表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第一章.13 過去の栄光

第一章.13 過去の栄光





 飛龍及び蒼龍、龍驤から飛び立った護衛戦闘機部隊は、すぐに艦隊の正面100キロの位置に防衛線を構築する。

 敵接近の報告を受けてもう数十分、殆どの航空機は発艦されて後は直援の戦闘機のみで残りのすべての戦闘機隊はこの防衛線上に居た。


 そんな中――6機ほど、前に突出していく戦闘機の姿があった。


 どれも飛龍艦載の零戦である。彼らは防衛線を離れ前へ前へと進んでいく。


「こんな所で待ち伏せなどしてられるか」


 操縦席から後方に集結中の戦闘機部隊を見ながら、"飛龍"零戦隊の隊長である

中富和郎(なかとみかずろう)大尉はそう言い放った。


 彼はここ数日の憂さを一刻も早く、敵機にぶつけたかった。


「なにが新型機だ。あんなハナタレどものお守りなんざ死んでもごめんだ」


 彼の苛立ちの原因は先日、空母飛龍にやってきた10機ほどの新型戦闘機部隊だった。


「やつらのせいでこっちは散々だっ」


 奥歯をかみ締めて中富は雲を睨む。彼らの部隊は本来、12機で編成されいたのだが、零戦より一回り大きい烈風を積むために零戦を数機下ろす事になり、それに伴って長年連れ添った部下と別れなければ、ならなくなってしまった。別れの日の部下の涙を中富は一度たりとも忘れた事はない。


「"烈風"だがなんだかしらんが、あんなデカ物、零戦のような小回りができるとは到底思えん。」


 先日、はじめて烈風を見たときの印象はただデカイ零戦にしか見えなかった。それだけならばまだいい、問題は搭乗員の方だ。

 驚いた事に降りてきたのは殆どが十代後半か二十代前半の若い搭乗員ばかりだった。これが

中富の怒りに火をつけた。




 あんな小僧連中の新型を載せる代わりに俺の部下は退艦だと?




 ベテランの搭乗員に現世界最強の戦闘機、この組み合わせが、ただデカイだけの新型と

ハナタレ小僧供と比較されただけでも腹立たしいというのに、その後に言い渡された命令は、

部下の異動通知だった。


俺たちが・・・・・・零戦が、あんな小僧どもより優れていると言うと事を教えてやる。



 怒りに身を任せて、中富は乱暴にスロットルを引き更に速度を上げた。


 視線は獲物を探すように目を細めて雲の合間を見る。


 そして――


「居やがった。」





  ●




 雲の僅かな合い間の下、紺色の飛行機が編隊を組んで飛行していた。それはまさしく、日本艦隊を攻撃するべく米艦隊が向かわせた攻撃隊である。

 その頭上――彼らを狙う6機の影があった。


「やるなら今しかねぇな」


 興奮で顔が熱いが、中富は冷静だった。すぐに飛龍及び、後方に控える護衛隊に無電を発した。


 それが終わると、今度は操縦桿を左右に倒し機体をバンクさせて両機に合図する


 そう発するとすぐに、中富は操縦桿を倒し、機体を急降下させた。それに続くように後続の機体も急降下して行く


 機体はすぐに雲に飛び込み、視界が真っ白になるそして――


 雲が切れてそこに紺色に塗装された戦闘機群が飛び込んできた。



 ――なんだ?



 敵との距離が詰まる数秒間、中富の視線は敵の編隊に釘付けだった。



 どれもこれも・・・・・・見たことねぇ機体ばっかじゃねぇか!?



