(旧)大好きだよ
ウエイター&ウエイトレス、そう言って連れて来られたのは今思えば罠だった。
手に取った瞬間に取っ手の取れたカップが割れて弁償しろと言われた。聞いたこともない金額を請求されて払えないというと奴隷印を刻まれた。
一連の流れが何もかも素早く手際よく行われた。こちらがパニックから立ち直る隙もなかった。だからあれは罠だ。最初からそのつもりで連れて来られたんだ……
地下牢の中でうずくまるリジーの背中をさする。リジーはずっと泣いている。本当は臆病なんだ。
説明もなく連れていかれたウェルキンが戻ってきた。多少の傷はあるものの、ひどいことはされなかったらしい。
「へへん、楽勝だったぜ!」
「何があったの……?」
「闘技場で魔物と戦わされた。ま、あれだな、俺らはショーの出し物って奴らしい」
十回勝てば壊したカップの弁償をチャラにすると言われたらしい。最悪だ、十回目には絶対に勝てない魔物が出てくるに決まっている。つまり三人の命は十回戦う日までなんだ。
「フーベルトさんを呼んでもらっている。すぐに出してもらえるから泣くなよリジー」
「あんた馬鹿なん!? フーベルトも共犯に決まってるじゃん!」
リジーがキレた。
「元はと言えばリジーが高いカップ壊したせいだろ!」
「あのカップ最初から壊れてた! 絶対私のせいじゃないしあんな安物が五百テンペルもするはずない!」
「ウェルキンあんたおかしいよ。なんでそこまでフーベルトを信じてるのよ!」
「だって兄貴のダチから紹介されて―――ああっもう、ケンカしてる場合じゃねえだろ」
「あんたが馬鹿なのが悪いんじゃん!」
「なんだとぉー!」
ウェルキンの顔を見るとケンカしそうだから狭い牢を二つに区切った。女を床で寝かせられるかと言ってベッドを譲ってくれたのは意外だったけどやっぱり馬鹿だ。口癖みたいにフーベルトはまだかと言い続けてる。
闘技場で戦わされる魔物は大した魔物じゃなかった。でも二回目からかなり手強くなった。三回目にはウェルキンも怪我をしていた。
地下牢に放り込まれて何日が経っただろうか。五回目の魔物と戦ってきたウェルキンの怪我を見て、三人して決意を決めた。
「これ以上は無理。逃げよう」
「ああ、とりあえず店から出られればどうにかなるだろ」
「でもどうすんの?」
武器はない。使える手札は魔法だけだが、魔封じの首輪が外れるのは試合の直前のみ。舞台までの送り迎えをするのは学院生など及びもつかない強兵。おそらくは高ランク冒険者あがりの私兵だ。
エリンが頷く。
「私が殺る」
「エリンのゴミ魔法じゃ……」
「任せて。でも嫌いにならないで」
密談から一時間後、エリンを連行しに兵隊がやってきた。いつもいやらしい目つきでリジーを見ている兵隊には色々言いたいこともあるがまずは大人しく従う。計画通りにだ。
地下牢を出る。この階段をあがれば決闘の舞台という小部屋の中で魔封じの首輪が音を立てて外れた。この瞬間には懸けない。
懸けるのは階段をのぼり始めて、兵隊が油断した瞬間―――
エリンドール・フラオには秘密のスキルがある。お家の恥だと父から軟禁を強いられてきた忌まわしきスキル『デスの加護C』、そしてこのスキルを持つ者だけが行使できる固有魔法。
デス教団は信者がどこにいてもわかるのだという。
夜中にふらりと現れる老いた死の魔導師から使い方を教わった、魔力ではなく加護のちからから放たれる絶命の術『死眼』にて兵隊の背中を映し出す。
どさり……!
石畳に倒れ落ちた兵隊はすでにこの世の者ではない。
この者はすでに冥府の住人。死の大神デスの虜でありデス教徒の僕であるのだ!
