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(旧)悪い友達

 バイアット・セルジリアは自分の事をできる奴だと思っている。

 何をやっても人並み以上。精神的にも同世代より大人びていて、大人相手でも器用に立ち回って気に入られるのが超得意。父バランジットと一緒にバイエル辺境伯が主催する美食倶楽部に出入りしているうちに娘婿にどうだって話になってしまった。


 バイエル辺境伯家には娘が一人しかいないから、娘婿には自然と将来の辺境伯位が約束されている。これはシャルロッテ嬢を狙っていた年長の子弟達からすれば青天の霹靂にも等しい大事件だ。


 彼らはお茶会やホームパーティーに参加してシャルロッテから気に入られようとせっせと好感度稼いでたのに、バイアットは父親の方を篭絡して一足飛びに婿の座を得てしまった。


「あの子ブタ君もしかして策士なのか?」

「見た目なんも考えてなさそうに見えるんだが……」

「考えてても食いもんのことだろうな……」


 こんな出来事があったせいかバイアットは上級貴族の子弟の間でもけっこうな有名人だ。早くもゴマスリに来る者までいてバイアットの下には日夜貢ぎものであるお菓子が集まり、彼は増々太っていくのである。騎士団であんだけ走り込みさせられてるのに一向に痩せない理由はそこだ。


 セルジリアの財力とバイエルの武力を手にするエリート貴族バイアットには主君と手下仲間がいる。


「巷じゃガリガリ草なんて呼ばれてますよ。むしろ毒が効いたほうが痩せてちょうどいいんじゃないですかね。ガハハハハ!」


 なんてゆーかトンデモナイ連中だ。良識人にはほど遠い。

 何しろ堂々と毒を盛ろうとしてくる。


「よかったなデブ、今夜はお嬢様の手作り団子だぞ!」

「楽しみにしててね!」


 山菜カゴいっぱいに積まれたガリガリ草の山はどう考えても致死量だ。いくら弱い毒って言ったってこんだけ食べたら死ぬでしょって思った。


 衝撃的な山菜カゴを前にしたバイアットはとりあえずポップコーンもしゃった。


(ま、冗談か何かでしょ。無理無理こんなん死んじゃうよ、お嬢様だってわかってるよ)


 でも麓の宿舎に戻ったロザリア様はそれも熱心にお菓子を作り始めたから今更食べられないとは言い出せない。


 慣れてない手つきで一生懸命米粉をこねてペースト状にした毒を練り込んで……

 夜になるまで熱心にお団子作ってる姿には心打たれないでもない。


(え? あの量のガリガリ草全部使ったの? え、これ食べたら死ぬでしょ? え?)

「はい、たくさん食べてね!」


 あちこち粉で白くなっちゃったエプロン姿のお嬢様が大皿にこれでもかって山積みした毒団子を差し出してきた。絶対死ぬって思った。


 だからリリウス君に確認のためにアイコンタクトする。


(これ死ぬでしょ?)

(任せろ、解毒ポーションの用意はある!)


 なんて頼もしい馬鹿野郎だ。ポーション用意する手間をかけるくらいなら止めろって言いたい。いつも行動力の方向を間違えているんだ。馬鹿野郎なんだ。


「たっぷり愛情込めたからね!」

(お嬢様、料理は愛情ってたしかにむかし言ったけど……)


 愛情に解毒作用はない。

 愛で蘇るのはシェイクスピアの世界だけだ。


 しかし初恋の女の子があれだけ苦労して作ってくれたお団子だ。これを食わずして美食家は名乗れない。それ以前に男の子として胸を張って生きていけない! これは愛の試練なんだ!


「うおおお!」


 バイアットが食べる。山盛りのお団子を勢いに任せて次々と口に放り込む。砂糖と塩を間違えてる。まずいってレベルを通り越して食用に適さない。そもそも毒物だ! でも食べる。どうしてか涙が出てきたけど食べる。


「泣くほどおいしいとかお嬢様さすがですね」

「むふー、お団子初めて作ったけど才能かしらね」

「ガハハハ!」

「むふー!」


 こいつらはいつか地獄に落ちると思う。マジな奴で。

 結局バイアットは解毒ポーションのお世話になった。医務室で昏倒から目覚めた時に傍に誰もいなかったので、バイアットはその時ちょっぴり泣いた。あいつらマジでいつか地獄に落ちると思う。


