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卓球

 父と母と祖母の3人は後ろ手をつき、空を眺めて「「「ほ~~~~」」」と心の底から気持ちの良さそうな声を出した。

「幸せだねぇ」と父が言う。

「ほんとにほんとに」と母。

「ありがたいねえ」と、祖母もいつになく年寄り臭いような事を言う。

 本当にこの瞬間を私も幸せだなあと思う。こんな風に5人でゆっくり出来るなんてもうないかと思ってたし。


 でも私は少し落ち着かなくなってくる。なぜかというと目の前にチハルがいるからだ。もう足が当たる事はないけど…なんか今…チハルが私の膝小僧を見ているような気がする…いや前にいるんだもん。そりゃチハルも前を向けば私が見えるのは仕方ないんだろうけど…チハルの視線がどうも私の膝に来ているような気がしてならない。それで私は顔を上げられず、私もチハルが見ているかもしれない私の膝小僧を見る。

 …やだなほんと気にし過ぎの自分が気持ち悪い。


 

 「ああっ!」とそこで母が大きな声を出したのでビックリした。

「気持ち良くてぼ~~っとしてた!」と母。「チハルがチナちゃんの前に座ってる!チナちゃん絶対脚開いちゃダメだから!」

「アツコちゃん!」父が慌てて注意した。「もう!何言ってんの、こんなとこで。声も大きいよ。通りかかった人が変な風に思うでしょう」

「私が場所変わる!」と立ち上がる母。

「いいわ」とチハルがムッとした声で拒否する。「母親と向かい合う方が気持ちわりぃわ」

「あんた、でも」と母がチハルに言う。「今チナちゃんの脚見てたはず」

「前にいるからな」とチハルがしれっと答える。「別に見ようと思わなくても見れんだろ」

「だから代わろうかつってんの」

「うるせえよ、いちいち…そんなん言うならオレは出とくわ」ざばっとチハルも立ち上がって足湯から出ようとする。

「ああもう…」と祖母が小さく言うのが聞こえたので私は焦る。

「チハル!」と、とっさに止める私だ。「まだいいじゃん。座りなよ。もうちょっとゆっくりしようよ。せっかくだから。お母さんも。チハルはただ前見てただけで脚見てたわけじゃないよ。私の脚なんか見てもなんにもならないよ。ねえチハル?」

気にしていた自分にも言い聞かせるように言った。

 それには答えず、チハルは無言のまままた湯船の縁に腰かけ元の体勢に戻る。


 「なんかさあ、」と、場の雰囲気を元に戻そうと父が明るい声で言った。「浸かりながらビール飲みたいねぇ」

「飲みたい!」と、今のチハルとの会話がなかったかのように父の話に乗る母。

「ダメだって」と祖母が言う。「あそこに飲酒禁止って書いてあるでしょ」

「ほんとだ」と父。「半裸、全裸で、膝上10センチ以上の部位を浸ける事も禁止だって」

「「「ハハハハ」」」と、祖母とチチハハが呑気に笑ったが、私はこの5人で、全裸で足湯に浸かっている様を想像しかけ、慌ててそれを頭から追い出した。怖いわ!

「もう、」と母。「今みんなで全裸で浸かってるとこ想像しちゃった!」

「ハハハ、僕もだよ」と父。

「嘘みたい私も」と祖母。

みんなか!

 でもチハルだけが大きくため息をついたのが聞こえた。



 結局、もう他の温泉に回る事はなく旅館に帰る事にする。しばらくすると陽も傾いて来て肌寒くなってきたからだ。それに父がどうしても、夕食前にチハルと卓球がしたいのだと主張した。夕食でお酒を飲んだら力を出しきれないから、とか言って。


 そのチハルと卓球をする時の父の嬉しそうな顔。こんな顔、私にも見せた事ないんじゃないのっていうくらいはしゃぐ父。母と祖母は旅館内のマッサージ店を覗きに行ったが、私は父とチハルの戦いを観戦した。そして私と代わろうかと言うチハル。

