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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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オージュバルトの娘達②

 ラタトナ海底城第六層『海航路』


 暗黒が支配する海をでかい狼が走っている。その発達した足は水面を踏んでの快速だ。景色がびゅんびゅか流れていく。もっとも見るべき景色など闇に覆われて何も見えないのだが。


 海中に潜む大型の水棲モンスターが獲物を狙って虎視眈々と待ち構えているエリアであるが何者も銀狼シェーファには追いつけない。全力を出せばマッハ七の銀狼だ。負担にならない程度に走ったって音速を超える。


 だが彼の表情を見てほしい。かなりうんざりしているのがお分かりだろうか?

 久しぶりの実戦なのでまずは腕を研ごうと思ってチマチマ戦っていたけどエンカウント率がモンスターパレード並みなのでイヤになってこうして逃げているのだ。


 ついでに言うと上層に戻る入り口が見つからないのだ。


「わぉーん!」


 くそー、なんだこの迷宮はぁ!っていう鳴き声が出てくるくらい面倒な迷宮だ。

 出現するモンスターがとち狂ってるくらい強すぎる。どれもこれもネームドモンスター級に凶悪だ。まるで迷宮内で共食いを重ねて進化し続けてきたんじゃないかっていうやべーのがわんさかいやがるのだ。

 世界屈指の高難度迷宮とは聞いていたがここまでとは思わなかった。


 所詮ド田舎のドルジアで噂になってる程度の迷宮だ、なんて高をくくっていた守銭奴が泣きを見るくらいにはインフェルノな迷宮なのである。


(リリウスがガキの頃に踏破したって言ってたが絶対に嘘だろ。あいつの実力でどうにかなる迷宮じゃない!)


 お察しのとおりそいつは嘘である。この馬鹿野郎はリリウスがよく話を盛るのを思い出すべきだったのである。


 刹那、銀狼シェーファの右前肢が爆発した。


 前肢を失ってそのまま海中に落下した銀狼を海の魔物クラーケンが襲う。

 神経毒を持つ触手に絡みつかれた銀狼が海底に引きずり込まれていく。巨大なタコが竜のごとき牙を波打たせて喜んでいる。


(雑魚が! 私を喰らうなどいい度胸だ! 喰い殺せリューエル!)


 尾を新たに召喚する。世界蛇の娘リューエルは触れるすべてを凍らせる。凍結の茨蛇が周囲の海を凍らせていく―――


(世界よ屈しろ、我が名はシェーファ! 氷雪の支配者である! 何者も我がフィールドで生を謳歌すること適わず)


 迷宮の海が凍りついていく。その様は開闢する宇宙のようだ。広がり続ける魔法力の波濤がすべてを凍りつかせて海中の魔物どもの生命を奪う。生命とは即ち魔法力である。


 分厚い氷の天井を破壊し続けて海上に躍り出た銀狼シェーファを光の矢のごとき一矢が襲う。

 その身に余る絶大のオーラぢからで強化された銀の狼の防御性能は例えパカ製の狙撃銃でも打ち破れないが、その矢はたしかにこの胸に突き立った。水を弾くふさふさの毛並みに突き立ったのは矢とは呼べぬ長槍である。


 銀狼が思念を込めて吠える。


『何者だ!』

『つれぬな。ワシの姿を見忘れたか!』


 姿も見えぬ遠方からまた一矢が放たれる。今度は射線を視認した銀狼が跳躍で避けたが―――

 確かに避けたはずなのに再生した前肢に矢が突き立っている。


(権能による攻撃か? 何たる理不尽な……)


 矢が放たれる。回避したはずなのに矢は確実にこの身に突き立つ。

 理屈が不明だ。何をすれば防げるかも不明だ。ゆえに勝てないのだ。彼女には!