 山岳訓練が終わった数日後、リリウス君が頭を抱えて落ち込んでいた。


「天罰?」

「そんなもんレジストしてやるわい」


 天罰はレジストできないと思ったが追及はやめておいた。なお本気でレジストできることをバイアットはまだ知らない。


「帝都に出店した商会がクソほど赤字で困ってるんだ。テナントの賃貸料に運搬費用に従業員の給料に……出費ばかりで帳簿が血塗れさ」


 本当だ。帳簿が真っ赤っ赤だ。さすがに気の毒にならないでも……ならないのでとりあえずポップコーンもしゃった。


「もしゃもしゃ、商才ないんじゃないの?」

「あるわい。Dだけどな」


 何が悪いのか意見をくれというのでお店に行く。

 リリウス・マクローエン商会は閑散としていた。閑古鳥が鳴いている。死んでる。お昼の一番人通りのある時間帯だっていうのに客が一人もいない。


 裏社会のドンみたいな凶悪なリリウス君の似顔絵プレートを掲げているせいか、子供連れの主婦が歩道の反対側まで行ってから通り過ぎてる。恐怖の館か何かと勘違いされてそう。それかマフィアのフロント企業。


「いらっしゃいませー」


 接客担当らしきエルフの美少女が揉み手をスリスリ現れた。その手つきは逆に怪しいのでやめた方がいいと思う。言わないけど。

 エルフはリリウス君の顔を見ると舌打ち。


「なぁんだリリウスか。ゴマすって損した」

「俺はお前の給料分損してるよ」


 小粋な冗談なのか知らないが憎まれ口叩き合って店内へ。


 陳列に問題はない。むしろ高級店のようなショーケースで高額商品をアピールできているし、大衆向けコーナーはアイテム数で勝負している。


「思ったよりきちんとしてるよね」

「あたしがきちんと掃除してますから。あんたリリウスの友達?」


 自己紹介をする。朗らかなエルフはレテというらしい。

 奥の座敷で新聞読んでた店長らしき青年が面倒くさそうにやってきた。


「フェイ・リンだ。このどうしようもない馬鹿どもの子守りをやってる」

「失礼すぎる」

「フェイー、馬鹿どもってあたしも入ってる奴?」


 手慣れてるのか一々反論もしないスタンスらしい。


「バイアット・セルジリアだよ」


 握手を交わすと心の共感が走った。

 なんでかわからないけど相当苦労してそうな気がする。


「お互い苦労してると見た」

「どうやらそうらしいね」


 また奥の座敷に戻っていったフェイは置いておき、のんびり店内を回って悪いところをチェックする。よくわからない商材については隣でリリウスが説明してくれる。


 店頭で取り扱ってる商材はモーターサイクルやリフターにウェイクボード。帝国では見ない高級品ばかりだ。カタログでは魔導車やプロペラ機の取り寄せもやっているらしい。全部魔法先進都市アルステルム直送の最高級品だ。


 衣類も取り扱っている。琉産の絹を使った下着のような手触りの良い高級品ばかりで、災害級魔獣の毛皮を用いた外套なんかも普通に置いてある。こちらもカタログがあってオーダーメイドできるらしい。


 他には書籍の取り扱いもある。中央文明圏で流行りのロマンス小説や新聞のバックナンバー、官報のような特殊な読み物まである。初心者向けの魔法書もある。書籍に関しては充実のラインナップだ。


