内側からの侵入者
(全く無茶を言ってくれますね)
天幕を出ると、陣地の外側に向かう。
「おい、むやみに外には出てはいかん」
だが当然ながら警備の者がそれを止める。
「すみません、ほんの少しだけ、誰もいないところで夜風に当たらせてください」
顔をうつむけ、悲しそうな声でそういう。
「何があったかは知らんが、それは」
「おい、ちょっと待て、こいつは」
どうやら門番の中に私の事を知っている人がいたみたいだ。
「―――だがな」
「察してやれよ―――」
「―――って聞いたし」
複数人が集まり何かを話し出す。
(うまく機能してくれましたかね)
既にラインハルトには部隊を後方に下げる手続きを行った。その事情も当然話してある。
(さて、今の私はどう見えるでしょうか)
バアル様が洗脳されている。ラインハルトさんが洗脳を解く魔道具を本国に支給してもらうよう手筈を整えた。
この二点を踏まえてうつむき悲しそうな声で一人で夜風に当たりたいという少女。どう見ても主人を憂いて悲しみにあけている少女にしか見えない。
「ん、ん特別に許可はするが、そう遠くには行くな」
「そうだぜ嬢ちゃん、例の子はまだ無事なんだ、何とかなるさ」
「………ありがとうございます」
警備は暖かい言葉を掛けてくれることに対して少しだけ罪悪感を覚える。
それからは陣から少しだけ離れた指定の場所にいる。
ガサガサッ
揺れた茂みの方向に進むと、一人の獣人がいた。
「「…………」」
共に警戒はするが武器を構えたりはしない。
(こいつで………いいのよね)
目の前にいる獣人はふさふさとした毛が特徴的な山羊の獣人だ。
「リュチャード」
若干発音は怪しいがバアル様から教えられた符号に合致する。
「イドラ」
こちらも事前に教えられた言葉を発して、ようやく双方が予定していた人物だと判明した。
「では、縛られてもらいます…………と言っても言葉は通じないのでしたね」
山羊の獣人に縄を見せると全身を【獣化】させて獣の姿となる。
「****」
「はぁ~何を言っているかわからないですよ」
ひとまず首に縄を結び付け、引っ張る。
「さてでは行きますよ」
「***」
肯定らしき言葉が発せられたと、わからなくても理解できた。
「ふぅ~(無事に入ることができましたね)」
「………」
門番には外に出ている際に生きのいい山羊がいたので捕まえたと話している。
(しかし、こんな手段もとれるなんて盲点でしたね)
私の肩ほどの高さの頭を見てしみじみと思う。
なにせこの策なら獣に変化して町に潜入するのも彼らには造作もなくなる。
「さて、杖を持っている人は……ちょうどいいですね」
私たちの陣の内側を歩いていると、ちょうどよく反対側から例の杖を持っている人物が歩いてくる。
「行きますよ」
縄を引っ張りその男の後をつける。
(私の責任にならないようにするためとはいえ、味方を裏切るのは気分が悪いですね……………)
私が伝えられた作戦は大まかに三つ。
『まずは陣の外に出ろ。俺が洗脳されて悲しそうに振舞って一人になりたい空気を見せつけでもすれば野暮な奴は止めはしなはずだ』
『あとは西側の森にて俺が手配した獣人とお前を合流させる。その後はそいつが完全に獣の姿となり食料だとでも言って陣の中に入れろ』
『最後にそいつに杖の持ち主、もしくはその杖の保管場所に案内させろ。あとはそいつに任せておけばとりあえずは何とかなる』
そのあとは知らないが怪しまれない範囲で手助けしてやってくれとだけ言われた。
(理解できたかな?)
どういう指示がなされているのかは分からないが、この獣人に杖の持ち主をわからせないといけない。
「………」
山羊の視線は今追いかけている男に焦点が合わさっている。
(目標はわかったようですね)
視線から確実に標的を見定めることはできた様子。
その後も追跡を続けると、男がひとつのテーブルに腰掛け食事を始める。
両手を使っているので必然的に杖はすぐそばに置かれる。
「…………」
山羊の視線の意味を理解すると頷き、縄を放す。
ダッ
一目散に男に駆け寄り、杖を加えて逃走する。
「ぶっ!?おいこら山羊!!」
「!?すみません、すぐに取り返してきます!」
突然の事のように振舞い、すぐさま山羊を追いかける。
(よし、これで陣の外に出れば!)
山羊は正確に陣の外に向かっていき、私は追いつかないように追跡をする。
(あともう少し……っ!?)
「おいおい、逃したら危ないじゃないか」
道中の兵士に山羊に結んであったひもが掴まれる。
「え、ええありがとうございます(これ、どうしよう、さすがにここで私が何かしたらどう見ても不自然)」
不自然の内容に縄を受け取ろうとすると、山羊に異変が起こった。
「****!」
「な!?」
「!?」
急に【獣化】を解除して二足歩行になり始めた。
「こいつ、獣人だったの!?」
「嬢ちゃん、下がってな」
傍にいる兵士が山羊の獣人を取り囲む。
「ふっ」
もはや一巻の終わりという時に獣人は紫色の球を取り出し、それを地面にぶつける。
「っ!?煙幕!?」
紫色の球からは紫色の煙が放出されて周囲に広がっていく。
「がっ、あがっ」
「だっ、すげて」
周囲にいる兵士が次々に泡を吹き倒れておく。
「毒!?」
「***」
獣人の声が聞こえると煙から出ていく影が見えた。
(っ!?ここまでやりますか普通!!)
私は腕輪の力で毒は聞かないが周囲はそうじゃない。
「何が起こっている!!」
「報告します。どうやら獣人が潜り込んでいた模様!」
「さらにご報告をその獣人はどうやら例の杖を盗み逃走中とのこと!!」
「なぁにぃ!!!!すぐさま追っ手を放て!!あれを盗まれるわけにはいかない!!」
煙の外から声が聞こえてくるが今は周囲の人たちに【浄化】を使っているので手が離せない。
(………私ができるのはここまでですよ)
腕を伸ばし、最後にひと押しする。




