本日のリザルト
「いや、これは言葉も出ないね」
「―――」
目の前の光景を見たら誰もが同意するだろう。
なにせ最前線の部隊はほぼ壊滅、生き残りなんて数えられるほどしかいない。
そして兵士たちが流した血で大地が紅く染まり、そこかしこに掛けた刃や穂先、粉々になった鎧の欠片が転がっている。
「私たちは運がいいね、配置されていたのが中衛ならあれに巻き込まれていたよ」
その言葉に後ろにいる兵士たちが首を縦に振る。助けに来ただけなのに殺されるなんて滑稽すぎる。
「それで大体の損害は?」
「はい、前衛の状態からして我が軍の方は約一万の死傷者が出たかと。そして―――」
副長は報告しずらそうにしている。
「相手は損害軽微、下手したら死者は数えられるかもね」
「………」
副長の無言が肯定を示している。
「でも、まさかあんな手段でやるとはね」
「魔法を封じる結界ですか………まさかあんなものを隠し持っていたなんて」
あれが今後も使われるならクメニギスは危機的状態だ。なにせ『獣化解除』だけではなく補助系、回復系の魔法も攻撃魔法も自身以外には発動することができないのだから。
「でも、おそらく同じような攻撃はしてこないだろうね」
「そうなのですか?」
「ああ」
私の予想だが、魔法を封じる術はバアルが持ち込んだものだと推測できる。なにせそんなものがあれば獣人はとっくに使っているはずなのだ。
「ですが、彼は攫われた時は身一つでは?」
「服も含まれているが、まぁそうだね」
バアルが獣人の勢力内で見つけたか、作り上げたかの可能性もあるが、どちらかだとしたらあのタイミングで引き上げる意味がまずない。なにせこちらはその存在を初めて知った、そのまま攻め続ければ下手すれば今日だけで軍が全滅させられる可能性すらあったのだから。
「でもこちらも今まで通りってわけにはいかなくなったね」
前衛に配置した魔法杖を逃すとは考えにくい、ひたすらに破壊されているはず。
当然数が少なければ前線全てをカバーすることなどできない。ならば根本から戦略を見直さなくてはいけない。
それにもう一つ。
「前衛は確かに魔法が使えなかったけど、中衛から出たフィルクの聖騎士団はそうじゃなかった」
つまりはあの場所では魔法が使えたということだ、当然『獣化解除』も使えたはずだ。
だが
「これはクレームが殺到するね」
本来は使えなくなるはずなのにつけてしまっている。この矛盾から、すべての獣人に使えるわけではないと判明した。
「それでロザミア殿、この後はどうなるでしょうか?」
「そうだね、とりあえずは負傷者の手当て、フィルクと話し合い、戦術の見直しやり直すことは多々あるさ」
当分は動きを止めることになるだろう。
「なにやら雲行きが怪しくなってまいりましたな」
副長が言っているのは当然ながら戦争の事だ。
だが
「私はそうは思わないよ、案外早く片が付きそうだ」
ただの直感だが、何となく当たっていると思う。
アシラが退き終わるとバロン達も問題なく撤退することができた。
獣人側は封魔結晶の数が限られていることにより、計画した攻勢しか取れず、クメニギス側は今回の戦いにおける現状確認のために昨日の地点まで後退することとなっている。そのため、双方がぶつかることを望まないことにより今日の激闘は幕を下ろした。
その日の夜、いつも通りミシェル山脈の山頂に登り、リンとの通話を行う。
『損害は甚大、クメニギス国は死者11000人、重傷者2000人、フィルク聖法国は死者1000人と報告を受けています』
「うんうん、上々」
まさかここまでの損害を出せるとは思わなかった。
「それより、いまはどこまでコールラインを伸ばした?」
『クメニギスの西部までは使えるとのことです。それと残念ながらグロウス王国へはクメルスにでも行かない限り無理だとも報告されています』
仕方ないと言えば仕方ない、地理の関係上、クメニギスの東部は魔道具の輸出が頻繁に行われているので問題ないが、西部となると少々遠すぎる。
「開通させるのは無理か?」
『いえ、無理という話ではなく、現時点ではという意味合いです』
時間を掛ければ無事にここでも通信が可能となるとのこと。
『残念ながら期間については未定とのことです』
「だろうな」
グロウス王国の全域で通信機が使えるのはほとんどの村に魔道具を満遍なく設置しているからに他ならない。
局所的に最低限の数で設置するとなると魔道具の通信可能範囲を正確に把握して線を描くように置いていかなければいけない。
裏の騎士団だとしても正確な計測などができるはずもなく、最短ルートで魔道具を配置することになる。だがそれだけなのだ、一か所でも通信可能範囲から外れてしまえば意味が無くなってしまう。
『ルナの話だと最短でも一か月は欲しいとのことです』
「それも最短で見積もってもだろう?」
当たり前と言えば当たり前だ。
『しかし、これからどうするつもりですか?』
「どうする、ね。それは戦争の事か?それとも戦争が終わった後の事か?」
『両方です。バアル様は留学に来た身なのですよ?本来は戦争に参加するはずのない人間なのですよ?』
「わかっているさ、それにうまくいけばあと数日で戦争は止まるぞ」
『………へ?』
通話機から間抜けな声が聞こえてくる。




