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(旧)ガーランドへ迫る魔の手

 ジュールヘール。ジュールへーレかもしれない。古イルスローゼ様式を尊ぶ健国王ドルジアは中央文明圏の文化をハイルバニアに根付かせようと苦心していたから『芸術の門』を意味するジュールへーレと名付けた。

 でも人々は慣れ親しんだエリザリン語の名残から言い間違えるみたいにその意味を変えて呼び親しんできた。


 これは帝国の長い歴史がその本来を意図を誤って解釈してきた一例なのだろう。


 貴族街の丘西南部のジュールヘール特別文化区。大小多くの演劇場や絵画職人の工房が軒を連ねるここは帝都における芸術の経済特区。ギルドに所属する絵描きには免税特権が与えられ、パトロンを得て様々な芸術を生み出している。


 中でも最も古い歴史を持つグランナハト・アルカーディア大劇場は健国王が手ずから設計し死の間際まで愛し続けたことで知られる。


 帯電する一角を持つ黒い馬二頭が牽引するリムジンみたいに長い馬車がジュールへーレを音もたてずに走っていく。


 馬車の中で俺らは無言。話しかけるきっかけがない。何しろ接点がない。同じ屋敷で長年暮らしてきたけど、俺はこいつが何を好み何を尊ぶかなんて一度も考えてこなかった。


「お二人は兄弟なんですよねー、なんで黙ってるんです?」


 ナシェカの計算され尽くした無邪気さを込めた問いかけにもファウストは無言。夜色の装具をフル装備したファウストは迷惑そうに一瞥したあとでため息をついた。


 気まずい……

 なぜか今この一瞬だけ俺ら三人の心が通じ合った気がした。お前気まずいのなら会話してこいボケ、最年長だろ。


「今はどっちなんだ?」

「その件に関しての礼を言わねばならないと思っていた。レザードならあれからずっと沈黙している。いつまで大人しくしている気かはわからないが、こうして自由の身となれたことは感謝している」

「おう、ありがとうって言えよ」

「……お前には言いたくない」


 なんて素直じゃない奴だ。でも考えてみたらマクローエン家で素直なのアルドしかいないんだ。どいつもこいつも本当にほんとの心は内側に隠して誰にも見せない。だから友達ができねえんだ。って俺が言ってもいいの?


「どうして魔王の呪具になど手を出した?」

「強大なちからが欲しい、お前がただの一度さえそう考えたことがないのなら私の想いは理解できないだろうな」

「だがちからは手段にすぎない。本当の願いを叶えるための道具だ」

「私に願いを明かせと? 調子に乗るなよ野良犬、この場でくびり殺してやってもいいんだぞ」


「その前にありがとうって言え」


 プイっと顔を逸らしやがった。素直屋さんは早く素直売りに来て、兄弟の分も買うから大儲けできるよ。


 あんまりにもギスギスしてるもんだからいつも明るいナシェカも困ってる。耳打ちしてくるのはいいけど、先に息吹きかけるのはやめろよな。見た目だけドストライクな男の娘とか最悪だぜ。


「ケンカしてるの?」

「「こいつとはいつもこうだ」」


「息ピッタリで仲良しじゃん」

「「それはない」」


 二連続でハモるとか遺伝子の神秘だな。

 同じ父を持つというだけの赤の他人で容姿も性格も何もかもちがうのに、ともに求めたのは魔王の強大なちから。己のちからだけではどうにもならない願いを抱えている点だけが共通……


 いや、誰だって欲しがるか。魂を奪われるのだと知っているのに悪魔を呼び出してしまう魔導師の気持ちを理解できない奴なんてこの苦界にいるはずがない。誰だって願いのために生きている。俺もこいつも、この世に生きる誰もがだ。


 やがて二頭立ての馬車が停車する。

 グランナハト・アルカーディア大劇場。今宵の夜会の主催者であるファウストは帝国で最も権威のあるここを貸し切ったらしい。……幾ら積めばそんなこと可能なんだ?


