(旧)カンニング大作戦(前編)
晴天の日、リンゴンと鳴り渡る大鐘楼の鐘が授業終了を告げる。授業中の緊張感から開放された生徒達がおしゃべりを始める中で、教材をまとめるモルグ女史がレーザービームみたいな悪意の視線を放ってきた。
俺なんかしたっけ?
あぁ最初の頃に授業で批判してやったのまだ根に持ってやがるのか。お高いお詫びの品やったのにしつこいババアだぜ。
「安息日を挟んだ明後日から試験日です。楽しみですね?」
「精々歯ごたえのあるテストを作ってくださいね。あぁくれぐれも歴史解釈に不備のあるくだらないテストなんて作ってはなりませんよ。僕ら生徒から嘲笑されるのはあなたですから」
「ムキー! あなたこそ情けない点数取らないようになさい!」
超煽りスキル!
モルグ女史が地団太踏みながら退室する。クリストファーの見学にやってきた他クラスの女子が押しのけてズンズン帰っていったぜ。
「リリウス君めっちゃ煽ったね」
「あんたねえ、あの調子じゃほんとに歯ごたえのあるテスト作ってくるわよ」
「心配なら勉強会でもやります?」
放課後に図書館でお勉強会なんて青春してるな。
中間テスト前なので図書館はいつになく込み合っているんだ。普段は数人がお勉強してるだけなのに二百席全部埋まってる。上級生も試験月間だから仕方ないね。
ん~~~~~寮の談話室使おうかな?
「おーい!」
どっかから声がした。
「おーい、変態も勉強かー?」
リジーちゃんが書架の上から手を振ってる。いつもの四人組だね。
「馬鹿なんだからしっかりやれよー」
「馬鹿が試験勉強とかナマイキだぞ。一夜漬けしろー」
「馬鹿は大人しくカンニングしてろよ」
「むしろ赤点取るくらいでちょうどいいぞー」
なんでまた書架の上になんかいるのかと思ったら寝そべってお勉強会してた。席がないなら作ってしまえというアイデアマンがいたらしい。
「うちの図書室使うと親父が怒り出すからさあ、よく本棚の上に隠れて本読んでたもんよ。どしたのみんな?」
「不憫すぎる」
「あーしなんか勉強しろって叱られてたのに」
「あたしもー……」
エリンちゃんは実家でほぼ軟禁されてたらしい。俺より悲惨な子久しぶりに見たぜ。ご飯くれないだけで強奪は許されてたからね。つまり俺にとっちゃマクローエン家とかいうダンジョンだったんだ。
軟禁生活の知恵を見習って隣の書架でお勉強会をする。
一年生の必修科目は九つだけど中間テストは座学六教科だけ。帝国史、帝国法、経済学、心理学、戦術論、魔法薬学だ。実技三種目の剣術、魔法行使、調剤は期末のみだ。二年生になるとクラスで小隊を組んで行軍演習みたいな本格的な奴やるらしい。
「ま、一年最初の中間テストなんで変な応用は出ないでしょう。教科書の範囲だけ抑えておけば大丈夫ですよ」
「モルグ女史を挑発した理由それじゃないでしょうね?」
正解。どうせしょーもない問題ばかり出てくるだろうから歯ごたえが欲しいんだ。
勉学は楽しい。学ぶのが楽しい。新しい知識を点数という目に見える形で評価されると嬉しいってのはあんまり理解されない感覚らしい。
モルグのおばちゃんヒステリーで好きくないけど、騎士あがりの舐めてる先生方と比べればまだ真摯に学問に挑んでる方だから再評価してる。ま、それでもバイトの中ではレベル高い方くらいの評価だ。
知識を軽く見てる帝国特権階級とかいう土壌が何もかんも悪いわ。
「あー、いったいどんなひねくれた底意地の悪い問題出てくるか楽しみだなー」
「これ僕ら巻き添え食った感じ?」
「歴史だけでも集中的にやりましょ」
帝国史はまだ健国王ドルジアが息子のハドリウスに王座を渡したらへん。教科書で言えば三十四ページまでなので丸暗記も苦にはならない範囲だ。つまりこれはモルグ先生へのテストなんだ。
「たった二日間という時間と限られた範囲の中でいったいどんな難問を作ってくるか、本当に楽しみだなー」
「こんなのに絡まれて女史も災難ねえ」
図書館閉館の午後八時までたっぷり勉強会したった。帰る前に校舎に寄ったら歴史準備室の明かりが点いていて……
「キ~~ヒッヒィ! 見てなさいリリウス・マクローエン、最高の難問で落第させてやります。キヒー!」
子供食って生きてる魔女みたいな声が漏れてたぜ。こいつは期待できるな!