 眼に映る敵を次々と移しながら操縦桿だけはしっかりと握り締める。

 そこに居る敵の戦闘機はどれも、いや爆撃機から艦攻まですべてが自分の知る米軍の機体に該当しない。

 この事実を中富は仲間に知らせなければならない。


 敵は、すべて・・・・・・


 しかし、速度は変わらない。一度降下をはじめてしまえば最後、次に行うことは

攻撃か、撃墜しか残されていないのだ。


「・・・・・・っ!!」


 狙いを絞る。狙いは目の前の艦爆らしき機体だ。


 照準に機体を入れ、左手の添えられた機銃の引き金に指を掛け



 引いた。



 両翼と機首に取り付けられた四門の機銃が唸り、一斉に火を噴いて空を焦がす。

吐き出された紅蓮の弾丸は、吸い寄せられるように機体の胴体を突き破る。


「!!」


 突き破られた体から黒煙と炎を上げて、機体は意思を奪われてゆっくりと空に散っていく


 同じように四つの機体が火達磨と化して青い空を焦がしていた。



「おぉっ!!」


 戦果に酔う事無く、中富は機体を操る。

 機首を引き上げ、新たな目標へ向かう。その先には


「来たな!」


 視線の先、確かに編隊を崩してこちらに向かう機体の姿がある。

おそらく護衛の戦闘機だろう。見た事の無い形だ。全体的にずんぐり

していていかにも鈍足に見える。


「新型だって弾食らえば落ちるだろっ!?」


 正面から迫る機体を睨みつけて


 中富は機体を敵機の正面へ向ける。そして、引き金に指を掛けた。


 敵との距離が詰まり、そして――


 敵機の翼から咆哮を上げて銃弾が発射される。


「!!」


 咄嗟の判断で機体を大きく引き上げて銃弾を避ける。


 何百と言う、銃弾が機体の周りを掠めていく事がまるで肌に感じる事の如く感じられる。


 数秒間の死の雨を潜り抜けて機体を平行に戻す。


「はぁー・・・・・・はぁー・・・・・・」


 心臓の鼓動が異常なほどの音を立てて体を通して耳へと響く。


 そして、起こる安堵感、それにつかる事無く中富は操縦桿を握りなおした。


 顔を上げ――


 そして・・・・・・


「あ・・・・・・」


 思わず、声が漏れた。


 視線の先で一機の零戦が二機の戦闘機に追い回されて猛烈な銃撃を浴びて火達磨と化す。


「秋山――っ!!」


 火球となり黒い尾を引きながら落ちていく零戦、その搭乗員の名を中富は叫ぶ。


 それもつかの間、また一機、横からの銃撃を受けて爆砕する。


 零戦は攻撃に特化する一方、装甲は脆い、ゆえに銃弾一発が致命傷になりかねない。


 だから――


「高鶴!!永村・・・・・・」


 たった数発のそれだけの銃弾を受けて零戦の多くは空を焦がす火の玉となってそれに乗る

搭乗員もろとも空の塵へと変わっていく。


 ながらく連れ添った部下たちが、若者が自分をおいて散っていく。


「振り切れっ!!岡村ぁーーっ!!」


 目の前で部下が同じように三機の敵機に追い回されていた。


 必死に零戦は銃弾を回避しようと左右に機体を振り、速度を上げる。


 しかし、敵はそれを易々と追尾しそして、銃弾を機体へ叩き込む。


 また一機散った。


「調子に乗るなぁぁああっ!!」


 機体を突っ込ませて目の前の敵に迫る、完全に捉えた。


 敵の横からの突っ込み、敵はようやく気づいたらしく回避するために機体を急降下させようとする。


 逃がすかっ!!


