誘導された方針
「こちらの現物は偶然手に入れたものです」
正確にはバアルに無理言ってもらったも物だ。さすがのバアルも撤退に必要と言えば隠すことはなかった。
(なんで持っているか、いくつ残っているかは言わなかったんだよね……まぁそれを教えられれば協力することはなかったのだけど)
当然ながら私にも思惑があって協力をしている。その思惑が代われば裏切るのもまた必然的だ。
「経緯を説明をしてもらいたい」
「はい、と言っても簡単です、今朝、少々確かめたいことがあり陣を離れていたのですが、その際にこちらを監視している獣人と遭遇。その時にいたリンと共に獣人を倒しました。そしてその獣人が持っていたのがこの結晶だったわけです」
「待て、それではこれが封魔結界の元かどうかわからないではないか」
「いえ、わかりますよ、なにせ目の前で使われましたから。これは余った物なのです」
完全に作り話だが、そういうとひとまずは納得してくれた。
「幸い現物を確保できています。これをマナレイ学院に送り、対抗策を立ててから再び攻め込むのがいいと提言いたします」
最後にそう言い切り。頭を下げる。
「………………」
「総司令!まさか我らが兵士が築いたここまでの進行をなかったことにするおつもりですか」
(この肉ダルマ)
余計なところで邪魔をしてくる。
本人は完全に私情だろうが、言っていることは何も間違っていることではない。
なにせここで退いてしまえば今までの兵士の死が無駄になってしまうのだから。
「それに総司令官殿!彼らのフィルク聖法国の聖騎士団の力を借りれば!!」
(あ、この肉ダルマ)
思わず額に手を当てる。
「確かにその魔法を封じる術は我々には脅威ですが接近戦と驚異的な戦線維持能力がある彼らの力があれば、我々が後方で魔法にて援護をすれば」
「クラーダ殿!!」
止まらないクラーダの主張をレシュゲルは止める。
(本当、なんであんなのが師団長なんて立場にいるのやら)
なにせクラーダの言葉を言い換えるとフィルクに耐えてもらい、クメニギスはその後ろから援護するだけという形になってしまう。捉え方が悪かったら盾として使われるようにも感じてしまうだろう。
「総司令官!我々はまだ!!」
「口を開くなクラーダ師団長」
「!?ですが」
「もう一度言うぞ、黙れ」
「くっ」
総司令の強い物言いで、クラーダはようやく口を閉ざす。
なにせクラーダの物言いは完全に上から目線だった。下手な発言でフィルクの機嫌を損ねてしまえば、さらに劣勢になってしまう。
「失礼した聖騎士団長殿」
「いえ、こちらの力を過分にご評価しているご様子で光栄です」
「部下が発した言葉の手前、直接聞きたい、聖騎士団は先ほどのクラーダの案はどうお考えか?」
総司令官がクラーダの失言をうまく活用し問いかける。
聖騎士団長はあごひげをさすり、考え込む。
「多少は効果があるでしょうが、それだけでしょう。結局は劣勢に持ち込まれてしまいます」
「それは何故?」
「まず確かに我々は貴軍のように魔法を主力にはしていない。それは接近戦に強いというわけではないのです」
そこから聖騎士団長は詳しく説明していく。
確かに聖騎士はクメニギスの兵士よりも接近戦に強い、だが獣人とは接近戦のベクトルが違うのだ。
「我々の長所は神聖魔法による継戦能力です。我が国の機密に当たるので多くは語れませんが神聖魔法は攻撃はありません。ですがその分防御や回復に長けています」
「ならば!我が軍が攻撃を担えば!!」
「クラーダ」
「っ申し訳ありません」
クラーダは総司令官の声で頭を下げる。その表情には不満がありありと浮かび上がっていた。
「続けます。先の戦いで自己に掛ける強化魔法と回復魔法は使用できました、ですがその反面他者への魔法が一切使えないことも判明しております」
それはつまり
「仮に聖騎士が獣人により意識不明の事態に陥らされればそれだけで命を失ったも同義なのです」
クメニギスの魔法の強みと同様、フィルクの強みも神聖魔法による補助と回復。だが封魔結界のせいでクメニギスよりはましだが、結局はその利点が生かせずいずれは劣勢になるとのこと。
(まぁそうだよね)
結局のところ封魔結界のせいでフィルクも少なかれ弱体化を受けているということだ。
「レシュゲルどう考える?」
「恐れながら、今回はロザミア殿に賛同いたします」
レシュゲルが私の案に乗ってくれた。
「まず根拠としてはロザミア殿が言った、封魔結界の解析、これは言ってしまえば我が国の脅威になる可能性が十分にあります」
なにせこれの製造方法などが蛮国以外に流れてしまえば、我が国の魔法という主力が無力化される恐れがあるからだ。
「ほかにも『獣化解除』の通用しない事例。こちらに関しては専門外でよくわかりませんが、相手の弱体化が効かなくなった場合我が軍は再び苦戦を強いられてもおかしくありません」
「だが、その例外はまだ数体だろう!」
「現状をよく鑑みてください。はっきりと言いますが、今、この地形にいること自体が劣勢なのです」
「どういうことだ?」
「まず獣人はどこからか封魔結界という物を手に入れ使い始めました。それにより我が軍は打撃を受けました、ですがここで注目してもらいたいのが、『獣化解除』の魔法杖の半分以上が壊された点です」
魔法杖は前線に40本配置していた。これはあえて予備を作るために40本しか使わなかったという見方もできるが、実際はそうではない、純粋に前線に配置すればいい数が40本だったに他ならない。
だが逆を言えば40本を下回ってしまえば、前線全てをカバーすることはできなくなる。
「仮に様々な策を講じ、封魔結界をどうにかできたとしても魔法杖の総数が少ないことから確実にほころびが出てきます。さらには相手がどれほどの数を所持しているかわからに以上ここが危険であるはずです」
「だが撤退しても状況は変わらないはずだろう!?」
「そうでもありませぬ、クラーダ殿、この山脈内での軍では純粋にぶつかり合う手前、一定以上の数の利がありません。ですがルンベルト駐屯地まで撤退すれば山脈に挟まれることなどなく、十分に数の利を生かせます。さらには封魔結界が設置する必要と制限時間という観点から軍が動き回りやすい十分な広さも存在します」
レシュゲルの言う通りだ。
この山脈間のルートでは双方とも一定以上の数が存在していれば、そこに利は生まれない。さらには封魔結界の性質上、狭い戦場でこそ効果を発揮する代物と言ってもいい。
「なので一度、情報と物を持ってルンベルト駐屯地まで後退、その後有効手段を見つけ出してから再度侵攻するのがよいかと」
「だがな!!」
「くどいですぞクラーダ殿、今こうしている合間にも獣人が襲い掛かってきてもおかしくない状況なのです!!」
レシュゲルがそういうと、クラーダははっとしたのか何も言わなくなった。
「ロザミアといったな」
「はい、総司令官」
「マナレイ学院が有効な手段を見つけるまでどれほどかかると踏む?」
総司令官の言葉を聞き、ロザミアが考える。
「魔法杖の事でしたら現在も誠意生産中とのことで、少ししたらある程度は完了します。ですが例外をもとなると少々時間をいただくことになります。また封魔結界の方はおそらくですが年内には成果は出ないでしょう」
「……………そうか」
総司令官がそう尋ねてきたということは方針がほぼ決まったようなものだ。
「ロザミア殿の進言を受けてルンベルト地方までの撤退する!!!」
総司令官の言葉にこの場にいる全員が軍の敬礼で答える。




