(旧)殺人機械と心の在り処
貴族のご当主格は例外なく貴族学院に通っていた。領民から募った兵隊を練兵して魔物狩りもしている。中には規格外に恵まれたスキル保有者もいるのだろう。冒険者ギルドから買い付けた高濃度魔素結晶を用いた魔法薬を服用して高いレベルを維持しているのだろう。
そういった連中五十人ばかりが一斉に飛び掛かってきた。それはまぁ普通なら危機や絶望的なんて言葉もあるだろうが何事も例外はある。
「はい、足元がお留守!」
残像を残して伏したドロアが何の変哲もないミスリルソードで出足を断ち切る。
すぐさまに振り返ってチノパンを履いた膝を襲撃者の顔面に叩き込む。
「奇襲する時は声を出さない! あんたは遅い、走り込みをしろ!」
四方を囲まれているのにバッサバッサと切り倒していく。それも教官のように指導をしながらだ。
氷の悪魔ドロアの由来である極限凍結魔法など使う素振りも見せない。
「何年素振りしてないんだい、刃筋がブレてるよ!」
完全なる俯瞰視野の体現。機眼の極限。冷酷にして冷徹なる戦術眼。どれか一つでも備えていれば一流の剣士であるがドロアは三つ全てを備えている。
リリウスが未だ至らぬ殺戮者の境地に至った魔女が軽やかに重々しく踏み込み、ミスリルの手斧を両断する。
「さあ次の生徒はどいつだい。授業料は命だよ!」
「無理だ……」
誰かが漏らしたその弱音を合図に、貴族が一斉に逃げ出していく。若いのも老いたのも等しく氷の悪魔から逃げ出して地上への階段へと殺到する。
ドロアが追撃をかけようとしたが踏みとどまる。彼女の危険センサーが最大級の警報を鳴らしたからだ。
(何か来るね、練度最大級―――あの坊やに近い気配が十人も?)
地上階段から大勢の貴族の死体が降ってきた。
血と死体に紛れて降ってきた子供達が湾曲した殺人ナイフを手に残党に襲い掛かっていく。
「奉仕であります」
「奉仕であります」
声はまだあどけない子供なのに何の感情もない。
見立てたとおり練度は最大級にして一糸乱れぬ連携技。傍から見ているドロアも鳥肌が立つほどだ。殺人ナイフから発した光の剣を振るう子供の殺人集団が瞬く間にすべての貴族を切り伏せて……
ドロアの周囲を囲んだ。
何の感情もない死んだ瞳の少年少女がピタリと止まる。まるで聴こえぬ声にやめろと言われたみたいにだ。
「シェーファのご命令、殺してはダメ」
「奉仕を終えます。わたくしどもはきちんとできました」
「わたくしどもはこれにて。至高神アル・クライシェのお恵みがありますように」
「「ありますように」」
しゃりんと錫杖を鳴らして子供達が退いていく。
そのあまりにも鮮やかな後退にはドロアも絶句するしかなかった。追撃どころか何も考えられない。それほどに異常な連中だった。
「何なんだいあの子らは……」
血だまりの中に佇むドロアはしばらく身動きもできなかった。
◇◇◇◇◇◇
暗黒の水路を潜水するナシェカを追う。イルカみたいな速さだ。まったく追いつけない。
たしかに水泳は苦手だがアジリティ4000近い俺のバタ足で追いつけないとか頭のおかしい敏捷性だ。……猫かぶってたってわけだ。
敏捷特化の身体強化併用でスパートをかけてどうにか追いつく。
(来んな!)
(うるせー!)
口パクと読唇術でやり取りして、俺は右手の人差し指に究極のちからを集めた。
ティト神の加護フルパワー! 感度一万倍で背中をすーってする。ナシェカが抗えぬ快楽に身を弾いた。
「がぼばっ」
俺の名はティト教団CEOリリウス・マクローエン。快楽なんて与えるも奪うも自由自在、新たに性感帯を生み出すくらい朝飯前さ。フルパワー出したけど。
水中で呼吸を乱したナシェカが水面をめざして浮上してった。
「ぷはっ! はひー、はひー……」
水路の脇に設置された点検路。四つん這いになって呼吸を整えるナシェカの、お隣で俺も酸素を取り入れる。まさか五分近く潜水やらされるとは思ってもみなかった。
お節介だなあ、なんて目つきをしてるナシェカへの質問はどうするべきか?
