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(旧)ラタトナ離宮へ!

 変な招待状が届いたせいでコテージは大慌てだ。


 まずデブとシャルロッテ様がリゾート案内で貸衣装屋の場所を探してる。俺とお嬢様はコテージの中をひっくり返して紳士名鑑を探してる。


 貴族社会だとさ、あの方誰だっけ?みたいなことがしょっちゅうあるんだ。そんな時の頼もしい味方の紳士名鑑さんは帝国貴族・皇室を網羅するすげえ奴なんだ!


「あった!」

「ヤダぁ、これ五年前に発行されたやつじゃないの!」


 分厚い名鑑の背表紙一歩手前の最終頁に捺された貴族院の印章の下には発刊年が焼きゴテされている。あんまり古いと役立たずなんだよなぁ…… 


「え~~~と、皇室皇室……」

「アデルアードアデルアード……」


 レギン皇帝から伸びる樹形図の……第七皇妃だな。

 エヴァンジェリン・ゴーゼスタイト妃殿下の長男がアデルアードなのか。


「あら、おない年なのね」

「二月生まれってことは俺と同月ですね」


 功績や武功は特になし。宮廷で飼い殺されてる普通の王子様か。こんなんもっと前に調べておかないといけなかったのに、閣下の電撃婚約のせいですっかり忘れてたぜ。


 名鑑で確認したかぎりでは大した姻戚関係はない。ファウストはどうしてこんなボンボンを担ぎ上げたんだ?


 俺は忘れてただけだけど、お嬢様はファウスト兄貴がアデルアードを擁立した事を知らなかった。学生の間は公爵家の義務は最低限にするって言い切ったせいだな。アルヴィン様はお嬢様にマジ甘いんだ。いってらっしゃいのチュー拒まれただけで泣きそうな顔してるしね。


「これ以上のことは名鑑じゃわかりそうもないですね。閣下に聞いてきます!」

「わたくしも行くわ!」

「じゃあ僕とシャルは貸衣装押さえておくね」


 閣下のコテージはL字桟橋の曲がり角にある一際大きい奴だ。

 探すまでもありませんでしたね! ベランダでラストと手を取り合って夕日を眺めておられるぜ。ラブラブっぷりが桟橋から丸見えですよ!


「閣下ぁ!」

「おにーさま!」


 お嬢様を抱えて空渡りで海を軽く越えてベランダに着地すると……

 めっちゃ迷惑そうな目つきしますね。


「アデルアードは典型的な泡沫王族だ。バートランドなら無視をしても文句を言えない程度の木っ端王子。バートランドであれば好きにしろ」


 さすが閣下だ、知りたいことを尋ねる前に教えてくれたぜ。

 真に有能な人物は一つを見て世の動きをシミュレーションできちまうんだ。知性とはこのように使うのだとその振る舞いで示してくれたね。つまり迅速に去れってことですね! せっかくのいい雰囲気ですもんね。


「それがシャルロッテ様にも招待状が届いてまして」

「バイエルならば顔を出す必要もあるだろうな」


 帝国において皇室は形骸化しているお飾りであり、警戒すべきはその王族の背後に潜む大貴族だ。つまりバイエル辺境伯家では機嫌を損ねてはいけない奴が背後にいるってご忠告だな。


「アデルアードの支援者は誰なんです?」

「宮廷の動きは星々のように緩慢ではない。はっきりとはわからないが皇位継承に乗り出してきた時点で相当な票数を集めていると考えていいだろう。……もう少し助言がいるか?」


 さすが閣下だ。俺らがアホの子の顔をしてるのでお察ししたらしい。

 具体的に何をどうしたらいいのかって奴だ。


「これを卑劣な釣り出しと見るべきだ。ロザリアは動くな、バートランドが第四に付いたなどと噂されるような行動は避けろ」

「はい!」


「お前はシャルロッテに付いてやれ。くれぐれも軽率な言動をしないように注意し、また気を持たせるような発言があればその場で訂正してやれ。事は政治だ、リップサービスの一つが後々手に負えないおおごとになると心せよ!」

「ハッ、閣下のご助言のとおりに!」


 そして閣下がなんだか残念そうにため息ついたぜ。

 なんですかね?


