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(旧)闇の中 光を求めて

 昼休み後の授業はサボタージュ。連れていかれた旧市街の小料理屋で出された果実水を口につけながら、マリアは微かな戸惑いを感じていた。


 裏社会に通じた情報屋だと紹介されたが、王子様がどうしてこんなところに出入りしているのか謎で仕方ない。

 先ほどからクリストファー第二王子と店主の若い女将がひそひそ話をしている。


「おっけー調べとく。まずは青の線を当たってみるかね、あいつらここいらじゃ一番の事情通だし」

「頼む。スラムのエルネストと盗賊ギルドも使え、小銭は惜しまなくていい」

「ふぅん、第二王子様はさすがに太っ腹だねえ」

「その言い方は気にくわない」


 睨みつけられた女将は逆に微笑んでいる。相当に親しい仲に見える。何回か頼ったことがあるなんて説明じゃ説明できないくらい、長年を過ごした友人のような関係にだ。


「リリウスは使わないのかい?」

「……」

「あのぅ、どうしてリリウスが出てくるんですか?」


 ギロリと睨まれてしまった。ものすごい迫力だ。お前には話していないすっこんでろって迫力なので黙らされた。この一瞬の殺意だけでわかる。自分などでは歯が立たない相当な腕前の戦士だ。


「帝都裏社会の情報網ならリリウス・マクローエンが一番だろうさ。あいつの背後には帝国騎士団がいる」

「……あいつは諜報関係者なんですか?」

「騎士団長ガーランドの犬さ」


 サリフという女将から出てくるお話はとても信じられないものだった。幼い頃から才能に目をかけられ、幾多の難敵を排除してきた。西方文明圏へと旅立ち各国を相手にドンパチを繰り広げた超高額賞金首でありながらサン・イルスローゼの救国の英雄となった……


 これにはクリストファーも目をまるくして驚いていた。


「随分と調べたな」

「これに書いてあったよ」

「自叙伝を真に受けるのはやめろ!」


 クリストファーが『伝説の冒険者リリウス・マクローエンその生涯』とかいう自叙伝を叩き落としたが、サリフが拾った。もしかして気に入っているのだろうか?


「街で偶然フェイに会ってさ、何でもいいから売り上げに貢献しろってんで買ってきたんだよ。大きな嘘は書いてないらしいよ」

「ちいさな嘘がえらいことになってるじゃないか! この挿絵は誰なんだ!?」


 たまたま開いたページに出ている、アサシンギルドの首魁イザールと一騎打ちしているハンサムは誰なのか。現場にいたサリフとクリストファーも知らない奴だ。顔面偏差値に大きな偽りがある。


「ま、あたしも調べてみるが大至急ってんならリリウスを当たりな」

「だがな……」

「あんたのそんな顔見てるの辛いんだよ。ダチなら話し合いな、あたしでよかったら一緒に頭下げてやる、仲違いと裏切りなんて冒険者どうしじゃ日常茶飯事だろ」

「……わかった」


 それきり黙り込んだクリストファーの肩は震えていた。意に沿わぬ謝罪をするのは嫌なのか、そうとも取れる沈黙だ。まさか恐れているだなんて誰も想像できなかっただろう。

 友を裏切った者だけが抱え込んだ苦悩が、彼の美貌を暗くしていた……



 ◆◆◆◆◆◆



 知人四人の失踪など露と知らない俺は七日ほど帝国を空けて西方文明圏へと戻っていた。本店の経営を任せているレイリー・チェンから「順調だからとっとと田舎に帰れ」という汚職の疑いのあるセリフをいただいたり、王宮のパーティーに顔を出して有力者にゴマスリしたりと心労の絶えない五日間の滞在だったぜ。


 パーティーの際にメルダース商会の女帝様にお会いできたから一応ご挨拶して、お嬢様用のお土産として試供品を貰っておいた。ちなみにあんまり好かれてない、あのおばさまブサイクには手厳しいんだ。


 帝国の商売は売名と三つの狙いがある。頓挫するわけにもいかないので地味に顧客を増やすコツコツ路線に切り替えるべく新商品を持っていく。新商品ってのはマジックブースターやクイックワードなどの軍事兵器だ。これで騎士階級のハートキャッチして貴族社会に口コミしてもらおうって計画だ。


 この際にフェイから的確な指摘があった。


「革命義勇軍に流れて戦力強化される可能性を考えているんだろうな?」

「……」

「また行き当たりばったりか!?」

「うるせー、リスク覚悟の最終手段なんじゃい」

「最終手段が早すぎる。お前ギャンブル弱い理由はそういうところだぞ、長期的視野の欠如だ」


 ギャーギャー言い合いながらフェイと一緒に荷車を引いてゲート・オブ・トワイライト経由で帝都に帰還すると夕方だった。荷車に満載した商品を帝都支店の倉庫に放り込んでから、男子寮に戻ると談話室でベル君が浮かない顔をしてたんだ。


