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(旧)謀略の影、貴族の洗礼

 閣下の電撃婚約発表から五日後、閣下から超気さくに飲みに誘われたので下町の酒場で特に意味もなく尋ねてみた。


「で、どんな裏があるんですか?」

「正直に言えば肖像画を見た時はピクリとも惹かれなかった。俺はどうも大人しい淑女って奴には惹かれない性質らしい」


 ちなみにアーサー君が渡した肖像画(お城の大広間によく飾ってあるでかい奴)はかな~り美化されている。美化というか淑女らしいアレンジがされていたんだ。


 最初ラストが自主練に乱入した時はわかってなかったもんね。つーか普通王女様は他国の騎士団長に大戦斧で斬りかからねえよ。


「だが実物を見て気が変わった。あんなにも情熱的に心臓を掴み取る猛禽類のような目で見てくる女性は初めてだった」

 あ、それ機眼ホルダー特有の瞳孔完全開放現象です。


「あんなにも頬を染めそれでも立ち向かってくる姿にも心震えた」

 無酸素運動中ですからね。


「何よりも爽やかな汗に濡れた姿に恋をしたよ。やはりいいな、女性の汗は」

「スポーツマンシップに則って恋してるじゃないですか。汗フェチなんですか?」


 すげえ驚いた顔されたぜ。

 お前汗掻いてる女性の美しさ知らねえの?って感じだ。


「フッ、女性の汗は素晴らしいぞ」


 グラス傾けながら超キザにフェチシズム語る閣下マジかっけえ。変態は堂々としていると含蓄のある大人の男に進化できるんだ。


 結論お酒の席でノロケられただけだったぜ。でもお酒に誘われた本題がまだなんだ。やはりファウスト対策かな。クリストファーかもしれない。いったいどんな指令が待っているやら……


「ベイグラント対策を考えたい。知り得る限りの情報をよこせ」

「ご祝儀の前払いってことで奮発しますよ」


 うん、結婚の事で頭いっぱいみたいですね。恋のちからってマジすげえ。あのワーカホリックがなあ……


 西方五大国ベイグラントは独特の文化圏にある少し特殊な国だ。まず長い歴史の間にたった二百年しか平和な時間がなかった。戦国時代を潜り抜けてようやく江戸幕府に落ち着いた日本のような国だ。


 五つある騎士団の精強さは五大国一とされるがその本質は牧畜農耕国家。広大な国土から産出する穀類や家畜は海外に輸出するほどある。食の豊かさにおいては中央文明圏随一だろうな。


 宗教はちょいと特殊でアルテナ神を最も高くに据え、ベイグラント王家はアルテナの末裔を名乗って聖アルテナ教なる会派を設立している。カトリックとオーソドックスみたいなもんだ。


 だがアルテナ神殿はこれを認めていない。処女神に末裔がいるなんておかしな話で、うちの神様侮辱するのはやめろって激怒して当時の国王を破門して国内のアルテナ神殿全部を引き払っちまったんだ。


 ベイグラントにはどんな小さな町にも一つは聖アルテナ教の教会があり、その加護を受けた癒し手がきちんといる。神様は人間の小競り合いには無関心なんだな。まぁアルテナの御業も魔導の系統だから知識を学べば習得できるんだ。


 対外的にはサン・イルスローゼと同盟関係にあるが表層上の問題にすぎない。


「ここまでは基礎知識ですね」

「うむ、聞きたいのはその先だ」


 品のいい老店主に二本目の蒸留酒を頼む。

 下町の安酒場で政治について語ってる連中は珍しいと見えるが、深入りすると危険だと思って自発的に距離を取ってくれている。正解だな。騎士団長との会話なんて命を縮めるきっかけにしかならない。


 ベイグラントはフェスタの六選帝公爵方式とは言わないが諸侯のちからも強い。中央集権のジベール、皇室が形骸化している帝国、そのちょうど中間のような危ういバランスの上に成り立つ国だ。正直に言って統治面においては脆弱といっていい。


