垂涎の品物
翌朝、ミシェル山脈の中腹にて。
「さて、バアル、話ってなんだろうね?」
整地されたように平らな岩の上で、俺はロザミアと対面している。
「当然この戦争の事だ」
ロザミアから目を背けて、クメニギスの軍を一望する。
そこは数日前とは違い厳重に警戒態勢を引いている。なにせ昨日の内で二万近くの犠牲者が出ている、警戒しないほうが無理って話だろう。
「朝っぱらからリンに連れてこられたと思ったら、やっぱりそれかい」
手順としては今朝にリンがロザミアを外に連れ出し、あらかじめ指示したこの場所に来てもらった。当然それなりに怪しむ目も合ったが、軍とは指揮系統が違うので完全に止めることはできない。
「リン、殺気を飛ばすのはやめろ」
「!?ですが!」
傍らにはリン、そしてティタとエナがいる。
「リンの心情も察することはできる。だが、今はそれを抑えろ」
「っ、はい」
リンは悔しそうに唇を噛む。
なにせこうなった原因、俺を攫った張本人がこの場にいるのだ、最初にエナを見た瞬間に切りかかりそうになって大変だった。
「バアル様は、なぜ誘拐犯である彼らの言うことを聞くのですか?」
「あ、それはな」
俺がティタの毒で命を握られていることを伝える。
「!?でしたら私の腕輪で!」
「試したけど無理だった」
既に試し終わっている。ティタの毒は【浄化】では解毒できない。
「なっ?でしたら!」
「リン」
「っ!?」
暴走しそうなリンを止める。
そんな最中、リンの殺気を浴びているエナが前に出る。
「バアル、翻訳してくれ」
そういうと言葉を出し始める。
「まずこいつを攫ったことで謝ることなどない」
「っ、お前は!」
(……翻訳した俺が言うのもなんだが今更言うことなのか?)
エナとは現在協力状態、わだかまりがないとはいえ、ひとまず表面上は友好を保っている。
「だが、オレらは貰った恩も成した怨みも忘れることはない」
「何が言いたい!!」
「恩義には恩義で返し、仇を与えてしまったら仇を返されても何も言わない」
そういうとエナはさらにリンに近づく。そこはリンの刀が届く距離だった。
「バアルを攫ったことで、オレを斬りたいというのなら斬れ。お前にはその権利がある。もちろんただでやられるつもりもないので抵抗はさせてもらうが、オレの死に遺恨は残さないと誓おう」
「くっ」
リンの視線が俺とエナの間を何度も行き来する。
「だが、覚えておいてほしい、オレたちはバアルにしてもらったことは忘れない。バアルが攫ってきた罪を償えというなら償う覚悟があることを言っておく」
「っ…………ふぅ~~」
リンは何とか怒りを飲み込み、言葉を紡ぐ。
「罪を償う、その言葉を信じてもいいんですね」
「ああ、罪を償えと言われてオレが逃げたのならその時は自由にしてくれ」
こうして俺は無意味なハラハラ感を味わう。
「お~い、そっちでいろいろと丸く収まったのはいいけど、私を呼び出した意味を教えてくれよ」
「ああ、そうだな、ロザミア、お前はこの戦争を終結させるのを手伝ってくれないか?」
「それは獣人の勝利で?」
「肯定、したら?」
「当然断るよ」
「へぇ、断るのか」
現状、ロザミアの味方はいない。仮に戦うとたら敗北は必至だと思うが。
「もちろん、勝つことはできないけど逃げることは容易だろうからね」
「できるとでも?」
「逆にできないと思うかい?」
俺は肩をすくめて答える。
なにせここはクメニギスの軍の脇にある岩場。派手な戦闘音を立てればすぐさま兵士が飛んでくるだろう。
だが
「音を立てる前にお前を拘束することもできなくないと思うが」
「そうだね、けどそれは私がやすやすと捕まるほど弱いと考えた場合でしょ。君も“アルカナ”ならよく理解しているんじゃないかな?」
俺が最初に会った時から感じているロザミアの気配、それはアルムやフィアナと同種の物。つまりは彼女もアルカナシリーズを所持していることになる。
(アルムは知らないが“バベル”も“ユダ”も魔具としては破格の性能を誇っていた。戦畑の出ではないロザミアとはいえ、それなりの武力を持っていると考えられる。さらにはフィアナとは違い俺がアルカナと契約していることを感じ取っている点からあちらも契約者だろうな)
一対一で戦えば勝てるかもしれないが、時間を稼ぎ、騒音や目印を出すことぐらいは容易だろう。
「それで本当にこんなことを聞くためにわざわざ呼び出したの?」
「そうだな。さっき言ったのは仮定の話だ、別段ロザミアに国を裏切れって言っているわけではない」
あくまで獣人側が勝利でというのは、もし、の話だ。
「じゃあ何?どうやって?バアルがクメニギスを勝利に導いてくれるの?」
「それを意図するならとっくにやっている」
出なければ数少ない封魔結晶など提供するはずがない。
「じゃあどうするの?」
「簡単さ、停戦状態に持ち込む」
停戦、つまりはお互いが戦争などの武力衝突の一時停止をするということ。
「できると思う?」
「それを確かめるためにロザミア、お前に来てもらった」
こういったことに関しては国の内情を知っている必要がある。そういった点では学院関係ということでどこの派閥にも属していないロザミアが最適だった。
「協力すると思う?」
「もちろん見返りは用意するさ」
「へぇ、何をくれるというのかしら?」
俺が切れる手札の中で最もロザミアが食いつきそうな物は
「最大魔力量を伸ばす不思議な果実、なんてのはどうだ?」