全部はわかっていない。ほとんどが推測だ。エックスとワイだけじゃ答えなんて出てこないんだ。でも俺はずるいからカマをかけてみる。
「レグルス君なんだろ?」
「……まいったな」
麗しい黒髪の乙女ナシェカ・レオンの姿のままレグルス・ルーリーズの声に変わった。
ナシェカの方がキリッとした男らしい声してるけどね。
「マリアといいキミといい、勘が鋭くない? どうしてわかっちゃうの?」
「お前はずっとヒントくれてたろ」
思えばナシェカはずっと俺に親しかった。初対面とは思えないほどの親愛で接してきた。要所要所で悪戯みたいなヒント出してたのは気づいてほしかったのか、それとも気まぐれな遊びだったのか、どちらだろうね?
ルーリーズの部隊長候補だった俺がどんな男なのか興味があったんだろうな。
「その変身魔法はマジックアイテム?」
「閣下の言う通りだ。答えわかってるくせにワザと目を逸らそうとする」
「だってお前もう片方は最悪の答えだろ」
かつてこの世界はハーフフットと呼ばれる小人族の物だった。小人っつっても人族でいえば十二歳くらいの身長ってだけで、今でいえばドワーフみたいなもんだ。
ハーフフットは自然に寄り添う高度魔法文明を築いて地上を牧歌的な繁栄に導いたがそれを面白く思わない連中がいた。オーディンを筆頭とする別の世界の古代神だ。
オーディンは自らの眷属を率いてこの世界の侵攻を始めた。オリジナルナインとかいう九人のハイエルフに地上侵攻を代行させた。ハーフフットは懸命に抗った。ある者は戦闘に特化した巨大な魔獣に姿を変えて戦った。ある者は特殊権能を持つ魔獣に姿を変えて戦った。
ハーフフットは懸命に抗ったが数のちからには抗えなかった。倒しても倒しても異世界から新たな軍勢が現れて、彼らはバタバタと倒れていった。そうしてダージェイルに追いやられて滅ぼされた魔法王国パカの末裔、それがこいつらハーフフット。至高神アル・クライシェの眷属だ。
だから俺は確認しなければならない。
「ガレリアの殺人機械なのか?」
「あははは、はっきり聞かれちゃったね……」
困ったみたいに笑うレグルス君が語り出した。自らの心の在り処について、過去と未来への設計図についての長いお話を。
◇◇◇◇◇◇
一番古い記憶って何?なんて質問にきちんと答えられないみたいに彼/彼女は気がついたらそこにいた。苔と蔓草に覆われた廃都エイジアの教会で兄弟達と寝起きしていた。
彼/彼女にはたくさんの兄弟がいる。みんな同じくらいの身長で、だからたぶん同じくらいの年齢の兄弟達。
彼/彼女は朝日とともに起き出して慌ただしく奉仕活動を始める。教会の掃除、工房のお手伝い、朝ごはんの準備、山ほどのお仕事を兄弟達みんなで片づけていく。
何の疑問もない穏やかな日々だ。
奉仕活動に不満はないけど特に言えば新しい兄弟のお世話が好きだった。培養曹に並んで浮かぶ、新しい兄弟達が羊水から吐き出され、頑是ない赤子みたいに泣き喚ているのを宥めてあげるのが好きだった。
無感動な兄弟達もその頃はまだ可愛げというか感情があるから好きだった。
彼/彼女はある日廃都の隅に赤い花が咲いているのを知った。それはとてもきれいな花で世にはこんなにも尊い物があるのだと初めて知った。
「これきれいだね」
「変なの」
自慢するみたいに赤い花を教えてあげても兄弟達はやっぱりつれない。
だから彼/彼女はその宝物みたいな赤い花をこっそり愛で続けて、ある日教祖様に見つかった。
「これはリコリスだね」