なお男子寮に戻ってアーサー君に試験の準備について尋ねたらナニソレって言われた。ほんとフリーダムに生きてるぜ。
そして試験初日にして最終日。まずは魔法薬学からだったが基本的な薬草の名前書くだけだったり、腹痛に効果のある薬草を三種類書けみたいなしょーもない問題ばかりだったぜ。ラサイラ魔導学院特別聴講生を舐めないでいただきたい! 俺その気になればエクスポーション作れるからね。
お次は戦術論。教科書に載ってる単語書くだけの作業だわ。
三限目は待ちに待った帝国史のお時間さ。さてさてモルグのおばちゃんはどんな難問作ってきたかな~?
「リリウスあのね、その悪魔みたいな笑いほんとやめて」
「じつはお勉強ガチ勢だよね」
「それじゃあ試験始めるぞー」
担任のパインツ先生の合図で答案が配られ試験開始。
1 帝国建国期に課した税制のうち現在まで廃止されていない物を挙げ、またその理由も考察せよ。
「やるじゃんモルグ先生!」
「そこ、マクローエンうるさいぞー!」
答えは魔法薬売買税だけど考察しろってところがまたいいね、まだ教えてないけどお前の考えるもっともな理由でわたくしを納得させなさいという強気な設問だ。俺こういうディスカッションみたいなの大好き!
『結論を先に明示すると富裕層からの大きな徴税が見込まれるからである。魔法薬を主に必要とする貴族階級や騎士階級はいうに及ばず平民でも冒険者などの富裕層からのみ徴税ができ、貧困層をターゲットとしていない点が今日まで淘汰されていない理由であると推察する。この税法が多くの国家でも当たり前に明文化されている事実は、あらゆる国家から税法としての優秀さを承認されていると解釈もできる。
しかし貧困層の医療を常備薬からアルテナ神殿に経済的譲渡した結果神殿の権力が増すという統治面での悪影響も出ている。立地や政治的な理由で神殿の無い地域における医療の腐敗も見られる。第三身分の意識に病気にかかって医療を頼るという意識が欠如しているのは医療の高騰が原因である。軽度感染症での死亡率が高いのもこのためだ。
魔法薬売買税の理念と運用実態が異なる以上改正する必要がある。医療もまた競争社会の荒海に放り込むべきであり、有識者は一刻も早くこの税制問題を王宮に直訴するべきだ。医療をアルテナ神殿から取り戻し国家主導の事業として万人に開くべきである』
色々書いたが結論は命を盾に足元見てる医療関係者が悪い。
日本の医療保険制度は本当に優秀なんだ。あれ法案に組み込んだ連中のおかげでたぶん数億人は命拾いしてるんだ。
2 建国期において建国王ドルジアが黒王アルバンを単身で説得に赴いた理由はいかなるものと考えられるか?
いい問題だ。教科書きちんと読んでればわかるけど当時のハイルバニアの政情不安を並列的に理解していないと答えられない問題だな。
他の連中の様子をちらっと見た感じ苦戦してるね。難問は飛ばしてわかる問題だけに集中してる奴もいる。
この後めちゃくちゃ回答していった!
