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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
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迷宮都市の聖女ちゃん③

 迷宮から出るとちょうど正午の鐘が鳴り響く頃だ。

 彼方の時計塔から鳴り渡る銀器の音色と青い空。革袋には一杯の魔石もある。いい気分でごはんを食べられそうだ。


 メインストリートを真っすぐに南下すれば冒険者ギルドに到着するのに、ニャルさんが裏通りに向けてタッタカ走ってった。猫の本能が目覚めたのかな?


「マリア何してるニャッ、早く来るニャ!」

「どこに行くの?」

「ウェポンメイカー通りニャ!」


 迷宮都市ラティルトに武器屋通りなる商業街がある。追加の説明が全然必要がないくらい名が体を表しているな。


 ここは冒険者の町だ。武器屋通りは昼間っから賑わっている。

 きちんとしたお店もあるけど建物の壁になってるところには天幕を広げた露店が必ずある。通りの中央を縦断するみたいに露店がずらりと広がっている。


「ほあー、これ全部武器屋なんだ」

「ニャ。冒険者は大金が入ると武器に使うからラティルトは武器屋も多いニャ」


 武器屋通りの混雑に圧倒される。この通りだけでうちの村の何倍の人がいるんだろ?

 あちこちから張りあがる大きな声と怒鳴り合い。活気があるっていうか必死だ。


「露店の方は大抵が別の場所に店を構える親方の弟子がやってるニャ。そういう店は小遣い稼ぎに値段を高めにしてるから注意ニャ」

「悪い弟子だなあ」

「職人徒弟も大変なのニャ。親方から売値も決められてるから値下げ交渉に応じる権利もないし露店はあんまり良くないニャ」


 露店の多くは若い兄ちゃんたちがやってる。どっかの店の弟子なんだろう。

 でもたまに年配のおっちゃんがやってる店もある。職人徒弟ではない。年季の入った商売人の顔つきだ。


「露店でもこういう店は狙いニャ。余所で仕入れた質の良い武器を売ってるニャ。わざわざ迷宮都市まで運んでくる品ニャ、多少割高でも買う価値がある名品があるニャ」

「へぇー」


 でもニャルさんはスルーした。何でだろ?


「狙いなんじゃないの?」

「ニャルには高くて手が出ないニャ。どんと構えてる時のおっさん商人は無敵ニャ、値引きなんて無理ニャ」


 本当に狙い目っていうのは目玉商品を売ってしまい、今日明日にも迷宮都市を発つっていうタイミングをいうらしい。このタイミングなら頑張ればよい武器が手に入るんだそうな。


 武器屋通りを歩いてく。そのうちに赤レンガで出来たパッと見で目立つ建物が見えてきて、ニャルさんが「ここニャ」って言った。


「ここがおすすめの店ニャ」

「どんな店なの?」

「オルシアの旦那の店ニャ」

「オルシアさん旦那いたんだ!」

「あの年でいない方が驚くニャ」


 清楚系な美人受付嬢だしそりゃあいるよね。

 驚いたけどあのエロい雰囲気は男がいる女性特有の雰囲気だ。そりゃあいるよね。やばい混乱してる。


「あの年ってオルシアさん幾つなの?」

「22か3って聞いてるニャ」


 マジな話そのくらいの年齢を女性をあの年っていうのは辞めたほうがいいと思う。

 ちなみにこの店には裏技があってオルシアさんの担当冒険者だって言うと研ぎ代くらいはオマケしてくれるそうだ。ギルドの受付嬢は歩合制だから帳尻が合うんだそうな。


 店に入る。カランコロンと鳴る鈴の音に惹かれて店の奥から若いハンサムが出てきた。涼しげな目元をした優男って感じなのにシャツの下には鍛え抜かれた胸筋があるような隠れマッチョだ。村にはいないタイプの男だな。


