙の時期でね……


 あれは本当に大変だった。俺の為した未来改変の結果なんだろうがゴースト先生のIFルート、アルバス・クレルモンがエクスグレイスを手に入れたらこうなるっていう大騒動だった。


「彼女ならもう和解してるんだけど?」

「ふむ、ならば異存はない。お前を救世主と認めよう」


 解決!

 何ということでしょう。やはりイベントは小まめにこなしておいて正解だな。まさか偉業がクリア済みだったとは……


「じゃあ加護を頂戴しよう」

「よかろう」


 蒼海のクライシェと握手を交わし、ちからを受け取る。

 具現化した加護が珊瑚のブレスレットという形で右腕に現れる。神器の誕生である。詳しい効果については今度アシェラに聞いておこう。……何やらお嬢様が挙動不審だ。何だろう?


「ねえ、この方は神様なのよね?」

「はい、とても高名な神様ですよ。蒼海のクライシェと言えば西方五大国のみならず海のある地域ならかなり高い確率で大きな神殿のあるすごい神様です。まぁ内陸のドルジアではあまり知られていませんがね」

「そんな神様から御加護が戴けるのね。頼んだらわたくしも貰えたりはしないのかしら?」


 そんな厚かましいまねができるわけが……

 できるわけが……


 期待の眼差しでクライシェを見つめる。もしやイケたりするのか?と思ったが渋い顔をされている。


「やめておけ、身の丈に合わぬちからは矮小なる身を滅ぼすだけだ」

「お嬢様には適正が無い?」

「英知殿ほど確かではないが合わぬ予感がある」

「じゃあ止めておきましょう」


「適正ってどういうこと?」

「神様のご加護は強いちからです、受け取る側にも強い器を求められるのです。無尽蔵に受け取れるのなんて俺だけですよ」

「なにそれ。ずるい」

「矮小なる己が身とこの者を比べるは烏滸がましいのだ。加護など得ずとも魚は泳ぎ鳥は空を駆け人は歩いていく。不要なものを欲するは大欲よ。大欲は幸福とは程遠いぞ」


 語る言葉にちからがある。さすがは王名と言ったところか。

 たまにこういうきちんとした神を知ると嬉しくなるね。まだ希望があるって信じられる。ガレリアとダーナを打ち倒した世界の未来を信じたくなる。


「しばらくは近海にいる。我に用があれば海に向けて我が名を唱えるがいい」

「しばらくってどのくらい?」

「ぼくらは君達定命の人とは感覚がちがいますから。一日や二日で潮を変えるという事はありません、一年や二年なんてうたたねの間に過ぎているくらいです」


 時間間隔が神ってるな。二年ぶりに再会したレウ・セルトゥーラにもこないだって言われたし、年単位でもそんな感覚なんだろうな。

 完全に帰りのムードだ。もう完全に帰ろうとしているクライシェが思い出したふうに、最初に運び込んだ大きい不気味な肉塊に触れながら言う。


「忘れておったわ。これは手土産よ」

「それは?」

「クラーケンの脚だ。うまいぞ」


 普段から人を食いまくってそうなクラーケンのゲソとかちょっと喰いたくないっていうか。

 俺もお嬢様もシャルロッテ様も嫌そうな顔つきをしている。しかしデブだけがヨダレをじゅるり!


「えええっ!? 本当にこれをまるまる貰えるの!?」

「お前マジで食う気かよ」

「知らないのリリウス君、クラーケンのゲソって珍味で有名なんだよ!」


 マジかよ。

 デブの説明によれば手のひらサイズの塊を買うのに金貨が必要になるらしい。


「そんなにすんの!?」

「お金を出せば買えるものではないからね」


 それはわかる。クラーケンなんて狙って討伐できるものじゃない。こいつらが普段どこに棲んでいるかって話だ。海の底に棲んでる怪物だぞ。

 たまたま船を襲いに来たところを倒せたとしても船に詰め込める量はけっして多くないだろうし、何より魚介だから腐るのも早い。せっかくの珍味も腐ってしまえばゴミだ。


 たまたま冷凍設備のある船が襲ってきたクラーケンを倒しでもしない限りは出回らないわけだ。


「食通の中にはクラーケンをこよなく愛する人もいてクラーケンの噂を聞けば世界中どこへでも行くという話だよ。オークションに出てくればどうしてもクラーケンを食べたい人達が集まって連盟でお金を出し合って競り落とすんだ」

