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(旧)天秤の傾きはその罪の過多には寄らず

 山岳訓練をきっかけに運命はその流れを正したようだ。


 まずマリア様が猛烈な勢いで訓練を始めた。「打倒リリウスー!」なんて叫びながらアーサー君と打ち合っているので、俺の評価が風評被害に遭ってる。一部では強姦したみたいなひどい噂も流れていたせいか……


「キミを友としたのは僕の最大の過ちだった!」


 とか叫びながら魔法連発してくるアーサー君からひと晩逃げ回るはめになったぜ。めっちゃ早口で誤解は解いておいた。俺の評価を下げることでアーサー君にアシストしたんだ!ってウソこいといた。


 とりあえずお風呂覗いたってウソついたらケツを本気で蹴られたんだ。で、その翌日こっそり……


「次は僕も誘ってくれ」

「アーサー君お前ひと晩悩んだ結論がそれか……」


 アーサー君もお年頃ですね。むっつりなんだね。若年層の読書男子は大抵色香に弱いから軽いスキンシップで篭絡できるんだ。気になってる女子は勇気を出して試してみるといいぞ! アーサー君原作通りチョロそう……


 クリストファーも何やら暗躍している。神々の末裔スキルの千里眼を持つクリストファーをストーキングするのはステルスコートを使っても難しいが、地道な調査が実を結んで突き止めたアジトでクラン銀狼団の構成員と密会してる。詳細は不明。


 そんな感じに運命って奴は幸か不幸かその流れを正し、本来のあるべき関係性に向けて戻り始めている気がする。


 五月も半ばに迫った頃、折りよしとみてルドガー兄貴が招待状を送ってきた。


『帝都夜遊び倶楽部へのお誘い わたくしルドガー・マクローエンが主催する夜遊び倶楽部の記念すべき百回目の開催が決定したことをここにご報告する。日時は今月十四日、開催場所はいつもの三番街夜明けのカラス亭だ。予定のねえ野郎どもは参加しろ。なお随員二名まで誘ってよし』


 寮付きの女中を経由して届けられた招待状は仲間内の気さくな文面だ。多少の言葉遣いの荒さは良好な関係を物語るので問題ない。問題があるとすれば十四日ってのが本日だっていうのと、これを届けてくれた女中が問題だ。むしろ女中が最大の問題だ。


「で、ぼっちゃんは参加なさるんですか?」

「ジェシカお前……」


 もう何年前だったか忘れたが領地の屋敷で潜入捜査してたスパイ女中のジェシカが、開封済みの便せんをお届けしやがった。検閲を隠す努力くらいしろ。

 ソバカスは相変わらずだけど少女らしさがなくなり、すっきりした大人の女になってやがる。


「検閲とかマジ誰の指示だよ」


 ジェシカはニコニコして明かさないが丸わかりだっつーの。隠密機動部隊ルーリーズは閣下直属の非合法諜報部隊だ。つまり閣下の指示だ。


「俺もしかして疑われてんの?」

「いえ、それは全然まったく問題ないです。ぼっちゃんがサン・イルスローゼに取り込まれてたとしても、特に不利益もなさそうですし」


 あっちは世界一の超大国。こっちド田舎の貧乏国だ。国境も接してねえし国交自体ねえしスパイ派遣する意味がねえ……


「じゃあなんで検閲した?」

「ぼっちゃんが兄君と普段どんなやり取りしてるのか興味があったもので」

「好奇心で他人の手紙読むんじゃないよ。言えば教えるから今度からはやめろよ」

「どうせ教えてくれるなら勝手に読んでもいいじゃないですかー」

「マナーの話だ!」


 効率で礼儀作法を無視するな、ここはプライベートのねえ暗黒社会か! って暗黒社会でこいつ非公式だけど秘密警察だったぜ。


 騎士団はいつか有効活用するために貴族のありとあらゆる情報を集積している。まだまだ精神的に未熟な学院生から情報を得るには寮付き女中はうってつけなんだ。おはようからおやすみまで見張れるもんな。


「閣下からは学院ではぼっちゃんに協力せよと」

「俺の企みが筒抜けになるじゃねーか……」


 ジェシカが苦笑してる。筒抜けになって困るようなことをするなって顔だわ。


 俺のプライベートを守る。商売のネタを見つけても報告しない。などなど幾つか取り決めを交わしていると大浴場からデブが戻ってきた。風呂あがりよりもお腹が膨れてるけど、飲み放題の牛乳どんだけ飲んできたんだ?


