この身この刃を血に染めても未来を願った野良犬の詩
俺の名はリリウス・マクローエン。職業は冒険者。各地をさすらうトラブル解決屋だ。
冒険者ギルドが認定する世界でも30名弱しかいない特級冒険者である俺の職分は竜や悪魔の討伐という厄ネタであり、時にはいにしえの悪神の復活という特級の魔導災害の解決がある。
得意技はあまり胸を張れたもんじゃねえが殺しだ。町を裏から操る邪教徒が行う悪神復活の儀式を邪教徒を殺す形で止めるなんて仕事もたまにある。
他人様は俺を様々に呼称する。英雄とも悪魔とも破壊者とも呼ぶ。だが俺に言わせれば俺は俺でありリリウス・マクローエンでしかない。
俺の行動は時に英雄的であり悪魔的であるがその手段と目的はすべてが俺の都合によるものでいかなる解釈に対しても弁明はしない。善悪の解釈など所詮はそいつにとって不利益かどうかで決まる。誰にとっても英雄的な人間なんてのは存在しない。居たとすればそいつは絵本の中だけに存在する虚構の英雄だけだ。
世界で最も高名な英雄は死の間際に悪魔の手を取りしもべと化した。
燃え立つような憎悪を背負って復讐に生きた皇子とつかの間の友情を育んだが結局そいつは復讐を忘れられず俺の手を振り払った。
ハーフフット種族を背負って悪神と戦い続けた最強の暗殺者は己の抱いた夢を失い絶望した。
俺は全部見てきた。その上で言えるのは正邪に辞書的な意味以上の正しさは無い。
俺は英雄ではない。俺は悪魔でもない。俺はただ己の撒き散らした罪を拾い集めて全部まとめてゴミ箱にポーイするために存在している。
そんな俺は本日とある港町を訪う。
活気のある港町。ここは漁港で荷揚げされたばかりの異国の品と水揚げされたばかりの魚が並ぶ市場が立っている。
冷やかすような気分で市場を歩く。半裸のマッチョメンどもが威勢よく大声を張って売り出す品は異国の珍しい品物ばかりだ。幾つかの海洋都市国家で成り立つ沿海州は遠洋貿易の聖地だ。というとトライブ七都市同盟の商業の聖地マルガや世界最大の貿易港ルーデット市から文句が入りそうだな。
まぁ辺境における貿易の王者って理解でいいよ。世界的に見れば十指どころか二桁後半は確実のしょぼさだけど田舎にしては頑張っている感じだ。
この海洋都市国家ヴァルキアは人口が20万人という大都市だ。
ヴァルキア太守リカードが統治し、だが貿易都市という事情から商人のちからが強くて町の支配権は三つの商会が牛耳っている。
資金力を盾に自衛する三商会。武力で言うことを利かせたい太守府。アスキード湾にへばりついた三日月状の大都市でこいつらが争っているのさ。
市場を適当に冷やかしてると屋台を発見。うまそうな香りを漂わせる網上ではさざえの壺焼きがぐつぐつと煮えている。……香りを嗅いだ瞬間に俺のカッチョイイ唇からヨダレが垂れた。
港町で売ってる魚介とか食わない手はねーぞ! さっそく屋台に突撃だ!
屋台の店主は30代くらいの海女さんだ。生命力の強度を見る俺の眼では30代に見えるが外見は50代に近い。
海水のせいで肌も髪もボロボロで年齢より老けて見える。紫外線の影響もあるんだろうな。サーファーでも手入れを怠るとこうなるからみんなも海水浴のあとはシャワー浴びろよ! リリウス君との約束だぞ!