「え、待って、急にいい手土産に見えてきた」


 そんなにうまいのかクラーケン。積極的に船を襲って人を山ほど食ってそうな怪物が高額だと聞いた途端に美味しそうに見えてきたぞ。

 なおお勧めの食べ方を尋ねたところゲソを一本ずつ齧るとか言われた。こいつらにはクラーケンを丸ごと呑み込む選択肢もあるんだろうな。


 海産物の王達と別れてBBQパークに向かう。


「浜辺をうろうろしている連中がクラーケンの残骸を探しているふうに見えてきたな」

「実際そうでしょ。あの大騒動の後に別荘にも戻らず水着にもならずに血眼になって海岸線を歩いている理由なんてそれしかないよ」


 じゃあアピールしていくか。

 ハイランクな貴族がギョっとしている。一人気づけばまた一人が気づいてざわめきが大きくなっていく。

 そうだ、羨望の眼差しで見上げるがいい。あれはまさかっていう視線が気持ちいいのだ。


「そんなに見せびらかしていると分けなきゃいけない嵌めになりそうだね」

「なんで分けてやる必要があるよ。あぁ奴らの視線で珍味がさらにうまくなりそうだ」

「こいつ本当にイイ性格してるわね」

「わたくし的にもおいしいものは静かに食べたいんだけどぉ~?」

「大勢の羨望と怒りと憎しみの眼差しを浴びながら食べる希少食材もオツなもんですよ?」


 迷宮のセーフゾーンでみんなが手持ちの塩パンと水を齧ってる中で鍋を作る快感はやめられねえ。むしろメインコンテンツまである。

 おそるおそる声を掛けてきた奴らに「金貨を出せ」と言って黙らせた時の表情だけご飯が進むぜ。って言ったらシャルロッテ様がマジ引きしてる。


「外道」

「クククク、ちゃんと準備をしてこない奴が悪いんですよ。俺はリュック満ぱんに魔導コンロと各種食材を用意する苦労を背負ってるんですよ」

「あんた迷宮に料理見せびらかしに行ってるわけ?」

「そうですよ」

「なんて澄んだ目で……」


 迷宮内での救世主の役割はクランメンバーのお世話です。

 俺がいるだけで街中と変わらない水準の安心感が生まれるのだ。


 BBQパークは生憎の準備中。食材の仕込みなんかが出来てなくて営業はお昼からになると言われたがお願いして設備だけを借りる。

 とりあえずデブの知識をもとに調理を開始する。


「今回は鮮度がいいし生食を試してみたいね」

「生て……」

「滅多に手に入らない希少食材の鮮度がいい状態だよ。今回を逃したら生のクラーケンなんてもう二度と食べられないよ。シャルそれでも焼くの?」

「だってお腹壊しそうだし」


 そしてこの不毛な論争を終わらせるロザの一声が炸裂する。


「これだけあるんだし色々作ればいいじゃない。生は食べたい人が食べる、これでいいわよ」

「そうね」

「ぼくは最初からそのつもりだったよ」

「なら最初からそう言いなさいよ」

「腹ぺこは喧嘩の下ってね。さあ調理を始めましょう」


 まずは生食部門。


「クラーケンは肉質が固めらしくてね、透けるような薄造りでも歯応えは十分らしいんだ」

「そいつは俺に任せろ」


 クラーケンから吸盤を切り落として片手斧を水平に入れる。すぅっと切れていくタコ肉を花のように丸めてテーブルに置いていく。


「達人の技だねえ」

「武術の基礎は肉体の使い方の習熟にあるからな。ある程度の腕前のやつなら料理もうまいはずだぞ」


 デブは火を入れた料理を作る。

 斬るのには苦戦したので俺がやってやったが、手慣れたもんで煮込みに串焼きと並行して色々作っている。

 お嬢様はアシスタントになってる。シャルロッテ様はそもそも手伝うおつもりが皆無。


 俺も手持ち無沙汰になったんでアヒージョを作ってみる。ニンニクとトマトをベースにタコ肉から出る旨味でキメるやつだ。ニンニクはやや少なめにし、物足りないと感じたらその都度すり下ろす感じにした。


 さあお嬢様、毒見してくれ。


「……! ……!」


 目を輝かせながらこれすごいと俺の肩を叩いて喜んでくれたので大成功だ。吸盤の毒牙だけを外せばいいとは聞いていたが大丈夫らしいな。毒線らしき部位も引き抜いておいた。毒っぽく変色している部分のみならず周りの部分も使わない方が正解だろ。