「変な手出しがないともかぎらん。今夜はロザリアをこちらで預かる」

「「あー……(お察し)」」


 これから恋人とラブを育もうって時にこのトラブルで残念なんですね。

 恋人と初リゾートなんだ。そりゃもうエロいことしますよねー……


「わたくしなら一人でも平気ですわ」

「よい、悪いのはアデルアードだ」

「うふふ、親睦を深める機会ができてわたくしは嬉しくてよ。ガーランド様の昔のお話なんて聞かせてくださる?」

「喜んで。何から話そうかな~?」

「婚約解消されないように手加減はしてくれよ」

「おにーさまはいつも完璧で隙がないもの、そんな面白いエピソードあったら……うふふ、いいのがあったわ」


 温かく微笑み合う三人がコテージに入ってった。ディアンマの加護持ちはどんな完璧な幸せも一瞬で破壊しちまうけど閣下なら大丈夫だろうね。最悪武力で止められるから。


 ありがたいご助言を携えて貸衣装屋に急行すると混雑してるんだ。これはどういうことだ?

 とりあえず二人と合流する。すでに正装に着替えていた二人はご婦人三人組と情報交換してるので混ざる。


「これは何の騒ぎだ。まさかラタトナ中の貴族を招待したわけではないだろ」

「そのまさかかも。かなり節操なく招待状を配ってるようだね」


 さっそく閣下の助言が心に刺さる。卑劣な釣り出しって奴だ。急な招待とはいえ王族主催の夜会じゃ断る方が勇気がいる……


 不愉快げに歪めた口元を扇子で隠した、目元にどことなくデブの面影のある女性が舌打ち。


「プリンス・アデルアード、どうも気にくわないわね」

「同感です」


 おそらくこの女性が親戚のアイリーン姉ちゃんなのだろう。ママ友ならぬマダム友達でリゾート来てるらしい。ニヤリと笑ったご夫人が手を向けてきた。


「宅の亭主は領地ですの。エスコートなさい」

「喜んでマダム」


 俺氏完璧な貴公子の作法で手にキスをする。


「29点」

「リリウス君にしてはちゃんとできた方だと思うなあ」

「お前らひどくね?」

「ま、何事も経験ですわ。貴公子に相応しいマナーのお勉強をさせてあげます」


 アイリーン様の気位の高さはThe貴婦人なので俺もしゃきっとする。だって怒らせると怖そうなんだもん。


 アイリーン様の馬車(アレクシス侯爵家の家紋がついてる!)はすでに満員なので御者だけ帰して俺とデブが馬車をあやつりラタトナ離宮へ!


 ラタトナ離宮ってのはラウラ・ケイル・メタノラ・マステマの四つの小宮殿の総称なんだ。四つの宮殿は渡り廊下で繋がっているものの其々が独立し、いずれも二百室ほどの部屋を備えている。使用人と護衛の大軍連れてくる王族が滞在するならこれくらい必要なんだ。

 無駄に広いせいで占拠事件の時は苦労させられたぜ……


 ぐねぐね蛇行する丘へののぼり坂を馬車に走らせる。


「なあ、アイリーン様ってもしかしてアレクシス侯爵夫人なのか?」

「分家の方ではあるけどマジ怒らせない方がいいよ」


 普段の五倍気をつけよう。


 ラタトナ離宮はたくさんの馬車で賑わっていた。レンガで舗装された高台にはたくさんの馬車が停まり、大勢の貴族が離宮の荘厳な扉を潜っていく。


 なお馬車を降りて五秒で扇子で叩かれてしまった。理由はアイリーン様へと腕をお貸しするのが一秒遅れたからさ。


「お馬鹿さん、女性が待たされたと感じた時点で貴公子失格なのですよ」

「厳しいぃ……」

「厳しくした方が身に付くでしょう? この痛みは未来への投資だとお思いなさい」


 スパルタ貴婦人と一緒に離宮へ。

 入る前から三回も叩かれてるとか俺のマナーどーなってんの?



 ◇◇◇◇◇◇



 炎天下の中でやる炭おこしは地獄だ。摂氏800度の高温を前にして風を送り、新しい客が来る度にスコップでグリルに突っ込んで指定の場所まで持っていく。絶対女の子のやる仕事じゃない……


 炎天下の中でやる洗いものも地獄だ。水はたしかに冷たいよ? でも洗うものがさっきまで肉を焼いていたでかい網だ。焦げついて黒くなった網を金だわしでガシガシ削るのは力仕事だし、油まみれのお皿も面倒くさい。しかも次から次へと追加されて終わりが見えない。


((地獄だ……))


 ようやく仕事が終わった。賄いを食べていいってBBQセット貰ったけどこの地獄の後でバーベキュー食える奴何者なんだよ。


 熱々の肉串を食べながらマリアは冷たいスープよこせってずっと思ってる。


「ご飯まで地獄とかどーなってんの?」

「アイス食べたい……お金ないけど……」


「マリアもエリンも軟弱だなぁ」


 ナシェカのその一言は肉体労働班二人の怒りを着火させた。暑い!


