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(旧)よごれっちまった悲しみに 帝国の闇のマイルドさに逆にショックを受ける犬達の戸惑い

 学院の男子寮に戻ると入り口にクリストファーとマリア様がいた。逢引きという雰囲気ではない。待ち伏せって感じだ。


「話がある」

「ここじゃまずいだろ。部屋に行こう」


 男子寮に入るとどよめいたぜ。だって夜の七時に女子連れ込んでるからな。非モテ同盟が苦悩の雄たけびあげてやがる。まだ女友達できていないんですか? もう六月ですよ?


 スパイ女中のジェシカがすげえ目でこっち見てるぜ。


「ぼっちゃんあたしって女がいながら誰なんですかその子ー!」

「うるせえ騎士団の犬!」


 抱き着いてきたので蹴ってやるとひらりとかわされた。やりおる。

 なぜかガッツポーズして去っていったぜ。昔完勝したのまだ根に持ってたのね。


 部屋にデブがいない。さては家族で高級ディナーだな? 親父殿が帝都にいるってことはバランジットおじさんたちも帝都に来ているんだろうな。


 ベッドに腰を下ろしてお話って奴を聞いてやる。


「最近学友の何人かが行方不明になっているのは知っているな?」

「ああ、知ってる」


 マリア様が親の仇を見るような目つきになる。


「あんたの仕業?」

「俺ではない。もっと上の厄介な貴族が関わっている」

「それは誰?」

「エイザール辺境伯、エイエス宰相室補佐官、ラングリン侯爵……」


 指折り数えていく名前に二人の顔が歪む。帝国貴族なら名前くらい聞いたことのある大物がゴロゴロしている。宮廷の大物が主催していたサロンだ、出てくるのはやはり宮廷関係者、それも第一王子派閥の大物ばかりだ。……意図的にバートランド公爵の名は避けたがやはりそういう方面のお付き合いがあるんだろうな。


 名前を聞けば騎士団が慎重に内偵している理由もわかる。閣下もまた第一王子派閥に属しているからだ。次期皇帝位がフォン・グラスカール王子で確定という現状で派閥に混乱をもたらせば他の皇位継承権持ちが息を吹き返す。血みどろの継承戦争は国家公安を司る帝国騎士団の望むところではない。


 クリストファーが苦い顔のままで俺の眼を射抜いた。正しさを帯びた正義感の瞳だ。


「質問を変えよう、手を貸す気はあるか?」


 ある、が騎士団から行動・言動制限を受けている。

 だがうっかり漏らしてしまうのは仕方がない。恨むなら俺のポンコツぶりを恨んでくださいね。閣下もご理解するチャンスができてよかったですね。あんたの片腕とか無理だから!


「俺の立場ではサロン鳥籠には手出しできない」

「鳥籠というのか。それはどこにある、規模や戦力も把握しているか?」

「知らない」


 ドス!

 マリア様の拳が俺の胸筋を叩いた。

 心に刺さる痛みだ。


「あんたのこともっとマシな男だと思ってた。でもちがったね」

「リリウス、頼む教えてくれ」


 クリストファーが頭を下げる。俺はそれを冷たい心で見下ろす。

 遺恨がある。恨んでも恨み切れないほどだ。きっと俺は死んだなら死霊化してこいつを殺す。絶対にだ。未来を夢見た俺にもたらされたのは結局どうしようもないくらい決別する運命だって思い知らされただけだった。


 だが俺はお前に未来を委ねなければならない。それがどれほどの苦悩なのか、お前にはわからないだろうな。


「詳しい人物に引き合わせてやる。交渉はそっちとしろ」


 再びバートランドのお屋敷に戻ると親父殿がしょんぼり体育座りしてた。落ち込むくらいなら立派な父親になってくれ。


「おおぉ、リリウス……」

「ゾンビみたいな声出すなよ」


 ふらふら立ち上がった親父殿がホラーテイストで近寄ってきた。

 なんで演技派なんだこいつは!


「おおぉ、お友達か? 彼女か? 可愛い子じゃないか、そうか、お前に彼女がなあ」

「このおじさまが?」

「ええ、うちの親父殿です」

「「親父ぃ!?」」


 二人が驚いたところで紹介する。ファウル・マクローエンとかいうヒモニートだ。

 クリストファーの名前を出すと驚かれたが、その驚きが混乱を呼んでいい方に転べばいいんだがね。


「お前はわかっていての行動なんだな?」

「わかっている。今も昔も、きっといつも親父殿よりも多くを」


 第二王子に味方する意味。大物貴族ひしめくサロンに手出しする意味。その後に起きる混乱がどんな結末をもたらすか。四人の命を救ったがために流れる大量の血と憎悪の中心となる覚悟を問われている。


 現在帝国が落ち着いているのは第一王子派閥が盤石だからだ。大きなダメージを負えば他の王子を担ぎ出す野心家が必ず現れる。ゲームでは語られなかったが、それはおそらくクリストファーへの追い風となる。


「息子が覚悟を決めたんだ。邪魔するのは親父の仕事じゃないよな」

「お、お父さん!」

「娘よ!」


 いや、娘じゃねーよ。

 マリア様と親父殿がハグしててなんか複雑な気分。たぶんこの二人未来で大バトルすると思うから余計に複雑なんだ。そして親父殿がいつになくキリッとしてる。まともな人に見えるからやめろ。


