(旧)彼女の事情と極光の夜
夜九時、そろそろ消灯という時刻に女子寮の屋根に潜む俺たち&デブ。
潜入ミッションの前にデブはこんなことを言っていた。
「もしゃもしゃ、行動力だけは尊敬するよ。もしゃもしゃ」
とか言ってたくせについてくるデブは素直じゃない。もっと素直にこの奇跡のような時間を満喫しようぜ!
ほらアーサー君を見ろよ、期待しすぎて眩暈起こしてるじゃないか。
「ねむ…い……」
お前また徹夜したんですか?
青春無視して暗躍してるクリストファーといいアーサー君といい、なんかズレてるんだよな。もっと学生生活を謳歌しろと言いたい。
ステルスコート機能最大、物質透過!
屋根の下はマリア様のお部屋だ。屋根をすり抜けて落ちていく一瞬の浮遊感の後に透明化を解除するとなぜかプロレスしてるマリア様とナシェカちゃんが……
「マリアぁああ! なんで二つあるケーキを二つとも食べちゃうかな!?」
「ちがうんですちがうんです、これは不幸な事故というか手が勝手に!」
「買ってこいぃ~~~!」
「お金ないの~~~!」
腕ひしぎ十字固めするほど仲がいいお二人が、突然出現した俺らを見て「!?」って驚いてる。午後九時にヒロインの部屋に不法侵入した攻略ヒーローがいるらしい。
アーサー君のことで、ふらふらしながらベッドインして眠り始めた……
「寝てる」
「寝てるね……」
「さっきから眠そうにしてたからなあ」
みんなしてアーサー君の奇行にビビってる。何しに来たんですかね?
じゃ、俺とデブはお嬢様のお部屋に行くね。
B組残念男子二人を置いて、再び透明化してお嬢様のお部屋に向かう。
「キー! なんでうまくいかないのよー!」
何だかお怒りになられていたぜ。たぶんデス教団逮捕計画をソッコー止められたせいだ。
地団太踏んでるお嬢様を背後から抱き締めようと……
「リリウス!?」
「痛い!」
超速度の裏拳をほっぺにぶち込んできた。
お嬢様は本当に軽々しく俺の超耐久貫通してくる。コッパゲ先生に解説してもらったところスキル友情の輪Aの支配者権限によるものらしい。無意識下で選んだ最も親しい人物のパラメータ三割を自分のちからへと上乗せするんだ。
つまりお嬢様は俺とデブが強くなればなるほど強化されちまう化け物なんだ!
いや一番恐ろしいのは素でステルスコート見破る本能の方ですけどね。やっぱり神々の末裔とかいう千里眼スキルでマーキングされてるんだな。本人はよくわかってないらしいけど。
「あんたねえ、乙女の部屋に軽々しく侵入するんじゃないわよ」
「軽い冗談ですよ冗談」
「バイアットも止めなさいよ」
「ははははは!」
快活に笑い出したデブは何だか諦めたお顔してる。
もしかして俺色々諦められてる?
「僕にできることは一緒に叱られてあげるくらいだなあ」
「もうちょっと頑張りなさいよ」
「そんなことより何で癇癪起こしてたの?」
お嬢様がめっちゃ早口で説明する。もちろんデス教団壊滅プランをだ。ねえわかって、わたくしは悪くないよね!って感じで同意を求められたデブが俺とお嬢様を交互に見つめ……
クソデカため息……
「やっぱり僕がしっかりしないとダメだなあ」
「お嬢様こいつ超失礼ですよ?」
「朝ごはんにしちゃうよ?」
翌日俺らはデブの丸焼きを食べた、なんてことはない。なんぼ貧困の帝国でも食人文化はないんだ。いやそういう村あるの知ってるけど。
このようなアホなやり取りを挟んでから本題を伝える。男女で恋バナしようぜって奴だ。お嬢様は二つ返事で受けてくれたぜ。大好物だもんね。
三馬鹿トリオでお手々つないでマリア様の部屋に戻ると……
ウェルキン君が土下座させられてた。しかもすげえボコられてる。すすり泣いてやがるぜ。夜に女子部屋に不法侵入しちゃダメだってお話だ。
透明解除!
