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(旧)届かぬ巨悪その影

 華やかな帝都から切り捨てられたみたいに寂びれた旧市街。

 上下水道の老朽化を原因に放置され、半ば貧民街と化したそこに異国の小料理屋がオープンした。去年の秋の事だ。


「なんであんなところに……」

「物好きな」

「新市街に出店する金もないんだろ」


 旧市街の住民からすれば戸惑いもあるが縄張りとするマフィアからは新しい食い物みたいなものだ。会への上納金を稼ぎにショバ代を強請りに行った若い衆がそのまま行方不明になったのも記憶に新しい。


 どうやら危険な連中が住み着いたようだ、と住人が認識を改めた小料理屋に黒いローブで変装したクリストファーが入店した。


 宵の口だというのに店内には一人の客もいない。

 カウンター席に着くと赤毛の女主人がニヤリと口角を引き上げた。


「制服似合ってるね」

「生憎なんでも着こなしてしまうんだ」


 それは自慢ではなく自虐。

 貴族を憎み帝国を破壊するために生きてきた男が帝国貴族の通う学院の制服が似合っているのだ。褒められた気分は最悪に近い。


 クリストファーの配下である冒険者クラン『銀狼団』は帝国での拠点に飲食店を選んだ。

 潜入工作員は飲食店を好んで経営する。人が集まろうが荷馬車が停まっていようが何ら不自然ではない。野菜の代わりに兵隊や武器を積んでいる時もあるだけだ。


 銀狼団の中核たる族長ナバールの末娘サリフがこの店を任されている。


「尾行は?」

「相変わらず付ける気もないらしい。見くびっているのか信頼の証か、どっちだろうな?」

「警戒している頃には付けないよ。あたしなら油断した頃に凄腕の追跡者をつけるね」

「気をつけよう」


 クリストファーは野菜炒めを食べながら小料理屋は失敗だったかな?って思っている。

 業種は間違えていない。間違えたのは人選だ。野菜炒めなのにほぼサラダだ。油でべったべたの生野菜だ。

 木製の安いフォークが刺さらない!


 店に客がいない理由はもっと単純なのかもしれない……


「シェフを雇うべきだった……」

「うるさいね。あたしみたいなガサツなのに料理させる方がおかしいんだ」


 やけにザクザクした野菜炒めを食べながらサリフからの報告を受け取る。


「青の薔薇への資金援助はやっておいた。こっちの素性を知りたがってたけど?」

「今はまだ明かす時ではない。彼らの軽い口から名前が出るのは避けたい」

「おっけー。捕まえた連中は潰しとく」

「店では出すなよ」

「いや挽き肉にしたりしないから」


「アサシンズ・エッジの訓練は三ロット終了。いつでも働かせられるよ」

「試験運用できそうな案件を考えておこう。一個小隊でいい、帝国に入れておいてくれ」

「そういうと思って引き込んである。そこいらに潜伏させてるから使いたい時は声かけとくれ」


「帝都でリリウスの姿を見つけたって報告がきてるんだけど?」

「放置だ」


 答えるのに僅かな間があった。サリフにとってはそれだけで始末する理由には充分だ。綱渡りをやっている自覚はある。イレギュラーは排除する方が正しい。


「あいつは危険だ。早めに処分した方がいい」

「何度も言わせないでくれ。あいつはいい、放っておけ」

「それが冷静な判断って奴なら従うけどね。あんたが帝国の王子様ってだけで驚きなのに革命するからついてこいなんてさ、学院に通い始めたのもそうさ。何考えてんのかそろそろ聞かせてくれない?」

「これから始末する連中の面を拝んでおきたかっただけさ」


 クリストファーの表情は学院にいる時と何ら変わりない。どこか影を背負った憂い顔で、ついさっきまで一緒にアンデッド退治してた女子二人の顔を思い浮かべながら殺すと言う。


