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祖母

 そしてヒロセが帰った直後だ。父が祖母を連れて帰って来た。


 祖母は旅行の打ち合わせのためににやって来たのだった。

 ニコニコ顔の祖母が「チナちゃ~~~ん」と私を呼ぶ。

「ありがとうチナちゃん。ゴールデンウィーク、お友達とどこか行くとこあったかもしれないのに、一緒に旅行に行ってくれて、おばあちゃん、ものすごく嬉しい」

勢い言われて、返答に困って間をほんの少し空けたところへすかさず母が、「それがねえ」と言い出す。

「「ふん?」」と祖母と父。

「お母さん!!」と止める私。

 ヒロセが母に言ってくれた事を今母の口から、父にならまだいいが、旅行を言いだした祖母にまで知られたくない。


 「お母さん。お茶入れようよ。昨日お母さんが買って来てくれたムラサキイモのパウンドケーキ、あれ、おばあちゃんにも出してあげようよ!」

 母の腕を掴んで台所へ連れて行こうとする私を、父と祖母に怪訝な目で見られたとしてももうそれはしょうがない。実際電話で済ませずにわざわざうちまで来て旅行のミーティングをするなんて、祖母もよっぽど楽しみにしているのだ。


 「お母さんお願い」

リビングにつながるドアを閉めてしまって、台所で二人きりになった母に小声で言う。

「今日ヒロセが言ってくれた事、今はおばあちゃんには黙っておいて」

「なんで?」

「なんでって…」

「お母さんだったら、ヒロセ君みたいな子がわざわざ家に来て、母親にあんな事を言ってくれたら嬉しくて、みんなに自慢したくなるけどな」

「…私もすごく嬉しかったけど…でも今おばあちゃんには言わないで欲しいの。…ていうかお父さんにも言って欲しくないけど」

「そう?でもそれで、」と、私の顔を覗き込む母。「ちゃんと自分で旅行には行きません、て、おばあちゃんに言えるの?」

「…」



 私は実の所、祖母が少し苦手だ。

 私の本当の母と今の母は似ている所もあるが、私の本当の祖母と、今うちに来ているチハルの祖母はあまり似ていない。その、私の本当の母の方の祖母もまだ元気でいてくれて、歳より若く見えるし、優しくて柔らかい雰囲気の人で、1年に1度、母の命日には墓参りも兼ねて父と一緒に食事をしているのだが、1年に1度しか会わないにも関わらず、どちらかというとその祖母の方が自分の祖母だという感じがする。

 今ここにいる祖母もやはり歳よりも若く見えて、優しいし私の事もいつもチハルと変わらず、本当の孫のように扱ってくれているのに苦手なのは、やはり血がつながっていないのと、一度も一緒には住んだ事がないためだと思う。


 「お母さん、私、本当はどうしたらいいかわからない」

「ふん?」

「旅行には本当は行きたい。おばあちゃん言い出してくれたし。私も温泉入りたいし。でも…」

「まあそりゃあねえ…ヒロセ君、チハルの事相当気にしてるもんねえ。仕方ないけど」

「行くとしたらやっぱり、…チハルと別に何もなくても…」

「ヒロセ君に後ろめたい感じがするんでしょう?チハルがチナちゃんの事好きだってヒロセ君知ってるもんねぇ。もう泊まりなんて絶好のチャンスだってチハルは実際思ってるだろうし、ヒロセ君はチハルがそう思ってるのもちろん想像してるしね」

 露骨過ぎるよね、母の言い方。母なのに。だから「そんな」とつい言ってしまう。

「そう言う事を心配することが逆におかしいっていうか、」と私は続ける。「心配し過ぎっていうか、自意識過剰っていうか…だってチハル、小学の時に一緒だった子が今一緒の学年にいて告白されたって言ってたんだよ。断りにくい、みたいな事も言ってたし、だからそういのが続けば私の事なんて別にすぐになんとも思わなくなると思う」

「それ、本気で言ってるの?」

「うん、まあ…」

「あそう」

 母の『あそう』に、チハルに抱きしめられてキスされた時の事が一遍に頭に蘇って来たが、それはすぐに頭の外に追いやった。

 母はあれに気付いていたんだろうか。いないよね。チハルも話してないって言ってたし。…でも母ならいろんな事に気付くって、チハルも言ってたし私もそう思う。チハルの嘘もすぐわかるって言ってたし…

 怖いな。

 でもあれに気付いてたらさすがに母も絶対旅行には反対するはず。


 

 「ヒロセ君は本当に素敵な子だよね」と母が言う。

 黙ってただ頷いて聞いた。「チハルはなんで今日来てないの?」

「部活あるって」

良かった。チハルが来ない事でちょっと安心する。

 


 それなのに。お茶を用意して母とリビングに戻ると母がいきなり言ったのだ。

「ちょっとねえ。チナちゃん、旅行気が進まないみたいで」

お母さん!!