「死眼のエリンドールが命令する、死操兵よ! とりあえず牢屋の鍵を出せー!」
「……」
あっさり手渡された牢屋の鍵束を握りしめ、エリンが傀儡と化した兵隊とともに廊下を驀進する。すべては順調、計画通りだ。でもエリンはいっぱいいっぱいだった。
「隠してきたのに! 隠してきたのに隠してきたのに、せっかく隠してきたのに台無しだぁー!」
デス教団は社会の嫌われ者。せっかくできた親友に嫌われないか? それだけがエリンの頭をいっぱいにしていた。
◇◇◇◇◇◇
闘技場のさらなる地下は細長い廊下。どこぞの水路が下を流れる細い橋を歩いていく。……明らかに客を入れていい場所じゃない。従業員だけが出入りする区画だ。
先導するボーイが時折振り返る。寂しそうな目をしている。悲しそうかもしれない。そんな瞳でマリア様を見つめていては、目が合うと目を逸らしている。
そんな疑問のすべてに答えを求めるようにクリストファーが問いを投げる。
「君は何者だ?」
「騎士団の者です。隠密機動ルーリーズ、かつて僕らと同じ教育を受けた殿下ならお分かりでしょう」
クリストファーが頷き、親父殿が苦々しい顔をしている。
あんたマジで騎士団の情報何も知らねえんだな。
「そんな部隊があったのか」
「ガーランド閣下個人の財布から出ている直属部隊ですので公的には存在しないのですマクローエン卿。ご子息のリリウス君は僕らのリーダーとして迎えられるはずだったのですよ」
「まったくの初耳だが、やはりガーランドなどに渡さなくて正解だった。可愛い息子を諜報関係者になどさせてたまるか」
俺も初耳なんスけど。ちなみにスパイの取り扱いは万国共通で拷問してから死刑だ。最悪。
マイルドな帝国で閣下だけマイルドじゃねえ……
しかし隠密機動なら隠密機動で疑問が出る。閣下なら手出しは控えるはずなのにこいつが手引きしてくれる理由がわからない。
「騎士団が動くのか?」
「騎士団の方針は静観。これは僕の独断です」
「どうして……?」
隠密機動がマリア様と見つめ合い、やはり目を逸らした。
暗く細い橋を魔法球の明かりだけで歩いていると前方から足音。元気そうで何よりだぜ。
「うおおおお! どけどけぇぇえ!」
「馬鹿ウェルキン! あれマリアだぞ!」
「クリス様もいるじゃん。うおー、天の助けー!」
リジーもエリンも飛び出してったマリア様と空中ハグして着地失敗。転んでるけど最高の結果だぜ。それとウェルキン君だけハグ拒否されて足でシッシされてる。元凶なんで当然だわ。
感動の再会からの近況報告と現状確認が行われる。
この先の地下牢にはまだ十数名の人々が囚われているらしい。
「彼らは陽動に使おう。全員を解放し、一気に地上まで脱出する!」
みんなして唖然としてる。
え、この人マジなの? みんなを守りながら脱出するんじゃないのって顔をしてるんだ。
クリストファー、俺もその案に賛成だけど俺たち薄汚れてるんだぜ。もっとマイルドな方法じゃないと受け入れてくれないよ。思えば色んな国々を必死に戦ってきたな。時には国家を相手に戦ってきたな。俺とお前だけ妙な覚悟きまりすぎなんだよ……
つまり世界観がちがうんだ。
気まずそうに咳払いしてるクリストファーが言い直す。
「救助者全員を連れていく。血路は私とマクローエン卿が切り開く、いくぞ!」
みんなして地下牢にGOして囚人を救助する。血色のいい顔色してるぜ、やっぱりマイルドだわ。デス教団と閣下がおかしいんだ。
全員を助けたクリストファーと親父殿が救助者率いてドドドと階段をのぼってった。あの二人マジ超戦力なんで問題なさそうだな。
地下牢にはマリア様と隠密機動だけが残っている。
「あの、あなたはどうするの?」
「無理を言って回してもらった任務でこの様です。ペナルティーとして異国での任務に回されるでしょう……」
「ナシェカ!」
マリア様がそう呼んだ。隠密機動が首を振って否定する。
当たり前だ。骨格も体格も身長も性別も顔も何もかもちがう。何もかもちがうんだ。
「ナシェカ…なんでしょ」
「まいったなあ。どうしてわかったんだいマリア?」
なにもかもちがうのに彼からナシェカちゃんの声がする。おどける時に片目をつぶる仕草も、少し顔を傾ける癖も同じだ。
さすがに驚いた。変装ってレベルじゃないぞこれ。
「あたし黙ってる。ナシェカは協力してないって言う。どんな取り調べされても黙ってる。それなら―――!」
「残念だけどそれだけじゃダメなんだ。何がどう治まれば大丈夫なのかはわたしにだってわからないけどさ、閣下はきっと失敗したって判断するよ……」
「じゃあ騎士団長様の直談判する!」
「それはもっとダメ、マリアが消されちゃう!」
ナシェカちゃんがマリア様を抱き締めた瞬間、愛の奇跡みたいにその姿が変身した。麗しい黒髪の美少女への変化は……これは変身魔法だ。
かつてハーフフットと呼ばれる小人族が住んでいた。悪戯好きな彼らは変身を用いて混乱を起こし、時の覇権三種族に滅ぼされたという伝説がある。伝説には彼らの用いた変身魔法は地上から消え去ったとあったが……
「じゃああたしも隠密ナントカになる」
「マリアには無理だよ、だって不器用だもん」
「覚え早いってよく言われるもん」
「お人好しには無理っつってんの。この業界リリウスくらいの強かさがないと早死にするだけ。世の中にはお日様の世界と夜の世界があってさ、合わない世界じゃ苦しむだけ。あんたせっかく光の中に住んでるんだ。こっちに来ることはないよ」
「でもナシェカがいないなんてやだよ……」
マリア様が突き飛ばされた。
ナシェカは自分が突き飛ばされたみたいな悲痛な顔で……
「マリア、大好きだったよ。だからあんただけはお日様の下歩いててよ」
水路に飛び込んでいった。
ちょ―――これじゃあ追跡が。上の階も気になるしマリア様も一人にしては……
俺の肩がポンポン叩かれる。用意した最強の手札さんがお手伝いしてくれるらしい。
「あの子泣いてたね。あんた追いかけておやりよ……なんだいそのブサイクな面は?」
「いえ、意外にお優しいことを仰られるのだなーっと」
「馬鹿言うでないよ。ほら、あっちの子はあたしがどうにかするからとっとと行けコラ」
切り札さん口が悪い……
俺も水路に飛び込む。泣いてる美少女を独りきりになんかできねえからな!