「これがオルシアの旦那ニャ」

「またハイレベルなイケメンを捕まえたな」


 オルシアさんが強い。あの余裕のある大人な雰囲気はこういう環境が作っているのか。


「ニャルか、またメンテかい?」

「そっちもお願いしたいけど新入りを連れてきたニャ」


 イケメン店長の視線がこっちに向く。このレベルの男を捕まえるとはオルシアさんが強すぎる。


「雰囲気のある子だね。うん、これは上客になってくれそうだ、僕も気合いを入れないとね。ハウザーだ」

「マリアです。よろしく」

「うん、よろしくしてくれると嬉しい」


 握手する。

 握手のつもりだったけど職人さん的にはほかの意味もあるようだ。


「得物は片手剣かな。あまり重量はないね、となるとスチール系統の合金かな。振り回されているようなバランスの崩れ方はないし技量も高そうだ。少し上の品への買い替えかな?」


「えっと……」

「あぁごめん。勝手に武器を買いに来たんだと思ってしまった。ご入用の物はなんだい?」

「いえ武器の買い替えのつもりでいいんですけど、職人さんって握手だけでそこまでわかるものなんですか?」

「誰にでもできるとは言わないね。でも僕は当てるのが得意なんだ」


 ちょっと変わったお兄さんだな。

 いま使っているのを見せてほしいというのでラムゼイブレードを渡す。


「打撃武器かな?」

「剣です」

「そうは言うけどこれじゃあ斬れないだろ。これは威力の出にくいこん棒でしかない」


 うちの家宝がひどい言われようだ。


「だいぶ長いことこのまま使ってきたようだ。これじゃあ鋳潰すしかない」

「お父ちゃんから貰った物なんです、打ち直しはできませんか?」

「できなくはないが脆い仕上がりになるよ。精々が形をまともにしたイミテーション止まりになるがそれでもいいというのなら引き受けよう」


 それならこん棒のままでもいいか、オーラブレードにすれば全然斬れるし。おかねの無駄遣いになるだけだし。


「新しい剣が欲しいんですけど相談に乗ってくれますか?」

「それが僕の仕事だ。軽い方がいいとか切れ味が欲しいとか、頑丈な方がいいとか希望を教えてくれ」


 切れ味は鋭い方がいい。斬れるに越したことはない。

 重さは別に……


「重さは別にどうでもいいっちゃどうでもいいんですけど何かに関係します?」

「一概にこう言い切るのは職人努力に欠けていると思うが重い方が威力が出るね。ここは迷宮都市で敵はしぶといモンスターだ。深層まで到達した上級冒険者の多くは武器種を重量武器へとコンバートする傾向がある」


「ハンマーとかですか?」

「そうだね、当店でもハンマーは大人気さ。フレイルのような遠心力で威力を増すタイプも人気があるよ」

「カッチョよくないので剣がいいです」

「おーけい。そういうのも大事だ」

「大事なんですか?」

「フィーリングは戦闘意欲に関わるよ。格好いい武器と格好悪い武器だったら絶対格好いいって感じる方を使ったほうが強くなれる」

「最初にハンマーを勧めたのは……」

「僕と同じでハンマーが格好いいって思ってる男の子はけっこういるよ。感じ方次第さ」


 ちょっとしか話してないけど思った。この人って会話に隙が全然ない。事実を事実のままにしながら不快感を与えてこない。手練れの商人さんって感じがすごいする。こんな男を捕まえたオルシアさんが強すぎる。


 武器種は片手剣にした。色々希望を添えておしゃべりすると、剣立てから選んで素振りをしろと言われた。どれも長さも重心も重さもバラバラな剣だ。

 幾つかの剣を素振りしてみる。どうもしっくりこない。ラムゼイブレードに慣れすぎているんだ。そんな感じで伝えると……


「じゃあ長さと重心はこの剣に合わせてみようか。特に問題はなさそうに見えたけど重くて疲れそうって感じる剣はあった?」


 詳しく聞かれる。答えに導かれるように答えていく。

 あれれ、ちょっと武器屋を見物しに来ただけなのにこの流れは……


「マリア君ならガーラルとスレイン鋼の合金剣がいいと思うよ。じゃあさっそく見積もりを出してくるから」

「待って待って待って!」


 見積もりて!

 引き留めるとハウザーさんがきょとんとしてる。この男、天然だ!


「なんだい?」

「オーダーメイドの注文はしてないです!」

「え、そうだっけ?」


 天然!


