「すみません・・・申し訳ありません・・・」
怒涛の展開のギア変速に追いつけないまま緊急治療室(これも人間命名で、実際は大昔の大戦時に使われてた捕虜を収容する座敷牢)に繋がる待合室(囚人窓口)に到着した私たちを出迎えたのは
涙目で怯える受付の魔界猫ちゃん、魔界議会公認報道陣、物々しい雰囲気を醸して控える武闘派連中、という錚々たる顔ぶれだった。
アレ?今日って人界幼稚園の魔界見学とか騎士候補生の卒業試験とかの、いわゆる『人間の皆さんの魔族のイメージに寄り添う日』だっけ?
と思ってしまうような、およそ数百年前の活動指針『戦え命尽き果てるまで、奪え力こそ全て!』な魔界のような雰囲気が漂っている。
普段のほほんと好きなことして迷惑掛けたり事件起こしてる自由で自堕落な魔族たちの今の有様は間違いなく異様だった。
・・・イヤお前らそんな神妙な表情作る表情筋残ってるならあわや人間界から抗議状事件とか魔王激おこ案件事件とかの時にもしろやと怒る気にも少ししかならない。
「・・・え、もしかして真面目に急患なの?」
何で武器?何で記者?と続ける前に魔界猫ちゃんは叫ぶ。
「そう放送されてたじゃないですか!」
アイドル魔界猫ちゃんの黒い猫耳がふるふるして勝気そうな金色の目は潤みもふもふ尻尾が私の腕に巻きついた。
混乱の極みにある私が唐突な可愛いの暴力に屈するのは至極当然な成り行きだった。
「ご、ごめん、あんまり緊急っぽくなかったから・・・」
「放送署名が軍部なんですよ?!察してください!」
「すみません・・・申し訳ありません・・・」
手を変え品を変え反射のように謝り続ける私の背後ではクララが情報部の長の多頭蛇と整列した各部署の長たちといつの間にか
「多頭蛇、状況」
「はッ!現在患者は第五禁式により拘束中!座標固定魔法で人間界より第1~3魔法兵団が肉体を固定、精神を第三魔界・緊急治療室へ搬送済みであります!
たった今、先生の到着時間を以て先生に本件の全指揮を委ねるとの委任声明が!」
「ん。『受領』。・・・魔法指揮主導権も把握。はい、もういいよ。電灯羊は人間界で頑張ってる魔法兵団の皆に魔法解除通達。
土鎧竜達は二次被害が無いようにカバー、壁通蛹、もしもの為の通信電波だけは死守。
総務はアンテナになって。王様には特級警戒網を維持しつつ、協力体制。万が一の魔族の避難受入態勢を要請しておいて。
新人達は第ニ魔界に移っててもいいよ。古参は何かあったら私と死んでね。結界張れる子は軍部から護衛つけて指示来るまで待機。随時情報提携を忘れないで。魔界記事は現場中継は禁止。実況は学部が精査。くれぐれ端折り過ぎて誤報かまして混乱増加なんて下手は打たないで。
それから、少しづつ患者の精神が転移してるから念のために治療室至近の子は距離を離して」
「ぎょ、御意!」
「急げ、遅れるなよ!これは訓練ではない!変異は、此処で!起こってるんだからな!」
「がんばります!しんでもがんばります!」
なんて、お前誰だ的会話を繰り広げていた。緊急事変29時みたいだった。
いつの間にか私だけ皆が真面目な平行世界に転移しちゃってたのかな・・・。
「いやいや・・・」
何で私だけ置いてけぼりなの。それとも二日の徹夜で頭回ってないだけで周りのこれが正解なの?
盛大な前振りの可能性に構えちゃってる私が平和ボケしてるってだけなの?
でも、えーっと、でもさ。このこの仕事っていわば「女の子のお悩み相談室」みたいなものだよね?
看護師云々て言うのは人間の王様の体裁の為の言い方で、実際は女の子好きなイカ娘が女の子と過ごしてお互いWin☆Winいえーい!って言う
あの子の趣&味の毎日の事だよね?
患者ってつまりストレス溜まっちゃった女の子だよね?
緊急治療って言ってもただそれを解消させるだけだよね?