屋台の海女さんに声をかけてみる。
「儲かってるかい?」
「今日はさっぱりだねぇ」
海女さんががっくり肩を落とす。営業トークじゃなくてマジで儲かってねえな。
船着き場にはオーグ級に分類される大きな商船が幾つも停泊していて大勢の荷役が貿易品の運び出しをしている。船の近くや倉庫の前では集うほどの商人たちが商談の声を張り上げているってのにさっぱりなのか。
「こんなに賑わってるのに?」
「こすっからい連中ばかりで参るよ。できる商人ほど貯め込むだけ貯め込んで吐き出さないもんさ」
「そいつは違うよ姉さん」
否定すると海女さんが首をひねる。素朴な反応なので俺的に好感度高いぜ。
「優れた商人なら金を使って経済を回す。貯め込むだけの商人は二流だよ」
「そういうものかい?」
「そういうものさ。長く金を儲けたいならまず客を儲けさせて太らせなきゃダメなのさ。例えは悪いけど家畜と一緒だよ」
「はっ、本気で例えが悪いねえ!」
リリウス・マクローエン流会話術その一。まずは笑いを取って印象を良くする。
ドッと笑い出した海女さんが涙目になってる。さす俺。
「それで冒険者のお兄さんはどうなんだい。あんたは商人じゃないんだろうけど吐き出すつもりはあるのかい?」
「なきゃ姉さんに声をかけたりしないよ。獲れたての魚介が食いたくて仕方ないんだ」
「そっか。そりゃ残念だね」
何が残念なんだろう?
コントロールした会話に不可解な部分が残ったがまぁいいか。
「いま焼いてるの全部くれよ。俺も食うんだが兄貴分への土産もあるんでね、他にもあるならじゃんじゃん焼いちゃって」
「そいつはありがたいねえ」
海産物をあるだけ焼いてもらう。情報料代わりだ。
何の変哲もない冒険者を装って漁港に長居するには海女さんとの会話は都合がいい。他の海産物を焼いてもらうアディショナルタイムまで貰えるのは最高だ。
おかげで怪しい連中にマーキングを打ち込む時間が作れた。
海女さんのほっぺにキスをして焼き魚介をお持ち帰り。鍋一杯の魚介を摘まみながら漁港を出る。さざえの貝殻は海に放り捨てるのが港町のマナーだ。……尾行はなし。さす俺。
漁港を出て太守府へと続く丘ののぼり坂をあがっていく。ヴァルキア市では高い場所にある家ほど位の高い商人の持ち家って考えていい。景観と津波の危険度低下。港町においてこれを手に入れられるのは金満商人だけだ。
途中で脇道に入り、隠密歩行に切り替える。尾行はいないが用心はしておく。
ゴーストのように町を通り抜けていく。路上に座り込む浮浪者も野良猫も何者も俺を視認することはできない。
俺は存在を偽る。俺はこの地に吹く風となる。
それ以上にはならない。それ以上になってはいけない。
風が、土が、そこにあるように俺もそこにある。何者かの背後に立ちそっと刃を振り下ろす死神となる。それが俺の学び得た殺しの真髄。……まぁどこかのインテリ君には理解できなかったみてえだがな。
やがてたどり着いたのは市街地にある二階建ての民家。家と家をぎゅうぎゅうに押し込めて細長くなったみたいな市街地の細い裏路地から民家の裏口に回ってノックする。
応えは三分ほどかかった。
無造作にガチャっとドアノブを回して現れたのは亜麻色の髪を逆立てたハンサムメンだ。なんとフルチンで登場だ! パンツくらい穿け! 三分あっただろ!
