表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/362

(旧)聖女様のアルバイト 銀の犬もいっしょ

 騎士学院の学費は年間二十金貨。寮費が安い相部屋でも六金貨。それに加えて制服やら教材やら実習用の材料費などの雑費を含めて年間四十枚はかかる。これは貴族家でもけっこう痛い出費だ。


 貴族家と一口に言っても経済格差はかなりのものだ。最も裕福な領主家もあれば領地を持たない家もあり、騎士候家ともなれば騎士団からの俸給や年金だけで暮らしている。

下級騎士なら年に金貨十六枚、退役年金は新年に金貨六枚が速達で届く。汚職が後を絶たない理由は貧しさが原因なのかもしれない。


 そうした家が三年間で百枚を超える学費を用意できるわけがない。ましてや人脈を作ろうと思えば社交界に出るためにドレスやスーツを仕立てたり、ツテを持つ上級貴族への贈り物も必要だ。


 リリウスはこれまで散々マクローエン家を貧乏貧乏と言ってきたが腐っても領主家、あれでそこそこ収入がある。そこそこの収入より支出が多いだけで、それでも子供を学院に通わせる甲斐性くらいはある。マクローエンより貧しい貴族家なんて幾らでもいるのだ。


 マリアの家アイアンハート家もそんな貧乏な騎士候家の一つだ。

 養父ガイウスは学院に行く前にこんなことを言った。


『学費はどうにかする。あとは気合いだ!』


 なんて無茶を言って養女を学院に送り出した養父は寄り親にあたるノーデン子爵家の領設騎士団で平民の新兵を鍛えるお仕事をしている。学費のために土下座して職を得たらしい。


 そんな貧しいアイアンハート家に立派な婿を持ち帰るためにも、マリアは社交界参加費用を稼がなくてはならないのだ。それとお昼代とかカフェ代もだ。せっかくド田舎から華やかな帝都に出てきたのだ、絶対に満喫してやると拳を固めて金策を決意したのである!


 学院のクエストボードに張られた依頼を前にマリアとナシェカはうーんとうなっている。


『実習用のラペトス草急募、明後日まで 報酬はザル一つで銀貨二枚 二年のユルヴァ・レイノール』

『レベル上げを手伝ってほしい、女子のみ可 日当銀貨三枚 二年クライフ・クルト』

『開発した新薬の実験体募集 三年のヨシュア・エーリヒ』


 依頼は結構な数張られている。報酬がよいものもある。さすがは貴族の通う学院だ。おかしいのもたくさんあるけど真面目に探せば一つくらい……


「この女子のみ可のレベル上げって絶対出会い目的だよね?」

「さいてー。こっちの新薬実験体なんて報酬書いてないよ」

「受け取る奴が死んでたら渡す必要ないもんね」

「さいてー」


 依頼にケチつける大会になってる。


 クエストボードにはチェス仲間を募集するものや、学内倶楽部へのお誘いもある。連絡掲示板のような使い方をする者もいるようだ。


「ナシェカ、これなんてどうかな!」

「ほほぅ、マリアはできる子じゃと思っていた。どれどれ……生徒会で働いてみませんか、報酬は一日の最後にステキなお茶会をっか。却下」


 却下されたマリアがこの世の終わりみたいな顔してる。

 割と本気で狙ってた顔だ。


「クロード会長?」

「爽やかハンサムとか卑怯だよね。絶対狙うわ」

「こやつこの間までクリス様でキャーキャーしておいて……」

「正直クリス様でもいい!」

「節操って知ってる? マリアに足りないものだぞい」

「うるせー。そーゆーナシェカは誰狙いなのさ」


 ナシェカがものすごい目をキラキラさせ始めた。情熱的な眼差しだ。うっかり恋してしまいそうになった。


「いまはマリア一筋だよ。さあこい!」

「ナシェカ!」


 二人情熱的に抱き合って、犬みたいに顎撫でられてる……

 飼い主と駄犬だ。


 そんなやり取りを微笑ましそうに見つめていたクリストファー王子がナンパ師顔負けの自然さで声をかけてきた。


「私も飛び込んでいいかい?」

「どうぞ? ほんとに飛び込んできたァァー!?」


 驚愕するナシェカがビビって後退ると銀髪の第二王子が快活に笑っている。興味深いオモチャを発見した雰囲気出してる。


「なにクリス様そんなフレンドリーなキャラしてたの……?」

「うおおお、いい香りしてたー……」

「友人にはよくイヌ科に例えられる」

「めっちゃ懐いてるじゃないですかー。お手」


 手を出したら手をのせてきた。ナシェカがこいつできる!みたいな顔で驚いている。


(ナシェカがやられた? やるねえクリス様、だがあたしまで簡単にやられるとは思わないでいただこう! 限界の向こう側へ!)


 裂帛の気合いを込めていま解き放つ魔法の言葉!


「ちんち……」

「淑女であるならそうした発言はよした方がいい」


 渾身のネタが制止されたがマリアはなぜか舌打ちしながら微笑んでいる。目が輝いている。自分好みの面白い男を発見した目だ。


(どこまでが許容される。どこがアウトなんだ。こいつはどの系統を得意とするつっこみマシーンなんだ……!)


 かつてないほどの集中力で頭をフル回転させるマリアは、傍から見ればフリーズしているので完全に負けている。だってクリストファーとナシェカが視線で……


(もしや残念な子なのかい?)