 見目麗しい乙女人形のヴァルキリーシリーズが馬車の扉を開け、女神アシェラを模した寸分違わぬ美貌をした二体の生き人形がファウストの左右を固めて大劇場へと入っていく。


「……ねえ、あいつらって?」

「お前と同じ複製人間だ。出力は桁違いだがな」


 全パラメータ6000オーバー。神代の大戦において魔王レザードと共に天界を蹂躙した戦乙女と同スペックとかいう怪物どもだ。……夜の魔王からムハンマド王子と同じ香りがする。倒錯した変態の香りだ。


 ファウストとともに劇場内の通路を歩いていると様々な視線を感じる。


「ほう、あれが最果ての貴公子か。名前だけは随分と前から聴いてはいたが噂以上の美男子だな……」

「帝都では無名に等しい田舎者、というにはあまりにも気品に溢れているね」

「へえ、あの方が? お近づきになれるかしら?」


「貧困のマクローエンを数年で立て直した手腕。派閥に引き入れる価値は十分にあるとみるが」

「さて今宵の出方しだいでしょうな。ここにお集まりのみなさんの目的は魔導伯殿の器を見極めることでありましょう?」

「アスベル様は鶏口牛後の議論がしたくて?」

「優れたればこそ早いもの勝ちなどという浅薄な考えなど持たぬでしょう。ゆるりと見極め、ゆるりと取り込んでいけばいい」

「ではイストゥール子爵はニワトリ頭ということになるな」

「あそこの台所事情はひどいものですからな。マクローエンの財力はよほど魅力的に映るのでしょう」


 珍獣扱いにも似た好奇の目線にさらされるのは気持ちが悪い。


 そんな中を涼しげな微笑を振りまいて行進するファウストの貫禄は大貴族のように傲慢で、だからこそ諸侯の目には高い価値を持つように見えるらしい。


 ザッと見渡した感じ知人もけっこういる。

 アレクシス候の名代としてクロード会長も来ていて、学院OBの騎士やご令嬢と昔話に花を咲かせている。

 A組上級貴族も数人いるわ。俺に気づいて呆然としてる。

 バイエル辺境伯家からはシャルロッテ様も来ていて……デブが付き添ってますね。一応婚約者だもんね、二人とも嫌がってるけど。


 帝都での折衝役を任じられている老執事カロンが近づいてきてファウストと何やらご相談をしている。相談はすぐに終わって夜会の始まりを告げる挨拶が行われる。


 劇場付きの楽団が厳かな輪舞曲を奏でる中で煌びやかな社交界が始まる。俺は一応ファウスト兄貴の護衛という名目なので挨拶周りに付き添う。


「ファウスト君、あぁ立派になられた。財力では大きな差ができてしまったが、当家とはこれまで通りお付き合いをしてもらえると嬉しいね」

「もちろんですコープス卿。互いに極北の領主同士手に手を取り参りましょう。マクローエンは卿の友情を決して忘れません」


「最果ての貴公子様のお噂はかねがね。後ほど一曲踊ってくださいます?」

「喜んで。どの花の中からでも必ずあなたを見つけるとお約束しましょう」


「ファウスト様、今宵のお招きに感謝いたします。主人に代わってご挨拶を申し上げますわ。こちらは娘のエレンチュバルにございます」

「魔導伯、お初にお目にかかります」

「お初でしたね。以前ラタトナの夜会でお見かけしたことはありましたが」

「まぁ、ではお声を掛けてくださればよかったのに」


 あ、エレン・オージュバルト様もいたわ。すげえ目でこっち見てるんだ。

 ロザリアお嬢様の周りにいる変な虫くらいに思ってていつも睨んでくるもんね。


「こちらは私の弟のリリウスです。あぁそういえば学院で」

「ファウスト様の弟君とは思いませんでしたわ。少しくらい似ていれば気づきましたものを」

「弟は母似ですので」


