第一章.04 その名は
第一章.04 その名は
旗艦赤城被弾の報告より、すでに十数分の時間が経っている。
それが何を意味しているかも重々承知だ。だが、この眼下に広がる光景を
理解するので自分は精一杯だった。
「一体、何がどうなっとるんだ」
第三戦隊、指令の三川軍一中将は声を上げた。
目に映るのは、黒煙を上げる赤城と加賀、そしてその上空を飛び回る
奇妙な飛行機だ。
「指令、南雲長官の安否が気になります。」
「そんな事はわかっとる。しかし――あの変な飛行機は何をしておるのだ?」
爆撃をする訳でもなくただ、上空を旋回している飛行機。撃墜を命じるべきなのか
三川は悩んでいた。
「二航戦の山口はなんと言ってきておる?」
今は一人でも意見が欲しい。三川が尋ねると、部下が一枚の紙切れを取り出した。
「――はっ!山口指令は至急、南雲長官の安否を確認すべきとの意見との事です。現状においては作戦の
続行は不可能だと申しております。」
「山口らしい意見じゃの、しかし、あの上の連中はどうするつもりだ。」
「その事については山口長官からはなんの意見も聞いておりません。」
「――山口め、指示はこちらに任せるということだな。」
「少なくとも、他の四空母は航空機の発艦を取りやめ、現在は対空陣を組んでおります。
赤城、加賀がどこから攻撃を受けたかを分からない限りは、航空機の発進は危険だと」
「最悪、すべての空母を失いかねんからな」
三川は唸ると、燃える赤城に視線を移した。
「とにかく、赤城に呼びかけを続けろ。南雲長官が無事ならそれでいいが、もし戦死されているなら
指揮権を移譲しすぐさま、あの上空にいるハエを撃ち落させろ。その後、隊列を組み直し当海域より離脱する」
三川が指示を飛ばしたその時だった。
「赤城及び加賀上空の未確認機より、通信を確認!!」
艦橋に息を切らしながら下仕官の男が飛び込んできた。
「報告せよ!!」
「――はっ!!」
息を整え、持っていた紙を開くと読み始める。
「『ワレワレハ敵ニアラズ、現在、赤城及ビ加賀ノ消化活動ヲ救援中ナリ、ナオ同空母ニハ負傷者ガ多数オリ至急
救援ヲ求ム』との事です」
「赤城と加賀の救援だと?」
三川はその報告を思わず聞き返した。あまりに馬鹿げた内容だったからだ。
「ならば、なぜこちらに向けて何の報告も無い?いくら秘密作戦中とはいえ、味方なら報告の一つや二つ在っても良かろう
それにそれは平文で発信されたのか?」
愚痴をこぼす様に言うと、下士官は困惑したように眉をひそめると
「この文が平文で発信された以外は、お答えすることができません。」
下仕官は、顔を引き締めると三川に頭を下げた。
三川はようやく自分が下士官を困らせるような発言をしてしまった事を悟り、彼に謝罪した。
「すまん。頭を上げてくれ、今のはわしが悪いのだ。」
しかし、若い下士官にその言葉は届かない。
「いえ、私の不備の責任であります。」
断固として自分が悪いと言う。青年に三川は苦笑いをした。
「長官、それはさて置き。いかが致しますか?罠とも考えにくいですが、なにぶんここに留まるのは危険かと」
横に居た。士官がそう告げる。確かにここは敵地の真っ只中、こうしている内にも敵はすぐ傍まで迫っているかもしれない
決断の時はあまり余裕が無い。
退くべきか、それとも・・・・・・
「長官」
腕を組んで唸る。そして
「南雲長官の安否を確認するのが最優先だとわしは思う。それに、赤城と加賀には救援が必要だ空母が無理
でも熟練の搭乗員や兵士たちは救わねば」
「それでは」
次の言葉を待つ士官の男に三川は頷き
「駆逐艦を差し向けろ。一人でも多く救い出せ」
「――完了です。」
相変わらず、生気の無い瞳でこちらを見ながら彼女は微かに口を動かした。
艦橋の壁すぐ横に寝かされた赤城はそっと額に巻かれた包帯に触れた。
「艦魂の私にこの行為が無駄だって事分かってる?」
艦魂である自分は本体である艦に宿る精神が具現化したもので、俗に言うなら魂だ。
だから、魂である自分をいくら手当てしたところで、艦の被害は食い止められない。
「はい、理解しております。」
「分かっているならどうしてこんな事を」
赤城の問いに彼女は目を少し細めて
「無駄、必要の無いこととは情報として蓄積されています。ですが、してはいけないという情報はありません。
これを身勝手――自己満足と言うと聞いています。"倭"(やまと)の感情を満たすだけです。」
「倭?」
彼女の言葉は正直、聞き取りにくかったしかし、一言だけ気になる言葉聞こえ、赤城はそれを尋ね返した。
「――はい」
倭と呼ばれた彼女はゆっくりと頷いた。
「それが、あなたの名前?」
「はい、正式には常世国遠征第壱艦隊旗艦、戦艦"倭"の艦魂、名を倭と申します。」
「戦艦?あなた戦艦なの?」
「具体的には少し違いますが、部類的には戦艦のそれと類似点の多さから考えそう言わざる得ません。」
「常世国ってはじめて聞くけど?」
「ご存じないのは当然です。常世国はこの世界には存在しえません。仮に存在しているという回答があった場合――」
倭は言葉を飲み込み黙る。
「あった場合」
無駄に凄む倭に緊張しながら赤城は尋ねる。
「"がーん"と言わなくてはならなくなります。」
――えっ?なに?