それが出来なくて魔人になったところで関係ない魔界がここまでガチになる必要も義理も無い
、筈で。
「精神の固着までまだ時間あるね。やたらノイズが多いし、確かにコレは大物かも。大白鴉、経過と患者の詳細」
「はッ!魔界時間ヨンマルナナゴに置きまして人間界ザックテンブルガ王国より緊急連絡。
・・・S級変異の出現と結界の破壊を天星宮が感知、検出座標にて一人の人間を捕捉、直ちに警戒態勢と捕縛準備を進めると同時に此方への処置の要請が届きました。
第一魔界元老院はこれを承諾。第二魔界は補佐に回るとして此方の状況傍受、現況解析を開始しています。
お、王国の見立てでは・・・い、『異世界転移の勇者』の可能性が濃厚とのこと!」
シン、と空気が尖って凍る。
悲鳴のように報告する大白鴉。
魔界猫は小さくみゃぁにゃぁと泣き出している。
喧嘩に慣れた脳筋連中も(眉がある奴は)眉間の皺を深くして、記者は集話装置をぐいぐい伸ばしてカメラのシャッターをパシャパシャ切った。
無理も無い。私は漸く事の重大さを理解して、声が震えないように、でも喧騒に負けないように問いかける。
「被害は・・・無いの?」
「すぐに古典ガイドラインに則り国一番の美姫に聖堂へ案内させ王自ら原初の祝詞を唱えたことで一応の沈静化は図れた様子です。
ただ、内より溢れる毒素により聖女や神官が昏倒。更に侵蝕反応が認められた為に急遽結界型隔離線を展開。平成条約により迅速な情報連携が叶い、現在に至りました」
「少し前だったら、壊滅してた可能性もあるって事だね」
「クララ」
「だから、今回は間に合ってよかったねって話だよ」
イカ娘は肩を竦める。焦る私を宥めるように。
「ごめん・・・。
・・・はあ、よりにもよって、異世界人なんて・・・」
「ほんとに、ただの勇者ならラクなお仕事だったのにねー」
そう、ただの勇者ならこうはならない。
今の魔界で勇者と言えば、「人界で時折発生する蛮勇だけの愚か者」の総称だからだ。
剣も弓も盾も魔法も窮めないくせに言葉や行動だけが微弱な魔力を持つ為に運命を僅かに変化させるかもしれない、程度の曖昧な、でも確かな抵抗力を持つだけの、
多くにとって扱いにくく厄介な性質を持った人間の通称。
十代が大半を占め稀でも二十代前半までしか現れない麻疹のような小児病。
その特性から冒険者になるしか道は無く、大抵が冒険と言う名の自分探しで終わり、盛大に見送ったのにいつの間にか帰ってきてて畑を耕してる存在。
魔界に乗り込んでくることすら稀で、来たところで魔界基準のちょっと乱暴な観光を満喫した後で病を治して満足げに帰ってゆく、常連客。魔界の資金源。
「異世界人なんて伝説の存在だと思ってたよ・・・」
「まあ、久しぶりだよねー。もう誰も来ないと思ってた、あはは」
「あははじゃないんだけど」
だけど、異世界人は格が違う。
「勇を以て制す者」と言う、それこそ神話の時代に失われて久しい方の意味を持つ規格外の存在で、
言語も行動も思想も理念も技術も目的も相反するどころか乖離しちゃってるレベルのヤベー奴。
わけのわからないものは怖い。強いとか賢いとか、そんな枠ではなく、ただ怖い。
存在そのものが天変地異。滞在しようものなら恐怖政治。
魔界からも天界からも人界からですら、冷や汗だっらだらで民草全員質に入れて接待かますか部屋の隅でがくがく震えて好きにさせていつになるか解らないお帰りを待つしかない、天災にして超絶VIP。
それが「異世界勇者」と言うバケモノ、らしい。
・・・なんて情報はぜーんぶ誇張表現!・・・だったりすると嬉しいなあ・・・。
「患者の意識レベル上昇!転移および固着が完了しました!」
「ん。じゃあ行こうか。最初に治療室の結界張ったのは多頭蛇だよね?そこまで着いてきて」
「御意」
「各氏族たちの長の基本行動はS級災害警戒則準拠、現場から情報集める総務の指揮に従って。
でも、ヤバくなったら自由でいいよ。
それでいいよね?おーちゃん」
「うん。・・・がんばろう。皆も、ね」
「「「「はいっ!」」」」
スゥちゃんが震えながら、「どうか、どうかご無事で・・・にゃん」と、受付の仕事が決まったときに完全に直したと自慢していたお国言葉に背中を押され、ゆっくりと離れた肉球の弾力を刻み付けた。
「うん、出来るだけ」
私の笑顔はちゃんと出来ていただろうか。
スゥちゃんも泣きながら笑いかけてくれたから、きっと大丈夫なはず。
「・・・状況、開始」
さあ、始めよう。
魔界を守る戦いを。
魔界を守る戦いを。(キリッ)