 事情通にしかわからない露骨な皮肉だぜ。平民の腹から出てきた野良犬ですって奴だがエレン様には通じなかったらしい。ふぅんって思ってそう。


 兄貴とダンスの約束を交わしてから別れるとお次はシャルロッテ様とデブがやってきた。


「相変わらずお美しいのですねファウスト様。はぁ、結婚したい……」

「シャル……?」

「おい、あんた……」

「婚約者の前でその御冗談はさすがにね。シャルロッテ様も相変わらずスリムな男性がお好きなようで」


「だってうちの家系みんな太っちょなんですもの。悪しき伝統は私の代で終わらせたいのですが、どうも父は嫌がってるようで」

「うちの弟なんていかがです?」

「マッチョも嫌。細マッチョでも嫌」

「はっきり言うぜ……」


 このまま長話できるくらい親密度の高い四人組だが、挨拶回りの最中はグラス一杯分ってのが社交界のマナーだ。


 最後に帝国貴族のドン、バートランド公爵アルヴィン様のところへ。家格も関係も考えれば普通なら真っ先にご挨拶に行かねばならない御方だが、最後に回したのは長いお話が許されるからだ。


「病弱だった君がこんなにも立派になって。私は本当に嬉しいよ、ファウスト君、これからも帝国のために尽くしてくれるね?」

「無論、帝国のために身命を尽くすと誓いましょう」


 グラスを掲げて談笑する二人の会話はあれだ、代替わりはしたけどこれからも第一王子派閥でいてくれるよね? すまんがそこは確認させてもらうよって奴だ。


 ブタ王子派閥は鳥籠事件後に騎士団が徹底的に叩いたせいでだいぶガタついてるらしい。俺も面倒な奴を数人始末させられたしな。粛清したのが派閥トップの息子だからさ、求心力的な意味でもでかいダメージなんだ。

 この状況でファウストを引き入れられたのは大きいね。名誉挽回の意味で。


 しかし兄貴もブタ王子とかいう泥船に乗ったかー、クリストファーにはマジ誰も味方につかないな。別に心配してるわけじゃないけどゲームの流れ的にこれでいいのか少し不安になる。政治的な描写薄かったからなー……


 二人はそのまま商談を始めちまった。マクローエンから産出される黄金のインゴットやオリハルコンを優先的に買い付けたいらしい。合わせて年間出荷量五百トンの1650000テンペル相当という超大型取引がこの場で決定しちまったぜ。これ地球でいうと大手ゼネコン三社を投げ合うような巨額取引なんだ。帝国に株式取引所があったらブラックマンデー起きるぜ。


 なごやかなムードの下に権謀術数を隠した社交界が静かに盛り上がっていく。フェスタニアンワルツを背景にダンスを楽しむ淑女たちと、観劇をカモフラージュに兄貴を中心に密談するご当主格。


 若者は社交を楽しみ、大人達は政治を楽しむ。社交界の本質を風刺した絵画のような一幕の合間にエレン様からお声がけされちまったぜ。


「一曲いかがですの?」

「喜んで」


 俺氏渾身の騎士パフォーマンスでダンスを快諾! うおぉぉぉ、突然だったんで焦ったけどきちんとできたわ。さす俺。


 ダンスの前に楽団に金貨握らせてお次の曲をリクエスト。やはり北国のダンスといえば運命の乙女の名を冠するリール・トゥール・リールだろう。運命神ダーナに最も愛された聖乙女アストリアの生涯を想わせる激しい曲だ。ようはフラメンコですわ。


 リール・トゥール・リールは大まかに分けて三つのパートに分かれている。

 女性が艶やかなステップを踏んで自らの美しさをアピールするパート。

 男子が情熱的なステップや仕草で女性への求愛をするパート。これには一人の女子へとたくさんの男子が求愛するみたいな歴史背景がある。女子の少ない村だとマジ殺し合い起きてるんだ。


