肉と山菜
夕食は1階の大広間に用意されていた。それぞれの宿泊客のグループが、その人数に合わせて大小のテーブルに案内されている。
私たち家族に用意された席は端の方の5人掛けの丸テーブルだった。
「すごいすごいすごいすごい」と料理を見て喜ぶ母。「すごい綺麗おいしそ~~」
料理はこの地方で採れる山菜を使ったヘルシーな感じの懐石料理で、テーブルの真ん中の大皿に刺身の盛り合わせと、それぞれの皿に上品な感じにステーキも付いている。お皿もおしゃれだ。そして箸置きは赤犬が伏せをしている形。可愛いな。
赤犬のラベルの付いた日本酒と同じく赤犬のラベルの地ビールも用意されていて、父と母がさっそく開けにかかった。
「「「かんぱ~~~い」」」とチチハハと祖母がビールでご機嫌に乾杯する。
「お母さん、まだこの後温泉に入るんじゃないの?」
さっそくコクコクと美味しそうに飲み始めた母に言ったが、「うん。もう入ったからいいや」とニッコリ笑って最初の1杯目を一気に飲み干した。父も嬉しそうに何口か飲んだ後、食事の前のチハルとの卓球対戦を祖母と母に話す。
「あ~早くチハル君ともお酒飲みたいね~~」と父が言う。
「そうだよね、」と母。「チナちゃんもね~~」
「今日は本当に幸せだった」と祖母が改めて言った。「ありがとうチナちゃん。チハルも一緒に来てくれて」
そうなのだ。私も家族で来られて幸せで、目の前の夕食も豪華で美味しそうだけど…
ヒロセの事が気になってちょっとソワソワしている。
それはもちろんラインの返事が来なかったせいだ。
もしかしたら他の女の子なら、もっとがんがん写真送りまくったあげく、返信来なかったら、『ヒロセ~~?』みたいな、『ねえねえ写真どう~~?』みたいな、『ちゃんと見てくれてる~~~』みたいな、感じで突っ込みのラインまで送るのかもしれない…
でもダメだ。私はダメ。呑気に言われた通りに写真送ったけれど、『呑気に言ったとおりに写真送って来たな』って思われてるんじゃないかって今は不安でたまらない。バカだ私。ヒロセは私がチハルと旅行に行くのを嫌だってちゃんと言ってくれたのに。
やっぱ写真、あれ以上送らなくて正解だった。…でもどうしよう…帰って、学校始って、ヒロセがもう口をきいてくれなかったりしたらどうしよう。呑気に赤犬の写真なんか送ってバカだ私。あれも送らなきゃ良かった。
チハルはハヤサキマイちゃんになにか写真撮って送ってあげたのかな。聞いてみたいな。聞かないけどね。
だいたい全部コイツのせいでヒロセとぎくしゃくした感じになっているのに、さっそく肉をガツガツと食べるチハル。私たちは私、父、母、祖母、チハルの順に丸テーブルに掛けていて、私の左隣がチハルだ。美味しそうに食べるじゃん。余計ムカつくんだけど。
あっ!横からチハルが私の肉盗った!信じらんない!
「ちょっ…」と言ってチハルを睨む私。
「肉うめ~~」とチハル。
「もう!何すんの!?」
人が山菜の、なんかよくわかんないねばっとしたお浸しから地味に食べてるとこに!