「……アーサー君なら喜んで買い漁りそう」

「寝不足で死なれても困るから黙ってるんだ」


 読書家のアーサー君には本を与えすぎてはいけないって認識はあるみたいだ。


 日持ちのする缶詰め食品もある。贈答用の缶入りクッキーにお見舞い用の果物のシロップ漬け……


「一見何の問題も見つからないという一番厄介なパターンだね」

「マジか……」


 バイアットは嘘こいた。優しい嘘をついておいた。

 だって色んな商品に飾り立ててるブサイクな顔面が原因なんて言ったら落ち込みそうなんだ。意外に繊細な奴なんだこの目つきの悪いのは。


「聖オルディナ通りっていう立地はよくないね。たしかに貴族も通るけどほとんどは乗り物に乗って通り過ぎるだけなんだ、このレベルの商材を扱うなら貴族街に出すべきだよ」

「意図あっての出店だ。立地は動かせない」


「じゃあ商材の品質を落とすしかないね。日常的に買い物に来る平民の富裕層に合わせた売価設定のできるラインナップに切り替えるべきだよ」

「意図あって並べている物も多い、多少の入れ替えは可能だが……」


 こだわりすぎて失敗してる飲食店みたいになってる。

 そのうち自家製ポエム張りそう……


「意図ってどんな意図?」

「まず帝都の地下を無数に走る地下水道網が直下にはないというのが第一の理由……いまのは忘れてくれ」

「そこまでしゃべっておいて途中でやめるとか。気になるんだけど?」


「すまんがまだ話せない。切り札ってのは知ってる奴が少なければ少ないほど土壇場で強いちからを持つからだ」

「秘密にしろっていうなら誰にもしゃべらないよ?」


 リリウス君が嫌そうに頭がしがししてる。


「こう言っちゃお前に悪いんだが信用できない。本当に聞かないでくれ」

「もしゃ」


 今のはちょっとショックだったのでとりあえずポップコーンもしゃった。つまりバイアットの暴食はストレス発散なんだ。


「わりいな」

「いいけど……僕に言えないってどんな悪だくみ?」

「友情を盾に探りを入れようとすんな。悪いとは思うがお前は信じられない、お前は調子がいいし要領もいい、だが浮き草みたいな立ち回りには必ず限界が訪れる。お前拷問耐性ないだろ? 軍事力を背景にした脅迫にも慣れてない。お前の善良さは信じられてもお前が口を割らない可能性については信じられない」


 今のは本当に傷ついた。


「もしゃもしゃ、ボロクソだなあ。もしゃもしゃ」

「わりいってちゃんと謝っただろ。でも答えは変わらない。いつかここは俺らの生命線になる。悪いが好奇心はその日までおあずけだ」

「おあずけは苦手なんだけどなあ。まあいいや、いつか話してくれるんでしょ?」

「それは約束する。その時お前が俺らの敵に回っていなければな」


 まるで未来を見てきたみたいな発言だ。

 リリウス君にはそういうところがある。短気でビビりでアホなのに時にピタリと真実を言い当てるみたいなところがある。


 バイアット・セルジリアは自分の事をできる奴だと思っていた。

 何をやっても人並み以上。精神的にも同世代より大人びていて、大人相手でも器用に立ち回って気に入られるのが超得意。人の心の機微を見抜くのに長けている。


 でもリリウス・マクローエンと出会った事で自分は思ったよりもできない奴だと思い知らされた。


 この目つきの悪い友達は基本的に何も持っていない。でも度胸と勇気だけは持っていて、それはバイアットが持っていない物だ。昔々貧民街のチンピラにからまれた時、バイアットがビビッて何もできなかった時に彼だけが立ち向かったのを覚えている。


 彼は決してできる奴ではない。

 でも事件はいつだって彼を中心に巻き起こり、帝国騎士団が動かなければいけない事態であっても気づけば彼が解決に導いている。トラブルメイカーって見方もある。でもガーランド閣下は別の読み方をした。


『誰かが助けを求める時も大勢が危機の時も国難の時も決まってその時その場にいるという資質をなんと呼ぶか知っているか? 人はそれを英雄と呼ぶ』


 それはさすがに買いかぶりだと思った。

 でもそういう時にリリウス君が英雄的に行動して結果を出してきたのは事実だ。


 いつの時だって帝国騎士団も閣下も他にも大勢の人がいたのに、リリウス君が英雄的に跳び出して解決したのは確かな事実だ。


『いつかまた訪れるであろう危機に際して群衆でいるか英雄と成るかはお前が決めろ。だが目と耳を閉じて貝のように縮こまっている人生などつまらないぞ?』


 バイアット・セルジリアもまたリリウス・マクローエンと同じ場面にいた。危機の日にきちんとその時その場に居合わせた。ならば後は立ち上がるだけだ。勇気を奮って立ち上がり、どうせ飛び出していくんだろう悪友と肩を並べて突撃するだけでいいんだ。

 独りぼっちでヒーローやるより悪友と一緒にヒーローやった方がいいに決まってる。


『ロザリアは英雄にしかやらんぞ。精々精進することだな』


 閣下は正直勘違いをしていると思う。僕にそんな大それた想いはない。

 でも何度も諦めてきた恋心にあれこれ理由をつけて諦めるより、少しくらい勇気を出してチャレンジしてみるのもいいかもしれない……


「リリウス君、僕もやるよ。僕も英雄になる!」

「その前に俺の赤字をどうにかしてくれ……」

「うはー、この人急にどうしたの?」

「まともそうに見えてもやっぱりこいつの友達だな」


 バイアットはこの後めちゃくちゃ経営再建プランを打ち出した。


 その後学院内でイオン風リフターの体験乗車をやったところ購入申し込みが殺到したが、300ユーベルとかいう値段を見て蜘蛛の子散らすみたいに去っていった。国内有数のお金持ちのご子息の金銭感覚で経営再建なんて無理すぎたんだ……

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