「変態が戻ってきた!」
「堂々として―――ロザリア様お連れになってる!?」
その後の混乱は割愛。混乱してるマリア様がウェルキン君を踏んで、デブがポップコーンもしゃって、混乱してるナシェカちゃんがクッキー缶ご用意して、お嬢様が恋バナしようって宣言なされただけだ。
これは俺が一階の食堂でお茶用意しに行った間の出来事だ。
ジベール産の最高級燦茶を淹れて戻ってくるとマリア様が剣を突きつけてきたぜ。
「勝負だ変態!」
恋バナどこいったの?
みんなして夜の学院に侵入して屋外訓練場でマリア様と対峙する。ちなみに他のみんなは隣でバスケしてる。俺もそっち混ざりたいんですが?
「マリア様恋バナはいずこへ?」
「あたしの恋はあんたを倒さずには始まらない! 勝負!」
素晴らしい速度で打ちかかってきた剣戟を避ける。レベル差だな。
マリア様はその心根と同じく真っすぐな戦闘スタイルだ。フェイント不使用の全弾フルスイングしてくる。
思い切りがよく、非常に高い戦闘センス持ちらしく拳が鋭いけどレベル差だな。生来の優れた才能がまだ開花してないって奴だ。それでも並の低ラン冒険者なら一蹴できる実力があるけどね。
余裕かまして胸筋で受け止めるとやるじゃんみたいな顔された。
「アイアンハート流奥義ソードスマッシュ!」
「初級スキルが奥義だと!?」
また胸筋で受け止める。ちなみにちょこっと痛かったけど幻痛だ。剣で斬られたと脳が錯覚したことで起きる実際には存在しない痛みなんだ。
騎士学院新入生は現在戦闘力において四つの種類に分かれている。
何も考えずアホみたいに魔素吸引してレベルとかいうちからの紋章を育てちまったお金持ちの子弟。こいつらは十五から三十くらいまでのレベルを保有している。
お金がないので魔素入りの魔法薬を買えていない下級貴族家出身の子弟。だいたい八から十二くらいらしい。マリア様がこちらだ。
将来を見越して身体を十分に鍛えるまで低レベルを維持しているガチ勢。お嬢様やデブはここに分類される。
そして入学前から冒険者やら何やらをやって心技体ともに鍛えぬいた連中。俺やクリストファーはここに分類される。
理屈で考えればマリア様が現段階で俺を凌駕するはずないよね。ドキドキしながら勝負を受けたけどきちんと確認できて助かったぜ。
どんな攻撃を受けても無傷で華麗に超かっこよく鳳凰の舞をしてる俺氏。圧倒的強者感を見せつけてる。
遠慮なく打ち込んできたマリア様もさすがに息が切れ始めた……
「あんたレベル幾つよ?」
「二十四だ。嘘じゃないよ、本当だよ?」
本当は八十七だけど嘘こいた。見栄だ。可愛い女子の前では将来性をアピールしたい欲望に理由はない。
マリア様がため息しながら頭をポリポリしてる。諦めたらしい。
「う~~ん、やっぱりレベル上げしないとなあ」
やっぱり諦めてなかった。アイアンハートだもんね。
勝負が終わったのを確認してお嬢様が乱入してきた。
「わたくしともやりましょ!」
「いいですよ、負けた方が勝った方に添い寝する感じでいきましょう」
「いいわ―――って勝っても負けても罰ゲームじゃないの!」
その通りだと思うけど傷つくからハッキリ言わんでください!