「ウェルキンが行方不明になっててさ。どうも調子でないんだよね」

「お馬鹿コンビ解散の危機ってわけか」


 茶化したのは混乱してるせいだ。どうも俺がウェルキンをお手伝いに連れて行ったと思っていたらしい。俺がしばらく休むと言い出した日からいなくなったので、そう関連付けたんだね。


「ウェルキンが失踪ね」

「他にも何人かいなくなっているんだ。ほらあいつがお熱だったナシェカちゃんとかリズベットにエリンドールさんまで」

「無理心中を止めようとした二人が巻き添え食らった?」

「やめてよ、シャレになってないから……」


 ウェルキン君まったく相手にされてなかったから思い詰めてナシェカと無理心中を、なんてシナリオを考えて即座に破棄。あいつポジティブな馬鹿だからそっち路線はないな。


「でもそれはないはずだよ。だってナシェカちゃんがいなくなったのはあいつらが行方不明になった後なんだ」

「……ナシェカちゃんは消えた三人を調べているうちに巻き込まれたと。これ先生方には?」

「相談した。混乱になるから口外するなって口止めされたよ……」

「彼女にはどんな話をした」


 ナシェカが何を選んで調査を始めたかは知らない。

 だがウェルキンを中心に起きた事件というなら俺も心当たりはある。とりあえずは闇雲に動いてみるしかないか……


 夜の帝都貴族街。丘の下流にある小洒落たカクテルバーで飲んでいたパリピを一名拉致する。事情聴取って奴だ。


「もがー! もがぁあ!」


 手足縛って吊るしてるのはフーベルトとかいう詐欺師だ。スラム街のド真ん中に吊るして鞭を打つ。


「さあ白状しろ、ウェルキンはどうでもいいがナシェカ・リジー・エリンの三人をどこにやった!」


 ウェルキン関連の悪人なんてこいつしか思いつかなかったので藁をもつかむ気分で拷問する。鞭使ってるのは何となく楽しいからだ。


 じつは鞭は使ってみるとじつに楽しい遊具なんだ。最初は中々いい音が出なくてコレジャナイ感満載なんだが、いい音が出せるようになると一気に楽しくなる。ちなフリスビーと同じくらいの難易度だ。


 フーベルトの詐欺は裏付けを取ってある。何しろメルダースの女帝様から直接証言を得た。


『ドルジアのベンチャーと取引してるかだって? そもそもドルジアってどこの国なんだい?』


 世界的な大商人でさえ名前さえ知らないとか……

 レグルス・イースのふるさとですって言ってようやく理解してもらえたレベルなんだ! 知名度死んでる!


「お前がやったことはわかっている。さあキリキリ吐けい!」

「もがああああ!」


 いっけね、ノリで猿ぐつわかませてた。白状したくても口塞いでたらしゃべれないよね。


「知らない知らない知らない! キミが何を言っているのかさっぱりわからない!」

「へし折る、その心さえも!」

「だから知らないぃぃぃいい!」


 やはりスプーンじゃないと攻撃力が足りないらしい。

 フーベルトが何やら喚きたてている。ほとんどは聞くに堪えない戯言だが……


「僕にこんなことをしてどうなるかわかっているのか!? 僕には上の方々との繋がりがある、お前ごとき下級貴族などどうにでもできる方々だぞ!」


 うん、それをね、しゃべれって言ってるんですよ?

 フーベルトは賢い詐欺師だが荒事には慣れていないらしい。相当にテンパってるね。


「へー、誰ですかね?」

「……お前なんか名前も知らないような方々だ」


 ハッタリではなさそう。本気で怖い人物だから名前を出したくない、そういうレベルの上級貴族のようだ。

 俺に拷問されるよりも名前を出したのがバレる方が恐ろしいわけだ。


「わかったよ。お前になんか何の興味もないからここまでにしてやる。俺はな」

「それはどういう……」


 スラム街の闇の向こうには難民のみなさんが遠巻きに俺らを取り囲んでいる。角材や刃物を持り、おこぼれにあずかれないかとヨダレを垂らしている。この後何が起きるかわからないって人は本当にピュアな心の持ち主だけだ。


「スラムは食糧事情が悪いから縛られたままの人間なんて食肉と変わらねえよ。みなさんからすればあんたの服も靴も髪の毛も宝物なんだ」


 何より彼らは貴族を恨んでいる。放置すれば残るのは頭部と余計な臓物くらいだろう。

 現在フーベルト君の命を繋いでいるのは俺の存在だ。俺が見捨てた瞬間こいつは食肉加工される。


 スラム街の闇の向こうにある無数のギラついた目は、食欲に滾る野犬の群れみたいなもんだ。


 死の覚悟をきめた奴なんて腐るほど見てきた。でも食われる覚悟をきめた奴なんて誰一人知らない。

 俺は本当にどっちでもいいぜ。出入りしているバーは押さえてある。あんたは情報源の一つでしかないんだ。だが言葉による脅しなんて生温いマネはしない。想像力こそが最も恐ろしい脅迫行動なんだ。