「姉ちゃん、父さんとやってみ?」

「え…」

「見てるだけだとおもしろくねえだろ。ほら、交替」なんか…チハルの言い方が優しい。

「よしやろう!」と父も言う。

 が、やり始めてさっそく私が何回か続けてはずしてしまうと「チナはやっぱ女の子だねえ」と言う。

「チハル君と全然手ごたえが違うな」

「当たり前じゃん」はあはあ息をつきながら言う私。「チハルはずっと部活もやってるし」

 見るとチハルが私にスマホを向けている。

「ちょっと!チハル!撮らないで!」

笑いながら撮り続けるチハルだ。


 「ちょっ…!止めてって!」

髪もぼさぼさだし、浴衣もちょっと着崩れて…慌てて直すがどうにもならない。

「いいよチナ、ほら行ったよ!」父が次のボールを放る。

慌ててそれに応えようとするがチハルの向けるスマホが気になってはずしてしまう。

「ちょっとお父さん!チハルに撮るの止めさせて!」

「チハル君~~。ツイッターにあげたりしたらダメだよ。チナの変な写真」

「しませんよ。オレ、ツイッターしてないし。…ハハハ…姉ちゃんどんくせえ~」

「そうなの?」と父。「チナは?してないの?」

「してない。ちょっとした事あったけど、めんどくさくなって止めた…って、いいから!止めさせてって。お父さん!」

「チナはJK感ゼロだね。大丈夫なのそれで?友達との間で困らない?」

「うるさいよ。いいから止めさせて」

「いいじゃん」と父。「後でお父さんも見たいよ」

「もう!」と言って私はそこで卓球を止める。「もう卓球しない」


 部屋に戻ってスマホを見る。温泉に行っている間は部屋に置いていっていたけれど、卓球の前に見たらサキちゃんからの返信はあったけど、ヒロセからは無かった。

 そして今もやっぱりまだヒロセからは無い…

 …あんなに言ってくれたけど、チハルも一緒の旅行に私が参加する事を良く思ってないんだ。逆の立場だったら私だって絶対嫌だ。

 そこへ祖母と母が戻って来た。チハルと父はまだ卓球をしてるんだろうか。そろそろ夕食だよね。


 母が聞いて来る。「ヒロセ君へのお土産は?お母さん、お金出してあげようか?」

「ううん。大丈夫」

母に気にされたくないな。

「やっぱあげるんだ?」と母。「なんかビミョーだよね。チナちゃんがチハルと旅行に来るの嫌だと思ってわざわざ私にもあんな事言ってくれたのに、お土産って何ってなるよね?」

「…そうだよね」

「でもあげないのもやたら気にしてるみたいで嫌だよね」

「ねえねえ」と祖母が母に聞く。「その子なんて言って来たの?」

「別に何にも」と素っ気ない母。

「チハルは知ってるの?チハルに聞いてもいいやつ?」

「いいわけないから」と母。「首つっこまないで」

「じゃあアツコはなんで首つっこんでるの?」

「お母さんだからです」

何言ってんだお母さん、女子部屋とかホラ吹いといて。

「ねえねえ、チナちゃん」とキャピキャピした感じで祖母が聞く。「車の中で言ってたチハルの事好きな子の話は?」

「お母さんもその子知ってるかも。小学、チハルと一緒だったって。ハヤサキマイちゃんて子なんだけど。すごい綺麗な子だったよ」

「チナちゃんはその子の対して何も思わないわけ?」と祖母。

 そこへチハルと父が戻って来て、私たちは広間へ夕食を取りに行く事になった。



 私がハヤサキマイちゃんにたいしてどう思ったか。

 敢えてそんな事を祖母が聞くのは、もちろんチハルが私を今、好きだと思っているという事を知っているからだ。面白がっているんだろうか。それかチハルが可愛いと思って私の真意を聞き出したいんだろうか。

 チハルはあの子に写真送ってあげたのかな。チハルも温泉にはスマホ置いていったみたいだったし、今日何かを撮ってるのをみたのは卓球する私を撮っているところのみだ。

 

 しっかりしてるな、って思ったよね。ハヤサキマイちゃんの事。しっかりしててハキハキしててきちんと自分の意思を貫きそう。

 そういう子の事を羨ましいとは思うけど苦手だ。自分が全然しっかりしていないから。

 …あの子がチハルの彼女になったら…実はちょっと嫌かもしれない。母はあの子を見たらはっきりした良い子だって思うかもしれない。いつもそばにいるはっきりしない私と比べて、この子の方がいいな、って思ったら嫌だ。あんなにしっかりしてる感じの子なら、私なんて「お姉さん」とか呼ばれても、きっと何もしてあげる事なんてなさそう。

 











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