(まったくもってその通りですいませんね)


 なんて語り合っているのだ。

 マリアだけがう~んう~んとナイスなギャグに悩む間に、二人が勝手にお話を進めてる。


「学院伝統のアルバイトクエストか。小銭稼ぎかい?」

「そーなんですー。あたしら金欠でして」

「それはいけない。小銭は心のゆとりだ。小銭なくして豊かな人生は送れない」


 この後めちゃくちゃ長々と力説された。

 ものすごい説得力だ。お金に苦労したことのない王子様のセリフでは絶対にない。あんまりにも話が長いので現実に戻ってきたマリアも右から左に聞き流している。


「お金で苦労してそう」

「王子様なのに……?」


「話が変な方向にいってしまったな。アルバイトクエストだが職員室の前にあるものも見ておくといい。あちらは騎士団の下請けだから報酬は格段にいい」

「でも危険なんでしょう?」

「学院に割り振るレベルならそう無茶な要求ではないさ。私も言い出した手前がある、付き合おう」


 さりげなく同行するとか言われたマリアはクリストファーのお尻に目に見えない尻尾を幻視した。めっちゃブンブン振ってる。


(イヌ科だ……)

(ちょー人懐っこいイヌ科だ……)

「さあ行こう! 討伐系があればそのまま突撃するぞ!」

「授業は?」

「小銭の方が大事だ!」


 快活に笑い出したクリストファーが意気揚々と職員室へ。どうする?みたいな感じで相談していると、いつまで経ってもついてこない二人をちょっと離れて見ている。もちろん尻尾ブンブン振ってる。

 この後めちゃくちゃアンデッド退治させられた。





 墓地でぼちぼちアンデッド退治~デス教のネクロマンサーを添えて~の激闘を終えたマリアとナシェカが学院に帰り着いたのは午後七時。五回くらい死にかけた二人が青ざめた顔で学院の門をくぐると第二王子様がこんなことを言い出した。

「では私はこれで」

「……どちらへ?」

「知人と約束があってね、外食してくる。マリア、ナシェカ、いい戦いぶりだったぞ! 次も気軽に誘ってくれ!」


 第二王子様が快活に笑いながら夜の街へと消えていった。

 同じ人間とは思えない体力だ。むしろ人外だ。苦々しい顔で見送るしかない。ついていこうなんてこれっぽっちも思わない。だって疲れてるもん。


「マジか」

「このあと平気で肉とか食べそう」

「マジか、タフガイってレベルじゃねえ。パーフェクト王子様かと思いきやパーフェクトソルジャーだったね……」


 重たい疲労があがらない足を引きずりながら女子寮に帰りつき、お隣の部屋のリジーとエリンに突撃する。物理的にタックルだ。


「我々はマッサージを要求する!」

「エステしろー!」

「何なんだこいつら……?」


 マッサージを受けながら墓地での悲惨な戦いを説明する。

 夜な夜なアンデッドを徘徊させて遊んでいるふざけた幼女との超バトルには本当に何の意味があったのか? 結局転移魔法で逃げられたので報酬も貰えそうにない。


 金貨五十枚とかいう高額報酬の理由を知り、怪しい高額依頼など受けるのではなかったと学んだだけの時間だった……


「デスきょはやめとけ。やべーのしかいないんだぞ」

「いやいやデス教いるって書いてたら依頼うけてないって……」

「アンデッドの裏にデス教あり。これに懲りたらアンデッド絡みの案件には手を出さないことだなー」


 デス教団はどんな小さな町にも一人はいると言われている。普段はパンピー面して普通に仕事をして家庭を持っている。でも夜になると豹変して死霊術師として暴れ回る厄介な連中だ。


 死を功徳として死を積み重ねることで冥府での地位を約束されると信じている殉教者どもなので、基本話し合いは不可能。倒してもどこからか新たな信者が派遣されるだけのもぐら叩きでしかない。関わるだけで損する面倒な連中だ。


 ちなみにどこから派遣されるんだ?ってなると帝都の地下の死の町からだ。帝都はデス教団の聖地みたいなものなので、夜の墓地なんか絶対に行っちゃダメだ。国家英雄でも返り討ちに遭うクラスの恐ろしいのが出てくる。

 ……それとキャメルクラッチはマッサージではないと思う。関節技だ。


「イタタタ! エリンそれはエステちゃう!?」

「ふっ、デス教団とは我が魔眼についていつか語り合いたいものだ」


「エリンは思い出したように魔眼設定持ち出すなー」

「うるさいよ。特殊なキャラ付けをすることで目立とうとする作戦なんだよ」


 みんな思った。やっぱり設定だったかーって思った。

 だってこいつ魔眼つかわねーんだもん。


「姉はガチだけどね」

((こいつの姉には関わらんとこ!))


 そんなこんなで食堂に移動して明日は四人で金策するぞってお話をしたらブーイングされてしまった。


「お前ら肉体労働班と一緒にやりたくねえ」

「こちとら花の女学生さまだぞ」


 しかしリジーとエリンもじつはお金に困っている。華の帝都を満喫したいが金がない。さすがにマリアみたいな文無しではないがバイトはしないとって考えている。


((でもこの筋肉女子どもについてくのは無理だなー))


 四人揃ってお金がない。悶々と悩む夜が更けていった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