なんとフルチンで登場したのはルキアーノ・ルーデットなのだ。
「寝起きっすか?」
「似たようなもんだ。入れよ」
「うっす」
室内に入る。けっこう散らかってる。武器やら本やらを適当に積み重ねて適当に廊下の端に押しのけてる感じだ。足の踏み場くらいはある。そんな印象だな。意外に学術系の書籍が多い。
廊下を通ってそのまま地下室へと案内される途中で、二階の階段からシーツをまとっただけの女の子が降りて来た。ボンキュッボンな美人さんだ。見た感じ戦闘系職種ではない。
「ルックン、お友達?」
「おう、妹の彼氏クンだ。けっこう腕のいい冒険者なんだぜ」
「へえ、そうなんだ」
気だるい感じの美人さんはお茶を淹れてくれるらしい。
予定を変更してリビングに通された。彼女がキッチンに行ってる間に質問しとく。
「彼女さんっすか?」
「おう。行きつけの酒場の給仕娘でな、熱烈に口説き続けて昨夜とうとうオーケーを貰ったところだ」
ルキアーノが前歯をキラリ。まだセーフだな。
「で、何人いるんスか?」
「……(すっ)」
顔を寄せてきたルキアーノが指を四本立てる。四股! チャラい!
「相変わらずチャラい生き様っすね」
「おいおいどの口で言えるんだよリリウスよ。お前に比べれば慎ましい方じゃないか」
俺達は笑った。笑い合った。笑い合った末にお互いに暗黙の了解を得た。この話題はお互いに失うものが多く、得るものは何もないからだ。
マジな話ルキアーノの言った彼女が四人ってのはこの町だけの話で余所の町にも大勢いると思ってるけど追及はやめておく。
そこまで考えてさっきの海女さんの「そりゃ残念だ」の意味がわかった。ナンパじゃなくて残念だったわけだ。……最近そういうの控えてたから本気で気づけなかったな。色恋ってやつを自分とは切り離しているせいでそっちには疎くなっている。
やがて彼女さんがお盆を持って戻ってきた。合意を笑いという形で表現する俺らを見て微笑んでいる。
「本当に仲良しなのね」
「こいつとは長い付き合いだからな」
「長くはねーよ、二年か三年だろ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「初めて会ったのってどこだったか?」
「フェスタの監獄だよ」
ルキアが手をポンと叩き合わせてガッテン! 本当にチャラいなこいつは。
「あぁそうだそうだ、ライアと一緒に叔父上を助けに行った時か。なあこれがまた傑作なんだよ。こいつ監獄でキングって呼ばれてたんだぜ」
「監獄のキングってなにそれ。いったい何でそんなふうに呼ばれるようになったの?」
別に大したことはしていない。生意気な囚人どもを蹂躙してやっただけだ。
ルキアに比べたら何もしてない。だってこいつ一万の監獄兵を殴り倒したんだぜ。いや実際戦ったのは500人だったかな? 覚えてねえや。
つかこの話題まずい。S級冒険者ルキアーノ・ルーデットではなくC級冒険者ルックンで活動している時にフェスタの話題はいくない。彼女さんがいるし本題もまずいんだが……
ちらりと視線で伝えてみる。彼女を家に帰せ。
「問題ないぜ。調査だがまぁ事前の資料通りだな。五つある拠点も洗い出してあるからすぐに動けるぞ」
本題に入りやがった。だがルキアが問題ないというのなら問題ないんだろ。
馬鹿じゃS級冒険者にはなれない。すべての能力が一定の水準をクリアしつつ何かしらが尋常ではない領域まで飛び抜けている強者だけに与えられる称号だ。ルキアに限って言えばあらゆる能力が尋常ではない、
内戦中のフェスタで工作活動なんて任されていた男だ。S級冒険者に相応しい慎重さと大胆さがあるんだよ。
「しかし事前の資料通り…か。逆に怪しくないか?」
