取るべき策
それから魔力が続く限り治癒を施す。
「ふぅ、これで手一杯だな、あとは」
「ああ、わかっている。それよりもオレたちをここに連れてきた理由を話せ」
できうる限りを治癒し終えるとエナとティタを連れて少し離れた場所に移動している。
「エナ、これからは後続が到着するまで人族の進行を遅らせなければいけない」
「ああ………そこでオレらか」
「………」
エナもティタもここに呼ぶ理由を察したみたいだ。
「ああ、二人の部隊には罠を張ってもらいたい」
人族の歩が遅れたのは遠距離をしてこないという前提条件が崩れたからだ。だが次からは進行速度が落ちてでも遠距離の対策をしてくるはずだ、ならこの手段はもう使えない。
では次にどうやって歩みを止めるのか、それは獣人がしてこないという策を取り、その対処やら対策などで時間を遅らせることしかない。
「汚れ役のオレたちにぴったしだな」
「……そうだな」
そう、獣人は罠や遠距離な真似はまずやらない。それは高潔というべき信念に寄り添っているからだ、それ故に理解のない者にはしない、いや、やれない。
だがこの二人は違う。友人や家族の為となれば平気で汚い手段を使う。今回の配役には適している。
「しかし、罠か……この限られた空間だとそこまで使える物はないぞ」
「………そうだな、レオンもいるから広範囲に毒は使えない」
「問題ない、罠を使うってことを知らしめればいいだけだから」
そういうとエナとティタは自分の連中を集めて早速動いてくれるのだが、昼間に仕掛けるのは危険なので夜となる。
「しかし、実用化されたのか、どうやって無力化しようか」
日が落ちるまで今後のことを考えて頭を悩ませる。
日が落ちて月輝く頃、ミシェル山脈の山頂付近では複数人の人影があった。
「さて、と、ここなら届くか」
山頂からクメニギスとフィルクの軍が見下ろせる。
(この角度ならそりゃ人は来れないわな)
山の角度は75度以上は確実にある。このような場所ではそれ相応の道具をそろえるか能力などがないとまずこれない。
周囲にいる獣人も山羊の特徴を持つ者だけとなっている。
「あ、あ~リン聞こえるか」
通信用魔道具を取り出し、魔力を籠めて話しかける。
『!?バアル様ご無事ですか?!』
「ああ、というかさっき会ったろ?」
リンの心配性は今日に始まったことではないので、ある意味慣れた。
「今は軍の天幕にいるのか?」
『はい』
「一人か?」
『一応、天幕の半分はロザミアさんが使っておりますが布で仕切っていますし、私の力で声が漏れることもありません』
ということで会話が漏れ出る心配はないとのこと。
「よし、まず確認したいんだが、リンは俺の救出に来たということでいいか?」
『はい』
「ほかの人員は?」
『ラインハルトさんが率いるゼブルス家の騎士500人とクメニギスが出してくれたロザミアさんの500人部隊がおります』
ゼブルス家からの救援が500人の騎士。この数が多いか少ないかは判断がつかないが、グロウス王国は割れる寸前であることを踏まえると少々無理をした数と考えられる。
クメニギスの方も戦争中を踏まえればそれなりにだろう。
「指揮権はどうなっている?」
『まずこの部隊はバアル様救出のためだけの戦力でして軍の指揮系統には含まれておりません。ラインハルトさんとロザミアさんがそれぞれの部隊の指揮権を有しております。ただ、バアル様救出のための戦力なので基本的な方針はこちらに従ってもらう手筈となっております』
「なるほど………リン、ラインハルトに一週間は部隊を後方に下げるように指示しろ。そうだな、名目は俺が洗脳されているようだったので本国に洗脳を解く魔具を手配するためとでも言っておけ」
『わかりました』
これでリンたちと対決することはまずなくなった。
「次だが、リン、いまクメニギスが使っているのは『獣化解除』だな?」
獣人の【獣化】を強制的に解除する、そんな手段は件の発表会でしか見たことがない。
『その通りです、我々の部隊が軍と合流する際にマナレイ学院から持ち込まれました』
話を聞くと魔力を籠めるだけで『獣化解除』が発動する魔法杖が持ち込まれたとのこと。
「数は?」
『正確には把握しておりませんが、木箱のサイズからして50はいかないほどかと』
「50か、微妙な数字だな………予備は?修復はできるのか?」
『予備に関しては急遽間に合わせるために製造された物のみとなるため無いそうです。また修復に関してはこの度はバアル様救出が目的なので技術者は同行していないため、少々の傷はともかく大きく破損すれば修復はできないそうです』
「(なら手立てはあるな)リン、その杖は今どこに?」
夜間に襲撃を掛けて強奪してしまえば軍の優劣は縮まる。
『申し訳ありませんが、それに関してはわかりません。既に軍の管理になっており渡した後のことは』
「そうか」
軍も有用性は理解しているはず、となれば壊されることや強奪されることを何としてでも防ぐ。
(場所がわからないのでは強奪や破壊の使用がない)
仮に内側から何かを起こすにしては少々数が少なすぎる。
「………リン、何とか一本確保できないか」
『一本だけですか?』
「ああ」
破壊、強奪ができないとなれば次は効果を詳しく知り対策を練るしかない。
(これで確保できないとなれば、一気に難しくなるな)
現状を覆すには少々劣勢すぎる。
『一本だけであれば、ロザミアさんの部隊が所持しております』
だがその考えも杞憂だった。
「本当か?」
『はい、軍もこの部隊にもある程度配慮しているようでしたのでこちらにも配布されたようです』
「何とかそれをこちらに渡すことはできるのか?」
『…………できなくはないのですが』
下手に動けば処罰されると言いたいのだろう。
「そうだな……じゃあ―――」
一つの策をリンに伝える。




