他ルートの現状
ロザミアの眼が見開く。
「………そんな夢物語の果実がこの世に存在しているとでも?」
「いや、今持っているぞ」
「どこにあるっていうのかしら?」
ロザミアが疑った目をしているので『亜空庫』から余り物の神樹の実を取り出す。
「ちなみにこれが現物だな」
「………『紋様収納』」
ロザミアがそうつぶやくとロザミアの頭の上に黒色のハットウィッチ、いわゆる魔女帽子が現れる。
「………どうやら本当のようね」
どうやら見ただけでわかるようだ。
「で、どうする?」
「はぁ~確かに私からしたら喉から手が出るほど欲しいわね」
そういい、悩まし気な表情をするが。
「けどそれだけじゃ足りない、この国の利益と天秤にかけるならもう少し欲しいところね」
「……具体的には?」
するとロザミアは面白いことを考えている表情になる。
「君が何を得るために獣人側に付いているかを教えて」
「聞いてどうする?」
安易に飛翔石の情報は流せない。俺の予想だが、これの孕んでいる価値はどこまでも高くなるはずだ。
「なにも、私はただ知りたいだけさ」
しばらくロザミアの眼を見つめ合い、思考をめぐらし結論を出す。
「……無理だ」
もしここで飛翔石の情報を流せば、ロザミアは価値に感づくかもしれない、そうすればまた戦争が始まる可能性が十分にある。
「ふぅ~ん…………じゃあほかの提案。バアルにエルフの知己はいるよね?」
「ああ」
「じゃあ私の研究室に来てくれるエルフを一人紹介して」
「っ」
(痛いところを突きやがって)
俺はギリギリで飲める条件を提示された。
これがエルフの奴隷をよこせという物だったらすぐさま突っぱねることができる。だが紹介という形だったら面会させるだけで済む。
「条件を加える、俺は紹介するだけ、それ以上の引き込みにはかかわらない」
「おっけ~」
「それに加えて、エルフと合わせる場所はゼブルス領内でのみ」
「ん~、それは引き込みが無事に終われば問題ないんだよね?」
「ああ」
俺が出した条件は二つ、エルフとの場を整えるのはゼブルス領内、そして俺はエルフとの顔合わせをするだけで何も補助をしないこと。
「うん、問題ないよ」
「…………いいのか?」
なにせこの条件なら俺の方が圧倒的に有利だ。なにせエルフにクメニギスの危険を教えこめば研究室に移行などつゆほども思わないだろう。
「本当にこの条件で問題ないんだな?」
「もちろんさ、それにこの戦争は正直私にとってはどうでもいいからね、それにマナレイ学院生としても今回の話は渡りに船さ」
「どういうことだ?」
「それはね―――」
ロザミアは楽しそうに教えてくれた。
獣人との衝突の次の日の昼、中央ルートに立てられた仮設駐屯地内で、一つの天幕の中に入っていく人物がいた。
「ようこそいらっしゃいました!!レシュゲル・エル・サラスファス魔法師団長殿!!」
「お待たせしました」
レシュゲルは軽く礼をするとそのまま天幕内にあるテーブルの目の前まで進む。
天幕内に内にはレシュゲルのほかに位の高そうな武官が立ち並んでいた。
そのうち最もテーブルに近く供回りを連れているのは四名。
まず今回のクメニギス軍の総司令官である第四師団長。そして副司令官として第五師団長と第六師団長。最後にフィルク聖法国からやってきている聖騎士団長。
「レシュゲル、貴殿はルンベルト駐屯地を担当していたと思うのだが?」
総司令官が不思議と尋ねてくる。
「その通りなのですが、なにやら状況が状況なので自身の眼で確かめに来ました」
そういうと総司令官が目配せし、一人が中央ルートの現状を詳しく報告し始める。
「先日、蛮国に進行中にて獣人との武力衝突がありました。そしてその際に件の魔法杖を使用し、難なく撃破できると我々は予想していましたが」
ここまでの報告がなされると天幕にいる全員が嫌な顔をする。
