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ミドルン

 温泉に向かう車の中で昨日の事をぐるぐると考える。

 チハルはヒロセに後、何を言ったんだろ…

 聞きたい。もちろん聞き出したいけど聞かないでおく。すごく知りたいけどすごく知りたくない。日曜日に会いに来てくれて私に好きだって言ってくれた時の困った顔のヒロセが頭に浮かぶ。『やっぱり無しにしよう』って言われた時の顔も。


 そしてマイちゃん。

 綺麗な子だったよね…

 ハヤサキマイちゃんは速攻振られたって言ってたけど、チハルは『知ってる子だと断りにくい』みたいな事を言っていた。

 どっちなんだろ…本当にマイちゃんが言ってたように素っ気なく断ったのかな。それともチハルが言うように、『断りにくかった』のかな。


 それは…チハルが今は私の事を好きだからアイちゃんの告白をを断ったんだよね…。でもそれを知らないマイちゃんは私を『お姉さん』て呼んで、チハルをどんな風に好きかを話して、告白して断られた事もちゃんんと教えてくれて、好きになってもらえるように頑張るって宣言した。

 これから先、マイちゃんにチハルとの事をいろいろ相談されたり頼まれたりしたら困る。

 チハルは今回の告白は断ったらしいけど、マイちゃんはこれからもがんばるって事だし、あんなに綺麗で意志の強そうな子が何回も好きだって言って来たら、普通の男の子は嬉しいに決まっている。実際前から知ってる子だと本人も断りにくいって言ってたし。


 チハルがマイちゃんと付き合った場合を想像してみる。

 二人が本当に仲良くなったら、私にとってマイちゃんは妹みたいな存在になるわけで、あんなしっかりした妹か…あんなにしっかりしてたら、私みたいな姉、いらないような気がする。実際昨日話しかけられていた時にも、ほとんどうまく返せなかったし。

 例えばマイちゃんがうちに遊びに来たとして…

 って、チハルがうちに住んでないから、うちには遊びに来ないか!

 チハルのいる祖母の家に遊びに行って、祖母にもあんなにハキハキ喋って打ち解けて…祖母もはっきりした人だから、ぐじぐじした私によりも話易くて祖母がマイちゃんにご飯出してあげたりなんかして、で、マイちゃんはもちろん祖母の負担を減らそうと思って『手伝います!』って言うし、それで仲良くなって、マイちゃんが祖母の家に行く回数も多くなって…


 私でもまだ今一つ祖母に慣れていないって言ったらおかしいけど、私のおばあちゃん、というよりはやはり、チハルのおばあちゃん、と思って接してしまっているのだ。だから日曜日もあんなぐだぐだな感じになった。

 マイちゃんがチハルの所に遊びに行くようになったら、マイちゃんの方が断然私より祖母にとって接しやすい子になってしまうんだろうな…。

 …お母さんはあの子を見たらどうだろう。私と比べるかな。比べてどう思って、その先どんな風に…



 ぐだぐだと思いながら気付くのだが、女の子が自分の弟の事を姉である私にあんな感じで言ってきた場合、姉はまず弟をからかうよね?それか『ねえお母さん聞いて聞いて』って母にバラす。キョーダイ仲が良好で、姉もその弟と付き合いたい女の子の事が嫌じゃなかった場合、そっと見守るか、協力するか…

 こんな、弟と相手の子がうまく行った場合の自分以外の家族との関係のシュミレーションを考えてネガティブになるなんて、義理のキョーダイそのものだ。

 

 「この旅行から帰ったらね、」と横の座席の祖母が私に言う。「やっと猫がうちにくるんだよ。黒い猫。はい、チナちゃんミルキー上げる」

「ありがとう。…むかしチハルが飼ってたのも黒い猫だったんでしょう?」

「それは目の、人間で言うと白眼のとこが黄色かったんだけど、今度うちに来るのは緑色なんだよ」

祖母がスマホを取り出し、黒猫の写真を見せてくれた。

「名前何?」と聞いてみる。

「あれ?チハルが、名前はチナちゃんが付けるって言ってたから付けてないよ。まだ考えてくれてないの?」

パッとチハルを振りむいてしまったがチハルは寝ている。

 ほんとにコイツは旅行に来たかったのか?あんなに私は行くか行かないかで迷ったのに。


「私が付けていいの?」

もらったミルキーの包み紙を開けて口に入れながら聞くと、祖母はうなずいた。

「じゃあ今日中に付けて」

「今日中?」

「ミドにしたら?」と助手席から母が言う。

目が緑色だから?確かその、目が黄色かった前飼っていた黒猫の名前はキイだったはず。

「あんたは考えなくていいから」と祖母が冷たく母に言うが、「私はチナちゃんに提案してるだけ!」と母もギスギスとした感じで答える。二人は日曜の言い合いをまだ引きずっているのだ。


「じゃあミドルンにしたら?」と運転席の父。

うわもう余計な事言わなきゃいいのに。祖母も母も無反応だ。なのに寝ていると思ったチハルが急に笑い出した。

「あれ?」と運転しながら父が言う。「ダメな感じだった?」

「ダメじゃないですよ」とチハル。「可愛いっス」

「「いいからチナちゃん考えて」」と祖母と母が声を合わせた。



 猫の名前か…んん…ミドリィ、ミッド、ミドピー…もうミドの付くのしか思い浮かばないんだけど私。

「なんかね、私昨日、チハルに告白したって子から声かけられた」

言わない方がいいだろうなと思いながら急にブチ込んでみる事にした私だ。どうせ祖母は知ってるし。

 猫の名前を考えているうちに、少しずつ腹が立って来たのだ。私が悩んだ事も、ヒロセが私のために母に掛けあってくれた事やその後のごちゃごちゃも、何事もなかったかのようなこの呑気な雰囲気。母と祖母の言い合いも結局は本当の親子だからこの呑気な雰囲気を壊しきることもない。


 「えぇっ!?」

が、唯一反応したのは一番どうでもいい父だった。

 祖母は窓の方を見てるし、母も振り返らない。振り返りまではしないからチハルがどんな反応してるかはわからないけど何も言わない。


「なんだ?」と父。「何か文句でも言われたのか?」

なんで私が文句を言われなくちゃいけない。し、父は質問して来るな。

 母と祖母が何も言わないので、もうちょっと言ってみる事にする。

「すごい綺麗な子だった。すごいしっかりしてそうな子」

「チハル君はモテるからねぇ」と父。「その子以外の子からは声かけられた事はないのか?」

だからお父さんは質問して来るなって。

「チナちゃん」と静かな声で母が言った。

「…はい」

「その話は今夜の女子会でしようか」

…あれ?母の声が低い。

「え、なんで?」と父。「僕は仲間外れになるの?」

「あなたはチハルとゆっくり温泉に入ってたらいいんですよ。のぼせるまでね」

「ええ…」絶句する父。「アツコちゃん…みんなで来てんのになんでそんな冷たい事言うの?」

「この子はね」と祖母がここで口を出す。「もともとこんなキツくて可愛げのない子なのよ」

 やっぱり言わなきゃ良かったよね。言う前からわかってた。黙って猫の名前考えてたら良かった。



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