(旧)若者は炎の中で舞い踊り 大人達はチェスのように政治に興じる
物語は少しだけ時を遡り、グランナハト・アルカーディア大劇場でマクローエン魔導伯ファウストが第四王子アデルアードの後ろ盾となるを宣言した夜となる。
バートランド公爵家の遊戯室は数人分の紫煙に煙っている。
葉巻をスパスパ吸いながらポーカーをする三人の大人達は札遊びではなく政治の話を楽しんでいる。
「まさかファウスト君があんな大胆な手を打つとはね。彼の堅実なところは気に入っていたんだがなあ」
バートランド公爵が不要なカード二枚を滑らせながらぼやき、それをセルジリア伯爵が笑い飛ばした。
「子供の成長は早い。喜ぶべきだ。なあファウル」
「あれの少しばかりこじんまりとまとまりすぎていたところは気に掛けていたが、大胆になりすぎては喜びを通り越して心配にもなる。ベット十」
「息子の晴れの日だ、お前にまで運気が回っているらしいな。レイズ三十、ご祝儀だ貰っとけ」
「いやいやハッタリと見たね。レイズ五十」
「ショーダウン、ロイヤルだ。悪いな」
元マクローエン男爵が最高役をテーブルに開けると二人分の悲鳴が轟いた。ハッタリなんて言いがかりをしたバートランド公爵アルヴィンはオールバックに流した頭髪をがしがし搔き乱している。
「まいった。今夜の流れはマクローエンにあるらしい」
公爵が手札を戻して再びカードを配っていく。
今夜はやはりファウルに流れているのかな?と思うような手札だ。
「夜の魔王の話は真実なのか?」
「解釈によるな」
「おいおいファウル、俺らの間柄だ、学者先生みたいな根拠はいらねえぞ。主観でいい」
「主観で言えば信じたくはないだ。あれはいつの事だっただろうな。たしかに俺はリリウスに連れられて夜の魔王の遺跡と思われる場所に放り込まれた。そこであいつは古びたコートを手に入れたさ」
「リリウス君か。彼はどこで魔王の遺跡……あぁと思われるだったな。その場所を?」
「カウンゼラに来た吟遊詩人から聞いたんだとよ。後で調べたら吟遊詩人が来た形跡はなかった」
セルジリア伯爵バランジットが口笛を吹いた。ホラーだからだ。ミステリーかもしれないし、サイコパスかもしれないが。
だが親友の頭の具合を疑うよりも信じるのがバランジットという男だ。愚直にして武骨。信頼にはより大きな信頼で応える。
それは彼の人生におけるたった一つの傷が残した後悔によるものかもしれない。
「すげえな、魔王様のお導きって奴じゃないか。そのコートを手に入れてから変化は?」
「いつも通り兄達とケンカしてたよ。まぁそのちからを使って悪戯はしてたが可愛いもんさ。夜の魔王が兄の部屋に蜂の巣投げ込んでゲラゲラ笑うと思うか?」
「そりゃあないな。魔王なら死体でも冒涜してるだろうさ」
「死体のケツにスプーンねじ込んで?」
ジョークに三人揃って笑う。
学院同期で三十年来の親友ならでは気安さだ。
「一昨年だったかな、俺の教えた遺跡からファウストが気味の悪い剣を持ち帰ったんだ。あぁ先に言っておくが操られている感じはなかった、強いちからに酔っている感じはあったがな」
「それは疑っていない。さっき会話をした手応えからしてたしかにファウスト君だった。私の知っている彼よりは大胆だったがね」
「少年は成長する。俺やお前らと同じで大人になっていくものさ」
「いつまでも可愛い子供のままでいてほしい、っていうのは親のエゴなんだろうなあ。ここからは少しホラーだ、ファウストに領主位を譲った後にもう一度あの遺跡に出かけてみたんだがたどり着けなかった」
「……ファウスト君が遺跡に結界を?」
「そういうレベルの話じゃない。ネルガル先生いたろ、魔法薬学の。先生も連れて行ったんだがやはり見つけられなかったんだ。俺が夢でも見てたんじゃなければそいつは神代のオーバーマジックだって話だ。選ばれた者しか入れない系のな」
「ひゅうッ、マジモンの魔王様の導きじゃないか」
「その遺跡はどこにある?」
「バルメロの旧林道の奥だ。案内してやってもいいぞ」
「ファウル・マクローエンが選ばれないんじゃ俺らだって選ばれるわけがないさ。なぁ、魔王の遺跡なんて半信半疑ではあったが本物だと思うか?」