「ハウザーは見た目は出来そうなのに中身は武器馬鹿ニャ。にゃはは!」


 流れで巨額の散財しちゃうところだったじゃん。あぶなー!

 武器購入は保留にした。だってハウザーさん高額な特注品をガンガン勧めてくるんだもん……



◇◇◇◇◇◇



 真昼のメイン通りに猫耳のにゃはは笑いが響き渡る。


「ハウザーは武器馬鹿だけど腕はしっかりしてるニャ。妥協を許さないニャ。言われるままにホイホイ頷いてるとトンデモナイ金額になるニャ」

「そんな店に連れてくなし……」


 学費を稼ぎに来た迷宮都市で巨額の散財をするつもりはないってのに。


 しかし剣は高い。どれも高い。最低でも金貨が必要になる。こりゃしばらくはラムゼイブレードで頑張るしかないね。


 ギルドに行くと正午すぎってのもあってそこそこ混んでいた。朝早くに迷宮に入った冒険者がちょうど換金に来る時間帯なんだ。

 行列に我慢して並ぶ。並んでるとよくおっちゃん達から声をかけられる。「よう」とか「調子はどうよ?」とかそんな気さくな感じだ。たぶん昨日酒場にいた人達で名前までは知らない。


 並ぶこと十数分。ようやくオルシアさんの窓口にたどり着けた。


「あら、二人で潜ってたの?」

「懐かれたニャ」

「いいことじゃない。スカウト一人で潜るような迷宮じゃないしこの機会にコンビを組んでしまいなさいよ。……どういう顔よ?」

「マリアはけっこう強いニャ。もっといい仲間を探したほうがいいニャ」

「えー、冷たいー!」


「本当に懐かれたのね。換金は全部まとめて?」

「別々で頼むニャ」


 ニャルさんが倒して拾った魔石はニャルさんの。

 あたしの魔石はあたし分という揉めない方法で換金する。これがけっこうな金額になった。銀貨28枚。2800ボナだ。

 二日でこれだ。迷宮はやっぱり儲かるな。


 少し気になったことを聞いてみる。


「そういえば群生相ってどのくらいになるんですか?」

「あぁあなたたちも見たのね。あれは大きかったわねえ」

「へ?」


 何でも午前中にギルドの解体場に群生相が持ち込まれたらしい。査定額は一頭丸々で銀貨120枚だそうな。

 分け前貰っておくべきだったかなーと一瞬だけ思ったけど過ぎたことでグダグダ言わないのがアイアンハート家の家訓だ。調子こいて財布の中身ばらまいて帰ってきたお父ちゃんがよく言ってるやつだ。


「群生相って儲かるんですねえ」

「そうね。けっこう手強いから低級では手を出しにくく、上級から見れば旨味が少ない、そういうちょうどいい位置にいる魔物ね。普段は森の奥に潜んでいるから危険を冒して森に入る人も少ないし珍しさで高値がつくの」


「ふぅん、あたしが狙っても同じ値段で買ってくれますか?」

「大きさや素材価値にもよるから必ずしも同じ値段とは約束できないわ。でもその前に森には入っちゃダメ。無音の獣シャドウサーバントの真価は暗黒の森よ。草原では簡単に倒せたからって油断して帰って来ない冒険者は多いんだから」


 森の外に出てきたところに偶然遭遇して倒す以外は手を出しちゃいけない魔物のようだ。

 慣れるまで影犬をちまちま倒すか。


 長話をしていると後ろに並んでる人からの圧が来たんですごすごと去る。お昼ご飯どーしよ?


「おーい!」


 大声に振り返れば昨日のドワーフのおっちゃんたちがいる。一人減ってるだけだ。このおっちゃん達昨日の昼間からいるじゃん!