お昼休みというか四限目の戦術論の試験が終わるとモルグ女史が飛び込んできた。俺の答案をくしゃくしゃに丸めて顔面にぶん投げてきたぜ。
いったいどんな点数かと思えば百点満点だ。
余計なことをクドクド書かなくてもよろしいって赤ペン先生されてるけど減点はなし。二重線は引いても点は引かない、それはプライドだ。気に入らなくても認めるのは学者としてのプライドがあるから可能なんだ。
見直したよモルグ先生、あんた答案は丸めても学者としてのプライドだけは曲げないんだな。
「こっ…この雪辱は期末で晴らします!」
「受けて立ちますよ」
メガネから火花散らして去っていったぜ。みんなポカーンとしてる。わかるわ、最高に大人げなかったもんね。
でもこれは一人の学者と学徒のバトルだ。互いに知的生命体の誇りをかけて知識でぶん殴るクイズバトルみたいなもんだ。俺がカズで先生が宇治原みたいなものなんだ。
「わたくしたちまで巻き込まないでほしいのだけど……」
お嬢様の呟きに、クラスメイト全員が共感して頷いてる。
そこは諦めていただきたい。
三日後、A組とB組の間の壁にテスト結果が張り出された。登校した時には張り出されていたのでデブと一緒に眺めてる。
1 600点 アーサー・ベイグラント
1 600点 リリウス・マクローエン
1 600点 ガイゼリック・ワイスマン
4 547点 ロザリア・バートランド
5 542点 フォン・クリストファー・ドルジア
6 512点 エレン・オージュバルト
「終わってみれば当然の結果だったな」
「あのクソ面倒くさい歴史を満点で切り抜けるとか……もしゃ」
デブは412点で32位だ。三馬鹿トリオの食欲担当にしては頑張ったが俺とお嬢様の隣に並ぶ資格はねえ。デブ降格してアーサー君を新メンバーにしなきゃ!
しかし恐ろしいのはアーサー君だ。前々日までテストやること知らなかったくせに満点取ってやがる……
ちょうどアーサー君が通りかかった。また徹夜したのか目蓋が開いてないで、ふらふらしながら……お前A組じゃないだろ。自分のクラス間違えてるよ。
「アーサー君やるじゃん。ちゃんと試験勉強したんだな」
「特別なことはしてないけど教科書なら三日目には暗記した」
京極夏〇みたいに分厚いのが九冊あったはずなんですが……
全部読むだけでも一月はかかりそうなのに暗記? ウソでしょ、俺まだ狂骨の〇さえ読み終えてない段階ですよ?
「ちなみに何回読んで暗記したの?」
「一回。あの教科書はよくできてるよ」
アーサー君が夢遊病患者みたいな足取りでB組へと入っていった。
同じ満点なのにアーサー君から絶対に乗り越えられない高い壁を感じる。
「うおー、満点三人もいんのか」
「けっこう難しかったのにすげえな」
試験結果の張り出しに集まる愚民どもからの、理解できない圧倒的強者をおそれる視線がじつに心地いい。
「アーサー様はわかるがリリウスって誰だよ」
「パヤッパだよ」
「あいつ頭良かったのか……」
「頭いい奴って気が触れてる奴多いから」
「納得した」
なんか陰口叩かれてる気しかしないぜ。
しかしアーサー君かあ、最近恋のお手伝いできてないけどマリア様との関係進んでるんだろうか……?
◇◇◇◇◇◇
お金がない!
