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(旧)ジュールヘールの夜会に

 最果ての雪原は星降る夜。夜と血に濡れた大地にファウストが倒れ込んでいる。


 斬り飛ばされたファウストの腕の中にある夜の剣は沈黙。


 袈裟斬りに両断された上半身だけのファウストは泡立つ吐血を唇から漏らした。その息は喘鳴のように苦しげ。奴の首へと突きつける魔剣ラタトゥーザはその切っ先を揺らせていた……


 勝者と敗者の地位を容易に入れ替えるほどの手傷を全身に負ったラキウスは血涙を拭い、少しずつ再生していく弟の肉体を憐れんだか?

 いや、どんな理由にせよ迷っているのだ。


「殺してください……」


 ファウストのオリエンタルブルーの瞳に涙があふれている。

 人ならざる魔性に落ちた己への憐れみか、それとも崇拝する兄の手にかかる本懐か……


「英雄ならば殺すべきです」

「俺は英雄ではない。……お前を殺してまで英雄になど」


 リミッターを解除された魔剣は緑光の帯と化した魔法力を唸らせて殺せと叫んでいる。ラキウスは風の遍歴と呼ばれる極致魔法の残り香を抑え込みながら、魔王と化した弟から背を向ける。


 俺も随分とボロボロだ。もう一度殺れと言われても次も倒せるかなんて……

 二度目はない。今後ファウストを殺せる機会はもう訪れない。ラキウスがわかっていないはずもないだろうが……


「いいのか?」

「いいんだ。これでいいんだ……」


 流星雨の夜、俺とラキウスは任務を放棄してマクローエンを永遠に去る。

 俺らはあの夜何を選び何を思い知るのだろうか。未来に大いなる災いを残すようにこの魂の故郷へと別れを告げた……



 ◇◇◇◇◇◇



 目覚めたのは男子寮の自室。久しぶりの嫌な夢を見た感覚は最低で最悪。


 井戸で顔でも洗ってくるかと思ったら何だか体が妙に重たいぞ? 最低に嫌な予感を感じながらデブのベッドを見ると普通に寝てたぜ。イビキと歯ぎしりの騒音奏でてるからうん知ってた。


 じゃあこの重みは誰だ?


「寝ている間にベッドに潜り込んでくる女の子の友達なんていたっけ?」


 おそるおそるシーツをあげると……


 俺は背筋をゾゾゾと駆けのぼる恐怖心に負けて特大の悲鳴をあげた。


 十分後、俺は最低最悪な気分で男子寮の食堂で朝ごはん食べてる。隣には俺のベッドに潜り込んでた痴漢がいる。ナシェカだ。レグルス君かもしれない。


 向かいの席ではウェルキン君がテーブル叩いてる。


「なんで! なんであいつばっかりなんで! ちっくしょぉぉおおおお!」


 非モテ男子会からも呪いじみた視線がやってくる。ナシェカが男だって知らないせいだ。野郎が朝からヒロインムーブしてくるとか俺の青春どうなってんの……?


 正体話してあるデブなんかビビって一つ席開けてるじゃねーか。正しい反応だわ。生物は捕食者を本能的に恐れる。つまり男子の敵はホモで、そいつは今俺の腕を抱いて朝ごはんもしゃってる。


「憂鬱だ……」

「それは夢見のせいかな?」

「それもある……まるで俺の夢見が悪かったのを知ってるみたいな言い方だな?」

「わたしも見てたからねー。サキュバスって知ってるよね?」


 ファンタジー伝統のエロい悪魔って程度の知識ならある。別名を夢魔ともいい、男のベッドに潜り込んでエッチするのを仕事にしてる童貞歓喜のエロ悪魔様だ。たしかそいつが理想とする姿形で現れるらしい。なおこの世界でも架空の存在とされているらしい。この話の流れ最低にいやらしいんですが?


 ハーフフットとかいう変身魔法を操る種族と俺のベッドに潜り込んでた事実のせいで最悪に嫌な想像しちまうんですけど? サキュバスの正体ってまさかお前らだったの?


「サキュバスキッスってスキルを使うと夢の中身を覗けるんだ♪」

「キッスとかいう単語が……」


 俺は寝てる間にナニをされたの!?

 答えは言わなくていいです。墓場まで持ってってください!