「相部屋に女の子連れ込むのはマジ遠慮してほしいんだけど?」

「閣下の隠密機動だよ」


 デブがかみなりに打たれたみたいな顔になった後、ポップコーンをもしゃった。驚くかもしゃるかハッキリしろ。痩せろ。


「ジェシカ・ルーリーズだ。俺の指揮下に入るみたいなんでお前も便利に使っていいぞ」

「リリウス君マジ社会の裏側で生きてるよね。僕も色々疑っちゃうんだけど」

「俺は諜報関係者じゃない」


 ええい、信じろ。疑惑の視線はやめろ!


 ジェシカには外泊申請の偽造を頼んで寮を出る。夕暮れの学院の並木道を歩いているとジョギング中のお嬢様発見! 俺氏めっちゃ手を振る。


「こんな時間にどこ行くのよ。夜遊びじゃないでしょーねー!」

「さすがお嬢様だ、本能で正解しますね」

「やっぱりー。もう、バイアットは止めなきゃダメじゃない。リリウスだけにすると絶対問題起こすんだから!」


 お嬢様がジョギングしている間に夜遊びに出かける護衛がいるらしい。そいつらマジでクビにした方がいい。


 取り巻きのご令嬢方からの目線が冷たい。いや、お嬢様に似つかわしくないチンピラとデブが気さくにおしゃべりしてるのが気にくわないのかもね。


「もしゃもしゃ、いやいや夜遊びといっても夜遊び倶楽部っていうサロンなんだよ。健全だよ。もしゃもしゃ」

「ルドガー兄貴が内輪でやってるサロンでしてね。人脈作りの意味で招待されたんです」

「へえ、ちょっと面白そうじゃない。わたくしも行っていい?」

「大歓迎です」


 二つ返事でオーケーする。お嬢様がシャワー浴びる間に俺らは女子寮前待機。見た目ストーカーなんで視線が痛いぜ……


「もしゃもしゃ、お嬢様を連れて行ってもいい集まりなの? もしゃもしゃ」

「わからんがルドガーを信じようぜ」


 これでハレンチな馬鹿騒ぎしてたらルドガーは最前線送りとかいう実質上の流刑になるかもしれんが俺はルドガーを信じている。

 信じている! 心から! 面白いことになるって!


「リリウス君がその顔してる時は絶対ひと波乱あるよね……」

「どんなシーンに出くわそうが俺らのスタンスは変わりない。お嬢様の糾弾する声に全力で乗っかるぞ!」

「嫌な弟だなあ」


 すっかり日が暮れていた頃にお嬢様がお出かけスタイルで出てきた。

 帝都三番街は学院のある貴族街から丘を下り、時計盤の一から三に移動するみたいな辺りを指す。辻馬車を捕まえてのんびり行くと七時前には着いた。


 夜明けのカラス亭は半地下にあるこじゃれたバーって感じだ。う~~~ん、嫌な予感してるぜ。若い騎士なんて金と肉欲持て余したパリピ予備軍なんだよね。危険センサーがピリピリしてるわ。


 辻馬車の中で外套を脱いだお嬢様はいつものお屋敷脱走庶民スタイルだ。白シャツにリボンタイ、丈の長いフレアスカートを巻いている。輝くばかりの気品は隠せはしないが、恰好だけなら中流家庭の町娘だ。


 真鍮の鈴が鳴る押し戸を開ける。ドアの向こうではちょいとやさぐれた騎士たちが娼婦とダンス&ミュージックしてたわ。酒瓶片手にハレンチかつダイナミックにダンシングする彼らの笑い声と嬌声が、ルドガーの演奏するピアノよりも大きいんだ。