お嬢様の武器はバートランド秘蔵の神代の魔法具アウルム・バリスタだ。所有者の意志に合わせて変幻自在に形を変える(という説明だったがじつは七種類変化だ)この武器は今は淑女用の薄絹の手袋に姿を変えている。
とはいえ魔法文明最盛期に地上全土を支配した魔法王国パカが作り上げた魔法金属アロンダイク製の超兵器だ。ラストの魔剣ローズブラッドや神槍クライスラーと同じ性能を持っている。……それ絶対に友達に向けていい奴じゃねえ。
超楽しそうにブンブン拳振り回してくるお嬢様から逃げ回る。完全にテーマパークのブサイクなマスコット叩いて遊ぶ子供の顔してるぜ。
「≪甘き死よ来たれと夜の支配者大地に請う 古の盟約は放棄された、古の盟約とはすなわち天と地を分かつこと≫」
俺氏逃げながらエンシェントミスティックの中でも封印指定禁呪の詠唱をする。
お嬢様が不穏当な文言にビビって早く殴り倒さなきゃ!ってお顔になったがご安心を! 俺にそんな超級古代魔法使えるわけがねえ。詠唱はフェイクで中身はルル特製のロマン魔法さ。
あのロマン武器職人はかっこいい詠唱してるけど全部フェイク。無詠唱魔法をかっこいいフェイク文言で飾ってるだけのゴミ魔導師なんだ。
「≪始祖アルザインの末はカテドラル・フェローの最奥で哄笑する さあ時は来た、凱旋の日だ、過ぎ去りし王国に真なる王が帰ってくる! この地上すべてを根絶やしにし、真なる王国を築くために!≫」
「あっ、あいつを止めろー!」
「学院内でなにをぶっぱなす気だ!?」
「リリウスお前それシャレになってねえ奴だから!」
「みんなリリウスをとめてー!」
「≪さあ時は来た、世界の頸木を取り外し、新たなる世界を創る日が! デス・パレード・オーバーデス!≫」
そして解き放たれた膨大な魔力の奔流が夜空にオーロラを描いていった。
最高に綺麗だぜ。
そしてみんなポカーンとしてる。
「ねえねえリリウス?」
「オーロラを作る魔法です。楽しかったですね?」
「……!」
お嬢様をビビらせた不埒なチンピラは無言で殴り倒された。
翌朝、マリア様のベッドで目を覚ましたアーサー君の戸惑いの悲鳴がにわとりの泣き声より早く女子寮に轟くのだった。
妖しげに輝く光の帯が夜空を駆け抜けていく。
光と光が合流して星雲のように渦を巻き、緑の輝きが虹色に変わる。あやしげに変りゆく頭上のオーロラを見上げるナシェカは思わず息を止めた。世にこれほど美しいものがあったのかと息を止めて見上げ続ける。
傍らに座り込んだマリアと二人、バスケットボールを抱き入れながら妖しく光る夜空を見上げ続ける。
「あの変態にしちゃ上等だよねー」
「そうだね」
と会話を終わらせるのは薄情か?
学んだ社交性は長い言葉を要求し、だが心はとう夜空に捧げている。相反する心と理屈の内どちらに従えばいいのだろう?
薄情にも会話を終わらせた。でもマリアは気まずさも感じずに傍にいてくれた。
いつの間にか彼女とともにいることが当たり前になっていた。空気を意識することがないように、大切なものほど傍にいても特別に感じないのかもしれない。
「綺麗だね」
「あたしのこと?」
「マリアは綺麗じゃないですー」
「言ったなこの野郎!」
飛び掛かってきたマリアともつれ合ってふざけ合う。くすぐったり関節きめたり笑い合って心から楽しんでいる自分を見つけて戸惑いもする。
私はここにいていい人間ではない。
いまこの瞬間ここにいるだけのイレギュラーで部外者だ。
「マリア楽しいね」
「うん」
ただただ時が流れるのが憎らしかった。
永遠に時が止まったままならこの場にいられるのに。
苦しげに吐き出した吐息に想いまでは乗せられない。任務は果たさねばならない。ナシェカ・レオンはせめてこの夜空だけは覚えておこうと思った。
本当に綺麗なままの思い出としてずっと……