 操縦桿を左に倒し急旋回しながら急降下させる。


 照準に敵の機体を入れて、引き金を引いた。


 銃弾が敵へ向かうが、敵戦闘機はそれを難なくかわしてさらに距離を離す。


「くそぉっ!!」


 距離が縮まらない。逆にこちらが離されていく。


「死んでも食らい付いてやるっ!!」


 出力を更に上げて、回転数を上げる。エンジンから悲鳴のような音がし始めたが、

気に留める時間は無い。


 ここで離されれば、確実に次はやられる。


 いや、食らい付いてこの機体を墜してもいずれやられる。


 もう逃げれない。


「ぐぉおおぉおおおっ!!」


 縮まれ、縮まれと心で何度も叫びながら敵機の後を追う。


 もう少し、あと少し


「くらぇえっ――!!」


 引いた。


 途端、翼と機首から銃弾が発射されてそれは敵の胴体を翼を抉り取っていく。


「――!!」


 確かな手応えを感じて


 中富は操縦桿を手前に引いて機首を上へ向ける。追い回した敵機は黒煙を噴きながら海へ急降下していった。

 それを途中まで目で追い、中富は視線を前へと戻した。


「ここまでか・・・・・・」


 迫り来るのは小鳥を目の前にした鷹だ。


 それも一機ではない、見える範囲でも4機


 確実な死が迫っている。


「・・・・・・今逝くぞっ」


 最後の瞬間に映るものはなんだろうか、家族の顔か故郷の風景か、中富は胸のポケットにそっと手を当てた。そこには家族の写真が入っている。出撃の時はいつも携帯していた。今までの戦いで自分がここまで生き残ってこれたのもこのお守りのおかげだと確信している。


・・・・・・俺のせいで無駄な血を流させてしまった。


 自分の身勝手な行動に最後まで付き合ってくれた部下たちはすでに散った。本来ならこんな事させるべきではなかった。その事への後悔が押し寄せる。


「"一騎当千"と歌われた零戦の時代は本当に終わったのか」


 今まで自分の命を預ける事を躊躇わなかった愛機、最強と呼ばれた零戦はまったくこの新型に敵わなかった。願わくば、この真実をこの先で敵を待つ、友軍に伝えたかった。


 しかし、もう時間は残されいない。


 敵の戦闘機が迫る、銃口がやけにハッキリと目に映った。


「真由美、朝子、和真」


 銃口から視線を外す事が出来ず、中富は家族の名を呼んでいく。


―――俺は幸せだったぞ。


 銃声が響いた。





  ●



 中富は目を閉じて"死"という瞬間を待っていた。


 しかし、その運命は裏切られる。


「な・・・・・・っ!!」


 目を開け最初に飛び込んできたものは


「"烈風"――」


 漆黒の塗装を施された一機の烈風だった。


 烈風はすぐに視界を横切るように消えてそして、次に飛び込んでくるのは青い機体を赤く燃える炎をに変えた敵機の姿だった。


 同じようにまた黒い影が視界を横切ると同じく赤い光が生まれ続ける。


 もうすでに7つの光が生まれ、更に増え続ける。


 10機の漆黒の機体は翼に描かれた赤い日の丸をこちらに見せながら狩を続ける。


 "圧倒的"だった。敵のパイロットも機体も悪くは無い。それでも烈風の動きに魅せられ続ける。視線が釘付けになる。


 ――強い。


 たった10機それだけで、二十機近い敵機を相手にしている。


 目でも追いきれぬ速さで視界を横切り、敵機を叩き落すとすとすぐに逃げるように消えていく。


 それだけではない、おそらくこの強さの元は――


 "連携"(れんけい)だろう。

 

 一機、一機に僚機のように支援にまわる機体が割り振られている。互いに相手を補助して敵の追撃をゆるさない。


 理想的な戦闘態勢だ。


 そのあまりに華麗な戦闘に見惚れていると、同じように上空から降下してくる編隊が目に留まった。


 こちらは見慣れた機体だ。自分の乗る愛機と同じ零戦が編隊を組んで攻撃隊に襲い掛かる。


 どうやら敵戦闘機隊は烈風隊に任せて、攻撃隊を殲滅するようだ。さすがに戦闘機隊と違って攻撃隊は運動性が鈍い、現在は魚雷や爆弾を腹に抱えているのだから通常よりさらに運動性が下がっている。まさに"カモ"も同然、零戦隊は初撃で十数機の敵機を葬る。


 地獄から一変する状況――


 中富はただ、その光景を眺めていた。





 感想、ご意見お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