 やることは何も変わらない。

 復讐のために帝国に帰還した。ならば最後まできっちり殺るだけだ。 


「大勢の人々の苦しみに上に人生を謳歌してる連中がどんな顔で笑っているのか、きちんと知っておきたかっただけなんだ。案の定ロクデモナイ連中だったよ」

「手練れの殺し屋はターゲットをよく調べてから実行するっていうけど、それと同じってわけね」

「いや、そうではない」


 クリストファーとサリフが見つめ合う。サリフの顔が段々赤くなっていったけど見つめ合う。

 愛は生まれないけど見つめ合い続けた。お前ちがうぞって奴だ。


「私は真面目な話をしている。きちんと聞いてくれ」

「長い話は苦手なんだよ……」


 照れ隠しに蒸留酒の瓶をラッパ飲みしたサリフがむせる。

 それは手土産に持ちこんだ中でも特にきつい酒だ。


「げほッ、げほッ、なんだこの酒!?」

「帝国にはアルコール度数40以下の酒は置いてない。ガラス瓶に入ってる高級酒は特にきついぞ」


 桶から水を直飲みしてる。のどが焼けたのかだいぶ苦しそうだが、どうにか会話できるまで落ち着いたらしい。


「先に言ってくれよ。で、プランに変更は?」

「今のところはない。全員殺してすっきりした気持ちで終わらせよう」


 炎の形をしたまま凍りついた静かな狂気を宿した眼で笑うクリストファーには問いかけない。破壊の後になにがあるのか、この狂った国をどうしようというのか、尋ねる勇気だけはどうしても起きなかった。


 サリフにできることはいつまでも彼の剣であり続けることだけだ。

 サリフにできることは彼の意志に反してでもイレギュラーを消してしまう事だけだ。





 死の町から大量の財宝をパクってきた日の夕方、俺は閣下から呼び出された。

 執務机から重厚感のあるオーラを放っている閣下はお怒りらしい。


「財布でも落としましたか?」

「財布ならもう少し落ち込んでいるさ」


 閣下あんたって人は……


 人間誰しも何かしら欠点はあると思うけどさ、帝国のお偉いさんケチンボ多すぎませんか?

 クリストファーと閣下ってどこか似てるんだよな。守銭奴なところとか。


「ロザリアのことだ。あのアホな計画を勧めたのはお前か?」

「アホって……お嬢様プレゼンツのパーフェクトプランですか?」


 奴隷の扱いが可哀想だけど合法じゃあ逮捕できないなーって思ったお嬢様はなんと死の教団を資金難に陥らせ、生贄購入資金に困った教団が誘拐始めたところを逮捕させる作戦を思いつかれたのだ!


 なんかちがくね!?って思ったけど俺も嬉々としてお手伝いしたぜ。

 逮捕する側が泥棒してどうすんだよ!?って思ったけど喜んでお手伝いしたぜ。


 絶対になにか間違えているとは思ったけど、普通に成功しそうだからね。なにしろ奴らには前科がある。金に困ったらぜったい誘拐始めるぜ。


 閣下からどんよりしたオーラがやってきた。ハゲそう……


「ロザリアは世間知らずだ。暴走した時はとめろ……」

「ということは教団はスルーですか?」

「死の毒を持つ下水道のネズミの駆除には少なくない犠牲が必要となる。多少目障りな程度では放っておくほうが賢いのだ」


 予想はしていたが騎士団の方針は放置らしい。呪殺とカウンター呪殺スキルを与えるデスの加護は厄介だ。レジストできる高レベル騎士ならともかく親類縁者を狙われれば被害も大きいし、それをネタに政治的圧力を掛けてくるかもしれない……


 それだけ強大な呪殺スキルを保有する連中だ。利用価値もかなり高い。

 閣下なら利用するだろうね。利用した方がお得だし。


「ちなみに教団に呪殺を依頼してたりするんですかね?」

「それを聞いてどうする?」


 反応が完全にクロでしたね!