「貴族街六番地のアローシュカル。そこが鳥籠の出入り口だ」


 決意の眼差しで頷き合う三人を余所に、俺はこっそり透明化した。

 手札がどう考えても足りないからだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 アローシュカルとは広場の名前であり、大昔の英雄アローシュカルの石像を意味する。ぶっちゃけ上野公園の西郷どんみたいなものだ。


 全力ダッシュで手札を取りに行ってアローシュカルに向かうとクリストファー率いるヒモニートと聖女様が広場に着く前に合流できた。俺は透明化してこっそり同行する。


「ははは、せっかく男気を見せたはいいが息子だけどっか行くとはな……」

「マクローエン卿のご好意には感謝している。ここは貸しを作ったと納得してくれ」

「大きな貸しです。殿下ではとても支払いきれぬでしょうがマケておきましょう」


 未来を知る俺からすればこれは親父殿の生命線に成り得る貸しだ。後でくれぐれもしょうもない頼みごとをしないように言い含めておこう。


「急に消えたり現れたり。あいつ昔からああなんですか?」

「ええお嬢さん、ハイド&シークはあいつの得意技です。サン・イルスローゼでは姿の見えない義賊なんて呼ばれていたそうです」


 なにげない世間話をする三人が石像の台座へと消えていった。ハリーポッ〇ーかな?

 会員証というマジックアイテムを持たない人間がやれば台座に体をぶつけるだけだが、俺のレジスト値で突破できない出入口は存在しない。


 台座の向こうには大通りが広がっていた。マジでハリーポッタ〇じゃん。帝都にこんな亜空間歓楽街があったとはな。え、まさかこれ全部が鳥籠ってわけじゃないよな?


 少なくない数の紳士淑女の行き交う大通りの左右には様々な店が軒を連ねている。迷いのない足取りで歩いていった親父殿が何の看板も下げていない明かりのついていない店の前で立ち止まった。


「殿下、ここが鳥籠です」

「でも明かりがついてませんよ」

「定休日というわけではなさそうだ」


 店内はナイトクラブのしつらえをしている。真っ暗な店内では様々な亜人奴隷が客のお酌をしている。健全ッ!?


 あれれ、ルドガーの夜遊び倶楽部より健全ですよ? レベル的にキャバクラですよ。ホストとホステスにお酌されながら友達とお酒飲んで会話を楽しむ普通のお店ですよ? 何なら冒険者ギルドの方がいかがわしいレベルの健全さだぞ?


 有翼人の野郎の翼に埋もれて健やかな寝息立ててるおっさんが唯一いかがわしいという健全っぷりだ。いや羽毛布団と考えれば健全だ。


 すぐにボーイがやってきた。クリストファーや親父殿ほどに長身の、女性的な顔立ちをしたボーイは宮廷使用人のように優雅な立ち居振る舞いをしている。


「地下へ」

「かしこまりました」


 ボーイの案内で地下への階段を降りていく。

 途中に会話があった。


「事前に聞いていたよりもまともな店に見えたな」

「後ろ暗いものは地下に隠す物ですよ殿下」

「死者の墓穴と同じだな」


 ボーイがクスリと笑った。


「当サロンはそこまでひどいものではありませんよ」


 墓場よりはマシって何の安心もできねえぜ。


 三階分の階段を降りていった地下は……闘技場でしたね。円形に窪んだ舞台の下では魔物と人が戦っている。客は賭け札を握りしめてその戦いを楽しんでいる。……普通。


「……思ったより」


 クリストファーが何を言いたいかよぉくわかる。普通。

 でも親父殿は目も当てられないと苦悩の顔をしている。


「殿下、ここで戦う剣闘奴隷の多くは身に覚えのない借財を背負わされた者達です。帝国の闇はここまで恐ろしいものなのです」

「そんな、ナシェカたちはこんなところで……!」


 重ねて言う、普通。

 俺とクリストファーが同じ顔してる。もしかして俺たち変な耐性ついてる? 中央文明圏に染まり過ぎてる奴? 今考えてみたらあっち帝国よりひでーわ。ここが地獄の一丁目だとするとあっちは百丁目はあるぞ。


 クリストファーがすげえ困ってるぜ。全然同意できてないんだ。親父殿はジベールの奴隷窟見てこいよ、マジで殺意湧くから。


「ん、んんぅ、たしかに、それはひどいな。シンジラレナイ!」

「クリス様、絶対にナシェカたちを助け出しましょう!」


 マリア様、あなたの隣にいる男の方がよほど恐ろしい事してましたよ。鑑定師の心をぶっ壊して売却したり等々さまざまな悪行に手を染めていましたよ。でもそれあっちの冒険者だとチョイ悪レベルなんだ。


 借金どころか誘拐されただけで問答無用で売り払われたユイちゃんいたよね。アンセリウムとかいう魔窟のことだ。俺の義父にあたるルーデット卿の方がよほど悪党だよマジで。つかここの連中は俺よりマイルドかもしれない……


「私はよごれきっているのだろうか……」


 ボーイがこちらですとさらなる地下へと俺らを誘う。なぜだろうか全然恐ろしい気配がしない。そういえば危険センサーが何も反応してない。


 俺らの戸惑いを残して、地下へと進んでいく……

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