 俺はすぐに扉を閉めた。哀れな奴め、念願の帝都勤務から最前線送り確定だわ。


「ねえねえリリウス、お店まちがえてない?」


 なんといういたわりと友愛。セカンドチャンスをくれるのか。兄貴の運命は俺の選択肢に委ねられた。


 1 ここで間違いないです。

 2 まちがえました。馬鹿どもは忘れてレストラン行きましょう。

 3 無言でスプーンねじこんでくる。


 面白いのは1だな。一択だわ。


「お前ぇぇええええ!」


 バーからダッシュで飛び出してきたルドガーが俺の脳天にゲンコツしやがった。帝国で最も高貴なご令嬢を安酒場に連れてきたんだから当然だな。


「どうして! なんで! ロザリアお嬢様連れてきちゃうんだ!? わかるだろ、お前はわかる奴だろ。空気を読めぇぇええ!」

「いきなり迫真つっこみはよしてくれ。俺には何がなんだかわからねえよ」

「ウソをつくなあああ!」


 肩を息をするルドガーがバーの前に立ちはだかる。仲間達の命を守るためにここは通さねえと言わんばかりの迫力だ。


「わたくし別に気にしなくてよ?」

「……やり直す権利をいただけませんか」

「よくてよ?」


 ルドガーがタイを締め直してキリッとしたぜ。なんやねんその爽やかスマイルは。誰やねんその優雅な一礼は。本当に馬鹿コンビの片割れですか? やればできる子なんですか?


「本日はわたくしルドガーめがエスコートさせていただきます。さあこちらへ」

「お店はここじゃないの?」

「ここはただの待ち合わせ場所です」

「でも」


「ここはただの待ち合わせ場所です! さあこちらへ!」


 乱痴気騒ぎしてるバーを無視して三番街の歓楽街を歩き始める。なんて迷いのない足取りだ。こいつは期待していいな!

 でも招待状もなしに歓迎してくれるお行儀のいいサロンの宛てなんてあるんか?


 キビキビとエスコートするルドガーが内心慌ててるのを見抜いて、お嬢様が微笑みになられておられる。完全に遊んでますね。


「男を転がす遊びを覚えたんですか?」

「人聞きのわるい言い方しないで。ま、必死になってるルドガー君が楽しいのは否定しないけどね」

「もしゃもしゃ、お嬢様も順調に毒されてるなー」


 ルドガーを先頭に歓楽街を歩いていく。最初の角を右に曲がり、次の角も右に曲がり、そのまた次の角も右に……


「おい、戻ってねえか?」

「いいから黙ってついてこい」


 そして俺らは夜明けのカラス亭に到着した。お嬢様がふ~んって怪訝な顔つきをなされているぜ。


「ここって最初に来たお店じゃないの?」

「いいえ、ここにお連れしたのは初めてです。さあどうぞ中へ!」


 バーの中は十五分前の乱痴気騒ぎなどなかったかのような紳士の社交場に変貌してたぜ。


 ハンサムな騎士がシェイカー振ってカクテル作ってるし、背筋をピンと伸ばした連中がお行儀よくカードで遊んでるし超かっこよくトランペット吹いてる奴もいる。キスマーク消せてねえよ?


「これがわたくしの主催する健全夜遊び倶楽部なのです。健全ッ!」

「もしゃもしゃ、ルドガー君困ったら勢いで押し切ろうとするよね? もしゃもしゃ」

「そっくり兄弟じゃない」

「俺ここまでウソ下手じゃないですよ?」


 お嬢様はなんでそんなアホを見る目で俺を見るんです? 俺ウソ超得意ですよ?


 立派な貴公子の仮面をかぶった馬鹿どもがお嬢様をエスコートし始めた。


「ロザリア様、さあこちらへどうぞ」

「カクテル赤い淑女です。ロザリア様のために作りました」

「さあお前達、音楽だ!」


 そして鳴り出すトランペットのリズムが完全にイッキイッキのコールなんだ。お上品の皮すら被れないとかほんまこの馬鹿どもは……


「ま、いいわ。わたくしも楽しむためにきたんだしね。今夜は無礼講でいきましょう!」

「「おー!」」


 馬鹿どもが両手を振り上げてはしゃぎ始めたぜ。楽しければいいよな! でも無礼講とは言ったけどマジで無礼講するとお嬢様不機嫌になるからやめろよ。


 俺とルドガーがアイコンタクト。お察しの目つきしてるぜ、抜かりはなさそうだな。

 俺ら馬鹿男子八人は全力でお嬢様の接待を始めた。


「そういえばお嬢様は気になる男性とかできたのですか?」

「うふふふ、秘密」

「えー、気になるなー!」

「言い寄る男子も多いでしょう。いやいや私も同じ学年で通いたかった」

「我々では高嶺の花すぎて声もかけられない。罪な御方だ……」


 全力ヨイショ!

 お嬢様は背丈がちっこいのお気になされておられるので女としてのプライドを刺激してあげると喜ぶんだ。でも露骨にやりすぎると反感買うから要注意だ。俺とルドガーが再びアイコンタクト!