 国が管理している下水道を魔改造して住んでるんだ、裏で密約なり交わしていたわけだ。

 逃亡生活に疲れ果てた最高クラスの呪殺スキル保持者を匿うみかえりに、便利に使っているわけか。コントロールできている内は口を挟んでも仕方ない。


「見かけこそ怪しいがあれで便利な連中だ。隙を見せぬ限りは共生できる」

「方針は理解しましたがお嬢様には?」

「あれに腹芸は期待できない。手出しはならぬとだけ伝えておいた」

「過保護すぎです。お嬢様はやればできる子ですよ?」

「そうかもしれん。だが可能性を方針に組み込むわけにはいかん」


 話は終わりだと手振りで退室を命じられた。

 でもちょっとだけがんばって踏み留まってみ……やめとこ。ギロッと睨まれただけで心臓が止まりかけたわ。


 こっそり退室しようとすると……


「安請け合い程度の考えならここまでにしておけ。田舎の問題事なら藪を突いて出てくるのは殺して解決できる魔物だろうが、帝都では手強い貴族が出てくる」


 閣下あんたって人は去り際に意味深な発言を……

 完全に後々こういう意味だったのか!って驚愕させてくれるタイプの黒幕です! 最後に味方になるタイプの! レジーナの妹分の行方に心当たりあるんですね。


「助言する気があるならもう少し具体的にお願いしますよ~~!」

「そこでこういうものを用意した」


 閣下が変な書類出してきたぞ!?

 覗いてみると嫌な数字の羅列が……


『いつもニヤニヤガーランド情報料案内』


 1 具体的な敵性組織の所在と名称の提示 15000テンペル金貨

 2 俺の気分で明かしていい情報開示 100テンペル金貨

 3 立場上明かせる情報 20ヘックス銀貨


 俺と真面目なお話してる間にこんなもん書いてたんスか……?


「……分割払いは?」

「現金のみだ」


 セコい、セコすぎるぜ! 巾着を逆さに振っても銀貨十七枚しかねえ。出店した商店が儲かるどころかクソ赤字のせいで金欠なんだ。山岳訓練の時にクリストファーに投げた財布も慰謝料だっつって返してくれなかったし。


「どうぞ」

「……(舌打ち)」


 有り金全部渡したのに態度悪い……


 賄賂要求する騎士団長がいるらしい。ガーランド閣下とかいうケチンボのことさ。この人ほんと姑息に生きてるなー。


「内偵中の案件と被っている可能性がある。叩けそうなら叩く気ではいるが……」

「参加している貴族の派閥や人脈によっては動かない可能性もあるのですかね?」


 閣下がご満足そうに頷いたぜ。

 つまり俺が動かなくても騎士団がそのうちどうにかしてくれるわけか。騎士団が手を出せない貴族が出てきたなら俺もスルーするしかない。


「ちなみになんて集まりなんですかね?」

「一を選ばずにそれを聞けば拘束力が発生すると理解しているな?」


 興味本位なら教えるがその情報を下に解決に動くのは禁じる。そういう意味ですね。

 仕方ないので頷いておく。誇りをもって仕事してる国家公安に主義主張を曲げさせるだけの賄賂を渡せなかった俺が悪い。

 絶対俺の資産状態見越して2を選ばせた挙句、面白い答えを用意していただろうけど。


「サロン鳥籠という集まりだ。どういった集まりかを示すよい指標がある」


 さすが不公平警察。せっかく用意した俺への面白回答披露したくてうずうずしてやがる。


「前主催者はフラメル伯だ。それでだいたいの察しもつくだろう?」

「…………」


 これにはさすがに絶句した。

 かつて俺が暗殺した、姉貴を婚姻の形をとって監禁しようとしていた変態伯爵が主催していた集まりか。絶対ロクなもんじゃねえ、絶対にこの世に存在していていいサロンではない。