真剣な倭に赤城は戸惑う。
「ごめんなさい。よく分からないのだけど?」
赤城に倭は首をかしげた。
「――変です。情報の出所は確かです。しかし、通じない。これは興味深いです。」
何度も頷きながら彼女は言う。
そんな彼女に赤城は思わず、笑った。
変な気持ちだった。ここは戦場で、自分はいま生と死の再開に居るはずなのにどういう訳か
落ち着いている。それ所か、笑っている。
「――笑うという行動の原理は理解しております。」
「あ、ごめんなさい。」
笑いを抑えようと赤城は自らの手で口元を隠した。
「笑うということは、気持ちが晴れ晴れしている証拠です。思いっきり笑うべきです。」
そうは言うが、これは倭に失礼になるので赤城は必死に抑える。
と―赤城の額にひんやりとしたやわらかな触感が伝わった。
「――確認、消火活動は順調なようです。徐々に鎮火に向かっております。後は――」
倭は甲板の後部で未だに燃え続けている航空機の方を見た。
「あれを海に投棄するだけです。海水が汚れますが、今は緊急事態なので」
倭はそう言うと額から手を離し、立ち上がった。その姿を赤城はただ追う。
――なに。
赤城は呆然とその光景を眺めていた。
まず、変化があったのが倭だ。彼女の背中から六枚の白い翼のような物が現れたと思うと甲板に突風が吹き甲板で燃えていた航空機を
根こそぎ海へと叩き落した。
赤城はその出来事を見て、自分の目を疑った。人間の目では到底追うことは不可能だろう。それほどの速度で彼女は飛びそして、甲板上で燃えていた
航空機をすべて海へと蹴落とした。
「どうしました?内部でまた有爆でも?」
そして、何食わぬ顔でまた、赤城の前に立っていた。
「あなた、何なの?」
「常世国―」
「そうじゃないわ!!」
赤城は声を荒げそして、見上げる。
「あなた、艦魂なのよね?なのになぜ、物質に触れたの?」
艦魂は、実体が無い。だから手当ても無用、そして、艦が傷つこうがどうすることも出来ない存在。稀に艦魂が見える人間や
艦魂に触れることが出来る人間も存在するが、艦魂は自らその存在を誇示できない。物にも人にも触れることが出来ない。だから、
ある意味で孤独な存在だったはずだ。なのに
「どういう事?」
どうしてこの子は物質に触れた。それは艦魂としてはありえない行為だ。
「――それは倭が実体を持っているから、この肉体が存在するからです。」
倭はゆっくりと話し出した。
「倭は艦魂です。しかし、"機骸"(きがい)でもあります。」
またしても聞きなれない言葉だった。
「機骸?」
「はい、正式には機動骸骨格と申します。歩兵が戦場で使う強化骸装甲とは
違い。生態パーツが大部分をしめ、人間と同じ行動が可能な機体です。そして、何より機骸は艦魂が埋め込まれて初めて
行動が出来るようになります。」
信じられない話だった。
いや、誰も理解し得ないだろう。
「艦魂を艦から引っぺがしたって事?」
「いえ、そうなりますと、本体が破壊されますので、本体はあくまで戦艦である倭です。これは艦魂が自らの艦を
動かすためのデバイスです。これに埋め込まれたことにより、艦魂ははじめて自らの船体の操作が可能になります。」
さっぱり分からない。
「倭が蓄積している機骸に関する情報は以上です。これ以上は蓄積情報及び、リンクが存在しません」
そういい終えると、倭は後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「吾郷様が倭の後部甲板で倭の事を玩具扱い致しました。――これは実刑も考慮に入れた審議が必要なようです。ぶっちゃけ殺します。」
かなり趣味に走りつつありますが、今後とも温かい目で見守ってくださるようおねが致します。
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