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オレは嫌だ

 


 チハルとの電話が終わってヒロセにラインの続きを打つ。

「5月3日と4日。祖母も一緒に家族で温泉に行く事になりました」

チハルとの電話も、電話の向こうで祖母が何か言っているのが聞こえてきて電話を切る事になり、話は途中で終わってしまった。

 すぐにヒロセから返事が来た。「わかった。明日10時に家まで迎えに行くから」

 急いで聞いてみる。「どこに行くか私まだちゃんと決めれてないんだけど」

「いい。取りあえず一緒に出かけよ。話したい事あるし」



 言っていた通りヒロセは10時にうちに来てくれた。緑色の薄手の長袖Tシャツにグレーの7部丈のシャツと黒っぽいジーンズ。学校で見るよりちょっと大人っぽい。

 母には教えていなかったので、少し驚いていたが笑顔でヒロセを迎えてくれた。母が笑っているのを見てちょっとソワソワするが、それは私をひやかすような笑いではなく、普通にヒロセに『いらっしゃい』と言っている笑顔に見える。

 

 「先日は急に失礼しました」ときちんと挨拶をしてくれるヒロセ。

続けて母にちゃんと言ってくれる。「今日はちょっと出かけてきます。遅くならないように気を付けて一緒に帰ってきますので」

 …本当の彼氏が迎えに来てくれたみたいだ。

「ヒロセ君は」と母が言う。「本当にきちんとしたカッコいい男の子ね」

急にダイレクトに褒められて驚いて少し赤くなるヒロセ。「いえそんな」と言う。



 ヒロセは私の家に自転車を置いたまま、私たちは歩いて出かける。ヒロセが歩きながらいろいろ話したいと言ったからだ。

 家族で旅行に行く事、なんて言われるんだろう…

「なんか」とヒロセが言った。「キモトの母さんすげえかも。キモトの本当の母さんじゃねえのに、それを知らなかったらほんと全然わからねえもん」

それはすごく嬉しい。

 そしてヒロセが聞きにくそうに聞く。

「…でも…もしかして知ってんの?キモトの弟がキモトの事好きだって事」

「…」

「…悪い。聞き過ぎだって思うけど」

知ってるって言ったら気持ち悪がられると思うけど、でも今さらヒロセにごまかせない。

「…知ってる」

「そっか…。あ~…それならなおさらすげえな…。キモトの母さん。自分の子どもと離れてキモトと住んでくれて。オレの事を本当はどんな気持ちで見てんだろうな…。さっき褒めてくれた時も全然普通に当たり前に褒めてくれたし」

「…なんかごめん」

「また。ごめんて言うなって。昨日のラインもちょっとムカついたし」

「うん…ごめん」

「だからごめんじゃねえよ。…何にムカついたかもわかってねえくせに。夕べのラインも『行く事になりました』とか…『なりました』ってなんだよ?『なった』とかじゃなくて『なりました』って、すげえオレに気を使ってんじゃん。…まあわかるけどさ」

「うん」

「で?行くのはキモト、平気なわけ?」

平気かって聞かれたらものすごく困る。



 私たちはとりあえずうちの近くの、滑り台と砂場しかないような公園の小さなベンチに腰掛けて話す。

「やっぱさ」とヒロセ。「話戻るけど、キモトの母さん、オレの事どんな風に見てるのかな。親としてはアレなんかな…やっぱ姉弟でそんな事になったらいけないからって、もしかして良いところにオレがキモト誘い始めてる、みたいな事かな」

「…」

「ごめんキモト。オレはこういうのぐだぐだ言うのすげえダセえ感じも自分でわかってるけど…キモト…あのな?…好きだから」

「!」

「だんだん仲良くなりたいって言ったけど今すぐ彼女になって欲しい。本当は旅行にも絶対行って欲しくない」

「…」

「そういう気持ちでどうしようもなくそうなったから。旅行に一緒に行くってわかってもうすげえ嫌だって思って。だから今日会いたいって言った」

言い切ってくれたヒロセの顔が照れてはいない。どちらかというと怒っているように見えるので私はソワソワする。

「だって、」と吐き捨てるように言うヒロセ。「キモトの母さんが知ってるってわかったから余計思うわ、なんでそういう状況わかってんのに家族旅行とか出来んだよ」


 そうだよね。でも…

「たぶんチハルがあんな風なの、今だけだって思ってるからだと思う」

「すげえ呑気だな」また吐き捨てるように言うヒロセ。「キモトもそんな軽い感じで思ってんの?高1の弟がそばにいる血のつながらない姉ちゃんの事が気になって、それで今だけ好きだって言ってる、みたいに思ってんの?」

聞かれてうなずく。

「キモトも本当は好きなんじゃねえの?弟の事。ただそれはいけない事とか周りに気持ち悪がられるからって事で否定してるだけで。オレが!…オレが好きだって言ってもビミョーな顔だったじゃん今」

「違う!」



 嬉しいはずなのに。ヒロセに好きだって言われて彼女になってとまで言われてすごく嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは私もチハルを好きだからじゃない。絶対に違う。それはヒロセの方こそ困った顔をしていたからだ。怒ったうようなムキになったような顔。…私の事を本当はまだそこまで好きではいてくれないじゃないかって思えるような顔。



 「オレは嫌だ」とヒロセが小さい声で言う。「こんな感じすげえ嫌だ。キモトとは普通に、それでだんだんちゃんと仲良くなっていけると思ってた。わざわざ付き合おうとか言わないでもすげえ良い感じになれると思ってた。…他の女子とか結構オレの事、ほんと調子良いだけのヤツだと思ってんだよ」

「そんな事ないよ!」

「そんな事あんの。向こうもなんか変に調子に乗ってきたり、都合のいい時だけ完全に軽い友達扱いしてきたり。まあそれもある程度はわかってて、機嫌悪くすんのもめんどくせえから調子良い感じに話してる時も多いから。本当はすげえ好き嫌いあるからオレ。キモトの弟とか大嫌いだから」

「…ごめ…」

「だから!ごめんて言うなつってんじゃん!キモトが悪いわけ?」

「最初にちゃんと言えばよかったなって私も思ったけど!でも!こっちに越して来てからは、うちが親の再婚同士の家族だって誰にも言ってなかったし、言いたくなかったし、チハルが私を…急に好きとか言ってきたのもたぶんヒロセの事…」

「何?」

「私がヒロセと寄り道したり、ラインしたりできるのをすごく喜んでたからだと思う」

「でも急にじゃねえんじゃねえの?中学、寮に入ってたのも一緒の家にいられなかったからだろ?自分の好きなヤツとずっと同じ家に住んでたら、オレだって絶対…」

言いにくそうにヒロセが続ける。「なんかしてしまう。そんなの当たり前じゃん。それが今まで何もされてねえなら、弟はすげえ我慢してんだよ。すげえキモトの事大切にしてんだと思う。アレでもな」

「…ヒロセも言ってくれたんでしょう?チハルにこの前、学校で。私が困るような事するなって」

「へ~~…」とヒロセが残念そうに私を見る。「そう言うのもすぐに姉ちゃんに話すんだな」

「…」




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