 しばらく考え込んでいたフーベルトがようやく落ちた。


「……鳥籠」

「サロン鳥籠、昔フラメル伯が主催してたって悪徳サロンのことか?」

「そうだ」

「ありがとう。ご冥福を祈らないよ、精々苦しめ」


 フーベルトが叫ぶ。命乞いをする。何人かの貴族の名前を挙げる。でも俺は振り返ってやらない。巻き煙草に火をつけて吹かしたのは血のにおいを誤魔化すためだ。


 リンチする声に混じった詐欺師の助けてという声を背にスラム街を去る……前に一度だけ振り返った。角材で死ぬまで殴られているフーベルトが平民を相手に助けてとすがりついている。


 俺はその哀れな姿を覚えておかなければいけない。クリストファーの主導するドルジア革命では貴族の全てがあのような悲劇に遭う。民衆の時代なんて言えば聞こえはいいが所詮は支配者と被支配者が入れ替わるだけだ……


「シェーファ、貴族の全てが悪ではないよ。復讐に目の曇ったお前に見えるかなんてわからない。でもたしかに光はあるんだ……」


 春は目前に迫っている。



 ◇◇◇◇◇◇



 スラム街を出た俺はぼんやりと煙草を楽しみながら貴族街の丘をのぼる。

 あまりにもぼんやりしていたものだから学院を通り越し、バートランドのお屋敷まで来てしまった。……俺になにができる? 閣下との約束事を破る度胸もないのに。


 陰鬱な気分を抱えたまま正門の衛兵に到来を告げると意外な人物がやってきた。

 親父殿だ。デブの領地でニートやってるはずなんだが帝都に出ていたのか。


 再会の挨拶とアホみたいな会話をしてから一応尋ねてみた。


「サロン鳥籠って知ってる?」

「お前は……」


 知ってる反応だ。苦渋をかみしめるみたいな顔をした後で頭をぐしゃりと撫でられた。俺の知ってるファウル・マクローエンの手だ。


「俺はお前に軽蔑されて当然の馬鹿親父だ。どうしようもないクズだ。お前が何を案じ何を言おうとしていたのかあの時は何にも理解してやれなかった。フラメル伯爵の悪評なら俺も後から調べたよ……」


 一度は娘を嫁がせようとした変態伯爵の正体を知ったのか。

 親父殿は帝都貴族連盟とは疎遠の田舎領主だ。知らなくても仕方なかった。だがあの日の対立のしこりが失せているとは言わない。実際親父殿に愛想を尽かしたのもあの日から……いやもっと前からだったわ。浮気癖治ったんですか?


 親父殿が土下座した。と見せかけて頭高いわ。最後のプライドが邪魔してるわ。こいつ反省してねえ!


「お前がリザを想う気持ちはわかっていたのに……すまなかった」

「と思うなら地面に頭こすりつけろ」

「……パパに対する態度ひどくない?」


 余裕あるなこいつ。絶対反省してないわ。俺も息子に土下座するとか世界の滅びと天秤にかけても断るけどさ。


「鳥籠についてどこまで調べてある?」

「あそこは魔窟だ。絶対に関わるべきじゃない」

「学友が何人かさらわれている。こっそりやるから所在だけでも教えてくれ」

「会員だけが出入りできる結界の中だ。資格を持たない者では入り口を見つけることさえできない」


 厄介だな、空間幻術か。

 特定のアイテムを持つ者以外には立ち入ることさえできない空間の中では侵入しようもない。俺のレジスト値なら幻術は無効化できるだろうが、この広い帝都を虱潰しに練り歩く必要があるんだ……


「おおよその位置だけでもわからないか? 結界の入り口まででいいんだ」

「息子をあんな魔窟に関わらせられるか」


 という事は知っているんだな。

 入口か大物貴族の方か、その両方だろうな。だから止めている。帝国の闇に触れればどうなるか想像がつくからだ。


「バートランド公爵様と面会できないか?」

「リリウスッ!」


 親父殿が俺を突き飛ばした。恐ろしい形相をしている。それは俺の身を案じてのものか?


「アルヴィンなら留守だ。いや、それ以前に関わるなと言ったはずだ。やめろ、これ以上は首を突っ込むな。俺はお前まで失いたくない!」


 フーベルトが泣き喚いて発した名前の中にアルヴィン・バートランド公爵の名前があったが、これは確定だろうな。

 心が冷たく冷えていくのを感じながら俺は屋敷を後にした。


「待て! リリウス、待つんだ!」


 親父殿の悲鳴みたいな声を聴きながら、俺は一度も振り返らなかった。それが子供っぽい癇癪や大人になれない意固地だってのはわかってる。でもこの薄汚れた社会って奴にほとほと嫌気が差したんだ。

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