「こっちだこっち! お嬢ちゃんこっち来いよ!」

「おっちゃんたちってマジでいい身分してるよね。いまんとこ飲んでる姿しか見てないよ」

「酒の抜けたドワーフなんざ陸にあがった魚みたいなもんだ! 今日の稼ぎはどうよ!?」


 稼ぎを手にひらに出して見せると爆笑された後で乾杯された。おっちゃん達の笑いのポイントが理解できねー。


「マジでいい腕してるみてえだな。前途有望な冒険者にメシをおごってやる。さあ席に座れよ!」

「ニャルさんもいい?」

「あたぼうよ! 一人だけ仲間外れとか可哀想だろうが座れ座れ!」

「助かるにゃあ」


 適当に頼んで適当に飲み食いする。おっちゃん達は食べきれるか不安になるくらい大量に頼んだけど問題無さそうな食いっぷりだ。働いてないのによく食う人達だ。


 食事の合間はおしゃべりする。おごってもらってるのでネタはこっちから提供する。さっきハウザーさんのお店で馬鹿高いオーダーメイドを買わされそうになった話だ。

 しゃべってる途中でおっちゃんが怒鳴り始める。


「おぅい! そういう話ならどうして俺っちに言わない!」

「なんでおっちゃんに武器の相談するの?」

「馬鹿野郎、俺っちは鍛冶師だぞ。こいつらもだ!」


 どうやら勘違いがあったようだ。

 ギルドで飲んでるから冒険者だと思ってたけどギルド内にある武器屋の店長さんとラティルト市内で武器屋を開いている弟達だったらしい。


「名乗ってもないのに気づくわけないじゃん」

「馬鹿野郎、ドワーフの主な職業っつったら建築家か鍛冶師だろうが! たまに冒険者やってる奴もそりゃあいないこともねえがありゃ有望な鉱脈探しのついでだ。つかトールマンの若造の武器なんかよりドワーフの武器の方がいいに決まってるだろ!」


 世の中には禁句が幾つか存在する。ドワーフに酒と武器と芸術の話は振るな、朝までかかるというのは有名な話だ。やっちまったぜ……


「その鈍器持ってついてきな。俺っちの作品を見せてやる!」


 みんなでジョッキを持ったまま移動する。

 ドワーフのおっちゃんの店はギルド窓口のすぐ隣だ。いつでも酒が飲める職場とかドワーフの楽園かな?


 冒険者ギルド内ってこともあってこじんまりとした店だ。スペースの問題であまり多くを表に出せないけど何でも揃ってるから欲しい物があったら弟子に言えって感じだ。弟子は働いてるのに親方はすぐ目の前で飲んでるのか……

 適当に鉄を打って適当なタイミングで酒場に行って気が向いたら鉄を打つ。話にゃ聞いてたけどドワーフって本気で好き勝手に生きてるんだな。


 幾つか武器を見せてもらう。おっ、ミスリルの長剣だ!


「これはお幾らで~?」

「急にネコナデ声になんなよ気持ちわりい。さすがに聖銀剣はくれてやれねえよ」


 ちぇっ。酒入ってる状態ならいけると思ったのに!


 店長のおっちゃんはしきりに大戦槌と大戦斧を勧めてくる。弟達もいかに大ハンマーが優れた武器かを熱弁してくる。


「重さはパワーだ。魔物をパワーで圧倒するんだ!」

「バトルの趨勢を一撃で決める圧倒的な破壊力、これに惹かれねえやつは男じゃねえ!」

「鍛冶を生業とする俺らドワーフがどうして大戦槌をメインウェポンにしてると思うよ。そうだ、バトルハンマーこそが最強の武器だからだ!」


 ものすごい熱弁で魔の道へと引きずりこもうとしてくるなあ。


 今回だけはサービスしてやるからってクソでかいハンマーを貰ってしまった。肩から吊るす専用のベルトも貰った。そして夕方近くまで飲み食いをしてギルドを出て思った。

 背中にずっしりとクルこの重み。肩に食い込むベルトの圧。……どう考えても携帯可能な武器の重みじゃねえ。


「これを背負って迷宮まで歩いて迷宮でも歩いて帰りも歩けとか……」

「無理ニャ。そんなのドワーフにしかできないのニャ」


 とりあえず急務としてニャルさんに安い宿を紹介してもらうことにした。

 この背中の重みをさっさと床に下ろしたかったんだ。

所持金:1101.20ボナ

目標額:3264.00ボナ


ユーベル金貨=12800ボナ

テンペル金貨=3400ボナ

ヘックス銀貨=100ボナ

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