「心配しなくても閣下に報告したりしないよ。一応直属の上官はあんただしね~」


 気遣ってくれたところすまんが貞操の心配しかしてなかったわ。


 夢ってのは帰国直後のお話だ。帝国騎士団からの要請でマクローエン領の偵察に向かった時のだ。


 帝国には辺境伯という制度がある。降伏した敵性国家の王家なんかにこの爵位を与えて幾分か切り分けた本来の領地を統治させる制度だ。


 これには様々なメリットがある。まず国民がすんなり受け入れてくれる。税の納入先も統治者も以前と変わらず、国名が変わるだけだ。農村なんかだと自分が住んでる国名さえ知らないおっさんどもがけっこういる。つまり平民の忠誠心をそっくりそのまま活用できるんだ。ここ数十年で加わった家だとエレン様のオージュバルト辺境伯領があるな。


 辺境伯に封じられた側もメリットがある。まず保有できる戦力が通常の伯爵家より大きい。元敵性国家だけあって多くの辺境伯領の帝国側じゃない方の国境は最前線になるため、最大で三千人までの領主家騎士団を置いていいと法律に定められている。もちろん帝国騎士団の監視というか駐屯基地も置かれるが翻意さえなければメリット尽くしだ。


 監視はきちんとするけど重用するから反乱は起こさないでね!ってお話だな。


 この話の要点は元敵性国家が帝国に降参すると辺境伯になりませんか?って打診される点だ。

 ファウスト兄貴はこの制度を悪用して帝国に離縁状を叩きつけた。


「マクローエンは帝国から独立する!」

 という宣言をした次の瞬間には降伏を宣言して、

「辺境伯にしてくれよ!」

 っておねだりしたわけだ。閣下のお話によれば宮廷に相当額の貢ぎ物を持っていったらしい。


 こんな無茶な要求そう簡単に呑ませられるものではない。帝国宰相ベルドールはたしかに俗物だが馬鹿ではない。ファウストの口から漏れ出したお話がベルドールの心をよほど大きく動かしたのだろうな。やはり金銭だろうか?


 現在のマクローエンは帝国有数の貧困地帯から随分と様変わりしている。金銀の大量産出に加えてミスリル銀やオリハルコンまで国内に大量出荷する一大商業地だ。


 他家の領地から大勢の開拓民を募って、昔は街が二つしかなかったのに四つあるし他にも建設中だ。人口も倍増している。寒冷化もだいぶ緩和されていた。


 若き魔導伯ファウスト・マクローエンの名はまだ宮廷の一部のみが知る程度だが、数年もすれば帝国有数の貴公子として知れ渡るだろう……


 だが帝国は知りたがった。皇室に納められる年間税金が銀貨百枚相当とかいうトンデモナイ貧困地帯に突然金が湧き出した秘密を知るために多くの密偵を送り込んだが誰も帰らぬ人となった。その中にはラキウス兄貴もいた。


 俺は帝国騎士団から密命を受けてマクローエンに潜入した先でファウストが夜の剣に汚染され、夜の魔王レザードの触媒になっている事を知った。


 ま、なんやかんやあって俺もラキウスもファウストを殺せなかった。殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだ。

 嫉妬もあるし恨みもある。色々な悪意の感情があるのに、俺もあいつもラキウスでさえもやはり兄弟だったんだ。


 俺もラキウスも自分で思っていたよりも人でなしではなかったんだ……


 だからナシェカの気遣いには素直に感謝する。夜の再誕に関して帝国騎士団に漏らしたくない。今のファウストは掛け値なしに危険なオーバークラスウィザードだ。俺のレジストを貫通してくる無限射程の夜の剣にかかれば帝国騎士団でも全滅しかねない。


 帝国が揺れれば青の薔薇が動き出す。その動きには沿海州も呼応するだろう。これまで散々帝国に苦しめられてきた周辺国家が手を結んで立ち上がり、帝国は蹂躙される。ゲーム通りにだ。


 帝国にはまだ時間が必要だ。そこまでイイワケを重ねなければ生かして理由さえできない兄貴がいる弟なんて俺くらいのもんだろうぜ。


「ナシェカ、そこは感謝する」

「うんうん」

「でも次潜り込んだら怒る」


 どうして俺の目を見ないんだ? やるのかまたやるのか? むしろ朝はどこまでやったんだ!? 俺の危機察知A無能なの!?


 何だか知らんが用事があるらしい。そりゃ用事があるからベッドに潜り込んだんだろうよ。何の理由もなく潜り込んでくる野郎とか怖いわ。


 まだ授業まで一時間はあるという朝っぱら。職員室前に張り出されたクエストシートが……マジかよ。


『今宵、帝都での夜会における護衛人員を募集する マクローエン辺境伯ファウスト』


 名指しはされてないけどほぼ名指しですね。

 見なかったことにしよう。と思ったら顔の前でバッテン作ったナシェカに……


「ダメでーす」


 って言われたんだ。つまりこれ騎士団からの要請でもあるんですね。最悪!

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