(そろそろ学院生活におけるお役立ち情報に切り替えていけ!)

(任せろ!)


 俺が話題を提案し、ルドガーが自然に切り替えて馬鹿どもが追従する。お嬢様を知り抜いた俺を司令塔とするこの黄金パターンに敗北はない!


 全力で楽しんでいただいて全力でお帰りいただく! 俺らの想いが一つとなり最高の一体感でヨイショしていると……


 どばん!

 すげえ勢いでチャラい馬鹿が入店してきた。


「おーい、女連れてきたぞー!」

「「帰っていただけぇぇええ!」」


 一斉に投げ込まれたグラスが馬鹿に命中してったぜ。この空気の読めなさ他人とは思えないぜ。さては滑り芸担当だな?


 お金貰ってついてきた娼婦のみなさんがポカーンとしている。一党のリーダーっぽい、長く垂らした赤毛で片目を隠すあだっぽい娼婦がなぜか俺に声をかけてきた。俺この集まりのリーダーじゃないよ? 暗黒街のボスに見えるってよく言われるけど。知らない町の酒場にいくと知らん奴らが泣きながらお金差し出してくるけど。


「帰れっつーなら帰るけどさ、貰ったもんは返さないよ?」

「あんたらには悪いことをしたと思ってるよ。こいつは詫びだ、そいつと一緒に懐にしまってくれ」


 金貨を渡した手が握られた。なんでだ?


「へえ、背ぇ高くなってるから一瞬わかんなかったよ。久しぶりだねえ!」

「どこかでお会いしましたかね?」

「あたしだよあたし。赤毛のレジーナだよ!」

「ああ、あの態度が悪くてすぐ暴言吐くレジーナか。俺を脅迫しようとしていつもおっぱい揉まれてた!」

「……どーゆー思い出し方してんだい」


 むかしファラとこそこそ密会してた頃にお知り合いになったやんちゃ娼婦だ。まだ立ちんぼなんてやってたのか。

 軽く旧交を温めてから再会を約束してお帰りいただいたぜ。長話してるとさ、お嬢様からの好感度が下がりそうなんだ!


 微笑みを湛えているお嬢様の目つきが妙に鋭い。むしけらを見る目だ。


「皆様はいつもあのような方々とお遊びになられているのかしら?」

「ちがうんです、とは言えねえ……」

「面目次第もありません」


 さっきまでいい雰囲気だったとは思えねえ重苦しい雰囲気だぜ。

 完全にお説教ムードだわ。


「リリウス、椅子になりなさい」

「かしこまり!」

「何の躊躇もなく!?」


 俺氏四つん這いになってお嬢様の椅子になる。デブがびびってるけど俺がロリのお尻を味わえるチャンスを逃すわけがないだろ。喜んで椅子になるわ。


「あんたって無駄に顔が広いけどどんな関係?」

「俺むかしデス教団に出入りしてた頃があったんですよ」


 デス教団ってのは冥府の大神デスを信奉する連中だ。旧市街の下水道に神殿を建立して祈りと生贄を捧げるという超ファンタジーしてる連中だ。


「死の司祭クラウス・アーキマンがいいメシ食ってやがるんでたまに盗み食いしてたんです。金目の物も好き勝手にパクってたらあいつら生贄購入資金に困ってとうとう人さらいを始めましてね、天誅してやったんです。レジーナはその時助けた生贄です」

「たまに良いことするのよねー」


 お嬢様がハッと何かにお気づきになられた。


「誘拐始めたのあんたのせいじゃない!」

「罪を憎んで人を憎まず、誘拐する方が悪いんです」

「泥棒も悪いわよ!」


 この後めちゃくちゃお説教された。

 めっちゃ落ち込みながら帰宅しての翌朝、朝一番でスパイ女中のジェシカがやってきた。


「お客さんです」

「お邪魔するよ!」


 客ってのはやんちゃ娼婦のレジーナだ。出張サービスかな?