「おいおい事前に誰が調査をしたかの方を信頼してほしいな。俺の家が調査をし俺が改めて調査をし直した結果だぞ」
「ルキアを疑うわけじゃねえよ。俺の思い込みが相手を大きく見ていたってだけなんだろうな」
「ほう、てっきり我らが一族のちからを過小評価しているのかと思ってしまったがね」
それこそまさかだ。海の覇王ルーデットのちからを過小評価だなんてするわけがない。
2000年の長きにわたって闘争の聖地ウェルゲート海で名を馳せてきた戦士の王の一族だ。ぬるま湯みたいな辺境のアサシンギルドの拠点情報なんて簡単に割り出せるってわけだ。
ニヤニヤしてるルキアがチャラく聞いてくる。
「決行は?」
「町一番の可愛い子ちゃんだ。今夜の内に一人残らず逝かせてやるさ」
「俺も混ぜてくれるのか?」
あっ、例えが悪かったせいで彼女さんがムっとした顔つきになったぜ。
何も知らないと可愛い子に夜這いを仕掛ける話だったもんな。しかもルキアも混ざる感じに聞こえたよな。同時にルキアの発言を完全に理解できた。この女は俺に惚れ切ってるから大丈夫って意味だったんだな。……まぁルキアだし信用していいか。
「ルキアと3Pなんてごめんだね。俺は俺でよろしく殺ってるからそっちも仲良くしとけよ」
「おーけい。だが気をつけろよ、綺麗な花には毒があるもんだ」
「それトゲの間違いだぞ」
「合ってんだよ」
まぁ合ってるけども。今宵の可愛い子ちゃんの紋章は双頭の毒蛇が絡み合う殺人ナイフだ。綺麗な刃には毒がこんもり塗りたくられているって助言なのさ。
ヴァルキアを支配しているのは太守府と三つの大商会だと先に言ったがあれは表向きだ。
この町の本当の支配者はアサシンギルド。殺害の王アルザインを奉ずる死の狂信者どもだ。
◆◆◆◆◆◆
今宵はエリスの赤い月がのぼる。真っ赤に照らし出されたヴァルキアの夜景を見下ろし、詠唱を終えたばかりの秘術を解き放つ。
真っ暗な夜が落ちてきてヴァルキアをとっぷりと暗い闇で包んでしまう。
「怯えろ」
こういう時に決めゼリフを吐かないなんて嘘だ。男なら無意味だとわかっていても言いたくなる。
「闇こそが俺の領域。今宵ヴァルキアは殺害の王の狩場と化す」
この真なる闇を見通すことは何者にも適わない。怯え叫んでも声も通らない。殺人者の夜がパニックムービーさながらの阿鼻叫喚だなんてダサすぎる。死を待つ時は静寂こそが相応しい。
死は祈りのような静けさの中こそが相応しい。燃え立つような憎悪を想いながら熱の引いていく我が身に怯え、悲鳴の代わりに血へどを零しながら殺人者の背中を睨む時間でなくてはならない。
俺は一振りの殺人ナイフを逆手に握り、ヴァルキアの町へと己を解き放つ。
始まりは一つのゲームだった。
老舗18禁ゲーム会社エロゲソフトが一般向けに開発したPS4ゲームがヨドバシのゲーム福袋に入っていたのが始まりで、箱根マラソン見ながらだらだらプレイしていたのをもう随分と昔に感じる。
春のマリア。全年齢向けの超大作RPGの名称であり俺がこれから挑む未来の名前だ。
春のマリア。ジャンルはいわゆる乙女ゲーであり五人のヒーローとラブを育みながら国を救ってキスしてエンドというハリウッドにありがちな安いシナリオだ。
春のマリア。タイトルの時点でお察しだが主人公はマリアちゃんだ。
マリア・アイアンハート。もう名前から強そうな香りがしているね。実際すげー強いわけだが。
各種イベントをきっちりこなして丁寧に育てると前衛から支援まで完璧にこなせる逸材にも関わらず周回特典でレベル上限突破と技能レベル上限解放というチートを使うとさらに無敵! 剣も魔法も最強クラス。ダメージ15000までのダメージ減衰結界を常時発動しながらオートリザレクションで死んでもその場で即復活。超必殺ゲージは戦闘開始と同時に常に満タンで一発放てば戦闘が即終了というもはやマリアちゃん一人でいいのでは?という感想すら出てくるチート主人公だ。