 世の中には知らずに済ませた方がいい事もあるがこれはその最たる例だ。

 聞くことによって撲滅するべきだと確信し、だが同時に聞いたがゆえに行動を拘束されてしまった。


「15000を支払ったなら黙認していた。この金額を何も疑わずに出し惜しんだ時点でお前には任せられない。上級貴族を敵に回すには政治力も根回しする人脈も財力も何もかも足りていないからだ」


 つまりは金の問題ではない。決意の問題だったのだ。

 俺は落第した。

 




 すっかり日も暮れた夜。憂鬱な気分で貴族街への丘を登っていると立ちんぼ娼婦が待ち伏せしてたぜ。報告カモーンなんですね。妹分さらわれてるから気が気じゃないよね。


「デス教団じゃなかった」

「……そうかい」


 レジーナの肩が震えている。それは知り合いが今どんな恐ろしい目に遭っているのか想像しているからだ。


「騎士団が内偵してる案件の可能性もある。そっちなら遠からず戻ってくるさ」

「あんたは動いてくれないのかい」

「すまんが行動制限されている。これだって本当は明かしちゃいけない情報なんだ」

「そうかい」


 震える肩を抱いてやる。寄りかかる先になってやる。俺にできることはそれだけだ。


 ガキの頃俺はたくさんの不幸を見逃してきた。巨大な権力の外皮に守られた連中がまき散らす不幸から目を逸らしてしょうもない連中ばかりしばいてた。

 ちょっとは成長したつもりになっていたけど、俺の手はまだ権力の外皮に守られた連中へは届かない。この無力感がたまらく嫌になる……


「でもありがとうね。騎士団にまでかけ合ってくれたんだね?」

「何もできなかったよ」

「あたしじゃ声だって届かないところまでかけ合ってくれたんだ。それで充分だよ。お礼さ、払わせてくれよ」


 レジーナと唇を交わす。恐怖に怯える彼女を支えるみたいなキスをしていると―――


「清々しいまでの殺気。そこだな!?」


 指を差すと街路樹の影から強烈な殺意を放つ女が現れた。

 装いこそ野暮ったい平民の服装だけど、長いスカートの下に剣を隠していることは明白。随分と懐かしい顔だ。


 普通に馬車の行き交う路上で道一つを挟み、俺とサリフは静かに臨戦態勢に入った。


「どうしたクリストファーに言われて俺を殺しにきたか?」

「シェーファは放置しろってさ」


 指示と実際の行動は別ってわけだ、サリフらしいな。

 銀狼クリストファーが率いる銀狼団は奴のカリスマ性で統率されているがサリフだけは別だ。奴のためになると思えば命令を無視する暴走娘だ。


 放置、ね。やっぱり小銭あげたからかな? まちがっても友情なんて理由じゃないよな。


「やるのかい?」

「野暮はしたかないんでね。帰るよ」


 こいつマジだ!

 何しにきたんですかね? せっかくここまで来て一戦もやらずに帰る気ですか? さすがの俺も戸惑いますよ?


「親父から他人にされて嫌なことは絶対すんなって言われててね。逢引きの邪魔なんてしたかないんだ」

「お前のそーゆーところは気に入ってるよ」


 ライカンスロープの族長ナバールは鋼の槍みたいに芯の通った一本気な快男児だ。奴に育てられたサリフもそういう気質がある。ガサツだけどね。


 マジで帰ってった。う~~ん快男児。女の子に与える評価じゃないけどね。

 俺もレジーナも呆然としながら体を離した。コント挟んでる間に落ち着いたらしい。今度タダで相手してあげるみたいなこと言ってレジーナも帰ってった。独りぽつんと残されたリリウス君はクールに去るぜ、男子寮にね。


 男子寮に帰るとB組男子馬鹿代表のウェルキン君が手招きしてきたぜ。悪い顔してるぜ。女子風呂覗き隊かな?


「儲け話があるんだが噛まないか?」

「ウェルキン君!」


 見直した! お前やればできる子だったんだな!

 帝都に出店したリリウス商会がクソほど赤字なんで困ってるんだ。


 俺はさっそくウェルキン君と一緒にお出かけすることにした。

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