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がっかりさせたい

 「お母さん!またスピード出し過ぎだって!」

「そんな事ないよ」と言いながら母が意地悪に続ける。「ヒロセ君が良い子だからずっとチナちゃんの事をゆっくり大事に思いながら仲良くなっていってくれるって思ってるんでしょう?でもそんな良い子はちゃんとモテるんだからね。しかもちゃんとした女の子たちに好かれるんだからね。チナちゃんみたいな呑気に構えてる子はすぐおきざりにされちゃうよ」

しかも母は面白そうに笑っている。

 母の言うとおりだ。ヒロセとは呑気にだんだん仲良くなって行く事だけを考えていた。ヒロセだってそう言ってくれていたし、ヒロセの態度を見ていたらそうなって行けるような気がしていたけど…

 母が急にポップな口調で続けた。

「私が今JKだとしてぇ、同級生にチハルとヒロセ君がいたとするでしょ?私だったらやっぱヒロセ君だよね。なんかチハルはめんどくさそうだし」

そんな…自分の息子なのにめんどくさそうとか…

「でも」と母。「私がチハルを押したらチハルと付き合っちゃう?」

「…え…お母さん…」

「『…え…お母さん…』とか言ったりしてもう~~。まあいいやホントお腹空いたし」




 家に帰ると父はもう帰って来ていたがチハルはいなかった。二人でどこかへ出かけて、それでもう祖母の家へ帰ったらしい。どこへ行ったのか父は教えてくれなかったので、私も母とどこへ出かけたかは父には教えなかった。

 そして私は寂しい夢を見た。


 こんな夢だった。

 昼間、母と二人で車で出かけていてコンビニの駐車場に入り、お茶を買って来てと言われて私だけコンビニに入る。自分の分と母の分、2本のお茶を買って車に戻ろうとするが、10台ほど停められるくらいの広さだった駐車場は10倍程の広さに広がり、母の乗った車はその一番離れた場所にあった。そして空が一挙に暗くなった。母と昨日寄った異空間に存在していたようなコンビニ、『月屋』にいた時のような寂しくて薄ら怖い感じ。

 夢の中でどこかへ近付こうとすると決まってうまく前へ進めないが、まさにそんな感じで私はもがくようにうまく動かない手足を無理矢理動かして母の車に近寄った。

 車の中には母だけではなくチハルがいた。小さいチハルだ。二人は紙コップで何かを飲んでいた。きっとココアだ。二人は私に気が付かない。あと5メートルくらいなのに、そこからはどんなに手足を動かしても全く車に近付けないのだ。

 私も車に入れて欲しい。そして連れて帰って欲しい。

 そう思ったとたんに駐車場がまたさらに広がった。ぐうううううううん!!

 取り残される夢だった。



 暗い気持ちでベッドから起き出し、暗い気持ちで顔を洗いご飯を食べる。そして「何か暗いね!」と母に笑顔で言われる。

 学校についてもサキちゃんに言われた。「何か暗いね!」

「そんな事ないよ」と、そんな事有り有りで答える私だ。

そして昨日の今日でヒロセの顔を見るのが恥ずかしいし嬉しいし、でも母から言われた事を思い出して自虐的になるし、おはようの挨拶しかしてない。

「どうしたの?あの後ヤキモチやいた弟クンに何かされたの?」

「何もされないよ。…もういいよそういうのは」

「そう?でもホラ、あそこ来てるよ」

見ると廊下から手招きするチハル。「ねえちゃん!」

別に笑ってもいない素のチハルが私を普通に「ねえちゃん」と呼んでいる。椅子から立ちかけると、え?ヒロセ!?


 女子のみなさんがチハルと私の動向を見守る中、ガタっと立ち上がったヒロセがチハルの元へ向かうので、私も慌ててチハルの元へ。

「弟!」とヒロセ。「昨日は邪魔したな」

「いえいえ、おはようございます」とヒロセににこやかにあいさつをするチハル。「ねえちゃん、英和辞典貸して」

うちの高校は電子辞書ではなく紙の辞典を使う方針で、重たいのでたいがいみんなロッカーに置きっぱなしにしているのだけれど、家に持ち帰ったんだろうか。

「あ~…うん」と教室に取りに戻ろうとする私をヒロセが止める。

「オレが貸すわ」

「いや、いいです」と即答で断るチハル。

「断んな弟」

「いやでも」とちょっと笑うチハルだ。「姉ちゃんいますから」

 これ以上ヒロセとチハルが絡むのを見るのを耐えられなくて走ってロッカーまで行き辞典を取って走って戻ってチハルに渡した。


 「何時間目にいる?」と聞くチハル。

「5時間目」

「じゃあ昼くるわ」

「なあ」とヒロセが口を挟む。「同学年の別クラのやつに借りた方が早いんじゃね?」

そうだよね、と思う私。でもチハルは中学一緒だった子がいないから借りにくいのかも…

「オレの弟とかいるし」とヒロセ。

「あ~~…そうですね」チハルもニッコリ笑って答える。「ありがとうございます。次からそうします」



 昼休み、ヒロセが私の所へすぐにやって来た。「なあ、外で食お」

私と?二人で?

「でもサキちゃんが…」

同じように私の所へやって来たサキちゃんが、ヒロセと二人で行って来なよ、とは言ってくれない。面白そうにヒロセを見ている。

「あ~~…」とちょっと困ったようにサキちゃんを見たヒロセが仕方なさそうに言った。

「じゃあワタナベも一緒に外行こ」

「どうしたヒロセ」とサキちゃん。「チナの弟が辞典返しに来るから?」

「そうだよ」ヒロセがあっさりと答えたので驚く。

ヒロセが言う。「姉ちゃんいなくても別に構わねえじゃん、ただ返しにくるのなんて誰にでも渡して頼めばいいし」

サキちゃんはさらに面白がって聞くのだ。「姉ちゃんの所へ来た弟をがっかりさせたいの?」

「もう…サキちゃん…」と私は止めるが、またヒロセが「そうだよ」とあっさり答えた。



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