春のマリアのストーリーは大きく三部に分かれている。
第一部は騎士学院での生活だ。勉強したりテストを受けたりアルバイトしたり、たまに学院側から出されるストーリークエストをこなしたりと大忙しだ。魔法を覚えたりレベルを上げたり装備を強化したりと色々できるのでやりこみ要素が多かったね。
ちなみに隠しキャラがいてクリスマスイベントまぁ聖マルコの祝祭というんだがこれに二年連続でとある場所に行ってとある人物と交友を深めると特殊ボス戦に突入。倒すと仲間になってくれたりする。これは周回プレイ向けの特殊イベントでボスがまたクソ強いんだ。
討伐クエストの六大精霊を倒して手に入るコアをあげ続けると仲間になる渋いおっさんキャラとか時期を外すともう仲間にできないキャラとか選択肢によって片方しか仲間にならない規格外の強キャラとかもいてさ、ゲームとして単純に面白かったよ。
第二部は三学年時に起きる対外戦争。南方ELS諸王国同盟との開戦を契機に始まる大戦争だ。帝国騎士団長ガーランド・バートランドの野心が学徒動員という形で発し、文字通りの総力戦で南部の肥沃な大地を獲りに行く。
その裏側にあるのは帝国領の寒冷化が存在し、騎士団は何年も前から計画していた帝国総南下プラン『豊穣の大地』作戦を決行したにすぎない。
戦争を止めることはできない。ELS同盟の攻撃はきっかけにすぎず、帝国は必ず侵攻を始める。それでも止めるなら手段は一つしかない。ガーランド・バートランドを殺すしかない。
第三部は革命。対ドルジア帝国同盟の盟主イル・カサリアの落日と騎士団長ガーランドの死を経て対外戦争は終結。英雄として凱旋したマリアちゃんへと忍び寄る不穏な青い影。
帝国革命義勇軍『青の薔薇』が出自が平民であるマリアちゃんを旗頭にするべく接触しに来るんだ。マリアちゃんは断るけどそんな不穏な始まり方をする第三部のテーマは革命で敵は帝国革命義勇軍だ。
帝国各地で始まる民衆の蜂起。その裏で暗躍するのは内海向こうの敵性国家『沿海州』のアサシンギルドが支援する革命義勇軍。この鎮圧に向かうマリアちゃんの前に立ちはだかるのは彼女と同じ平民。
武力で鎮圧されていく光景を見つめるマリアちゃんは決意する。革命義勇軍は間違っているけど騎士団も間違っている。この連鎖する過ちを正さなきゃいけないって。……この悲劇を操る黒幕が隣にいるのも知らずに。
帝国第二皇子クリストファー。奴こそが革命義勇軍の最高指導者にして帝国に火を点けた張本人。すべては奴の計画の上で起こる人形劇にすぎない。
貴族も皇室も全部壊してさもこれが正しい結末であるかのようにリードして最後の最後に奴は言うのさ。古い体制を打ち崩して今日から共和制にするからハッピーだねってさ。
本当に安いシナリオだぜ。国外で散々殺し合って最後には国内でもドロドロに殺し合って最後の最後に平和を迎えてハッピーエンドだってよ。笑かすんじゃねえよカス野郎って感じだ。
つまり実は黒幕だったけど途中で改心する系ヒーローだと思わせて、実は改心していない系黒幕だ。
ちなみにプレイヤー人気投票では諸悪の根源であるクリストファーは第五位。メインヒーローにも関わらずこの順位である。付いたあだ名はアビリティ欄にある『ボナ取得率30%』だ。……こいつをパーティーに入れるか否かでクリア時間に四時間程度の差が出る超必須キャラではある。
春のマリアは序盤でも金さえ用意できれば強力な武器を店で揃えられるゲームだったから金策が大事なんだよ。儲かるクエストは敵も強いから強力な攻略ヒーローを連れていく必要があるんだよ。そのためにも好感度を上げないといけないんだよ。