 びっくりしてまるで動きを止めてしまう。

 恐ろしい…やっぱ恐ろしいこの人!どうしていきなりブチ込むんだろう信じられない…私は気が進まないなんて言ってないし。どうしようって相談しただけだし!


 「あら」と祖母が言う。「チハルが原因?」

単刀直入だ。この人も恐ろしい。もう本当に動けなくて立ちすくんでしまう。チハルが言ってたもんな…『ばあちゃんも知ってる』って。

「違うよ」と、頑張って全く動揺を見せずに言ったのに、「あらあらあらあら」と祖母。

「チナ…」恐ろしく残念そうな顔をする父。


 そして慌てる私だ。

 この場から逃げ出したい。母はこれからヒロセの事も全部話してしまうかもしれない。



 もう…なんか嫌だこの人たち。

 ここで母が今から二人に話す事を聞いていたくない。

「ごめんなさいおばあちゃん」私は自分の口からはっきりと言う事にした。「私は留守番します」

 そしてそのまま2階へ駆け上がり自分の部屋へ閉じ籠ってしまった。




 コンコン。

 しばらくしてドアが叩かれる。

 返事をしないのでもう一度叩かれる。コンコン。

 もうお母さん…そっとしといてくれないかな…


 コンコン。「チナちゃん、ゴメン私!」と言ったのは母ではなくて祖母だった。

 おばあちゃんが部屋に来た!私の部屋来た事なかったのに。

 どうしようどうしよう…と思いながらドアを開けると、祖母は躊躇なく私の横を抜けて、部屋の中へスッと入って来た。そして黙ったまま私のベッドに腰掛ける。

 わ~~…と思う。気まずい。私は…取りあえず自分の机の椅子に腰かけようかな…

 が、そっと自分の椅子に移動しようとした私に、「ここおいで」と祖母が自分の腰かけたすぐ横をポンポンと叩く。

 隣に?

 躊躇する私に、「いいからおいでよ」とさらに祖母はポンポンとベッドを叩く。

 仕方ない…祖母との間を40センチくらい開けて座る私。

 慣れない祖母との距離感に戸惑う私だ。


 「チナちゃんあのね、」と私を見ながら話始める祖母。「むかしむかしあるところに一人の女の子がいました」

…なに?

「女の子は……やっぱ止めた」

「…」…何?

「なんかうまい例え話しようかと思ったけど出来なさそうだったから止める。ねえチナちゃん。チハルがごめんね」

「…」

「なんか…チハル、チュウしてきたでしょ?いつだったかな…はじめて部活に顔出した時かな…」

「!!」


 言ってないって言ったのに!

 チハル、あの事は誰にも言ってないって言ったのに、まさかおばあちゃんに話してるなんて最低!

「あ~~」と祖母がちょっと笑う。「やっぱしてたか」

カマかけたの!?

「なんかさ、おばあちゃんには何にも言わないんだけどさ、チナちゃんが持たせってくれたってパン食べながらニヤニヤ、ニヤニヤしてたから、どうしたの?って聞いたら、『いやなにも』って言うんだけど、やっぱずっとニヤついててキモいな~~これはチナちゃんにとうとうチュウでもしちゃったかなって」

「…」マジで…

「心配してたとこ」と顔が笑っている祖母だ。

「おばあちゃん…」

「なに?ほんとごめんねチナちゃん」

「おばあちゃん、あの…」

もう何も、後が続かない。


「チナちゃん、」改めて祖母が私にずいっと近付き、真面目な顔で言った。「チナちゃん、『時』は実際、『今』しかないのよ」

今度は何だ!何言い出して…あれ?これ…お母さんも言ってたかも。二人でうちに来たヒロセとサキちゃんを送って遠回りのドライブをして不思議コンビニの駐車場でココア飲みながらお母さんも言ってた…













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