 そして互いに気に入った男女が手を取り情熱的に踊り合う最終パートだ。まぁダンスパートナーありきの社交界では出来レースだけどね。


「意外とお上手ですのね?」

「本場で磨きましたから」


 ダンスと言えばサン・イルスローゼ。夜になるとそこいらのおっさんが楽器持ち出して酒場の前で演奏を始め、若者たちもおっさんたちもみんなしてダンスを楽しんでるんだ。


 エレン様をつま先に乗せて蹴り上げるみたいに宙返りさせる。こーゆー大技は向こうだと大ウケなんだが帝国だとハシタナイって嫌煙される。エレン様はお好きらしいけどね。


「あなたとのダンスは楽しいわ。リズムあげてもいいかしら?」

「負けん気の強い方だ。正直好ましいですよ」


 楽団に手振りで合図すると演奏のリズムが少し早くなる。徐々に上げていくぜって奴だ。


 可憐に艶やかに踊り狂う。他所に目は向けない。女の眼差しだけを見つめ続け、目を離さないことが最も尊ばれるマナーだ。移り気が嫌われるのはどこの社会でも同じだけど、貴族は特に嫉妬深い。


「母が仕掛けを用意しておりますの」

「仕掛けですか?」


 ストゥーラという女性ステップのパートで何やら不穏なお話を始めましたね。


「魔導伯の謎めいた実力を知りたい。それはこの場に集まったみなさまの願いでもありますわ」

「暴漢役を用意したと?」

「お顔はまったく好みではありませんが性格的には好ましくてよ。ロザリア様のガードを務めるくらいですもの、実務面においてのあなたはとても魅力的なのでしょうね」

「ファウストに仕掛けるのはやめておいた方がいいと思いますがね」

「あら、どうして? 魔導伯にとっても実力を示す機会は重要だと思いましてよ」

「暴漢役が可哀想です」


 主家の命令で夜の魔王と戦わされるとか貴族社会怖すぎだろ。帝都内で魔王が出てくるかとどんな無理ゲーだよ。


 なお酔っぱらったフリをして騒ぎ出した暴漢役三名はヴァルキリーシリーズにあっさり鎮圧されたぜ。


「たしかに可哀想でしたわ」


 場は治まったが空気までは修復できない。

 楽団が音楽を止めたのを折よしと見たファウストが手を叩いて注目を集め始めた。


「アルコールが進み過ぎるのはよい社交界の証だと古来から言われており、私は彼らの献身的な粗暴を喜んでおります」


 ファウストが笑いを取りにきた!?

 やりおるわ、会場が拍手に包まれているぜ。短気・狭量・吝嗇の三悪を持たぬ者が帝国では賞賛される。ファウストはこの仕掛けを見事に乗り切り若き領主としての器を示したってわけだ。


「本日は顔見せだけのつもりでしたがこの場で私の親友を紹介させていただこうと思います。さあアデルアード、みなの前へ」


 ファウストの紹介で五階の貴賓席から降りてきた(ここは劇場四階の大広間だ)のは銀髪の若々しい少年だ。どこかクリストファーの面影を漂わせつつも、奴のような憎悪がなした妖しい美しさを持たぬ少年……


「こちらが私の親友、帝国第四王子アデルアード。私は彼を押し、帝国皇帝の座につけたいと考えています!」

「「…………?」」


 少年の肩を親しげに抱き寄せたファウストが爆弾発言をしやがった!

 みんなびっくりしすぎてアホの子みたいな顔になってる。バートランド公爵まで!?


「私マクローエン辺境伯ファウストはアデルアードへの尽力を惜しみません。母なる我が大地から産出される無尽蔵の財にて必ずや彼を帝位へと押し上げることをここに誓います」

「だがな……」

「しかし……」


 諸侯揃ってバートランド公爵かオージュバルト辺境伯夫人の顔色を窺っている。当のバートランド公爵なんて驚きすぎてアホみたいな大口開けてるんだ。


「ファ…ファウスト君……?」

「無論みなさまにご支援をいただこうなどという浅ましい考えはありません。ですが私は我が友に好意的になってくださる方々への支援を惜しまぬことを約束いたします。私の手に入れた夜の魔王レザードの魔法技術のすべてを帝国の良き未来のために使うとこの場で誓います!」