 朝一から部屋に娼婦呼んだ新入生みたいな悪評立つから押しかけはやめろ。自然に俺のベッドに腰かけるんじゃないよ。


「あのね、娼婦仲間が何人か行方不明になっているんだ」

「失踪と誘拐のどっちだ?」

「失踪ならあんたに相談したりしないよ」


 それもそうだな。まだ寝起きだから頭回ってねえわ。

 顔色の青ざめているレジーナの様子で何を危惧しているのかはわかる。


「デス教団の仕業だって裏は取れてるのか?」


 首を振って否定された。一度生贄にされかけたんだ、あんなやべー集団関わりたくもないよな。


 死の大神デスを奉ずるデス教団は大変厄介な連中だ。死にまつわるスキルを与えるデスの加護は呪殺だけでも厄介なのに、加護持ちを殺せば殺害者を殺し返す死返しとかいうやべースキルまである。各国の騎士団でさえビビって手を出さないんだ。


 そんなやべー連中から朝メシ盗み食いしたりお宝パクってるの俺くらいのもんだろ。

 だから俺んとこ来たんだな。世界広しといえどデス教団に朝飯前にケンカ売ってるの俺だけだわ。


「お前なにか勘違いしてる? 気軽に相談に来やがって俺そんな親切じゃねえよ?」

「妹分がさらわれててね、どうにかして助けてやりたいんだ。あたいにできることなら何だってやる。それじゃダメかい?」


 めっちゃ俺の股間見られてる。ジェシカまで見てる。失礼な連中だぜ、リリウス君はそこまで安くは……安いわ。

 でも困ってる奴の足元見るほど落ちぶれてない。俺の性癖って基本的に強者をいたぶって愉悦に浸る系なんだ。


「貸しにしといてやるよ。いいか、いつか必ず返済させるぞ?」

「助かるよ。うん、必ず返す」

「ぼっちゃんは素直じゃないですねー」


 こいつら俺を見誤りすぎだろ。俺正義のヒーローじゃなくて変態だぜ?

 変態ってのは自分のキモチイイが最優先。たまにいいことをするのは社会のクズの自覚があるからこそ発作的にボランティアしたくなるだけなんだ。


 デス教団潜入ミッションを請け負った俺は即座にお嬢様のお部屋にレッツゴーした。登校前なので制服にお着替えしてるお嬢様を見つめていると何故ぇ!?


 覗きしてただけなのに腹パンされちまった。ナチュラルに正中線なぞってくるとかクリティカルに本気すぎる。


「最近あんたの潜伏魔法の癖に見抜けるようになったわ!」

「いやこれ魔王の呪具とかいうやべーアイテムなんすけど……」

「むふー!」


 お嬢様が得意げに胸を張っておられる。でも下着姿で威張るのはなんかちがうと思うんだ。


「で、何の用?」

「お嬢様ー、デス教団に潜入しよーぜー!」

「気軽にとんでもないこと言い出したわね。いいわよ、何をすればいいの?」


 特に何もしなくていいです。なんて言えないのでめっちゃキョドりながら手に負えない敵を倒してくださいって懇願してみた。


「なんか企んでそう……」

「なななな何も企んでなんか……俺を! 信じてください!」

「しょうもないこと企んでそう」


 さすがお嬢様だ。ロリとお手々つないで散歩したいだけの男心を読み当ててますね。


 授業サボって旧市街に出る。お嬢様を担いで猛ダッシュする俺はよい香りに包まれているので、最高速度が出てるぜ。鼻先にニンジンぶら下げた馬かな?


 下水道の鉄格子を蹴破って真っ暗な点検路をダッシュする。途中で信者らしき連中とぶつかりそうになったが、ステルス機能に魔力を余分に注いですり抜けた。


「人体すり抜けるなんて薄気味悪いアイテムねー。あのね、ちょっと気になったんだけどすり抜けている間に解除したらどうなるの?」


 試したことはないけどたぶん恐ろしいことが起きる。


「蠅人間になります」

「ハエはどこから来たの……?」


 次元を超えて有名な三流ホラーからやってきた見えない蠅に敬礼する。

 ちなみにそんな奴はいない。


「なんで敬礼するの?」

「特に意味はないです」


 点検路をひたすらに進んでいくとちょっとした空洞に出た。幾つもの大きな屋敷が乱立するここは死の町という。人口は百人ちょい。


「帝都の地下にこんな町があるなんて……」


 生粋の帝都育ちであるお嬢様は気分悪そうに町を見つめている。暗黒の法衣をまとった薄気味悪い連中が言葉もなく行き交う光景は、THE邪教の巣窟って感じだ。


 俺氏、死の町の奥にある神殿で朝ごはん食べてるジジイを―――

 どかん!


「ぐへええ!?」


 ソッコー殴り倒したぜ。


 教団には清貧なんて言葉は存在しないから朝から豪華なんだ。素晴らしく濃厚なビーフシチューをちぎったバターロールで皿を舐めるみたいに食べる。ワインも瓶でラッパ飲み。どれもこれも最高にうめえんだ!