「リリウス君の前に現れたという吟遊詩人、おそらくは彼が結界の管理者の一人なのかもしれないね。彼は他になんて?」
「遺跡のことは口外するなとは言ってたな。奥には魔王のゴーストが眠っていて迂闊に手を出せば帝国が滅びるとか何とか」
「よかったな、滅びかけてるのはアルヴィンの派閥だけだ」
「私としては頭が痛いよ。軽く聞いた感じ夜の魔王が復活しているなんて恐ろしい話ではなさそうだ。冒険者が神代の遺跡からハイパーウェポンを持ち帰るのは稀にあることだ」
空気を入れ替えるみたいに話題を入れ替える。
確認事項の二つ目へだ。
「ファウスト君の狙いは何だろう。心当たりはないか?」
「強引なやり方で辺境伯位を手に入れた時も思ったが地位が欲しいだけとは思えんな。辺境伯位は利権よりも責務が大きすぎる、皇室への納税だって馬鹿馬鹿しい要求をされる。メリットといえば百人までと規定されていた騎士団が3000人まで増員できる点だけだ」
「わからん。第四王子の後ろ盾になるための箔付けって線はありそうだが……」
「いや、逆かもしれないね」
「アルヴィン?」
「つまりファウスト君の狙いは軍事力の拡大。辺境伯位を手に入れるために第四王子の後ろ盾を要求された、こう考えることもできる」
「どちらも机上の空論じみてる。損ばかり多くて俺ならやらないな」
「ファウスト君は母なる我が大地から産出する無尽蔵の財と言った。彼が領主になった途端に発見された金鉱山と魔金鉱山……その正体をきちんと知っているのか?」
「ゴールドを生み出す研究なら昔から錬金術師どもがやっているじゃないか。成功したなんて聞いたこともない」
「それこそ魔王の魔法技術なんじゃないか?」
「魔王のちからに夢を見すぎだろ……と言いたいがつじつまは合うか。ファウスト君にとっては金銭など無尽蔵に生み出せる不用品でしかないのなら、辺境伯位こそが彼の狙い。となれば彼は誰と取引をしたんだ? アルヴィン、宮廷の様子はどうなっている?」
「わからん。あそこは空気のいいところではないからね、好きこのんでご機嫌伺いに行きはしないさ」
「辺境伯位を与えられるだけのちからを持つ宮廷文官か、誰が思い当たる?」
「名前を挙げるだけで朝になっているだろうな。王族への取次という利権だけで生きているような薄気味悪い連中だ、どんな横のつながりがあるかなど誰も知るまいよ」
セルジリア伯爵がチェアーの背もたれにどっかりともたれかかった。なんだ堂々巡りじゃないかって態度だ。
だがバートランド公爵はニヤリと笑っている。人の悪そうな微笑みなので、二人は学院時代に戻った気分で手を打ち合った。
武芸はからっきしで気弱なアルヴィンだがそのじつ悪戯に関しては天才だ。謀略という一面において彼の右に出る者など、ファウルもバランジットも誰もいないと確信している。
それゆえにバートランド公爵はお歴々を押しのけての貴族院の議長であるのだ。
「宮廷のことなら宮廷に詳しい方に教えてもらえばいい。ファウル、お得意の手管でとあるレディーをヴァカンスにエスコートしてもらえないか?」
「ほぅ、その心は?」
「もうじき季節だ、アデルアード王子が取り込もうとするなら自身と同じ若い世代だろう?」
「なるほど、帝国中の若者が一堂に会するリゾートか!」
「アデルアードの影に潜む者を真夏の太陽の下に引きずりだそうってか。洒落てるじゃねえか!」
親友二人が乗り気なのを確認したバートランド公爵が渋めのお顔立ちには相応しくない、悪戯小僧の顔で立ち上がる。やる気満々である。
「幸いこちらには若い手札がたくさんある。ファウスト君にクリストファー殿下にガーランド、我らが可愛いあの三人にも働いてもらおう!」
「とびきりのジョーカーばかりだな。ボロを出さない方が難しいぜ」
「リリウス一人でも手に余るだろうに。誰だか知らないが可哀想になってきたな」
「これからの帝国は彼らの物だ、宮廷の歪んだ思惑などあの魔窟から一歩だって出させてやるものか! 盤石の帝国を我が子らに引き渡すために、必ずや闇の住人を引きずり出すぞ!」
「「応!」」
三人はこの後めちゃくちゃ大騒ぎして翌日寝込んだ。二日酔いだ。
一人一人は優秀なのに三人集まると悪ふざけするという学院同期の噂は真実であるらしい。




