足湯
「チナちゃん、浴衣かわい~~~!」
旅館の地味な、紺と白のストライプの浴衣に着替え終わった私を見て祖母が高い声を上げた。
「チナちゃんは、」と低い声の母にピクっとするが母は続ける。「何を着ても可愛いの!こんな地味な年寄り臭い浴衣着た時に騒ぐの止めてくれる?」
お母さん、よその人に聞かれるよバカ家族だと思われる。
「何着ても可愛いのは知ってます」とまた祖母が言い出すので驚く。「地味な浴衣着てもすごく可愛いって事です。私は今は、今のチナちゃんをただ可愛いって思っただけです」
「止めておばあちゃん!」それ以上の二人の会話を止めさせる。「…あの、ありがとう」
…ほめ殺し大会か。
何言ってんだこの人たち。
本当にちょっと恥ずかしい。浴衣を褒められた事がじゃない。もちろん母や祖母と温泉に入る事がだ。
母と父が結婚した時には、私はもう充分一人でお風呂に入れるくらい大きかったので、母と一緒に家風呂に入った事がないのだ。前に家族で温泉に来た時にも、まあまあ恥ずかしかったけど今ほどではなかった。
なんで恥ずかしいんだろ、女同士なのに。母なのに。祖母なのに。
前はあんまり発育してなかったし、いやまあ…今もあの頃のおっぱいとほぼ変わらないけど。もちろん本当の母と祖母ではないからだと思う。だからここは恥ずかしさを隠し通す。
私はこの家族の長女である。
母の娘で、祖母の孫だ。
…この春休みまでは、ここまで自分を納得させなくてもちゃんと私はこの家族の中の一員だと思えてた。ここまで義理だのなんだのしつこく思うのはチハルのせいだ。
チハルさえ。チハルさえあんな事をしなければ、私はここまで変な感じにはなっていない。
まず1つめの温泉は小じんまりした木造の建物の温泉。休憩所はあるけれど旅館ではない。
ていうかお母さん…綺麗だな。おっぱいも垂れていないし、ウエストもちゃんとくびれてるし、ナイスバディだ。あの父にもったいない。祖母も綺麗。少し前かがみになる事もあるけれど、腰も曲がってはいないし、見た目60歳くらいにしか見えないような気がする。おっぱいだってさすがに少し垂れてはいるけれどJKの私より大きい。
なんか…
なんか劣等感を感じる…しょうがないっちゃあしょうがないけど…この人たちの本当の娘で、本当の孫だったら、もっと綺麗でしっかりして、おっぱいだってBカップはあったに違いない。あのハヤサキマイちゃんみたいに…
男の子とかやっぱ、大きいおっぱいの方が好きだよね。柔らかくてポアポアなおっぱい…きっとヒロセだって…
ぶんぶんと首を振る。
なんでヒロセがどんなおっぱい好きかとか考えてんだろ…でもヒロセが…すごく大きなおっぱいが好きとか考えてたら嫌だな!
「チナちゃん?」
湯に浸かったわたしに祖母が言う。「チナちゃん、おばあちゃんさ、胸が大きくなる揉み方って知ってるんだけど教えようか?」
いきなりか!
「何?」低い声で応戦する母だ。「チナちゃんはチナちゃんのおっぱいでいいんです。今発育途中なんです!余計な事言わないでよ失礼な」
いやお母さん、私は私のおっぱいで満足してはいないし、たぶんもうこれ以上大きくはならないような気がするんだけど。
「おっぱいなんてね、」と母。「大きけりゃいいってもんじゃないの。ちっちゃいのが好きな子だっているんだから」
お母さん止めて下さい。他の人に聞かれる。
「チハルはどうなんだろうね」と祖母が言うのでドキッとする。
なんでここでチハルがどんなおっぱい好きかって話始めた?