 だから騎士団を強化して王室のちからとして振るっている。こうした一面で見れば王室に求心力のある帝国と言い換えてもいい。


「王室が唯一性のある権威として国教を握るのは理解できるが、体制維持のファクターになるとはどうしても思えないな」

「仰る通り様々な偶然の結果として不思議と成立しているだけでしょう」


 だがイギリス王室はこのパターンで成立し、大英帝国を築き上げた。世界中に百近い植民地を持ち、その全てに皇室女王を崇めさせた。宗教や信仰には俺らのような理屈屋には理解できないちからがあるのかもしれない。


「ベイグラントには四つの大敵がいます。イルスローゼ、フェスタ、ジベール、トライブ、これらに抗うために結束を余儀なくされた結果国内がまとまっている」

「残念ながら我らが帝国にはそうした強大な宿敵がおらぬからな」

「ええ、使える手ではありませんね」


 帝国は多くの敵性国家に囲まれている。エルグローリー神聖帝国、沿海州、ワーブル王国、エルス同盟国家群、琉大帝国。


 国力の強大さにおいては琉は帝国を凌駕するほどだが、あちらは帝国みたいな貧相な土地は欲しくないので徹底的に無視されている。帝国も好んで軍事侵攻したりはしない。だってあの国強いんだもん。勝てるのイルスローゼくらいだろうぜ。


 フェイの祖国である斉国と同規模の十三国家を束ねて大帝国とする琉は強大だが内部で小競り合いしてて対外戦争する余力はない眠れる獅子だ。戦争を仕掛けて一つにまとまられでもしたらマジで中原の覇者になりかねない。


 帝国の軍事力は強大だがそれは一つの国家と比較してだ。野望はあっても戦線を集中できないのでは意味がない。今はこの話はいいや。


 俺が知る限りの情報を閣下にお伝えすると、しばらく考え込まれたぜ……


「妙案が出ないな。肝心の諸侯や王族に関する情報がないのが痛い」

「ラストに聞いてみたらどうです?」

「……あちらも立場のある身だ。嫌われるのは避けたい」

「マジで惚れ切ってるじゃないですかぁ」

「よせ、からかうな」


 閣下が可愛いとかマジ世の中どーなってんだ?

 マジで恋は人を変えますね。正直びっくりした。あとでお嬢様に報告しなきゃ。


「ロザリアには言うなよ」

「尊敬する兄君の意外な一面にキュンキュンしてくれると思いますけど?」

「幻滅されるのも嫌だが侮られるのも敵わん。兄とは不動の要塞の如き存在だ、俺はそう考えている」

「ま、ポリシーの問題にまで口を出したりはしませんよ」


 兄とは~という発言が後々どういう意味を持っていたのか致命的な形で理解させられるとはこの時の俺は考えもしなかった。だがこの発言は気安い会話の中に漏れ出した閣下の本音であり隙だったのだ。


 閣下に兄君がおられる。そう察することもできるこの発言の意味を深く考えなかったのは俺のミスであり、後に難しい決断を迫られることになるのだがやはり未来の問題でしかない。


 結局俺は何もわかっちゃいなかったんだ。

 閣下がどれだけの想いで誰のために戦っているかなど、俺はまだ何も知らなかったんだ。


 後はもう適当な雑談に終始する。子供はいつ頃にするかとか式はどこがいいだろうか、みたいなノロケ半分のお話だ。


「やはり騎士団本部とご領地の二回開催がセオリーでは?」

「妥当なところだがお前の奇抜な発想はこういう時には役に立たんな」

「いま地味にひでえ催促しましたね。つってもお貴族様の冠婚葬祭なんてよくわからねえんですよ」

「自分の時の予行演習だと思って考えておいてくれ」

「面倒事を華麗にぶん投げてきましたねー」


「そういえば家どうするんですか。建てるんですか?」

「ゆくゆくはきちんとした物をしかるべき土地に建てたいと考えている」

「まだ猫かぶってると思うけどけっこうワガママですよー。文句言わないからって適当に作るとあとで爆発するから気をつけてくださいね」

「きちんと意見を聞いてから建てるさ。まだまだ猫をかぶっていてもらいたいからな」


 何の含みもなく、何の裏もない会話だけが弾む夜が静かに過ぎていく。

 帰り際にエロすごろくを進呈した。これは指示に従って遊んでいるとそのうち気分が盛り上がっていくすげえ奴なんだ。特許俺な!