一緒に戦うだけでおかねが三割増しで獲得できるクリストファー。
序盤の間は唯一の回復職、前衛としても後衛魔法職としても優秀な殴りプリーストのアーサー・ベイグラント。
庇う持ちの頼れる兄貴分。パーティーから外す理由の存在しない、序盤から終盤まで大活躍の頼れる生徒会長クロード・アレクシス。
あらゆる攻撃に即死効果付き! クッソ強い魔物が相手でも一発逆転が期待できるRTAの神レグルス・ルーリーズ。
こいつらが仲間にしない理由が存在しない頼れるヒーローどもだ。
ヒーローを攻略する=本編攻略が楽になるなんだよ。夢中になって遊んでるといつの間にかイケメンどもに愛着が湧いているんだよ。まったくよくできたゲームだぜ。
ちなみにRTAチャートでは最初の休日の夜にカジノのスロットでジャックポットを引き当てるのが必須。ゲーム起動から5050フレームちょうどにスロットを回すと必ず大当たりが出る乱数を引けるんだがこいつが中々シビアで、春のマリアはリズムゲーとまで言われていた理由だ。ストップウォッチ見つめながら祈るような気持ちでスロットリセマラをしたプレイヤーも多いらしい。
カジノの景品である神器シュテリアーゼはSPD値に2000の加算という必須武器だったな。攻略サイトを見てない頃はポーカーだけでコツコツ交換したもんだ。ステ補正系のアクセも優秀だったしね。俺ってカジノ景品全部揃えるまで攻略中断する方だしね。
RTAではシュテリアーゼ取得後は全力で訓練ボタン連打して日数飛ばして二年になると同時に全力でレグルス君の好感度をあげて裏ダンの瘴気の谷に連れてって超強力なモンスターでレベル上げをするんだよ。超必殺技の『ダークネス・サザンクロス』は即死耐性のないモンスを確殺できちまうんだ。クソ強いいかずちの獅子が三体同時に出るまで粘ってからぶっぱすると経験値が165万も入っちまうんだ。超必殺ゲージ回復アイテムガン積みで谷の入り口をうろうろするだけで30分後にはレベル80台に到達できるからね。
っと話が逸れてるな。
まぁ俺も色々考えたわけだ。より善き未来を創るために必要な物と不要な者の選別を考えてきた。
結論を言えばだ。アサシンギルドは不要だ。ドルジアの春は俺ら神狩りがコントロールする。大ドルジア帝国の国力低下が目的なだけの海外勢力には早めに退場願う。
真なる闇に閉ざされたヴァルキア市内での殺戮が速やかに淡々と続く。
アサシンギルドの息のかかった商店から酒場や倉庫にいる連中の心臓を貫き、奴らの住む自宅にいる奴らも仕留める。一人だって逃がすつもりはない。
たっぷりと薪をくべた暖炉の炎さえも退ける明かり一つ存在できない真なる闇で声もなく叫ぶ人々の命が終わる。予定では474人の予定だがまだ本部を残した時点で超過した。
古い下水道の底だと一般的に思われている領域のさらに下にあるアサシンギルドの本部は地下墓所に似ている。
地下とは思い難い広大な空間。整然と安置された棺の墓所に踏み込んだ瞬間に刺すように強烈な殺意がやってきた。17人。いずれも超級の暗殺者だ。
殺害の王の秘術ダークゾーンは言ってしまえば空気を黒色のペンキで染めたような技だ。ダークゾーンの中では何者も視覚を奪われる。術者である俺でさえも見えない。ただ感じるだけだ。
俺の正面。墓所の奥にある祭壇を背に立つ老人が真正面から俺を見つめ返している。俺でさえも見えぬ闇を見通せるわけがない。ならばこの老人もただ感じているだけなのだろう。俺という敵の存在をだ。
「我らが秘術『闇の結界』を用いる者が何の用か?」
距離が近いせいか声が通ってきた。思ったよりも数段温い声掛けだな。お洒落と馬鹿を履き違えた洋画の悪役が言いそうな冗談か?