『ウルド姫か!』

『ご名答なのじゃ!』


 一矢が迫る。回避に意味はないと知れば喰い殺す他にないと突撃を敢行する。


 十、百と我が身を貫く矢に耐え抜いて暗黒の彼方にいるハイエルフの射手を目指して突撃するが……


「ほい、じゃあまた最初からじゃ」


 ウルドの姿が闇に溶けて消える。空間転移だ。今度は背後から矢が飛んできた。


『卑怯すぎる!』

『ぬしと接近戦は骨が折れる。わるいが遠間から仕留めさせてもらうのじゃ!』


 暗黒の彼方で御柱のごとき超絶の魔法力が立ち上る。

 黄金の輝きを目にした銀狼がぶるりと震えた。くらうと死ぬ。あれは死ぬ。絶対に死ぬ。逆に誰があれを耐えられるのか想像もつかない。


(必中の権能とあれの組み合わせは卑怯だろ……)


 光が瞬く。まるで大地を照らすストラの曙光のごとき輝きだ。


≪我が一矢はディアナの一矢 受けよ、フローラス・ランドリティリー≫

『うおおおおお! ハイエルフが出てくる迷宮なんてクソだああああああああ!』


 銀狼が跳ぶ。やけっぱちで跳ぶ。

 彼の戦績はボロボロだ……



◇◇◇◇◇◇



 朝焼けの海面から銀髪の小銭男が飛び出してきた。

 むすっとしている。ものすごく不機嫌そうだ。邪悪な冷気が漏れ出している小銭男が歩けば海面は凍りつき、波は波の形のまま氷像と化す。完全に冷害の化身だ。漁師さんを困らせる悪いやつだ。


 朝っぱらから浜辺でイチャついていたカップルもビビって停止している。

 何故なら不機嫌そうな小銭男は全裸なのだ。フルチンなのだ。ウルドとの激闘で装備を全ロストしたのだ。


「ひどい目に遭った。おのれウルドめ……」


 別に知らん仲ではない。昨年の大魔討滅戦では轡を並べて戦った仲ではあるし、それ以前からもどうにか銀狼団にスカウトできないから度々声をかけていた。

 何度声を掛けても靡かないから口説き落としにいったらぶん殴られて意識を失ったこともあった。


 当時は隔絶たる差があった。逆立ちしたって勝てるわけもない絶対の強者と有象無象の弱者にすぎなかった。だが腕を一本もぎとってやった。

 その戦果があればこそ不機嫌で済んでいる。何もできずに負けていたら泣いているところだ。

 だがそれでも思うところはある。


「やはり腕が落ちている。リリウスごときにしてやられた時点で気づくべきだったがぬるま湯に浸りすぎたか……」


 斬れると思った時に斬れなかった。

 獲れると思った時に首を獲れなかった。イメージと現実が乖離しているのなら腕が落ちているのだ。……と考える小銭男は前向きな馬鹿野郎なので相手が悪かったとは絶対に考えない。


 この意味において彼はリリウスとフェイと同じなのだ。ひたすらに己の理想を突き詰めてその実現を手に入れる。何者が相手でも理想の姿を押し付けて勝利する。


 リリウスは絶対の速度をもってして勝利の刃を押し付ける。

 フェイは合理性をもってして最後には必ず勝利する。


 彼もまた同一にして異なる理想を有する。ゆえに理想とのズレを何よりも危険視する。斬ると思えば斬れる。殺さずと思えば刃は止まる。これができないのは未熟なのだと己に無理を要求し続けてきた。

 無理を通して磨き続けてきた腕が鈍っている。これは己の努力への裏切りなのだ。


 久しぶりに素振りでもしようかなーって思いながら別荘の門を開くと知らん女が出てきた。やけに色香の強いオーダーメイドっぽい女中服に豊満な体つきを押し込めた美女だ。年齢はいくつかは上だろう。


 女中は一瞬だけ小銭男の全裸に目を丸くしたが、すぐに己の職分を思い出した。


「お帰りをお待ち申しあげておりました。オージュバルトの命にてお世話役に参りましたアスタリア・ドゥーゼル・オージュバルトにございます」

「エスカレド殿の支援とはこれか」

「はい、クリストファー皇子殿下が望まれるものは何なりとご用意せよと……」

「また随分と泥臭い手を使う男だ」


 アスタリアは頭を下げながら思った。これは手強そうだと。

 軽く気を許してくれるとは考えていなかったが初見から敵対者に向ける目をされるとは思っていなかったのだ。ましてや彼女は自分の容姿が男にどういうちからがあるかを知り抜いているから、こう反応されるとは夢にも思わなかったのだ。


 ファーストコンタクトは警戒。となれば徐々に信用されていく他にない。

 頭の回る彼女はまずは女中として有能であろうと決めた。


「着任の挨拶にお手間を取らせてしまい申し訳ございません。さあ屋敷へ、すぐに服を用意いたします」

「要らん」

(要らん!?)


