婚約はあくまで政治手段の一つなので合って、そこに本人たちの意思など介在しない
「ひとつ聞きたいんだが」
果実を亜空庫にしまうと、アルムは神妙な顔つきになる。
「君から見てクラリスはどうだ?」
どうだ、とはどういう意味だ?
「まぁ腕は立つな、正直王族じゃなかったら雇い入れたいぐらいだ、まぁエルフだからこっち来てくれるとは思えないが」
王族に対して失礼だとか言われるかもしれないがこの場所には俺とアルム以外いない。
「マイナス印象がなくて安心した、というわけでクラリスと婚約してくれないか?」
「…………ん?」
聞き違いか?
「すまんもう一度言ってくれ」
「だからクラリスの婚約者になってくれ」
少しの間思考が停止する。
「実はな、クラリスをそっちに派遣しようと思っている」
アルムの意図を考えこむ。
(人族の理解を深めるために大使にするということか?)
「………………確実に派閥争いに巻き込まれるぞ?」
ただですら様々な勢力を取り込もうとしている殿下たちなのだ。
「そう、だからバアルに協力してもらいたいんだ」
………………なるほど、つまりは婚約したという形でクラリスを庇護してくれというわけか。
「わかった」
「助かるよ」
あくまで婚約であって結婚ではない、最終的には破棄するつもりだろう。
「最終的にはどうするつもりだ?」
まさか本当に結婚させるわけではないだろう。
「まだ決めていないよ、とりあえずはグロウス王国で人族の生活について調べてもらうつもりだ」
調査員の役割が強いとアルムは言う。
「しかし、クラリスが頷くか?」
普段の様子を見る限り俺との婚約なんて拒否しそうなのだが?
「理由を話せば、クラリスも納得してくれると思うよ」
何の問題もないとアルムは言う。
「まぁこちらとしてはノストニアとの友好を示せるから問題ない」
ということで本人がいない間に話が進んでいく。
バアルが城を出ていくのを確認すると部屋にクラリスを呼び出す。
「ということでクラリスはバアルの婚約者になってもらうよ」
「ふざけんな!!!」
僕は端的にクラリスに伝えると案の定。
僕のかわいい妹は紅くなりながら叫ぶ。
「アニキにもいろいろな考えがあるのもわかるけど!ちゃんと納得のいく説明をして!!」
何とかなだめて理由を話す。
「つまり、婚約者というのは人族の世界で面倒ごとに巻き込まれないようにする免罪符ってこと?」
「その通り、説明した通りクラリスには人の世界の情報を調べてきてもらうつもりだ」
「だけど下手すれば継承者争いに巻き込まれるからバアルの庇護の証拠に婚約者という体裁をとるわけ?」
「そのとおり、僕としてはそのままお嫁に行ってもいいんだけどね」
「…………とりあえず保留で」
僕は思った反応とは違ったことに驚きを隠せない。
「なによ?」
「いや、そこは“あり得ないわ”とか言いそうだったからさ」
可能性がないわけでもないのか。
(なら少しは安心していいのかな)
クラリスは精霊と契約することができない。
そのためこの国では王族ということを加味しても過ごし易い環境とは言えないだろう。
年齢をとればおのずと結婚の話も出てくる。
だがその時になっても精霊と契約していないクラリスはどうだ。精霊と契約して一人前と判断されるのに契約できないクラリスと結婚しようとする人物があらわれるだろうか。
(幼馴染がいて、ともに愛をはぐくんでいたら話は早いんだけど)
いないものを考えてもしたかがない。
「ということで樹守リアナ・クラリス・ノストニアに新たな任務を言い渡す」
クラリスは言い回しに気づいて姿勢を正す。
「グロウス王国に入り人族の生活模様を観察してきてくれ、そのためにバアルに協力を取り付け婚約者という状態にした」
「はい」
任務となればクラリスも文句は言はない。
「そして十分に人族を熟知したと思ったら、自身の判断で婚約を破棄、ノストニアに帰国することを許す」
「はい」
かわいい妹なのだ、追い出すわけではない。
外の世界を見て見聞を広めてほしい。
そしてどうか幸せになってくれ。
僕の贖罪のために。