 これには俺も大口開けてポカーンとするしかなかった。


 バラしたね。自分から夜の魔王とか言っちゃったね。帝国騎士団とケンカする気かなって思うくらい堂々とバラしちゃったね。

 暗殺も軍事侵攻も怖くないってわけか。帝国の全戦力を敵に回してでも勝利する自信があるってわけだ。


 皇位継承においては盤石の帝国は、この大人しそうな屈託のない少年を中心に未曽有の大混乱に落ちていく……


「やっぱ殺しておくべきだったな……」


 何度も後悔して何度も次は間違えないと誓ってきたのにこれだ。

 俺の目指すべき未来が暗雲に包まれていくぜ……



 ◇◇◇◇◇◇



「大変だ大変だ大変だぁー!」


 夜会の後、俺とナシェカはダッシュで郊外の騎士団本部に駆け込んだ。

 顔見知りの見張りとハイタッチしながらダッシュだダッシュ!


「閣下、事件です!」

「相変わらず耳が早いな……」


 地下のペントハウスの執務室で閣下が頭を抱えてたぜ。あんたの耳こそどうなってんだよ! 第四皇子が皇位継承戦に乗り出すって宣言聞いてからダッシュでここに来たんだぞ!?


「困ったことになった。本当に困っている。いったいどうすればいいのか……」


 閣下がここまで困ってるなんて珍しいこともあるもんだ。

 でもなんでこの方はラストの肖像画見ながら困ってるの!?


「ラスト・フィア・ベイグラント王女は知っているな?」

「そりゃ知ってますが」


 アーサー君の姉の喪女は普通にお友達だ。ベイグラントに商談に行くといつも迎えに来てくれるからね。いつも愚痴の相手させられるけど……

 これは何の質問だ?


「ラスト王女がな、帝国に来るのだ……」

「大事件ですね!?」


 あっちもこっちも大事件で帝国はどうなっているんだ!

 いったいどこの馬鹿だ、こんな大事件の原因になってるクソ馬鹿野郎は。帝国がマジで滅びるぞ!?



 ◇◇◇◇◇◇



 事の起こりは一ヵ月半前。そろそろ五月になろうという日にアーサー・ベイグラントは騎士団本部を訪問した。アポはお友達のリリウスにセッティングしてもらっているので面倒な儀礼や身体検査はスルーされた。他国の王族というブランドもあるのだろう。


 非常に丁寧な対応で騎士団長の執務室まで通された。


「貴殿がベイグラントの王子か。事前に話は聞いているが、まぁ掛けたまえ」

(似ている……)


 アーサーは一目でピーンときた。この男は姉の同類だ。身に纏うオーラは押さえこんでいるにも関わらず瀑布のように吹き荒れている。ただ存在しているだけで大魔法を打たれているかのような圧倒的な存在感は……


(イケル! この男ならラスト姉様と結婚生活を送れるにちがいない!)


 アーサーは一目で確信した。

 こんな化け物は姉以外では初めて見たってだけのひどい理由である。


「まずはお見合いをという話だが、失礼ながらこのお話は父王の了解の下ではないな?」

「父は姉を外には出せません。その理由は……」

「理由については察することもできる。俺が貴殿の父だとしても国外には出さない、それほどに有能な女性だと聞いている」


 ベイグラントの王女ラストは祖国で騎士団長をしている。さらには父王を法王とする国教の大主官と異端審問官も兼任している。たまに外交官もやってる。困った問題が出てくると父王も兄も弟もみんなしてラストに相談に行く。


『うわーん、姉様たすけてー!』

『ラスト、ジベールの大艦隊が来ておるんだが撃退してくれんか!?』


 王宮にはいつも姉に助けを求める声が轟いている。アーサーもたまにお小遣い貰いに行く。


 国民の大半はラストが次の王様になるんだと何の疑問もなく信じてるくらいだ。王位継承についてのお話なんて聞いたこともない。みんなそーなるものだと思ってるし、困ったことにベイグラントには野心家なんて人種が存在しない。……そんな奴はみんな姉が斬ってしまった。