マリアを筆頭とするダメっ子シスターズは帝都を遊び倒すためにアルバイトに奔走してきた。途中で詐欺師に騙されたエリンとリジーが行方不明になったりナシェカが騎士団のスパイだと発覚したり色々あったけどお金はそこそこ稼げた。……お昼抜きにならない程度の小銭だけど。
だが世の中というものは得る物があれば失う物がある。それを得たがために失ってしまう物もある。今回のマリアは多少の金銭と引き換えに……成績を犠牲にした。
張り出されたテスト結果を前にマリアたちは愕然としている。
034 385点 ナシェカ・レオン
104 157点 エリンドール・フラオ
111 138点 マリア・アイアンハート
121 098点 リズベット・カーネル
特にエリンが動揺している。成績表は実家にも郵送される、テストをやる度に一々書面で報告されるわけではないが、学期末に五段階評価で送付される成績表もこの成績ではひどい事になるにちがいない。
家出同然で入学したため、あんまり成績が悪いと連れ戻されるかもしれない……
「やべえよ、こいつはやべえよ……」
「なあ、見た目知能担当のくせにエリン馬鹿だったのか?」
「リジーに言われたくない! 124人中ケツから四人目の馬鹿に言われたくない! でもやっべえこれぇぇぇええ! クソ親父がカチギレするぅぅうぅうう!」
発狂したデス系みたいに頭ブンブン振り出したエリンをお馬鹿のリジーが指さして笑ってる。足を放り出してドタバタ笑ってる方が60点近く負けてるこの世の不思議だ。
そしてマリアは人知れず落ち込んでいた。だって「いっそ殺せー!」って叫んでる女より点数低いんだもん。
四人組が騒いでいるとB組男子馬鹿コンビもやってきた。ウェルキンとベルだ。
「よう、馬鹿ども」
「サンダァァァスラッシュ!」
開口一番失礼な発言をしたウェルキンがゴミ魔法が直撃する。斬撃ダメージには抵抗できて帯電ダメージだけが発現し、白目剝いて倒れてる。
この扱いはいくらなんでもひどいと思ったらしくベルが抗議してきた。
「いきなり魔法攻撃はちょっと……」
「精神攻撃も立派な攻撃だ。反撃してなにが悪い!」
「でも事実だし……」
ベルが張り出しを指差す。
082 268点 ベル・トゥルーズ
103 158点 ウェルキン・ハウル
104 157点 エリンドール・フラオ
これを見ればエリンの焦燥感も理解できる。ウェルキン如きに負けたという事実が本当にまずい事態だって焦りを生み出してるんだ。
でもウェルキンがご登場時に言い放った馬鹿どものせいでマリアやリジーも焦り始めた。正直何があってもこの馬鹿より低いってことはないだろうと妄信していたからだ。
「正直やばいよね」
「ああ、ウェルキンに負けるとかこの点数相当やべーよ」
「……実家に連れ戻されたらどうしよ。期末で取り返すしかない!」
エリンが拳を高く掲げて決意を叫び、ダメッ子シスターズ(一人優秀なのいる)は期末テストに向けて猛勉強を誓い合った。
「明日から頑張るぞー!」
「「おおー!」」
(あ、これやらない奴だな)
一人冷静なナシェカが冷静沈着にオチを読み切っていた。
そして一ヵ月後~~~
ホームルームの最後にB組担任のマイルズ教官がさらっと言ってきた。
「来週頭から期末テストが始まるな」
「げ」
「あっ……」
「早くね?」
マリア・リジー・エリンの悲鳴みたいな言葉を無視して、女生徒から密かに人気のあるいぶし銀な教官がいつもの無表情でさらっと……
「よもや忘れている愚か者はいないと思うが、本学では二回連続で赤点取った者は長期休暇中に補習がある。夏季休暇に予定のある者はくれぐれも皮算用にならぬよう注意しなさい」
ホームルーム後、ダメッ子シスターズは安い方のカフェに集結する。議題は期末試験についてだ。
「すっかり忘れてた何もやってねえ」
「てっきり月末だと思ってて何もやってねえ」
「アルバイトが忙しくて何もやってねえ」
結論誰も何もやってねえ。
馬鹿トリオが泣きついたのは腹黒リーダーことナシェカだ。
カフェの代金持つから勉強教えてって頭を下げる。みんなが遊んでる夏季休暇に補習なんて絶対に嫌だ。だったら日頃から勉強しろよ! 試験前にだけ勉強始めるのが間違ってるんだよ!?
