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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
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野心は人知れず広がりを見せる

 遠征に向かったマリアを待つ日々にニャルはため息をついた。

 ギルド酒場はやや活気がない。いつも騒いでいた面子が何十人も遠征に向かったので火が消えたみたいな静けさだ。


 細々とした声が噂するのは最近噂の冒険者支援プログラムについて。

 受け入れられた者はここにはいない。ここに来る理由などないからだ。ここにいるのは噂のプログラムに弾かれた者だけだ。


 疲れた様子のギルド上級職員オルシアがコーヒーをすする。カフェインだけが彼女の支えていた。


「調べてみたけど噂の冒険者支援プログラム、随分と悪質ね」

「そうなの?」


 お代わりのコーヒーを持ってきたニャルが相槌を打つ。冒険者ギルドはラティルト市を中心に広がりつつある冒険者支援プログラムの実態について最優先調査し、その第一弾がやってきたところだ。

 本来は準職員のニャルに話してはいけない秘匿情報だがオルシアの一存でも話せる程度の秘匿性ではある。むしろこれからは大勢に周知する必要のある情報だからだ。


「プログラム契約者は銀狼商会へと素材等を卸す。その実態として商会への専売が強制されるわ、契約違反にはペナルティーも課される。本当に商人らしいやり方ね」


「それの何が悪質なのニャ…じゃなくてぇ~~」

「二人きりだもの、いつものしゃべり方でいいわ。ええ、これだけなら悪質に聞こえないわね。売却価格が不当なほど安値じゃなければね」

「そういう話ニャ。どのくらい安いのニャ?」

「適正価値の三割よ」


 ニャルも絶句するほどのボッタクリ価格だ。


「もちろん契約のメリットは多いわ。高水準な装備の貸与に各種アイテムでのサポートの部分には偽りはない。手厚いサポートのおかげで契約者はただの戦う人形になっているけど契約者本人が満足しているならこちらから口出しするようなことじゃないわ」


「そうなのかにゃあ」

「ええ、だって本当にすごい装備だもの。あれだけの装備を揃えるにはおそらく玄室一つを金貨で埋めるほどの金額が必要になるわ」


 猫耳がギョっとする。それが数えきれないほどの金という慣用句だからだ。


「鑑定師に視せたニャ?」

「依頼した鑑定師はその場で呪殺されたわ」


 猫耳がちがう意味でギョっとする。


「装備自体にカースが掛かっているのでしょうね。迂闊に手を出せば火傷じゃすまないくらいの大物が背後にいるのでしょう」

「手を出す? 口出しするようなことじゃないって言ってなかったかニャ?」

「それはわたくし個人の意見よ。冒険者ギルド・ラティルト支部は冒険者支援プログラムを脅威と判断して帝都本部の指示を仰いだわ」

「そんなにオオゴトなのニャ?」

「ええ、だってギルドに喧嘩を売ってきているんですもの。ギルドの冒険者を引き抜いて戦う奴隷に変える。これはギルドが耕した畑から野菜泥棒をしているも同然よ」


「ニャルたちは野菜じゃないニャ」

「わかってる。でもそういうことなの……」


 ギルドにとって冒険者は野菜でしかない。抜いても抜いても畑から生えてくる安い命でしかない。

 オルシアの倫理観がギルド上級職員としての責務と一人の人間との間で揺れる。彼女は優しく、心を殺して非情に振る舞えはしなかった。


「まだ推測の段階だけど銀狼商会は冒険者ギルドに成り代わるつもりよ。問題はその野心がラティルト周辺の諸都市で留まるのか、それとも帝国全土まで波及するのか……」


 オルシアの手元には冒険者支援プログラムの契約書その写し書きがある。

 

 冒険者支援プログラムはユーザー様に見合った高水準なチームを派遣いたします。優れたユーザー様と優れたユーザー様を繋ぐ冒険者支援プログラムの輪は全世界に広がっているのです。


 これが単なる誇大広告なのか、それともアップデート・マップなのか。

 銀狼商会の野心は世界に伸び、世界全土に根を張る冒険者ギルドという組織を蹴落としてその座に座ることなのか?

 その果てなき野心を知る者は未だ少ない。


 竜皇子クリストファーの一手が辺境都市ラティルトから広がる。さながら地図を焼き、燃え広がる野望の火のように。

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