(旧)夜が二人を覆っても
中間テスト終了後、男子寮ではささやかながら打ち上げが行われた。主催はいつもの非モテ男子会。クソほどギスギスしてるんだ。
「レンがセリエちゃんに告った」
「許せねえ、あいつだけは許さねえ……」
「あいつ最近付き合い悪いよな」
「こないだ薔薇園で女子と話してるの見たぞ」
「吊るそう……」
非モテ同盟の怨嗟が渦巻く地獄絵図。この精神の病み切った負のオーラは正直嫌いじゃない。俺の原動力とよく似た性質なんで帰ってきた故郷感ある。
お茶を飲むみたいに火酒を傾けてるとウェルキン君とかいう馬鹿が恋バナ始めた。
「お前最近どうよ?」
「ぼちぼちでんな」
多角的な解釈をすれば多様なお返事で答える事も可能な「最近どうよ?」に対して大阪人みたいな回答をする事は正しい。しかしそれは友人間ではアウトだ。会話が終わっちゃうからな。
「こないだ女中のジェシカを部屋に連れ込んだな。出張サービスに押しかけてきた赤目のレジーナが学院前で待ち伏せしてたんでキスして帰したわ。そのくらいだ」
なお一線越えるような出来事はなかった。ナシェカ? 誰だそれは?
非モテどもがなぜか俺を軽蔑し切った目つきしてやがる。
「こいつだけ薄汚れた青春送ってやがる……」
「羨ましいようなどうでもいいような……」
おない年のご令嬢が集まってる学院でどうして女中や娼婦と遊んでるんだ?って目つきされてるけどご令嬢方から相手にされねえんだから仕方ない。ナシェカなんてレグルス君は知らねえ。
「そういやベル君は誰か好き子いるの?」
「それが全然だね。どうも仲良くなるきっかけがなくて……」
と言いつつもベル君みたいな奴はいつの間にかこっそり彼女作ってるもんだ。ウェルキン君は聞かなくてもわかるわ。週刊連載のペースでナシェカに告ってるもんな。正体が男だって知ったらたぶんショック死するわ。
「おい、俺にも聞けよ」
「週一でフラれてる奴に何かあるんですか?」
「ねえけど……」
はい、恋バナ終了。
と思ってたらアーサー君が通りかかった。町まで出ていたらしくカジュアルなジャケット姿で本を一冊抱えてる。ミューディーズとかいう貸し本屋だろうね。
「アーサー君こっち来いよ!」
「宴会か?」
掃き溜めに鶴降臨。お前らそんな眩しそうな仕草するな、ノリの良さMAXかよ。
「中間テストの打ち上げさ。何借りてきたの?」
シャルロット・バーキンのあるいは不幸な生涯。女中探偵クラリスシリーズの新刊だな、俺まだ読んでねえわ。これを簡単にいうと家政婦は〇た。
「あまり期待しないで読んでみたけど意外に面白くてね。叙述トリック系は古典の焼き直しが多くて新鮮さに欠けるジャンルだと思ってたけどこれは新しい境地を切り開いているんだ。特に探偵側が無能というのがいいね。証拠品を見逃すことで様々な犯人像が浮かんでは消えていくってのは面白いと思う。それで――――」
うん、相当好きなんですね。
アーサー君オキニの小説布教するの好きだからなあ。そのうち自分で書き始めそうな空気してるんだ。
読書家には二種類いる。この本の良さは俺だけが知ってればいい奴と、この本いいからみんなと語り合いたいって奴だ。アーサー君と仲良くなりたい子は彼が勧めてくる本をきちんと読むだけでいいんだぞ。本勧めてくるようになるまでに高い壁があるけど。
「二巻のボールルーム家の人々の最後のセリフいいよな。あの日一枚のコインを落としさえしなければ、からのそれでも私は幸せでしたって奴。若旦那とメイドさんの想いが凝縮されてるわ」
「……!」
不思議とアーサー君からの好感度が急上昇した手応えがある。親愛度ゲージ未搭載なのに不思議だぜ。
「レイチェルいいよな」
「わかる」
ボールルーム家のメイドのレイチェルは孤児だったんだけど少年時代の若旦那が落とした金貨を正直に届けた縁で屋敷に招かれるんだ。若旦那は政略結婚するけど二人は密かに想い合い……みたいなのいいね。泥沼の愛憎劇だけど逆にそこがいい。
「僕にもあんなふうに想ってくれる子がいればなってたまに思うんだ」
うん、たぶんいるよ。お前がきちんと見てないだけで絶対いるよ。マリア様とくっついてほしいから黙ってるけど。それとお前の美しさたまに男子も惹きつけてるよ? そっちは密やかにご理解していただいてるから黙っとくけど。
「そういやマリア様と進展あった? ……どうして目を逸らすんだ?」
「なんもなかった」
嘘だろ、入学から何ヵ月経ったと思ってるんだ!?
