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(旧)身を焦がすほどの炎の中で

 帝国宰相ルスカ・ベルドールを仕留めた夜、互いへの口止めのようにクリストファーはリリウスとナシェカ、エレンを酒宴に誘った。

 もっとも他の二人は敵が帝国宰相であったなど知りもしないだろうがわざわざ秘密の漏れる口を増やすことはない。


 国営ホテルの地下にあるカクテルバーも深夜ともなればさすがに人気がない。客は彼らだけだ。


「名目はどうする?」

「戦勝会でいいだろ」

「では今夜の勝利に」


「「乾杯(サルー)」」


 これは正式なものではなく市井のスラングに近いが、庶民文化が貴族社会に波及した帝国では数少ない例だ。正式にはオーグ・ブリッツといい、いまでは伝統を大事にする貴族家ぐらいでしか使われていない。


 話題は色々とあるだろうがエレンがまず聞きたがったのは黒幕だ。自分かクリストファーを狙った相手について知りたいと思うのは当然だが……


「黒幕はどなたでしたの?」

「遺恨のある貴族による怨恨でね、きつく言い含めてお帰りいただいたよ」

「遠間に見てもそんな穏和な感じではなかったような……?」

「あの大バトルやらかしておいてそのイイワケは無理だと思うなー……もしかして名前さえ出せない奴?」

「察してくれ。みなを思えばこその我らの沈黙だ」

「ま、深入りしない方がいいよ」



「そういえばエレン様がリリウスを雇い入れたいらしいよ? ですよね?」

「あなたが自分の身代わりに提案したんじゃありませんか。ロザリア様のガードを引き抜こうなんて恐ろしいこと……その気があるなら歓迎いたしますけど?」

「ゴッドイーターの統領をガードとは剛毅な話だね。やめておけ、セクハラされるだけで扱い切れるものではない」

「お前の中の俺はいったいどんな痴漢なわけ。何も知らんくせに風評被害すんな」

「シシリーから聞いてるのだが?」

「うん、やめよっか。それ以上は本気で俺の好感度下がる」

「そのシシリーとはどなたですの?」

「黙秘だ」

「ゴッドイーターってなんなの?」

「お前は知ってるよね!?」

「ナシェカちゃんは知らないってば。でももしかしてオデ=トゥーラ様関係?」

「全然ちがうが教える気はない」

「オデ=トゥーラとはどちらの方なんですの?」

「つかこの話続けるとやべー方向いくからストップ。恋バナしよーぜ!」

「でも気になるんですが……」

「よし、恋バナするか。まずは言い出しっぺのリリウスからな!」

「クリス様がノリ気では仕方ありませんわね」

「つかクリス様から恋バナなんて単語が出てくるとは……」



「俺のいち押しかぁ……いやお前じゃねーよ」

「ここは私でしょ。浮気か?」

「お前はマジの奴か……」

「ナシェカは強くていい子だ。何が不満なんだ?」

「お前が知らない誰にも教えられない理由が原因だ。つかお前の交際条件強さが入ってんのかよ」

「強さは大事だろ。今回のような時を考えるとな」

「クリス様のお隣に立つなら自衛もできませんとね。それかよほど優秀なガードを雇うとか」

「ナシェカちゃんは諦めてくれませんかねえ」

「でもあなたフリーにしておくにはもったいないもの」



「ニャハハハハ!」

「こいつ酒癖わるいなー」

「まだ三つも空けてませんのに(一人当たり)」

「クハハハハハ!」

「いやお前はザルだろ。バトルのテンション下げられてねえの?」


 クリストファーとナシェカが肩を組んで歌い出した。バイヤール・アジャンタ、砂漠の旅を描いたジベール民謡だ。


 爆ぜるたき火囲んで故郷を聞けばこいつはどっこい驚いた。

 お前さんもおいらとおんなじ故郷かい。やあやあお前さんも同郷かい。

 スクロアロークを見上げりゃそいりゃ! 真っ赤に輝くお星さまの下においらたちの故郷がある。

 あそこにゃ妻と子供がいる。おいらの帰りを星を数えて待っている。

 おまんらちくっと待っとけよ。でも今晩きりは待っとってくれ。砂海で出会った仲間と飲む酒にゃ敵わねえ。

 おいらたちゃ~砂海を旅する男だで。男の中の男だで。

 月の砂海に沈んだオアシスは、おいらたちの憩いの場。カカアもおっこも待っとけよ。今晩きりは待っとけよ。きっと明日は帰るからよっほい!


