偶像と本物
それからというものオルドは俺たちに突っかかることはなくなった。
「はぁ~これでゆっくりと過ごせるわ」
オルドが近づいてこないだけでリラックスできている。
「バアルさま」
セレナが教室に入ってくると、一つの紙を渡してくる。
「話を聞きに行った内容です」
「ご苦労」
オルドの罪は貴族である俺に不敬を働いたとして1週間の謹慎処分となった。
これはクラリスの件ををうやむやにするために仕方なく取った措置だ。
「へぇ~」
書かれているのはオルドが覚えている限りのイベントの情報だ。
(セレナとのゲームが違うが内容は全く同じ)
こんなことがあり得るとは思えない。
「それで本人の様子は?」
「なんかすっきりとした?表情でしたよ」
ようやく地に足がついたというやつだろう。
物語の世界に転生されて主人公になったと錯覚していたがゆえにあのような言動になっていたと予想できる。
「どうします?取り込みますか?」
リンが雇い入れるかどうかを聞いてくる。
「ない、今までの言動が言動だ、これから挽回できるとしても俺は雇う気はない」
ユニークスキル持ちだというのは大きいが貴族社会に慣れてないのはだいぶきつい。
日本での価値観を捨てられない限り、この世界では立身するのは限りなく難しい。
「クラリスに執着する可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、おそらく大丈夫なのでは?」
「理由は?」
「失恋したとはっきりと自覚したんです、これ以上何かしてくるのは少ないと思うの」
……そういえばオルドは中学生だったな。
(恋愛を拗らせていたと考えればあの対応も納得だな)
こうしてオルドの暴走はとりあえずは収まり、日常に戻っていく。
俺は転生した、『アルティアフロンティア』というゲームにそっくりの世界に。
死んだ原因がゲーム機の不具合と聞いたときは少し悲しい気持ちになったが前世には嫌な思いでしかないのである意味よかった。
理由は簡単だ。小学生から中学生になると、うまく馴染むことができなく、いじめの対象になったただそれだけ。
最初の3か月は何とか耐えて学校に通ったが、夏休みに直後に心が折れてしまった。
学校に行かずに引きこもりになると俺はゲームの世界にどっぷりとはまり込んだ、それが『アルティアフロンティア』だ。
そのゲームは巨大なワールドを旅するゲームどこか遠くに行きたいと思っていた俺には最適だった。
チュートリアルである学園で武器の使い方、魔法、地理を学び卒業と同時に旅人となり旅に出る。
もちろん一人ではない、同じプレイヤー同士で旅してもいいし、AIを搭載したNPCと旅ができた、そしてNPCの中に気になるキャラクターがいた。
それがノストニアの姫、クラリスだった。
クラリスが旅に出た経緯は自身だけ精霊と契約することができず、いつまでも半人前と見なされていたから。
そしてクラリスはそれを覆すために旅に出て様々な冒険をしていく姿に、俺は強いあこがれを抱いていた。
精霊と契約できないというだけで半人前と見なされ、それを覆すために旅に出る、それをなによりもかっこいいと感じている。
そして俺はどこに行くにしろクラリスを連れていっていた、クラリスといると俺もあんな風に克服できるんじゃないかと感じてた。
だが、ようやく決心がつき、冬休みが終わると同時にまた学校へ行ってみようといきこんでる最中に機械の故障が起こってしまった。
転生してから気持ちの整理がつき、前世と決別するとこの世界で強く生きていこうと決めた。
幸い俺がもらったユニークスキルは努力するためのものでもあった。
そして年月が経ち、学園に入学すると『アルティアフロンティア』のメインキャラのアーク、ソフィア、カリナ、リズと出会うことができた。
それから俺は4人と力を合わせて様々なイベントを乗り切る。
だがイベントが起きるのだが少しずつ何かがズレていて、理由は知らないが完全な未来ではないんだと理解した。
そしてノストニアに訪れた時には心が躍った、自分が最も会いたかったキャラクター、クラリスに出会うからだ。
いまだ国に残っている段階なので仲間にできないだろうと思っていた、だがこんな予想は簡単に覆されることになる。
いつのまにかクラリスがグロウス王国に来ることになった、それも嫌いなバアル・セラ・ゼブルスの婚約者として。
そのことを知ると俺の感情が自分でもよくわからなくなった、悲しみや怒り、果てまでは憎悪を抱くようになった。
そして感情の赴くままに行動してしまった。
まずは合同訓練でクラリスとの模擬戦を行い、実力を認めさせた。
この後はゲーム同様、戦いに勝てばクラリスはゲームの時のようにパートナーになってくれると、本気で信じていた。
学園で何度も声をかけて、ようやく放課後に戦うことになり、俺は勝利した。
そしてゲームみたいに『そう………もしよかったらあなたについていっていいかしら?』といい仲間になると思っていただが。
返ってきたのは『そう………ありがとね』という言葉だった。
この言葉を聞いたときに自分の中で何かが壊れた。
クラリスはそんなことを言わない、クラリスなら俺のパートナーになってくれると。
そして最後に心に浮かんだのは、殺意だ。
『心から求めたクラリスは存在しない、ならこいつは誰だ、こいつは偽物だ』と。
そして、まぁ俺は殺そうとしてしまった。
近くにあのいけ好かない貴族がいてあの時だけは感謝した。
その後は本気を出したのにバアルとその取り巻きにボコボコにされた。
そして尋問されて、俺は自身が転生者だとしゃべってしまった。
さらに驚くべきことにバアルの取り巻きであるセレナも同じ転生者だと判明した。
話を聞いたときは驚いた。ゲームは違ったが、機械の不具合から神様と会うまでが全く同じだったんだ。
この時に悟った、この世界はゲームじゃない。紛れもない現実なんだと。
そしてバアルから死罪を言い渡されたときは生きた心地がしなかった。
まぁ魔物での戦いでも生きた心地はしなかったんだけど、それとはまた違った。
しばらくするとクラリスは目を覚ました。
『さて開口どんな罵倒が飛んでくるかな』とバアルは言う、それも当然だろう、なにせ殺されかけたのだから。
だが
『そうなのね………何とか穏便に済ませない?』
とクラリスは言った。
俺は思わずクラリスを見る。
なにせ俺が覚えている限りではクラリスはそんなことは絶対に言わない、敵対者にはとことん冷徹に対処する、それが俺の知っているクラリスだったからだ。
そして同時にわかった。
今目の前にいるクラリスは俺が望んでやまないクラリスではないのだと。
それからはクラリスがなぜだが知らないが俺をかばってくれて、謹慎というだけで済んだ。
そしてあの場の最後に『ならそれまでよ、私を物にしたいならバアルに勝たないとね』と言った。
だがもうそんなことはしない、クラリスは俺が望んだクラリスではないのだと理解したから。
俺は謹慎中に自分の家族、友人をもう一度よく知ることにする、すると今までで見えてこなかった部分がいくつもあり、落ち込んだ。
なにせこのような簡単なことに今までに気づかなかったのだから。
それを知らしめたバアルには、したくはないが感謝はしている。
俺はこの世界をもっと知ろうと決意した。