 結果から言えばクラーケンは確かに旨い。弾力があるでは済ませない固さではあるが薄く切ることで貝ひも程度まで誤魔化せるし、何より旨味が芳醇だ。不思議と臭みも全然ない。


 俺くらいの強さがあれば厚く切ったステーキでも噛みちぎれる。こいつがまたチーズとバジルと合う。強い香草とチーズと合わせても旨味が負けないのはすごいな。やみつきになる美食家が出るのは頷ける食材だ。……魔物食は怖いがデブが薦めるのなら変な健康被害もないのだろう。たぶんな。


 浜辺から追跡してきた十数人の羨ましいビームを浴びながら考えた。

 どう考えても食いきれない余りのクラーケンの使い道をだ。

 


◇◇◇◇◇◇



 BBQ後、俺はクラーケンの塊肉を抱えてイース海運に乗り込んだ。


「上のやつを出してくれ。大きな取引のできる決定権を持つやつだ」


 そうしてやってきたのは商人というよりも文官チックな初老の男だ。貴族的な顔立ちをしている、というよりも実際に貴族なんだろうな。男爵や子爵という地位にあったとしても驚かない威厳がある。

 男は俺と塊肉を見るなりニヤリと笑う。


「噂は聞いているよ」

「へえ、どんな噂だい?」

「明らかにクラーケンの脚と思われる大きな肉塊を担いだ男がBBQパークで素晴らしい香りを垂れ流しているとね」


「ついさっきの話なのにもう耳に入っているのか」

「町で商売をするのなら噂には敏感ではないと出遅れる。売ってくれるのだね、もちろん高値で買い取らせてもらうよ」

「嬉しいね。と言いたいところだがせっかくの希少食材だ、値はギリギリまで吊り上げさせてもらうぜ」

「いいとも」


 いいのかよ!


「逆に聞きたいな。いったい幾らで売ってくれるというのだね?」


 デブの話じゃ手のひら大つまり二百グラム程度で金貨一枚という話だ。

 この牛の半身くらいはある塊肉が何百キロあるのかは計ってないが、少なく見積もっても一万枚の金貨でさえ安いはず。


 やや期待を込めて指を三本立てる。


「どうやら偶然拾ったから売りにきただけの男ではないらしい。物の価値のわかる男がその値を付けたのなら当然値下げ交渉など受けはしないのだろうね?」

「強気に出てもいい品だからな」

「よかろう、金貨三万枚で買い取らせてもらう」


 マジか!

 クラーケンすげえ、ゲソ一本のほんの先っぽでこの値段かよ。中規模の冒険者クランなら全員にミスリルの装備を買い与えられる金額だぞ。


「取引に感謝する」

「こちらこそ良い取引だったよ」


 偉い商人とがっちり握手。すぐにやってきた金貨の詰まった木箱を抱えて立ち去った俺は帰りの道中笑いが止まらなかった。とまるわけがねえ。金貨三万枚だぞ。ハーレムを作ってもお釣りが来るぜ。



◇◇◇◇◇◇



「お兄さんな、クラーケンハンターで生きていこうと思うんだ」

「もしゃ。完全に目が眩んでるね」


 コテージに戻りデブに将来設計を打ち明ける俺氏。

 クラーケンハンターの実入りがやばすぎて将来の選択肢が決まった。クラーケンを狩って生活すりゅ。


 金貨がこれでもかと詰まった木箱を見つめるお嬢様がたもうっとりしている。


「あれがこれだけのお金に化けるとはねえ。美味しかったけど今になってこんなものを食べたのかと変な汗が出てきたわ」

「神様のお土産だけはあるわねー」


 本当に神様の手土産はグレードが違うわ。神器なら売ると怒られるがクラーケンの脚なら怒られるわけがねえしな。


 さて、行くか。


「どこに行くの?」

「ちょっと深海まで」

「クラーケンを狩りに?」

「ええ」

「怖いとか思わないの?」

「冒険者とは見果てぬロマンを追い求める生き物ですので」


 さあ待っていろよクラーケン、乱獲してやる!




シャルロッテ「深海て。そんな気軽に行けるの……?」

デブ「リリウス君だから平気だよ」

シャルロッテ「あいつ馬鹿だから呼吸できないの知らないんじゃない?」

デブ「リリウス君だから平気だよ」

ロザリア「しばらくクラーケン料理になりそうね。おいしいからいいけど」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 神竜パルム・メジェドはメイかジェドどちらかのその後なんですかね。 あるいは両方…?
2023/07/04 03:28 名無しの背高人
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