「「明日は明日で酒を飲む~。おまんらもうちっくとだけ待っとけよ~~♪」」


「面白い歌ですのね」

「王子様の歌うもんじゃないですがねえ」

「これはどちらのでして?」

「砂のジベールですよ。エレン様はあちらには?」

「行ったことはありませんわね。一度くらいは旅行をなんて考えていますけど、どうも機会に恵まれませんの」

「そりゃ正解だ。ひどい国ですよ、ひどい目に遭いました」

「ふふふ、ではそれをお聞きしましょうか」

「んじゃどっから話しましょうかねえ。放棄されたハイエルフの都、砂の魔獣ザナルガンドのお話から?」

「ええ、とても面白そう♪」



「寝ちゃいましたわね」

「なんでこいつ俺の膝で寝るの。ナシェカ、おい起きろよ―――俺の股間でもぞもぞするな!」

「この色男、今夜はイケルんじゃないか?」

「イキたくねえんだよ……」

「どうしてそこまで嫌がる」

「ナシェカさんが可哀想だわ」

「可哀想なのはね、リリウス君なんだよ……」

「もうっ、泣かないでくださいませ」

「本当に何があったんだ?」



「あー……あの話はしても大丈夫だと思うかい。ほらアシェラ神殿の」

「ダメすぎるだろ。するにせよ詳細なチェックを経てからだぞ……」

「お二人はほんと大冒険なさってこられたのね。迂闊にしゃべってはいけない冒険譚が多すぎるのはどうかと思いますけど」

「悪いのは俺じゃねえ、世界だ」

「同感。私達はむしろ被害者だぞ」

「いやお前は加害者サイドだよ。あの時本気で俺を斬ろうとしただろ」

「斬らなかったじゃないか」

「ハゲの身柄渡したからだろ」

「あれはエリシュ神殿長のオマケ……ハッ!? いまのは忘れてくれ。絶対に他言無用だ」

「怖い。政治的な意味で怖い。聴いたらもう帰れなくなりそう……」


 エレンが耳を塞いで小動物みたいに震え出した。


 エリシュが誰かは知らないのに神殿長という単語だけで恐ろしい闇に触れた気がしたのだろう。先の身柄を渡したという言葉から察するにあまりある条件が整っていた。


 若者たちの酒盛りを邪魔してはいけないと隅に寄っていたカクテルバーの主人がそろそろと言い出したので四人揃って店を出る。

 ナシェカはリリウスが送り届けるらしい。


 遥かな洋上がプリズムに輝いている。そろそろ日の出だ。


 まだ夜気の残った冷たい風を浴びながら目指す別荘は600メーターもあるだろう。酔い覚ましにはいい距離だ。


 伸びをするエレンの足がバタつく……と力強い腕で引いて倒れそうになったのをとめてくれた。


「姫、忠実なる騎士にエスコートする栄誉をお与えください」

「ええ、よしなに」


 エレンは手甲にキスをしながら見上げてくるのは反則だと思った。

 こいつはイケナイ王子様だなーって思いながら海岸沿いを散歩する。レストランの辺りは相当な惨状だ。地面が抉れたり街灯が折れ曲がったり防波堤の一部が吹き飛んでたりとあちこちに破壊痕が見られる。


 騎士団が出ていて現場検証していたので軽く手を振っておいた。

 彼らを通り過ぎてもう会話も聴こえないだろうというところで、二人して噴き出してしまった。


「「あははははははッ!」」


「犯人は現場に現れるというのは本当だったね」

「ええ、こんなにも堂々と通り過ぎた感想はどう? は ん に ん、さん?」

「ほぼほぼリリウスのやらかしだ。悪いのはみんなあいつさ」

「これはわるい犯人さんね」


 別荘に着くと鍵をかけ、二人は互いに求め合うみたいにキスをした。

 心と体を整える作業はすでに終わっていて、あとはするかしないの話であり、拒む者は誰もいなかった。


 この日クリストファーとエレンは初めて肉体を重ねた。

 彼女は彼を知りたかった。彼は見果てぬ復讐の一歩目として。


 エレンチュバル・オージュバルトは誰も知らぬ間に恋に転げ落ちていった。

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