「こらこら」と祖母がチハルに注意してくれる。「おばあちゃんのあげるから。チナちゃんだってお肉食べたいでしょ」
「なんかさぁ」と母。「うちでもみんなで食事囲む事、もうあんまりないから、なんかこうやってると結婚したての頃思い出してきゅんきゅんする」
うんうん、とうなずく父。チハルはチチハハの想いも気にせず、私が今食べたばかりのちょっとねばっとしたなんかよくわかんない山菜のお浸しが入った自分の皿を、そっと私の前へやった。も~~~。
「もう!私今それ食べた。自分で食べなさいよ」
「姉ちゃんがさ」とチハルが可笑しそうに言う。「卓球の返し、超どんくさかったし」
「あ~~、チナはね、運動神経あんま良くないからね」と父。
「女の子はそんな感じが可愛いの!」と母。「あ、こら、チナちゃんのお刺身食べないの!」
お揃いの、旅館の浴衣を着た私たち。どこからどう見たって普通の家族に見えるはず。周りの家族もわいわいと楽しそうに食事をしてるから、まあ、私たちの事なんて誰も気にしてないだろうけど。
そして和気あいあいとした食事も終わりがけ母が言った。
「この後ね、お父さんとちょっと散歩してから部屋に戻りたいんだけど、いいかな?」
おおっと。…ラブラブだな父と母。父がちょっと照れてるのが、私まで恥ずかしい。
「行っといで行っといで」と祖母が言った。
うんうん、と私。チハルは他人事、みたいな顔をしているが、父達が再婚する時には私たちがいたから、父と母はデートも思うように出来なかったのに。
が、「じゃあ私たち先に部屋に戻っておくから」と言った私に母が言ったのだ。
「チナちゃんもチハルと散歩して来たらいいのに」
え?
思い切り横のチハルを見てしまった。チハルも同じように驚いている。
ここへきていきなり何を言い出してんだと思って母を見るが、母はニコニコと笑っている。父と祖母もだ。
なに?何言って何笑ってんの?冗談?からかってんの?反応見てるの?5人でこんな風に普通にご飯食べたから、自分たちの事本当に普通の家族だと思ってんの?
それか酔っ払ってんの?
「もう~~」と祖母が口を挟んだ。「そんなの私が寂しいよ。私も一緒に行きたいな」
え、…「あ…うん…」と、ぽそっと答えてしまった。
いや、本当にどういう事?ていうかやっぱり普通に言っただけなのか?本当の姉弟だったら、「ちょっと私たちも散歩行こうよ」って行くのかな。行くのかもな…。仲良かったら。いや普通の家族だったらまず家族全員で『行く人~~』みたいな感じとかでみんなで行くんじゃあ…
でも私たちは普通の姉弟じゃないし。部屋別々にしようって言ってたくらいなのに。
でも、「じゃあ行くか姉ちゃん」とチハルが言った。
え?
普通のトーンでチハルが続ける。「ばあちゃんも一緒に」
「あ…うん、」そうだよね。「おばあちゃん行こ」
言いながらなんか…私だけが『普通』とか、『普通じゃない』とか、やたら身構え過ぎてる感じが自分でもするけど…
でもそれは絶対に私のせいじゃない。
食堂を出て受付に鍵を預けて旅館を出る。チチハハが先に出て、私たち残りの3人はそれとは反対の方向へ。
そして少し行くと祖母が言った。「あ!さっきの広間に忘れ物した!」
忘れ物?チハルと目を合わせるが、チハルも「何だ?」って顔をしている。
が、祖母も少しお酒を飲んでいたし、一人で取りに戻ってもらうのも心配なので私が戻って来ようかと言ったら、祖母は首を振った。
「え、いいよ」と私はもう一度言う。「何忘れたの?私が取ってくる」
「いいのいいの」と祖母。「すぐ戻ってくるから。先に行っててもいいよ?」
先に行っててもいいってどういう事?夜だし知らない土地でわかんなくなっちゃうよ。ケイタイ部屋に置いてるし。それにまず、私とチハルを二人きりにはしないで欲しいな。
「あ~じゃあオレが行ってくるわ」とチハルが言った。「何忘れたん?」
祖母がチハルの肩を掴み、チハルの背を低くさせて何かを耳打ちした。
なに!?私が聞いちゃいけないモノ?なんだろう、気になる。実の孫にしか教えられないモノ?
「あ~~…わかった」と低い声で答えたチハルに、「じゃあチナちゃんとちょっとずつ先に行っとく」と答える祖母だ。




