検証実験
「あ~~やっぱり使う羽目になったか」
山頂から軍陣を見下ろしていると一つの近くの場所で紫の煙幕が上がっている。
「あれを使ったってことは助けに行った方がいいのでは?」
「いや、陣の中だ、この数じゃ全く足りない。それにな」
陣の外に近づくにように紫色の煙が広がっていく。
(風の流れ、じゃないな。人為的に生み出された風だな)
獣人に協力するように振るわれた風の力。となれば該当するのは一人となる。
「助かる、リン」
「「「?」」」
獣人が言葉に反応して首をかしげる。
「………おっ、出てきたぞ」
獣人が陣の外に飛び出る。
「お前ら、同胞が出て来たぞ、援護に言ってやれ」
「「「おう!」」」
周囲にいる数人が断崖絶壁を駆け降りていく。
(やっぱり便利だな)
ほぼ垂直の崖を上り下りできる。それはここにいる者たちが山羊の特徴を模倣しているからだ。
山羊は蹄の形状がやや特殊でほんの少しの取っ掛かりさえあればすいすいと崖を登っていけてしまう。
(仮に攻城戦となれば橋を架ける必要なんて一切なくなるな)
扉を開ける必要も梯子を掛ける必要すらない。ただただ道のように壁を登れてしまう。
(よし、無事に逃げ切れたな)
何度か魔法などで追撃があったものの、【獣化】した状態のため軽傷で済んだ。
後は味方と合流すると、また目の前にある崖を登ってくる。
「はぁはぁはぁ、指示通り取ってきましたよ」
「ご苦労」
いろいろな魔石をはめ込んでいる杖を受け取る。
「よし、目標は回収した撤収するぞ」
「「「「はい!!」」」」
羊の背に乗せてもらい、山頂を伝ってレオン達の元に戻る。
翌日の早朝、エナとティタを呼び集めて現状を聞く。
「それで人族の軍は?」
「連中は全く進んでないぜ」
斥候に出ていた者の話ではハリネズミみたい警戒して動いてないとのこと。
(まぁ昨日獣人が忍び込んだとなればな)
なにせ動物に化けられると分かれば警戒を強めるしかない。
「それで罠の方は?」
「………そっちも無事に済ませた。すべての罠に毒が仕込んである。それも皮膚に触れただけで実害があるやつをな」
そこまで手の込んだものは作れなかったが簡易的な物に毒を使っており厄介な物が仕上がったとのこと。
二人の報告で時間が稼げているとも報告を受ける。
「それで?そっちの方はどうなんだ?無理言って人員を割いたんだ。成果がないなんて言ったらどうなるかわかってんだろうな?」
「わかっているさ」
今度はこっちが戦果を取り出す。
「……説明しろ」
「わかっているよ。これは魔法杖と言ってな、魔力を籠めるだけで魔法が使えるようになる代物だ。そして今回これに仕込まれているのが」
魔力を籠めると周囲に『獣化解除』が発動する。
するとエナとティタの体が最低限の獣の証を残してほかの特徴が消え去っていった。
「ぐぅ、痛ってえな」
「あ、やっぱり無理やりだから痛みがあるのか」
それは初耳だ。
「でもわかったぜ、それがヒュールが追い込まれた原因なんだな?」
そう、これを使われれば獣人側は大ダメージを受けることになる。
「ああ、それといろいろと検証したいから手伝ってくれよ」
「わかっているさ」
それから人族の軍に注意しながら、幾人もの獣人の協力の元『獣化解除』について計測していった。
それから二日間、双方大した動きはなくただひたすら時間が過ぎていた。
「さて、集まったな?」
両軍動かない二日目の昼。主要メンバーを集めている。
「おう、久しぶりだなバアル」
「アシラ」
「済まねぇな、それなりに急いだんだがやっぱり時間が掛かった」
そういって謝罪してくれるが、間に合ったので何も問題ない。
この場に新しくいるのはムールとルウを除いた魔蟲での主要メンバーにバロン、テト、テンゴ、マシラの四人だ。
「それでどれくらい集まった?」
「まず残っていた連中が約1000」
「俺が連れてきたのが2000」
「そんで遅れてやってきた俺たちは大体5000」
「それと長の連中が出してくれたのが大まかに1000だな」
ヒュールが最初の勢力を答え、次にレオンが連れてきた戦力、遅れてアシラが連れてきた魔蟲に使っていた戦力、最後にバロンが各氏族が予備に用意していた戦力を報告してくれる。
「総計9000か、まぁ地形を利用すれ勝機はあるか」
真正面からの潰しあいなら不利だが、あの限られた場所での戦いなら数の差よりも戦い方で十分ふりを覆せる………のだが。
(こいつらがゲリラ戦なんて飲むはずがない…………よな)
進行ルートが限られているのならゲリラ戦がよく効くのだが、こいつらが潜伏や奇襲を好むとは思えない。
「それでバアル、おれ達を集めた理由はなんだ?」
「ああ、それはこれの事さ」
杖を取り出し見せる。
「まずは魔法杖は――」
「あ~詳しい説明はいい、簡潔に教えてくれ」
「………じゃあ早速『獣化解除』」
この事態を予想していたのかエナとティタだけは事前に【獣化】を解除している。
それ以外といえば
「「「「「「「ッグゥ!?」」」」」」」
痛みを答える鈍い声と共に体が人間に近づいていく。
「このように獣人の【獣化】を解除………して…………」
実例を踏まえて説明しようとするとバロン、テト、テンゴ、マシラの【獣化】は解けていない。
「「どうした?」」
バロンとテンゴの不思議そうな声を受けて説明を続ける。
「ああ、すまないそれでな見ての通りこれは獣人の【獣化】を強制的に解除する…………はずなんだが、なぜだか例外はいるが」
四人の事が意外過ぎてかなり頭がこんがらがる。
「ふむ、それは確かに脅威だな」
「だな、おれ達も少し体が重い」
「軟弱だね」
「そうだよ、ま、あたしらほどになればこんなものどうともなるがね」
四人に話を聞いて理屈を聞き出したい。
なにせ今まで協力してもらった人たちはことごとく解除されていた。なのでこれは想定外と言わざるを得ない。
「まず距離については大体半径50メートル」
「単位なんか知らん」
「………大体あの辺りだ」
指で大体どのあたりかを指し示す。
「「「「「「ほぉ~~~」」」」」」
「………で、範囲内に入ると強制的に解除され、発動することができなくなる」
「っそうか、だから」
ヒュールがこの事実を知って悔しそうにこぶしを握り締める。
「効果としては以上なんだが………バロン達はなんで【獣化】が解けていない?」
「ん?ん~~~なんでだ?」
「いや、知らん」
バロンはわからず、尋ねられたテンゴもわかっていなく、ほかの二人もわからないらしい。
「まぁそのことはいいや。で、おれが言いたいのはこれから人族の攻撃の要になるのはこの杖を使用することになる」
当たり前といえば当たり前だ。
これに対策しない限りは獣人陣営に勝ち目はない。
「じゃあ、どうするんだよ?頑張って親父たちみたくなるか?」
「それがどれほど時間が必要なんだ?普通に考えて現状ではそこまで時間がないのは理解しているだろう?」
「まぁ…な」
マシラもそれはわかっているとのこと。
「だからこれを使う」
『亜空庫』から一つの結晶を取り出す。
「それは?」
「これはな―――」
これが人族との戦争で決定的な一撃になるはずだ。