「食事はおいしいんだけどー……」


 お嬢様がちらっと気絶するジジイを見た。

 冷たい床に転がるジジイはピクリともしない。


「死んでない?」

「この残忍ジジイは並みの化け物じゃないんで死にはしませんよ」


 死の司祭クラウス・アーキマンは俺の記憶よりだいぶハゲあがったヨボヨボのジジイだが、前衛を揃えて後衛火力に徹すればドラゴンさえ倒せる世界有数のハイクラスウィザードって話だ。


 ちなみにこのジジイ若い頃は相当やんちゃなテロリストだったらしい。中央文明圏では未だに最大級の巨額の賞金首である。西方五大国ならどの国でも首を持ってけば望みの地位を得られるほどだ。


「白目剝いて身動きひとつしてないんだけど?」

「死んだら死んだで世界が少し平和になるだけですよ」


 殺す理由はないが生かしておく理由もない。生きているだけで多くの人を不幸にする人間ってのは確かに存在していて、こいつもその一人だ。

 冥府の王デスに供物を捧げることを使命に掲げ、いったいどれだけの村落を秘密裏に葬ってきたか五大国でも調査が追い付かないほどだ。一夜にして人口二百人の村落をアンデッドの魔窟に変えられるちからを持つ死霊術者が八十年余りの人生でどれだけの罪を犯してきたかなど、想像するだけで吐き気がする。


 食事を終える頃には奴隷娘が司祭の異変に気づいて騒ぎだしたが俺らはのんびりおしゃべりしながら地下牢に向かう。

 このくらいで慌てるのは素人だ。段ボールを被ってこそこそ潜入するのはプロだ。そして堂々と透明化して闊歩するのがリリウス君だ。無敵!


 十二室の大部屋が並んだ地下牢にはパッと見で百名近い奴隷が繋がれている。どいつもこいつもメシ与えられてないね、身動きする元気もない。

 生贄を管理する方法は簡単だ。余計な事をしでかす元気も起きないくらい弱らせておけばいいんだ。


「……さすがに目に余るわね」

「お嬢様が救助なさりたいというのであれば、従いますよ?」


 言外に助ける理由がないと態度を表明するとジロッと睨まれてしまった。


「一応理由を聞いてあげるわ?」

「彼らは正式な手続きを踏んで購入された奴隷です。所有物の扱いについては所有者に権利があります。目に余るのはたしかですけどね」


 牢に繋がれた連中の左手の甲には罪人を示すRSの焼き印が捺されている。つまりは犯罪の賠償として奴隷落ちしたわけだ。


 死ぬまで炭鉱に潜らされる奴隷と生贄がために買われた奴隷のどちらが幸福だろうか?

 俺は未だその答えをもたず、是正する情熱などとうに失せた。


「すべてを救えないのなら目の前の不公平を見逃すってこと?」

「お怒りにならないでくださいよ。お嬢様のご意思に従います。全員を救えと言われれば教団を殲滅します。数名をこっそり救えと言われればそうしましょう、新たな生贄が正式な手続きを踏んで購入されるだけですが。俺は不公平にも彼らの生命という名の天秤の傾きを、お嬢様のご意思に沿って操作いたします」

「嫌な言い方ね」


 お嬢様の反感は理解できる。俺もまた悩んできた。いつかの魔の島で直面した問題に俺は未だ結論を出せずにいる。助けるのも正しい、見捨てるのも正しい、法なんて所詮国が違えば是にも非にもなる虚ろな形をした正義にすぎない。俺の信じる正義なんて世の中にいる人間の数だけ反対意見が出る矮小な倫理観でしかない。


 俺はあの時それはおかしいと訴えた。島の経済がダンジョンと生贄によって成り立っていると知りながら無責任にも反発した。だがそれは所詮俺がふらりと立ち寄った流れ者だったからだ。


 端くれとはいえ特権階級の恩恵を得る帝国で、体制の側にいながら無責任は許されない。それは犯罪奴隷ではない善良に生きている人々への不公平なんだ。


「おにーさまに相談するわ」

「閣下ならば教団に利するでしょう」

「なんでそんなの言い切れるの?」

「教団はこれできちんと届け出を出して活動している宗教法人なんです。癒しのアルテナ神殿が信徒の病を癒すのは神への奉仕であり、冥府のデス教団が生贄を捧げるのもまた神への奉仕です。購入した奴隷を生贄にするのは合法です」