「獣人は奇怪な物を使い魔法杖を封じただけではなく、我々の魔法すらも封じてしまいました。のちにフィルク聖法国の聖騎士団が援護に入り、ひとまずは進行を阻止、さらには時間制限があったようで、ある程度すると魔法の使用が可能になり、同時に獣人は撤退、これが先日の顛末となります」
報告した人物の声はお世辞にも元気とは言えず、明らかに重苦しいものだった。
「被害は?」
レシュゲルはその報告に顔をしかめるまでもなく次を促す。
「クメニギスの最前線に待機していた第四師団、および第五師団は死傷者計9000、その背後にいた第六師団、第七師団の死傷者計4000人余り、そして救援に入ってもらったフィルク聖法国聖騎士団は死傷者計1000人となっております」
この報告を聞いてこの場が重苦しくなる。
「ふむ、一つ聞くが、例の杖はどうなっている?」
「……最前線に配置していた40本のうち32本が破壊されました」
またしても空気が重くなる。
「なるほど、ほかに報告はあるか?」
「いえ、特にこれといったものはございません」
「では下がれ」
「は!!」
報告した兵士は敬礼し下がる。
「さて、ではレシュゲル師団長も集まってことなのでこれからの方針を決めたいと思う」
この軍の総司令官である第四師団団長がそういうとこの場の空気が張り詰める。
「まずレシュゲル殿、ほかのルートの現状を教えてもらいたい」
「了解した」
立ち上がりテーブルの前に来ると指を指しながら現状を報告する。
「まず西のルートですが、着実に進んでおります」
「着実に、か?」
「はい」
第四魔法師団長は言葉の裏を正確に引き込む。
言い方はあれだが、期間中に一歩でも進めているのなら着実にと表現できてしまう。
第四師団長ならどれほどのペースで進んでいるのかを理解しているのだろう。
「ほう!それは吉報吉報!」
そういって喜んでいるのは第六師団長。
(はぁ~なんでこんなのが師団長の席にいるのやら)
第六師団長はろくな能力もなく、ただ家の力だけで成りあがった七光りであった。それゆえに純粋に実力で昇進してきた者たちからは目の敵にされている。
「東のルートはどうなっているのかな?」
次に声をかけてきたのは第五師団長。
「こちらに関しましては馬などが使えないことから最新の報告は遅れております」
「直近の報告で構わない」
「わかりました、東のルートに関しましては、少々侵攻速度が落ちているのが現状です」
「なぜ?」
「実は数日前の報告で判明したのですが、侵攻ルートにて砂漠の地形が想定よりも膨大であることが判明しました」
東側のルートは最初に地域的に細い砂漠地帯だったのだが、中盤にかけて徐々に地形が広がったことにより安全を確保するのが難しくなったことによる、遅延だった。
「狭い範囲では魔物の幅も少ないが、広い地域だと数も種類も跳ね上げるからな」
「その通りです」
先日まで見たことがない魔物が今日には現れることも多々ある。さらに、砂漠という特殊なフィールドに生息する魔物はその地形を強みにする部分が多くある、それから部隊の安全を確保するなら少しずつ進むことが強要されてしまう。
「ふむ、ではそれを踏まえてレシュゲル、貴殿は今後、この軍はどう動くべきだと予想する?」
「っそれは」
いつもは尊敬できる同僚なのだが、今回だけは嫌な役回りを回された。
「どうした、レシュゲル、まさか撤退するべきとでもいうつもりではないだろうな?」
(よく言いますね)
獣人が不思議な物を使い、こちらの魔法を封じ始めた。もちろんこれだけならこちらは圧倒的な不利に追い込まれる、なにせクメニギス軍の主力は魔法だ。それが封じられたらどれほど劣勢か。
それに加えて獣人側は『獣化解除』さえなえれば、こちらが魔法有でも十分互角に戦えてしまう。
「…………」
「どうした?黙ってないで貴殿の予想を教えてくれ」
本当にこの時はこいつを嫌いになりそうだ。
「それは」
『それは撤退一択だよ』
私の声に被せるように響く声があった。