あぁぁそういやこいつ草食系極まってたんだった。マリア様から攻めていかないと全然会いに来ないヘタレだった! マリア様はマリア様で仲良し四人組で楽しそうにしてるし――――恋愛をしろ! お前ら恋愛ゲームのヒロインとヒーローだろ!? なんで趣味の世界に走ってるんだ!?
そして俺らは翌日からアーサー君全力サポートすることにした。メンバーは俺とお嬢様とデブな!
昼休みの薔薇園。仲良し女子友四人組がアーサー君囲んでキャーキャーしてるんだ。あいつら邪魔ぁ! 空気読めよって思ったらあいつらもアーサー君好きだもんな。忘れてたよ!
マリア様を誘うと漏れなくついてくるハズレ女子どもの存在が二人きりにさせてくれない……
茂みに隠れてる俺らの存在に気づいてるナシェカにブロックサイン。クレ〇ンしんちゃんで書店員がよくやってるアレだ。
『二人きりにさせろ』
『アイスが食べたいです』
見返り要求してきたああああ!?
銀貨を一枚全力でぶん投げてやったら背面キャッチ。やるな。フェスタで散々殺し合った殺人機械の同僚だけあって技量が飛びぬけてやがる。俺と同格の機眼ホルダーの気配してる。
賄賂と引き換えにナシェカがお邪魔虫二人を連れてってくれました。……最近よけいな出費多くない?
「いい天気だね」
「え……あぁほんとだ。いい天気だよねえ」
意中の女子相手にお天気の話とかヘタレすぎない? ソッコーで視線で助けを求めてくるのやめろよ。ロマンス小説読み込んで鍛えてきた豊富な知識は飾りですか! 実用性皆無なんですか!?
俺ら三人がフリップにセリフを書いて茂みからぴょこんと跳び出す。つまりカンペ。
1 このまま町に繰り出そう
2 じつは珍しいキルグスタン料理を出す店を見つけたんだ。今から行こう
3 そのリボン可愛いね、レースにこだわりが?
「そ…そのリボン……いいと思う。レース好きなの?」
「あははは、レースにはちょっと憧れてたんだ。アルバイトで余裕ができたから奮発して買ってみたんだけどさ…無駄な買い物じゃなくて嬉しいかな」
いい雰囲気だ。さすがお嬢様……
これでどうしてご自身の恋愛が前に進まないんだって恋愛相手が復讐鬼だったわ。バートランド公爵家なんてあいつが一番憎んでる貴族代表だわ。昼飯食った後にご飯に誘うデブは論外。
「僕も嬉しいよ」
「へ?」
「す…きな子が綺麗でいてくれて嬉しい。こんな幸せ中々ないからね」
「アーサー君ってばお上手だなあ。あははは、照れ恥ずかしいな。その手で何人口説いてきたんですかぁ?」
「僕がマリア一筋なのは学院の誰に聞いてもわかることさ。疑うよりも信じてほしい」
「あ…うぅぅぅぅぅ何だか今日はグイグイくるね。恥ずかしいな……」
すげえ、すげえよ!
お嬢様のフリップに従ってるだけなのに陥落寸前までいってる。お嬢様にコツを聞いてみる。
「自分が言われたら嬉しいこと書いてるだけよ。言ってくれる人がいないけどねー」
「やはり同世代の女子がフォローすると格段にちがうな」
「もしゃもしゃ、乙女心は乙女に聞くに限るね。僕もリリウス君も邪魔をしてきただけってのがよくわかる結果だよ。もしゃもしゃ」
「あんたたちいつもこんな事してたの?」
はい、だいたいアーサー君の恋愛の応援してました。いま邪魔してきたって発覚したところだけど。アドバイザーがポンコツだから進まなかったんだな!
「もしかしてそろそろキスできそうですかね?」
お嬢様からチョップされたぜ。
「女の子は大事にしてあげなさい。気持ちが整ったら女の子の方からアピールしてくるからそれまで待つの」
「お嬢様すげえ……」
俺オラオラ系だから奥ゆかしい恋愛ってちょっとよくわからねえんだ。
抱いた女は星の数。星が幾つあったかなんて覚えてもいねえハードボイルドさ。五人…四人か。俺の星空すくねえなあ。東京かよ。どれも肉体関係ありきの爛れた恋愛事情ばっかりでねえ……
アーサー君が手を握ったら拒否られなかった。これはいいムードだな。
完全に朝ドラ見てる回路でドキドキしながら見物してるとお嬢様に足踏まれた。痛いっす。
「アーサー様の恋愛サポートもいいけどね。あんたたちは他にやることあるでしょう」
「なんです?」
「わたくしの恋愛サポートしなさいよ」
俺とデブが顔を突き合わせて困惑する。
大事なお嬢様をあの小銭大好き復讐鬼なんかに差し出したくない……いや待てよ?
サポートするフリして関係をめちゃくちゃにすればいいんだ。なぁに簡単だ、俺とデブは全力サポートと言いながらアーサー君とマリア様の関係を進展させられなかったポンコツだ。きっと簡単にめちゃくちゃにできるぜ。
そんでクリストファーの事は早々に諦めてもらってクロード会長あたりとの間を取り持てばハッピーエンドじゃない?