「お前らだけ楽な仕事しておいてなんだその口はッ! 死眼発動させんぞクラァ!」

「食材運ぶだけとかざけんなぁ! 格差! 格差社会の勝ち組が何をほざくか殺すよ!」


 ちなみにアーサーとナシェカとリジーの三人だけウエイター班だ。何が理由かってそりゃあビジュアルが……


 ウェルキンもさっきからずっと泣いてる。愛しの黒髪の乙女とキャッキャできるチャンスと思ってたら一人だけ遠くの倉庫から炭を運ぶだけの肉体労働やらされてたからだ。せっかく男女でリゾート来てんのに一人だけ別作業なんてイジメだ!


「落ち着けー」

「そうそう。怒ったって何にもならないって」


 二人とも超余裕こいてる。だって客を軽く誘惑して焼き串もらってたから空腹度合いでも余裕があるのだ。


「この馬鹿どもダメだ」

「完全に自分さえよければいい思考回路してやがる。アーサー様ッ、王族が働かされてるなんておかしいよ、文句言うべきだよ絶対!」

「そうかい?」


 しかし当の王族は怒るどころか楽しそうである。初めてのアルバイトの新鮮な感覚にむしろ喜んでさえいる。

 本ばかりが勉強ではないと言って無理やり留学させられたがけっこう楽しんでいるのだ。


「労働のあとの食事はおいしいものだ。このセンテンスを実感したことはなかったが実際いけるね」

「クッソ軽労働で働いた気になっておられる……」

「マジモンの重労働させられた後だとのども通らないというんに……」


 ダメだ。格差社会の勝ち組には何を言ってもダメなんだと悟ったマリアだった。


 バイト終わったら泳ごう!みたいな話はしてたけど疲れたのでホテルに戻る。そのままベッドに倒れ込んで泥のように眠っていたら……

 来客があった。可愛らしい少年の使用人だ。


「マリア・アイアンハート様ですね。こちら我が主フォン・アデルアード第四王子殿下からの招待状にございます」

「……あたしに? 王子様から?」


 続く何かの間違いじゃないって言葉が出てくる前に少年がペコリと頭を下げて出ていった。


 マリアは本気で混乱しながら招待状を開くとそこにはきちんとドルジア皇室の紋章がある。自分の名前もきちんと書いてある。でも何かの夢かなって思った。


「マリアぁー! なんかすごいの貰っちゃったー!」

 胸に飛び込んできたリジーの手には招待状が……


「君達もか……」

 廊下を歩いてきたアーサーの手にも招待状が……


 ゾロゾロ集まってきたみんなの手にも招待状が……


 みんな狐につままれたような顔をしている。王族って言われても小銭大好き王子しか知らない。王族への挨拶の作法なんて習ったこともない。夜会には興味あるけどあたしらにはハードル高くね?って顔をしてる。


「フッ、アデルアード王子とやらは初耳だが十六歳、俺達と同年らしい。ずばりこれは年の近い者をターゲットとした交流の誘いに違いない」

「その特徴的なしゃべり方は―――詐欺師のガイゼリック!」

「詐欺師ちゃうわ!」


 マリアに突きつけられた指を払いのけたガイゼリックは登場時と同じように壁に背もたれ、かっこよく紳士名鑑を読んでいる。


 みんなだいたいわかってたけど確信した。こいつナルシストだ!