「こりゃあ来年には出来婚になるなー」


 俺は何だかとてもいい感じのほろ酔い気分で男子寮に朝帰りするのだった。たぶん閣下のご結婚にようやく実感が湧いてきたんだと思う。


 明け方の帝都をのんびり歩いていると……危険センサーが微弱に反応。


「強盗なら他を当たりな、何もこんな凶悪な奴を狙うことはねえだろ」

「リリウス・マクローエンだな?」


 背後と前方を押さえるように現れたのは黒布で素顔を隠した暴漢六名。

 剣に斧にメイスとバラバラな武器から冒険者だろうな。俺はジャケットの下に隠していた小型の手斧を掴んだ。


「どこの手の者だ、って聞いて出てくる答えは大概嘘だよな」


 小銭で雇った連中に本名明かす馬鹿はそうそういない。それでも出てくる名前があるなら撃退されることを見越してのカモフラで、そいつは仲違いを狙っている。


「恨むならオージュバルトを恨め」

「意外な名前が出てきたな。そう言えって命令されたのか口が軽いのを見越して不和を狙ったのか、どうせお前らは何も知らない」


 背後の三人が下級魔法を放ってきたが完全無視。

 前方から駆け出してきた三人の首をすれ違い様に跳ね飛ばす。中級攻撃スキルのインパクトスマッシャーを最小出力で放ったもので、伸びる斬撃を利用して三人同時攻撃だ。


「こいつッ、魔法が効かない!?」

「聞いていたよりも手練れだ!」


「馬鹿どもが、理解が遅いんだよ」


 逃げるか戦うか迷ってやがる。引け腰になった連中の首も飛ばす。最後の一人は気絶させてお持ち帰りする。もちろん財布は全員分いただくぜ!


 どこ経由の陰謀か知らないが、どうやら何かに巻き込まれつつあるようだ。それにしたってオージュバルト辺境伯家の名前はでかすぎる。俺のような下級貴族の子弟は関わってはいけないほどに!


「いい気分が台無しだぜ」


 早朝の濃霧の中、憂鬱を抱えて男子寮に戻る。

 なお冒険者は男子寮に吊るして公共サンドバッグになってもらった。



 ◇◇◇◇◇◇



 何だか色々あった一学期もようやく終わる。ドロア校長の口からスラスラ出てくる長~い演説を要約すると「お前ら休みだからってだらけるんじゃねーぞ」である。


 ドロアのおばちゃん怖いけど生徒思いだから好き。鳥籠事件では手を貸してくれたしね。


 上級貴族を相手にするなら大義名分が必要だ。それを持たぬ者は帝国への反逆者になる。学友を救うという名目は大義名分には成り得ないからだ。


 レギン皇帝から騎士学院を任せられているドロア校長のみが糾弾する資格を有していた。だがドロア校長でさえあれは危険な賭けだった。……閣下が鳥籠関係者を徹底的に叩いたのは恩師である校長を守るためだったんだ。


 俺は閣下と校長の恩と義理を不義理にも利用して物事を自分の言い様にコントロールしたに過ぎない。人脈も金もないガキが賢く立ち回ったつもりでもこれだけの迷惑を掛けているってわけだ、貴族社会ってほんと面倒くさいね。


 終業式が終わるとみんな夏休みムードに突入してるぜ。

 聞けば学生寮に残る奴らもけっこういるらしい。家に居場所のない連中だ。俺はそもそも家が存在しない家なき子。同情するなら家をください! 空中都市に高級マンション持ってるけど!


 お嬢様の取り巻き、つまり俺とデブとシャルロッテ様の四人でカフェで作戦会議する。議題はずばり夏休みなにする?