「やります!」
「やるの!?」
「やりなさいよ!」
お嬢様がデブの頭たたいていい雰囲気だぜ。
さあやってやるぜ全力破局サポートだ! 全部ぶっ壊してやるから楽しみにしててくれよな!
◇◇◇◇◇◇
夕暮れ迫る丘の上、お嬢様とクリストファーが手を握りながらベンチで夕日を眺めている。俺とデブは失意の敗残兵みたいにトボトボと丘を後にしている……
「どうしてうまくいっちゃうの……?」
「何のフラグも立ってなかったはずなのにどうしてトントン拍子で……」
二人を残して俺らは丘を去っている。正直もう見てられねえんだ、悔しくて。
お嬢様とクリストファーのデート中にフリップで散々な指示を出してたはずなのに逆に惹かれ合いやがったんだ……
腹パンしろって指示されて本当に腹パンするお嬢様もおかしいぜ。でも腹パンされてお茶目な女性だなみたいな好反応する奴もおかしいよ!? 狂ってるよ!?
ジュースぶっかけろって指示した結果が二人して噴水でキャッキャウフフの水かけっこだぞ。誰に想像できる!?
そのあと仕立て屋で既製品買って庶民ルックでデート再開してたがローマの休日かと思ったわ。これがまた絵になるんだあの二人さ。お嬢様もなんか俺の見た事ねえ表情してるし見てられねえんだ!
これが軟弱なもやし野郎ならそこいらのチンピラけしかけてやるんだがな。ハンス君に彼女できた時みたいにさ。お嬢様目当てで寄ってきた悪ガキどもなんてクリストファーが片手で追い払ってたよ。あいつ倒せる男ってどこにいるの! 閣下くらいしか思いつかないよ!?
アクシデント盛りだくさんだったはずなのに何かやる度に二人の距離が縮まっていったんだ。……もう心が折れたよ、俺らのな。
この後アーサー君も誘ってめちゃくちゃヤケ食いした! ……アーサー君?
えっっ、あの後失言してビンタされたの!? なにやってんのお前!? やっぱアーサー君もポンコツだわ……
◇◇◇◇◇◇
夕暮れ迫る丘の上。ベンチに二人腰かけて美しい夕日を眺めている。
「あー、楽しかったー」
って言いながらうーんと伸びをするロザリアはひと仕事終えたみたいな達成感の中にある。
だって成果は隣にいる。彼の心からの微笑みが本日の成果だ。
「本当に楽しかった。こんなにも胸の空く思いは久しぶりだ。ロザリアには感謝しないとな」
「だってクリス様ったらいっつもリリウスにやり込められてますもの。たまには勝利を差し上げたいわ」
とどのつまりは出来レース。リリウスとバイアットがむちゃくちゃな指示でこの関係を壊そうとしてるから逆手に取ってみませんか?って持ち掛けたわけだ。
ポンコツコンビが出してくるお題を逆手にとってどうすれば悔しがらせてやれるのか、そういう楽しみ方をするデートだった。それは本当に楽しい時間だった。どんな理由をつけたって愛しい男性と悪戯ができたんだ。
「クリス様は遠慮なさりすぎです。リリウスは叩いて言うこときかせるくらいがちょうどいいのですわ」
「私がやるとスプーン取り出しそうで怖いな」
「その時はわたくしが守って差し上げます」
ロザリアが平たい胸を自慢げに張ると愛する人が笑い出した。……学院では見ない笑い方だ。
喜悦を隠そうとするみたいにくつくつと低い声音で笑う姿は魔王のようだけど、その細められた目は本心からの喜悦に見える。留学帰りの完全無欠の王子様ではないクリストファー・ドルジアという少年の本来の笑顔なんだと思った。
「頼もしいな。本当に頼もしいよキミは。守ってやるのは慣れているが、守ってくれると言ってもらえたのは初めてだ」
愛する男性からの虚飾のない笑顔、それが本日の報酬らしい。
少し得をしすぎたかなってロザリアが舌を出す。悪女ムーブは好きじゃないけどこれだけ楽しいならハマってしまいそうだ。
「山岳訓練の時もそうだ。本当に助けられてばかりだ」
「わたくしがいなくてもどうにかなったと思いますわ」
「キミの存在は心の支えだった。本当に感謝しているんだ……」
しばし言葉が途切れた。
話したいことはたくさんある。お互いに色んな言葉を交わしたい。でもつまらないことを言って失望されるのを恐れるみたいに、うまい言葉が出てこない。
たまに交わした視線だけに何か言葉にならない想いを残した。
「また私を助けてくれるか?」
「はい、クリス様が望まずともお助けしますわ」
「リリウスと反目することになっても?」
「わたくしはクリス様と歩みます」
「ありがとう……」
夕日が遥かな地平に落ちて、背後から迫ってきた夜が二人を覆っていっても……
握りしめた手は離れなかった。