 アスタリアが驚愕でフリーズする。この皇子は服を必要としないのかという驚きだ。


「この身に恥じる点など一切ない」

「それは…その、確かにお見事な肉体であらせられますが……」


 アスタリアの困惑は果てしない。初対面の皇子が全裸で服を要らないというのだ。

 しかも絶世の美貌の持ち主でむっきむきの細マッチョなのだ。さらにはフルチンなのだ。隠そうともしないどころか恥じる点など一切ないのだ。


「私の服装についてキミが意見する必要はない。また妙齢の女性に着替えを手伝わせて喜ぶような特殊な性癖は持ち合わせていない」

(え、私いま全裸の殿方に堂々とお説教されてますの?)


「オージュバルトが寄こしたものはキミ一人か?」

「はい殿下、私アスタリアの他に一名。こちらは朝食の用意をしております」

「ではキミの口から説明してやれ。エスカレド殿の気遣いは受け取るが職分は弁えてもらおう。屋敷の清掃及び来客の取り次ぎ、私の言いつけた用事に関しては義務を果たしてもらう。その他については一切を行う必要はない」

「食事のご用意もでしょうか?」

「オージュバルトの女中は主人に二度も同じことを言わせるのか」


 アスタリアは察した。この皇子は難癖をつけて出来の悪い女中を追い出すつもりだ。

 主家からの命でここに来た。祖父からもエレンチュバルに替わり正妃に着くようにと言い含められて来た。むざむざ追い返されてなるものかとアスタリアが苛立ちを隠してお辞儀をする。


「ご下命承りまして」

「ではよろしく頼む。私はシャワーを浴びる、バスタオルの用意を」

「畏まりまして、すぐにご用意いたします」

「ゆっくり入るゆえアイロンを掛けておいてくれ。私はそのような物を好む」


 全裸皇子がのっしのっしと別荘に入っていった。きっとシャワールームに向かったのだろう。


 すっかり気圧されてしまったアスタリアがキッチンに向かう。市井ならばともかく貴族のタウンハウスでは洗濯場と厨房は併設になってる場合が多い。汚水の管理に厳しいラタトナでは個人での一日の排水量や洗濯石鹸の個数を決められていて、汚水処理施設に続く特殊な管を通した場所でのみ可能となっている。

 厨房ではアスタリアと同じく皇子の愛人に選ばれたレイシャが朝食の盛り付けを行っていて、手を止めた。


「あら、どうしたのそんな顔をして? 一緒くたに認識されないために個別に挨拶をしようなんて小技を提案しておいて不興を買ったんじゃないでしょうね。やめてよ、私まで巻き添えにするのなんて」

「いいえ、そういうのじゃないわ」


 水を掛けると発熱する通称サウナ石でできたアイロンを水に浸しながらアスタリアが首を振る。


「そういうのじゃないの」

「気難しそうな御方?」

「そうじゃない。いいえ気難しいというのはそうなのでしょうね。でもそういうのじゃないの、何ていうか……なんて言えばいいのか」

「もしかして肖像画とちがってブサイクだったの?」

「そうじゃないの! なんていうか、本当になんて言っていいかわからないけど変なの!」


 その時シャワールームから悲鳴が聞こえてきた。

 絹を裂いたようなエレンの悲鳴と誰かの慌てて逃げる声。そして誰かの頭に桶が命中した音もだ。


「すまない!」

「すまないじゃありません! どうしていつもいつもノックを為さらないの!?」


 変な皇子。ファーストコンタクトはまったく順当な評価として変な皇子であった。

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[気になる点] オージュバルトの娘達は旧(アシェラが仲間入りしていない)から派生している話っていう認識で合ってますか?
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