声は思ったよりも若く、だが陰気さだけが強烈だ。
「察してくれよ」
「あぁ愚問だったな」
老人の人差し指がチャクラムを回す。風切り音が鳴り響く。フォンフォンと鋭い音だけが大きくなっていく。
戦輪の暗器を使う理由は12メートル強はある天井に張り付いている16人の援護だ。鋭い風切り音と遠距離武器を見せて、頭上からの奇襲を悟らせまいとしている。……そーゆー小細工はもう少し程度の低い連中にしか通じねえんだがな。田舎でイキってる殺し屋ふぜいが大物ぶってもダセえだけだ。
老人が演者めいた大げさな笑みを浮かべる。
「アサシンギルド『始祖の血脈』が首領アルザイン・コンティーロ」
「……アサシンギルドの首領もしくは奥義を極めた高弟はアルザインの名乗りを許されるってか。不愉快だな」
「何だと?」
「俺の技を模倣するだけのくだらない連中が他人様の名前を勝手に使うんじゃねーっつってんだよ」
逆手に握った殺人ナイフで虚空を薙ぐ。充分な手応えだ。殺害の王の刃は必ず背後から心臓を抉る。
神代の時代よりも遥かな昔から恐怖とともに語り継がれてきた殺害の王の権能は世界を構成する魔素にまで浸透し、ある種の物理法則として機能する。
概念斬撃。俺の意のままに必中する確定クリティカル攻撃だ。
天井から16人の死体が落ちてきた。眼前の老人だけを省いたのは大した理由じゃない。気まぐれだ。
「……貴様、今のはいったい何を?」
「アルザイン・ダルニクスンの残した不始末であるお前らは俺が、リリウス・マクローエンが責任をもって片づけてやる。さあ聖句を唱えろ、祈りの中で息絶えるがいい!」
「戯言を抜かすな!」
老人が指からチャクラムを放った。薄く鍛えられた鋼の戦輪が鋭い風切り音を奏でると同時に遠距離斬撃を飛ばして迎撃する。驚く暇さえ与えない。祈りの時間はくれてやったのに無駄にした馬鹿には何の温情も必要ない。
これがお前らが目指した暗殺技能の極致だ。精々目に焼き付けてから死ね!
神歩のごとき神速の疾駆を経て老人の背後まで駆け抜ける。老人の胸には一振りの殺人ナイフを残した。
「馬鹿な、私が…始祖の奥義を修めた私が何もできずに……」
「そこまで自信持てるレベルじゃねーだろ」
技は悪くない。技量だけなら俺よりも上だと感じさせるものがあった。だが老いればあらゆる能力が衰える。薬物による知覚拡大で補うにしたって限度はある。平均パラメータ2800なんて俺の前に立つ資格すら無い。
アサシンギルドの首領が倒れ伏す。墓所で葉巻に火を点ける。紫煙と共に噴き出した浄化の炎でこの死の聖堂を満たしていく。
整然と並ぶ棺には嫌なものを感じる。アンデッドの気配だ。おそらくは歴代のアルザインをアンデッド化して必要な時に使う装置だ。
浄化の炎の中で燃え落ちていく石棺の中身に想うものはない。精々が手向けの言葉だ。
「さあ眠れ、もう迷わなくていいんだ」
真っ白な炎に満たされた死の聖堂を出る。未来へ、未来へと歩み出すために。
◇◇◇◇◇◇
厳冬を乗り越えた帝都フォルノークは春の喜びに包まれている。未だ降雪の日も多く路上には積雪が残っているがふと目を向けた路肩に咲いた可憐な花が春の証だ。なお可憐な花=可愛い女の子という比喩表現ではない。
帝都に開店したリリウス・マクローエン商会帝都支店に入ると夢のように愛らしい美少女が武器コーナーを物色していた。なぜに武器コーナー……
マジックガンナー兵装を熱心に見つめている美少女に声を掛ける。
「お嬢様~~~!」
「あぁ帰ってたんだ」
反応が冷たい!