 野心家であればラストを篭絡して国王の座に座ろうとするはずなのに、みんな斬っちゃったからラストの夫になろうという男が誰もいないのだ。だって発作的に魔双剣ローズブラッドで殺人しに来る女なんて怖いもん。


 だからアーサーはここが踏ん張りどころだと柄にもなく決意している。


「姉は結婚を夢見ています!」

「そ…そうか……」


 ガーランドは恋愛より仕事が楽しいハードワーカーなのでその感覚がよくわからないらしい。鉄の男に意外な弱点が発覚した瞬間である。


「姉はいつも僕に夢を語ります。小丘に建てたこじんまりとした一軒家でたくさんの子供と愛する夫に囲まれて、ただひたすら愛情を注ぐだけの優しい日々を求めていると。なのに現実は戦戦戦、あれでは姉上が可哀想です!」


 アーサーが泣いた。自分の演説に途中から酔いしれて泣いている。

 ガーランド的にはお前が武力を磨いて姉の代役すればよくないか?って思っているけど演説自体は心打たれるものなので、正論は控えた。小僧とはいえ一応他国の王族だからだ。


「個人の希望は理解したが俺に嫁いでもそうした安穏とした日々とは無縁だろう。騎士団長の激務については王女も承知しているはずだ。世俗から離れてのんびりと暮らすなどとてもではないが……」

「もうガーランド閣下しかおられないのです!」

「……」


 ガーランドが珍しく困惑している。

 報告ではアーサーは理屈屋で絵に描いたような大人しい少年だとあったが、激情家で情に厚いように見える。理屈屋どころか理屈すっ飛ばして泣き落としに来ている。


(どうやら彼と話していても話は進まないらしい)


 ソッコーで見切りをつけたガーランドは書簡にて本人とやり取りするからツナギをつけてくれとだけ言い、その場でサラサラっと書いた手紙を渡しておしまいとした。


 じつはガーランドもこの縁談を悩んでいる。

 帝国再生『豊饒の大地』プランのために帝国騎士団の戦力を強化している途中で、世界最強の女騎士からの縁談だ。正直のどから手が光速で飛び出すくらいラストが欲しい。


「しかしベイグラント王グラーエイスは娘を国外には出さぬだろう。とんだ労力の無駄遣いだな」


 書簡で数回やりとりしておしまい。そう思っていたのに……

 ラストからの初回の返事を読んだガーランドは思わず首を捻ってしまった。


『お手紙をいただきまことに嬉しく思います。縁談を前向きに考えてくださっていると聞きこの身は歓喜に包まれております』

(……そんなことは一言も言っておらぬのだが)


 どうやらアーサーの方からの些細な行き違いがあったらしい。まぁたしなめるほどの勘違いでもないだろうと手紙を読み進める。


『同封されておりましたガーランド様の肖像画を拝見いたしました。優美でありながらも逞しく、まさに理想の男性であると心浮き立ち昨夜はあなたと一緒に床に着きましたのよ』

(……重い)


 なんだか胃がキリキリしてきたが手紙を読み進める。


『あなたからのお手紙をこの数日何度も何千回も読み返してまいりましたの。この胸の高鳴りをこのまま抑えつけておくのはあまりにも苦しく、早くお返事をいただきたいと思い早々にお返事を書いておりました』

(した?)


『お返事を待つ時間も面倒なのでもう帝国に行ってしまおうと今荷づくりをしておりますの。善は急げと言いますし、何より若い時は長い物ではないという苦言もございますもの。ではガーランド様、近い内にそちらに参りますので……』


『居留守はやめてくださいましね?』


 最後まで読んだ瞬間にゾワッときた。

 全身から発汗し、意味もなくキョロキョロと誰かを探してしまった。

 これほどの恐怖感は本当に久しぶりだ。


 そして手紙を読み返しながらどこかに希望的な文字列はないかと探していたらリリウスが駆け込んできたので事情を説明してやった。


「ラスト王女とはどのような方だ?」

「特大の地雷女です」

「先にお前に相談しておくべきだった……」


 ガーランドはこの日一睡もできなかった。

 自らに迫る強大なる魔の気配を感じていたせいだ。

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