「もしゃもしゃ。ダンジョンでも行く?」

「デブお前熱でもあるのか?」

「バイアット何を拾い食いしたの?」


「ひどくない? 僕もたまにはやる気出すよ」

「ダンジョンといえば昔行くって約束して忘れてたもんねー。あれってラタトナ・リゾートの時だったよね?」

「いいじゃなーい。ラタトナいきましょラタトナ!」

「国営ホテルの予約って今からでも取れますかね?」

「バイアット別荘持ってたよね?」

「うちのは今年は親戚のアイリーン姉ちゃんが使うはずだよ。だからダメだねえ」


「フッ、そのアイリーンは美人さんか―――痛い!?」

「もー、既婚者ナンパしようとしないの」

「その情報先にくださいよ」

「どんな気の利いた人でもその先回りは無理だと思うなあ。てゆーかリリウス君の別荘使えばいいじゃん」


 は? デブは何言ってんだ。俺ラタトナの高額資産別荘なんて持ってねえよ?


「その顔はやっぱり忘れてるでしょ。ほら、離宮占拠事件の時に色んな人から別荘貰ってたじゃん」

「貰ってはねえが……」


 たしかにそんな事言ってる連中はいたな。人質助けてくれたら別荘やる的な泣きつき方してる連中いたわ。でも閣下から逃亡するのに必死ですっかり忘れてたし、あいつらとはそれきり会ってねえんだ。


「その別荘なら今はおにーさまが管理してるわよ。騎士団員の保養所としてレンタルしてるとか」


 あの守銭奴……

 俺の代わりに金満貴族から別荘毟り取って騎士団の保養所にするとかマジ商魂たくましいですね。絶対団員から金取ってるわ。


 こうして俺らの夏休みの予定第一弾は決定した。

 目指すはラタトナ・リゾートだ!


「絶対いや!」

「あんたの発明品すぅぐ爆発するじゃない! 絶対に乗りたくない!」


 プロペラ機の前でお嬢様方がダダこねてるぜ。


「いやいや、これ作ったのオルトス魔導学院の魔法否定派ですから大丈夫ですよ」

「なんで魔法否定してるの! 魔導学院生なのに!?」

「絶対に乗らないからね、絶対だからね!」


「≪ディープ・スリープ≫」


 ふぅ、ひと悶着あったがご理解いただいたぜ。

 不思議なちからで突然! 偶然にも! 眠ってしまったお嬢様とシャルロッテ様は旅行カバンと一緒に後部座席に詰め込んで……


「もしゃ……今の魔法式見たことない複雑な奴だったね」

「正直帝国の魔法技術は六世代は遅れてる!」


 ブルン! ブルン! ブロロロロロ……

 不穏なエンジン音をがなり立てながら飛び立ったライトプレーンの進路は西南西。


 オージュバルト辺境伯領ラタトナは帝国最南端に位置する沿岸部。帝国最大規模の軍港に寄生するみたいに存在するリゾートは昔遊びに行ったことがあるね。あの時は色々ありましたね……


 たまにあの頃を思い出すと胸が痛む。何の責務も負わずに楽しかっただけのあの頃が記憶の情景とともに去来する度に、どうして涙が出てくる。たった数年なのにさ。思えばなんて遠くまで来てしまったんだろうってセンチメンタルになっちまうんだ。

 まぁおセンチは置いておこう。


 約十五時間の飛行でようやく目的地が見えてきた。朝靄に包まれるラタトナが世界に誇る最高難度ダンジョン海底城の威容だ。帝国に来てからこっちフェイが何度も挑んでるが未だ十層どまりとかいうクソやべーダンジョンだ。


 ガスン! ガスン! ブロロロロ……


「リリウス君、なんかエンジンがやべー音してるんだけど……」

「あと少しの辛抱だ」


「さっきから焦げくさいんだけど……」

「すぐに着陸する」


 と言った瞬間にエンジンパイプの一つが弾け飛んだぜ。


「もしゃ、壊れたんだけど……?」

「プロペラも止まったな。まぁ着陸だけなら慣性飛行で充分だから」

「トラブルに慣れてるなあ。正直僕らはまだその心構えに達してないから手加減してほしいんだけど?」

「ええい、俺だって好きでトラブル招いてるわけじゃ!」


 軍港近くの水域に胴体着陸できるように高度を下げていく。前部座席の前で燃え上がり始めたエンジンに嫌な予感を感じながら俺は祈った。


 どうか爆発しませんよーに☆

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