「リコリス……?」
リコリスとは何だろう。花を花とも知らない彼/彼女が詳しく尋ねると教祖様が首をひねり出した。
「記憶の転写に問題でも起きたのだろうか。理論上は00.4%でエラーが出るのだから仕方ないね」
教祖様のお言葉はむずかしくてよくわからない。困っていると微笑を浮かべ、こんなことを言ってくれた。
「育ててみるかい?」
「兄弟達のようにでありますか?」
笑い出した教祖様に教わって廃都の奥にお花畑予定地を作った。
「毎日きちんとお世話をするんだよ。君達よりも繊細だからね、きちんと面倒を見てあげるんだよ」
彼/彼女は言葉の通りにきちんとお世話をした。奉仕活動の合間を縫って水をやり、土を整えてあげた。砂漠の砂をかぶったらきちんと払い落してあげた。
「変なの」
最初はそんなこと言ってた兄弟達も手伝ってくれるようになった。
やがて予定地はたくさんのリコリスで満たされた赤い楽園へと変わった。彼/彼女はたくさんの兄弟達とその光景を飽きることもなくずっと見つめ続けた。
これが最初の記憶。心を形成する最初の尊い愛の記憶。
名もなき殺人機械に心が芽生えた瞬間だった。
◇◇◇◇◇◇
水路を流れる水の音。抑揚のない平坦な物語。ぐっしょりと濡れた彼か彼女は誤解されることを恐れるみたいに慎重に言葉を選んでる。言葉を選び恐れられまいとする時点で俺の知っている殺人機械とはかけ離れている。……あれは人の形をした死だ。
「リリウス君は僕らのこと知ってるんだよね?」
「始祖アルザインと呼ばれた最高の暗殺技能者の遺伝子で複製され、記憶の転写によってその技能まで受け継いだ殺人機械。リアルタイムで意志を共有させ、一個の意志で全個体を統率する言わば群体生命体って程度ならな」
「にゃははは……」
困ったみたいに笑われたぜ。名前を知ってるかって聞いたのに趣味嗜好にスリーサイズまで答えられて困ってる感じだな。
「でも僕はケルス結晶に欠陥があったらしくてね、みんなの集合意識から弾かれちゃってるんだ。僕に幸運にも意思があるのはそのおかげ」
「幸運だと言ってくれて少しホッとしたよ」
殺人機械は学習する。仕掛けた個体が敗れても敵の行動パターンを学習して詰将棋みたいに敵を追い詰めていくってのはフェイやクリストファーレベルの話だ。殺人機械一個体の実力は準英雄クラス、そんな物量戦みたいなマネ普通は必要としない。
ただ敵の力量を計るための道具みたいに使い潰されていく一個体ではなくて幸運だったと言ってくれるなら、俺も彼か彼女のことをきちんと人間として見られる。
「僕もそう言ってくれて嬉しいよ。全部知ったうえで人間だって認めてくれるんだね」
「いやレグルス君は亜人だから」
「亜人差別主義者ってわけじゃないなら一緒でしょー?」
「むしろ亜人ペロペロ主義者さ」
迷いなく水路に飛び込みやがった!
そしてすぐに戻ってきた。レグルス君とかいう愛らしい美少年の姿をしてだ。
いやお前が男なの知ってるからナシェカの姿しててもペロペロしないから。野郎はペロペロしないから。……ほんとに男なんだよね?
「最大の疑問なんだがなんでまた閣下に仕えているんだ?」
「昔…六年くらい前かな。フォン・グラスカール殿下の暗殺に送り込まれたんだ」
なんでまたブタ王子は自分殺しにきた殺人機械を護衛にしてるんだ?
依頼を受けたレグルス君は入国するなりソッコーで殺しにいったらしい。無茶するぜ、綿密な計画立ててからやれよって俺が言ってもいい?