振り返った我らが悪役令嬢ロザリアお嬢様が何だか微妙な顔つきをしておられる。何じゃろ?
とりあえず沿海州のお土産の干しホタテをお渡しする。
「ナニコレ。どこ行ってたの?」
「海っす」
へへっ、アサシンギルドぶっ潰して来ましたとは言えないぜ。
なお興味なさそうに「ふーん」で流されたぜ。
「これもう少し安くならない? どう考えても手が出ないのよねー」
「どれっすか?」
「これ」
お嬢様がショーケースに入った最高級聖銀製リニアレールガンを指さす。価格は弾倉10セットと整備キット付きで4420テンペル金貨だ。ちなみに原価は金貨80枚。俺が魔導錬成で作った品だから大半は技術料だと思ってほしい。
「これはサン・イルスローゼの黄金騎士団でも正式採用される予定の次世代モデルですんで値下げはちょっと。提携先との兼ね合いがあって……」
なお次世代とは言ったが旧世代は存在しない。商売なんて適当に次世代って言ってプレミア感だしときゃ売れるんだよ(暴論)。
「ちなみにご予算は?」
「お父様に言ってお小遣いの前借りをしても800が限界ね」
「う~~~ん」
俺は悩んだ。悩むふりをした。恩に着せるためにだ。
「わかりました、他ならぬお嬢様の頼みですので800でお売りします」
「ほんと!?」
超お喜びになられたお嬢様が満面の笑顔になる。顔面を司る神かよ!
代金は後で使用人を寄こすという話になりブツはこの場でお持ち帰り。俺の笑顔がプリントされた木箱を店長のフェイに用意させる。
なおこの商談を店の奥で見ていたフェイとレテがこそこそしゃべってる。
「なあ、あれって原価安かったろ?」
「しー! リリウスってほんと商売うまいよね。あれ完全に詐欺師だよ」
ええい黙れ! 高度な技術力には相応の対価があるべきなんだよ。
利益率とかどうでもいいんだよ。要はその値段でも欲しがる人がいるほど魅力的な商品であるかどうかが問題なんだよ。抱き枕とかアクリルキーホルダーの原価を知ってても買う奴はいてそいつが満足しているならいいんだよ。
ぼったくった分お嬢様には手取り足取り使い方をレクチャーせねば。商売人の当然の使命として!
「あれは何かよからぬことを考えている顔だぞ」
「きっとエッチなことだよ」
「おいそこの店長と店員、仕事しろ」
「つっても他に客もいねーし」
LM商会フォルノーク支店は大変な経営難だ。客が来ない。全然来ない。来るのはショバ代欲しさにやってくるマフィアの下っ端だけだ。面倒だからフェイと一緒に拠点を燃やしてきたわ。
その時にエルフの店員の方なら簡単にさらえそうだと勘違いした馬鹿どもがレテを誘拐しようとしたが結末は最低だったな。A級冒険者上位クラスのレテを狙うなんざ町の中でぬくぬくしてるマフィアにできるわけがねーんだ。死体が増えただけだ。
マフィアなんて所詮腕自慢のゴロツキの進化先だ。冒険者じゃ生活できなかった半端者を吸収しただけのしょうもない連中だ。竜と魔神の領域で戦う俺らの敵じゃねえんだ。
この後デブが「ねえこの品物なんだけど」とか言いながら近寄ってきたので用件を聞く前にケツを蹴り上げておいたわ。
「お前は定価で買え」
「ひどいよリリウスくん~~~!」
店内にデブの悲鳴が轟くのもいつもの光景なのさ。
俺は戦う。この愛すべき日々を守るために戦い続ける。すべては最高のハッピーエンドにたどり着くために。