でも花の帝都に婿養子探しに来た娘さんたちが日ごろから勉強するはずなかった。
「よしナシェカちゃんに任せな。お前らを立派な優等生にしてやんよ」
「なんて頼もしいリーダーだ」
まずはお勉強方法を教えてくれるっていうのでみんなで教科書を手に取る。
「まず集中します」
みんなキリッとした顔になってる。
「次に教科書を読みます」
ぱらら~~教科書をバラバラ漫画の早さでめくってって……
「はい、みんな覚えましたね。これでテストもバッチリだな!」
「「……?」」
三人が三人とも、こいつ何言ってんだ?って顔をしてる。今ので何が覚えられるんだ。サブリミナル仕込んでない無理だぞ?
あまりにもひどい教え方だったので隣のテーブルでウェルキンに勉強教えてるベルが口を出してきた。
「ナシェカさん、それ暗殺者が要人のリスト確認する時のやり方だよ。しかも読んだ後燃やす重要資料のみに使う奴」
「ベル君失礼すぎ。みんなこれくらいできるよね?」
みんな無理ッスって顔してから、三人で固まって密談始めた。
議題はやはりナシェカが使えないという緊急案件についてだ。
「デスきょの姉御、あいつできない子の気持ち理解できないモンスターですぜ」
「奴は物がちがう。わたしらみたいなノーマルはどうしたらいいんだ?」
「地道に勉強するしかないんじゃない?」
「その当たり前の結論に行き着くまでに時間かかったねぇ」
ベルが当たり前のつっこみを入れたところで、みんなしてコツコツ勉強することにした。グループ交際みたいに楽しく勉強をしながらも、全教科赤点のリジーだけ何かちげーなーって思ってる。
(コツコツ真面目になんてヤダなー)
主家関係の思惑で高一にさせられた中二なので多少の成績の悪さは仕方ないと思ってるけど、夏季休暇なしは嫌だ。
みんな夏季休暇なしは嫌なので三日の間にちょいちょい集まって勉強会した。なおリジーだけ二日目から来なくなった。諦めたらしい。
期末は実技テストもあるせいで三日じゃ厳しいけど寝る間を削ってコツコツ。
途中で花束もって現れたアーサーが「暗記しよう」みたいな超人発言をしてナシェカに連行された。超人類グループは外野で応援係になってる。
カフェでは図書館に入りきらなかった他の生徒も黙々と勉強してる。カリカリ万年筆の筆記音だけが響いている。みんなもう目がグルグルしてる。補習は絶対に嫌なのに帝国史が赤点じゃなかった奴は学年に16人しかいない。特権階級ができてる。いったいどこの馬鹿だヒスババア挑発した奴は!
(これ無理じゃね?)
(間に合わねえ……)
(無理だ。絶対無理だ……)
マリアもエリンもウェルキンも目に隈を作ってテスト勉強してるけどダメそう。何しろ集中力が完全に切れている。覚えた端から忘れてる自信がある。実技に至っては何も手をつけてない。そんな時間なかった。
「無理だぁぁあああ!」
夕方が差し迫った頃、とうとうウェルキンが発狂した。髪の毛搔き乱して床をゴロゴロ転がってる。
他の生徒はウェルキンを無視してひたすら勉強してる。まるで受験戦争だ。脱落者には目もくれず、だが心の中ではようやく一人とカウントしてニヤつく負の競争だ。なお三十点以下でもクラス下位五名に入らなければ赤点とは見做されないので脱落者は大歓迎されている。
「無理だ無理だ無理だぁ……俺の甘酸っぱい夏が遠のいていく。このままじゃこのバカジョどもと過ごす補習に……」
シクシク泣いてたウェルキンが何かに気づいたらしい。
ナシェカをヴァカンスに誘っても断られる可能性もある。しかし補習という名目があれば夏の間ずっと一緒にいられてるのでは?って考えたらしい。勉強しなくていい理由を探してしまう、これこそリアルな脱落者の思考回路だ。