そんでソッコー閣下に逮捕されたらしい。レグルス君もしかしてお馬鹿なの?
「で、僕を捕まえた閣下がこう言ったんだ。お前に将来のビジョンはあるかってさ」
「あの人子供のアサシン相手に将来設計聞いたの?」
「うん。僕も驚いたよ、将来なんて考えたこともなかったからさ。それで僕はこう言ったんだ。未来なんて先のことは知らないってさ」
そしたら閣下はお給料がいくらか尋ねてきたらしいんだ。お金なんて貰ったことないって答えるとめっちゃ怒りだしたらしい。
『ボランティアなど馬鹿のやることだ! お前はお前の人生をより良きものにするために転職を考えるべきだ!』
閣下は懇々と生涯年収の話を始めたらしい。
保有する技能から選択できる職種とそれにおける生涯年収。幾つもの職業を提示してその生涯年収を提示し、新たに習得可能な技能とその年収についても語り出したとか。
真夜中に襲撃して捕まって、朝まで懇々と説明され続けたらしい。あの人マジ頭おかしい。
閣下は朝日がのぼると説得の途中なのに出かけていったらしい。お部屋にレグルス君とブタ王子の二人を残してね。この奇行ぶりにはレグルス君も混乱通し越したらしい。
『あの人は何なんですか?』
『信じているのであろうな』
『僕を? どうして? 僕のことなんか何も知らないはずなの?』
『あいつが信じているのは自分の目だ。余も信じてみようと思う』
『あの人の目はそこまで信じられると?』
『いいや、お前を信じてみたいのだ。未来に興味があるのだろう? ガーランドの語る将来を見てみたいと思い始めたのだろう? 今のお前の目には未来への希望で溢れてるよ』
そして閣下は大量の資料を抱えて戻ってきてまたお金の話を始めたらしい。
今度はグラフを交えて熱心に語り出したらしい。簡単に想像できる。守銭奴の松岡修○みたいなもんだ。あんまり熱く語るもんだから、聞いてるだけのレグルス君が先に疲れちゃったらしい。
「もうどうにでもしてくれって言ったら隠密機動にスカウトされたんだ」
「……伝説のファイナンシャルプランナーの逸話みてーだな」
つまりあれか?
色んな職業を提示しておいてじつは一番生涯年収が高いのは俺の部下なんだみたいな論法でガレリアの凄腕アサシンを獲得したのか? 凄腕のヘッドハンターかよ。
すげえとはおもうけど最初から最後までお金の話してただけですね…
試しにお給料聞いてみたらナイショにされた。他人に言えないくらい貰ってるのかー。
そもそもの話なんで昔語り聞いてるんだっけ?
どうしてレグルス君が逃げ出したのか。どうして追っかけてきたのか。もうすっかり忘れちゃうくらい長々としゃべってたね。
俺はとりあえず一つだけハッキリさせておこうと思った。
「それでレグルス君って男なの女なの?」
「それは失礼すぎるね。見ればわかるでしょ?」
変身魔法使いこなす奴の外見を信じろとか言われても困る。
そもそもレグルス君の外見男か女か全然わからねえんだ。声も甘いソプラノだし。
「試してみる?」
「はい?」
「だからさ、僕が男か女か試してみないかって言ってるの。抱いてみればわかるでしょ?」
そして十五分後、俺らはどこの番地かも知らん安宿のお部屋で二人きりになった。
レグルス君はベッドでシーツかぶってる。辺りには濡れた服が散らかってる。シーツの下にはレグルス君の変身魔法を解いた本当の姿があるらしい……
これ絶対女の子のパターンじゃん。
「入ってきていいよ?」
声でわかる奴やん。絶対美少女やん。ではシーツの下にお邪魔してレグルス君を食べちゃうぞー……
………………
…………
……
なんか変なもん触ったぞ俺!?
「×◇△〇◇×◇△〇◇ァァァ―――!」
俺は逃げた。パンイチで逃げた。
とっぷりと夜も更けた帝都に俺の悲鳴が轟いていった。男だった! すげえご立派様だった!?