「チハルはそんなのあんまどうでもいいのかも」と母。「ていうか私は、おっぱいとかでは女の子を選ばない子に育てたつもりです」
「う~~ん」と祖母。
いやまじでそんな話、みんな裸の場所ですんの止めて。そして私の胸の辺りを見るの止めてくんないかな。
祖母と母から離れて外へ続くドアを開け、露天風呂に行く。
向こうの山の木の、葉っぱが揺れるのが見える。ほんの少し揺れて、そしてたまに大きく揺れる。
お父さん、ちゃんとあの後帰って来たかな。チハルと温泉入ってるかな。チハル達はどこの温泉に行ってるんだろう。二人とも私たちみたいに浴衣着たのかな…ちょっと、チハルと父の浴衣姿を想像してみる。
本当に大きくなったよね、チハル。勉強も出来るし。私には態度悪いけど、他の対人関係はきちんとしてるみたいだし。父があんな風に言うのもちょっとはわかる。
…私も今の母の本当の娘だったらおっぱい大きくてもっと美人だったかも…さっきも考えちゃったけど。
ダメだよね!
ごめんなさい私の本当のお母さんゴメンナサイ。やっぱり私は私でいい。私の本当のお母さん、ありがとう。ダメなとこがいっぱいあるけど、まあまあ頑張ってみますウソだよそんな頑張れないと思うけど…お母さんとも温泉来たかったね。
お母さんが生まれ変わったら、私もその近くで、今度はもっとたくさんそばにいられますように。
少ししんみりした気持ちになって内湯に戻ると母と祖母がもう出ようと言う。
「「次行こう次!」」
二人とも元気だな。
外に出て少し歩くとチハル&父ペアと早くも遭遇だ。お互いに入ったばかりの温泉の情報を交換する。
父の顔が赤い。チハルはいつもとそこまで変わらない感じだけど、ちょっとほっこりしている。
5人部屋どうしようと思っていたけど、さっき死んだ母の事を考えて少し落ち着いたから、今父に連れられてほっこりしているチハルを見たら、なんか可愛い気すらしてきた。父とお揃いでポカリスウェットの500ミリリットルのペットボトルを持っている。
「ちょっと」と、父とチハルに母が言う。「どう?チナちゃんの湯上り浴衣姿!」
「ん~~」と父。「こう見るとチナもちょっと大人っぽくなってきたな。今日は髪もあげてるからか」
「姉ちゃん可愛いじゃん」
言ったチハルを残りの4人で凝視する。
「なんだよ?」とチハル。「普通にキョーダイでもこんくらいは言うだろ」
「言うよ」と祖母。「もう細かい事気にしないでさ、5人で次の温泉行こう。せっかく5人で来たんだもん」
「温泉はもう1コでいいんじゃね?」とチハル。「だって旅館でも入んだろ?」
「せっかくだからいっぱい回りたい」と母。
「一人で回ればいいじゃん」と冷たいチハルだ。
「今5人ておばあちゃん言ったの、あんた聞いてなかったの!?」と母がちょっとキレる。
「じゃあ足湯にしよ」と父が旅館でもらった地図を広げながら言った。「5人で一緒に入れるよ!しかも川見ながら足浸けられるって」
「「それ!」」と母と祖母も賛成。
「チナちゃん?」と母が一応私を気にしてくれるので、「私も足湯入りたいよ」と答えた。5人で足湯か。初めてだな。
地図を見ながら温泉街の真ん中を流れる川沿いの、そのすぐ上にある遊歩道脇に幾つか散らばって造られた無料の足湯に向かった。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。宿から借りた下駄を脱いで、浴衣の裾を膝上まで捲って、誰も使っていない足湯に5人で浸かった。
それは1つが畳1枚分より少し小さいくらいの広さで、父とチハルが片側に並び、その向かいに母、祖母、そして私。
「足だけなのに温かいねぇ」と祖母がうっとりと言うのをみんなで頷く。
「これはほんとに周りに誰もいなかったら、」と父が言う。「足バチャバチャやり倒して遊べるのにね」
「そんな事しません」と母。
「アツコちゃんが一番しそうだけど」と父。
「やってたやってた」と祖母。「いろんな温泉で泳ごうとしてた」
つっ、と私の左足に感触。ふん?
つっ、ともう一度。
チハルの足だ。パッと目を合わせると、チハルは、ふん?なに?て顔をしてみせた。
当たっただけだよね。またちょっと意識してしまったバカだ私。でももう当たらないように足を引き気味にする。