◆◆◆◆◆◆
闘技場エリアは大混乱の渦中にある。
突如地下から押し寄せてきた剣士二人が用心棒を一瞬で斬り倒したものだからそれはもう大騒ぎだ。
「我々は帝国革命義勇軍『青の薔薇』だ! 罪もなくその誇りを貶められた人々を救うためにやってきた!」
狼を模した純銀の仮面を装着したクリストファーがトンデモナイ事を言い出したので、同じ仮面をつけてるファウル・マクローエンは口に手を突っ込んでアワワしてる。
「アワワ……いきなりなんてことを言い出すんだこの子は。や…やっぱりリリウスの友達だな。完全にリリウスの友達だな、この無茶っぷりはリリウスそっくりだ……」
逃げ惑う貴族の一人がピタリと立ち止まり、マジマジとこちらを覗き込んできた。すげえ見覚えがある。具体的には学院同期のフェルナンデス君だ! イケメンで有名でどこぞの裕福な子爵領を継いだと噂のフェルナンデス君ではないか。ファウルは心底ビビった。
「あー……あああ! きっ、キミは学院で同級だったファウ―――」
「成敗!」
風の魔剣ラタトゥーザでフェルナンデス君を袈裟斬りにする。
やらかした感がハンパない。正体バレたら本気で破滅するぞこれ!
「卿、このまま突破するぞ」
「ええい、こうなりゃヤケだ! 我々青の薔薇は帝国貴族の不正を見逃さないー! 成敗!」
ヤケクソ魔剣士を筆頭に囚人揃って地上への階段を駆け上がっていく。邪魔する者は全員斬り倒す。ヤケクソだ!
嵐のような連中が階段を駆け上がっていったら残された貴族どもも息を吹き返す。パニックになって逃げまどうだけだった連中も、命の危機さえ去れば冷静な判断ができる。
「賊どもを逃がすな。武器を取り、追撃せよ!」
「さて、それはやめておいた方がいいねえ」
殷々と響く声に多くの者がギョッとした。
その声が女性の割りに渋めのハスキーボイスだったのも理由だろうし、その声の持ち主を知っているのも理由かもしれない。
地下牢からの階段からゆっくり上がってきた血塗れの女傑を目にし、多くの貴族が恐怖を確信に変えた。
前騎士団長ドロアだ。
「あたしの学院の生徒に手を出した不届きものがいるって聞いてね。ちょいと成敗にしにきたよ」
「ひぃ……」
「怯えるな! ドロアといえど現役を退いて久しい。数で押し包めば倒せる、往け! 往けー!」
剣を手にした上級貴族が一斉に飛び掛かっていく。
騎士学院校長ドロアは久しぶりの戦闘に血を騒がせながら乾いた唇をペロリとやった。その顔に浮かぶのはかつて氷の悪魔と呼ばれた帝国最強の騎士のものだ。
Name: エリンドール・フラオ
Age: 15
Appearance: 眼帯をした栗毛で痩身のご令嬢
Height: 162
Weight: 47
Weapon: 隕鉄のスタンロッド(品質D)
Talent Skill: デスの加護C 魅了D エルドビア流転D
Battle Skill: 死眼(熟練度D) サンダースラッシュ(E)
Passive Skill: 自信喪失E 怠惰D
LV: 8
ATK: 22(騎士学院一年生女子の平均値130)
DEF: 32(130)
AGL: 28(90)
MATK: 380(150)
RST: 254(160)
希少なレアスキル『エルドビア流転』の保有者というだけで評価できる上にデスの加護まで保有している。低位階とはいえ将来性でいえば学年十指に数えられる。このスキルは生命力と魔法力を変換して魔法攻撃力を強化するものだ。きちんとした指導者の下で技を磨けば大成するだろう。しかし世はデス保有者を疎んじる傾向にある。おそらくは君も隠して生きているのではないかな?
きちんとした指導者もなく覚えたためだろうか魔法発動における魔法力のロスや威力減少は魔法を使えているという段階ではない。この魔力量なら十五発は打てるサンダースラッシュ一発で空になるのはそのせいだ。基礎からきちんと学びなさい。優秀な姉とばかり比べるのではなく等身大の自分と努力した自分とを比べなさい。君には素晴らしい伸びしろがある。来年の鑑定を楽しみにしているよ。