 睨まないでほしい。

 理屈と感情が仲たがいするのはよくあることだけど、体制の側の人間が感情を取る国なんて最低だ。そして帝国は最低な国だ。法律があるのに取り締まる側の貴族だけが法の鎖から逃れている。


 帝国は法治国家ではない、皇帝が治める王権国家なのだ。法律も政治もぜんぶ皇帝レギン・アルタークを傀儡とする上級貴族が好き勝手に決めてきた。免税特権、不逮捕特権、あらゆる特権を好き勝手に発行し、すべての負担を平民に押し付けてきた。何百年も前からずっとだ。


 権力者のオトモダチってだけで逮捕もされず税も免除され国有地だってタダでもらえちまう最低な国で、司法の天秤を司る閣下でさえも公平な存在ではない。かつて姉のために一人の大物貴族を暗殺した小僧を黙認する優しさだって本来糾弾されるべき不埒な行いなんだ。俺もまた貴族特権を拝する悪の一人なんだ。


 何者も信じられない最低な国で、せめてお嬢様だけは公平な存在でいてほしいと願うのは俺のワガママかもしれない……


「だからお嬢様だけはこの光景を忘れないでください。体制の側に立つ者として示すべき規範があると、時として非情になってでも守るべき秩序があるのだと覚えておいてください。貴女が正しい存在であるなら、俺は最後まで胸を張って矢面に立ち続けられる」

「覚えておきます。ですがおにーさまにはきちんと報告します、そこは譲りません」

「閣下は正しい存在ではありませんよ?」

「あんたごときがわたくしを染めようなんて百年早いのよ。正しさの議論なんかしてません、精々利を説いてどうにかしてみるわ」


 これは要点をご理解している奴だな。


「余計なこと言ってすんません」

「わかればいいのよ。むふー、勝ったみたいで気分いいわ♪」


 お嬢様が美しいのはその気高さに何の曇りもないからだ。その信念も慈悲も傲慢にさえ貴種としての誇りが輝いている。


 万人の貧しさの上に成り立っている帝国貴族は、燃え盛る怨嗟の炎の中で舞い踊る美しい怪物だ。憎悪を燃やし業火の中で踊る美しい怪物どもを見上げる民草の目にはあるのは何も憎しみだけではない、強大な敵への崇拝さえもあるのだ。


 華やかたれ美しかれと飾り立てた貴族社会の夢物語的な魅力が日本のサブカル畑を刺激してきたように、搾取し鞭を打たれてきた民衆でさえ憧れを抱いている。落としどころがあるとすればそこだ。


 ロザリア・バートランドという美しい怪物の打倒なくして民衆の時代が訪れないように、彼女こそが帝国のヒロインだと万人が認めた時こそ、貴族でも民衆の時代でもない第三の社会が生まれる可能性がある。


「一つ訂正を。お嬢様の思想を染めようなんて大それた考えはありませんが、お嬢様には道を示す星となっていただきたい。新たな時代の旗手となり、帝国に生きる万人を導く希望の星に」

「なにか悪い物でも拾い食いした?」


 ひでえ。たまに真面目な発言するとこれだよ。たまにするからダメなんだな。


「ま、何だかわからないけど覚えておきましょ。具体的になにをどうしてほしいのか言ってくれると簡単だけど、どうもあんたにもまだ見えてないお話みたいだしね。あんたはどーすんの?」

「俺はお嬢様を害するすべてに立ちはだかる盾となります。覚えておいてください、俺だけは決して裏切りません、俺の命をお嬢様の未来に捧げます」

「とっくに裏切ってるじゃない」

「…………」


 これは数々のセクハラがバレてる奴だな。ナイスなイイワケ急募!

 色々悩んでると脛を蹴られたぜ。


「身長の話よ。一人だけグングン伸びちゃってさ」

「それ裏切ったのはご自分の体じゃ―――痛い!?」


 地下牢にはレジーナの妹分とやらはいなかった。

 すでに生贄にされたとは思えない。健康状態の悪い連中から捧げるはずだから、三日前から行方不明という娼婦が繋がれていないのはおかしいんだ。


 犯人は別にいる。パパっと終わる仕事だと思ったんだがね……

 安請け合いするんじゃなかったと後悔しながら死の町を後にした。大量の財宝を抱えながら……

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