 ちなみにリリウスはすでに見抜いていた。だってこいつ夏なのに指抜きグローブ使ってるもん。


「フッ、離宮でのディナー……逃す手はあるまい?」

「たしかに」

「一理ある」

「でもドレスコードとかあるんでしょう?」


「フッ、貸衣装屋の店長は姉貴だ。好きな物を持っていくがいい」

「「!!」」


 その一言でみんな夜会の出席を決意し、漆黒のインバネスをバサリとひるがえすガイゼリックの後へと続く。


「さあ往くぞ、ラタトナ離宮へ!」


 彼女たちはやはり気づいていなかった。やっぱりいつもどおり騙されてしまった。


 ガイゼリックの目的は更衣室の盗撮なのに何度も騙されてきたのにまた騙されてしまった。ちなみに彼女らのドレス写真は四人揃って予約が三百枚近く入っている。ノーマル写真は銀貨五枚。きわどい写真は銀貨二十枚。裸となれば金貨五枚である! 当然水着バージョンも販売する! 楽しそうにはしゃぎ合ってる写真にだって需要がある!


 孤高なるエロ賢者ガイゼリックは夏休み後の大儲けを夢想し、ニヤリと嗤った。



 ◇◇◇◇◇◇



「クリス様クリス様、夏季休暇はどちらで過ごされるんですか!?」

「ご一緒してはなりませんか?」

「ぜひ、ぜひバンテルマウへお越しください。うち温泉があるんですのよ~~!」

「我がコープスはいかがですか。涼しくて避暑にぴったりなんです」

「それとも何かご用事でもあるのですか~~~?」


 終業式直後、大勢の女子に囲まれて夏休みの予定を聞かれているクリストファーはやや困っていた。他人には明かせない用事があるからだ。

 用事とはちょっとした知り合いからの頼み事だ。


(マクローエン卿はいったい何を企んでいるのか……)


 七月に入る少し前、ファウル・マクローエンが鳥籠事件の際に借りにした恩を返せと言ってきた。恩は返さないと居心地が悪い性質なので快諾したが、奇妙な要求だ。


 夏季休暇はラタトナリゾートで過ごしてほしいという不可思議な要求だ。


『別荘はこちらで用意しました。お小遣いも差し上げましょう。足の速い騎獣も差し上げましょう。好きな子でも誘ってゆっくり楽しんできてください』

『話が見えないな。それが卿への借りを返すことになるのか?』


 探りのつもりで問いかけたら……


『殿下、リリウスならば今のワードだけで勘づいたでしょうな』


 あろうことか挑発してきやがった!


 眼前の優男が計り切れない。どことなく儚げな優しさとそれを仮面とするような凶暴さを宿した大人と見たが、権謀術数に長ける類ではないと読んでいた。しかし今の言い様はまさしく策謀家の讒言だ。


『私がリリウスに劣ると?』

『いやいや、そう不敬な言い草ではありませんよ。ですが証明する手段は一つでしょうな。要求は一つだけリゾートを心の望むままに楽しんでください。貴方がどんな想いを抱いて帝国に戻ってきたのかは存じ上げないが……』


 そしてクリストファーは空上の人となった。

 ファウル・マクローエンの用意した高レベル騎獣『グリフォン』に跨り、その翼をラタトナへと向けている。


 彼の背中にはエレン・オージュバルトがしがみついている。彼女を同行させたのは気まぐれだ。実家に帰るというのでどうせならと同乗させたに過ぎない。なにしろラタトナはオージュバルト辺境伯領にある。


「すごい風。殿下はよい騎獣をお持ちですのね」

「悪い知り合いからの贈り物でね。どうやら面倒な陰謀に巻き込まれるらしい」

「あら、それは怖いお話ですね」


 まったくだと心の中で賛同する。

 口に出さなかったのはあのどこか底知れない男を恐れていると認めたくないだけだ。


「殿下わたくしにも噛ませていただけませんこと?」

「火遊びの好きなお嬢さんだ。炎の中で踊ることになるかもしれないぞ?」

「お邪魔になるようでしたら適当なところで切り上げますわ。正直に申しまして殿下の手腕を見物させてほしいだけですの」

「ハッキリ言ってくれて好ましいよ」


 グリフォンに鞭をくれてさらに上空へとあがる。

 天に輝く真夏の太陽を目指すみたいに青々としたスカイブルーの空へとあがる。クリストファーはあの男が別れ際に残していった言葉をふと思い出していた。


『願わくばそれが愚息と同じ道であってほしい。共に友と手を取り合い、未来へ』


(……報告書と実際に会った印象はまるで別人だな。マクローエン、どこまでも私を苛立たせる名前だ……!)


 夕暮れ前に帝都を発ったクリストファーの駆るグリフォンは翌日の夕刻の前にはラタトナに到着する。


 彼も誰もまだ彼の地に渦巻く陰謀の差し手を知らない。

 その結末さえも……

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