ウェルキンが本格的に落伍者になろうとしたその時、普通に夕ご飯食べに来た黒衣の求道者が気まぐれに手を差し伸べた。
「だがそこにナシェカはいない」
「ハッ!?」
都合のよい夢から覚めたウェルキンの眼前には、冷たい瞳で彼を見下ろす黒衣の求道者『けんじゃ』ガイゼリックがトレイ持っていた。男子寮の夕飯までのツナギは三枚のフレンチトーストらしい。
「危ねえ危ねえ、危うくナシェカちゃんのいねえ夏になるところだったぜ。助かったぜ賢者」
「ふん…! ただのきまぐれだ」
ガイゼリックが隣のテーブルに腰を下ろして黙々とフレンチトースト食べてる。
制服の上から黒衣を纏い、陰気な目つきと長い黒髪を垂らした闇の貴公子といった風貌の彼へは女性陣も興味があるらしい。
「ちょっとかっこいいじゃん。あたしのタイプとは正反対だけど」
「この共感覚、間違いなく魔眼の持ち主だな。おい馬鹿、こちらの彼はなんて人?」
「……馬鹿ってまさか俺のことか?」
ウェルキンとエリンが取っ組み合いを始めたところで応援係のナシェカがフォローする。以前取材を受けたことがあるので知っているのだ。
「D組の学生新聞部の人じゃないの?」
「世を忍ぶ仮の姿だ」
フレンチトーストをナイフとフォークでお上品に食べながら不穏な発言をするガイゼリックにとって学生新聞部の部員はたしかに仮の姿だ。その正体は取材と称して取りまくった写真をブロマイドにして売り捌いている闇の密売人である。何がアングラかって本人の了解を得ていない。ウェルキンが胸ポケにいつも入れてるナシェカの写真もこいつが流通元だ。
「こいつはガイゼリック、男子の間じゃ三賢者とか呼ばれているすごい男だ」
「頭いいの?」
ウェルキンは返答に困った。たぶん頭もいいんだろうがそういう意味ではない。
一学年男子には三人の賢者がいる。
痴のグラーフは呼吸するように下ネタを言ってくるとんだセクハラ野郎。
性のイスカリオテは要所要所で無駄な性知識を語り出すクズ野郎。
そして見のガイゼリックは盗撮&覗き魔とかいうガチンコの性犯罪者。
つまりは知者と聖者と賢者というご立派な誤字をあてているわけだ。
三人揃ってエロのビックスリーと呼ばれるのは秋以降のお話で、今はエロの三賢者と呼ばれている。女子に説明していい話じゃねえ……
フレンチトースト食べ終えたガイゼリックは相棒の一眼レフの手入れをしながら鋭い目つきを放ってきた。リリウス並みに鋭い凶悪な目つきだ。
「手助けしてやってもいい」
「でも普通に勉強教えてもらったって試験は明日からだし……」
「普通など馬鹿のやることだ。四方世界の言葉持つ者ならば知恵と勇気で解決するべきだ、そうだろう?」
この絶望的な状況をどうにかしてくれるらしい。
となれば気になるのが対価だ。マリアが多少気後れしながら尋ねる。
「何をすればいいの?」
「大した要求じゃない。夏季休暇は少しばかり俺に付き合え、そうだな君ら四人とウェルキンとベルと俺でリゾートにでも行こうじゃないか。その際に俺は少しばかり思い出を写真に収めてしまうかもしれないが、特別脱げみたいな要求はしないと確約しよう」
みんなして頭上に疑問符を浮かべながら顔を突き合わせる。
悪いお話には思えなかったからだ。
「リゾートってお高いところ? あたしらそんなお金ないよ?」
「宿泊費の心配はしなくていい」
「えへへへ、飲食費は~~?」
「買い食いの面倒までは見切れないが三食は保証する」
女子三人で円陣を組んでひそひそ相談。結論はすぐに出た。だって補習だけは絶対に嫌だ。
おいしい話には裏があるって思い知ったはずなのに、エリンもウェルキンも何にも学んでいないらしい。何度も同じ失敗繰り返すのを馬鹿と呼ぶなら二人は間違いなく馬鹿だ。
馬鹿だから赤点取ってるんだ……




