なんちゃって
「お母さん私…」
ふん?と母が私の顔を覗き込むようににっこりと笑ってみせる。
恥ずかしいがちゃんと言う事にする。「お母さん私、お母さんと嫌な感じになりたくない。お母さんにずっとお母さんでいて欲しい」
「…」さらにふん?という顔の母。
「だからチハルとはそういう風になったりしたくない」
「チハルと恋人になったりって事?」
言ってから母はケラッと笑った。「恋人だって。言っててお母さんも恥ずかしいけど」
そうだよ。恥ずかしいよ。
「もしキョーダイでそんな事になったら絶対周りの人にも変な目で見られるし、うまくいかなくなったら、それでもやっぱり義理のキョーダイで、ずっと気まずい思いをしなきゃいけない。私とチハルだけだったらそれでもいいのかもしれないけど、そんな事でお母さんと嫌な感じになるのは絶対に嫌」
ふふっと母が笑った。「じゃあ、そんな風にチハルと付き合うっていう感じで考えてみた事はあったんだ?」
「…」
「実際チナちゃんチハルの事どう思ってんの?好き?嫌い?」
嫌いなわけはない。
あんなわけわかんないムチャばっかりして、それでも嫌いだとは思いきれない。
だって弟なのだ。私の大事な家族。
「でも私ね、」と答えない私に母が言った。「チナちゃんのお父さんと離婚することがあっても…」
「え、離婚!?」
「いや、しないけど。離婚したとしても1回娘になったんだから、もしお父さんと離婚したってチナちゃんはずっと私の娘だよ」
ふわぁ…
ものすごく嬉しい事言ってもらえた…
が、母は言った。「何嬉しそうな顔してんの?そういうとこだよね、チハルに付け入れられるのも」
「あの、でもお母さん、チハルが私の事をそんな風に思ってるのは、うちが特殊な環境だからだよ。お母さんもそう思うでしょ?それで思い込んでるだけなんだよ。今共学でしょ?たぶんチハルにはすぐに彼女が出来るよ。学校でもモテてるみたいだし。そしたらちゃんと目が覚めるっていうか、何だったんだろう今までの自分…みたいな感じになると思うけど」
まじまじと私を見る母。「チナちゃん、呑気だよね。気にしいの割に呑気だよね。イラっとくる」
マジで…
「あ、ごめん」と軽く謝る母。「なんかチハルが可哀そうで」
あんなにヒロセと付き合った方がいいって言っていたのに。チハルが私を好きだと言うから、やっぱりチハルの思い通りにしてやりたくてチハルを薦めてきたんだろうか。
「ここね」と母が言う。「チハルのお父さんが死んだ後、ずっと寂しくて、でもチハルと二人で頑張って、おばあちゃんも助けてくれたけどやっぱり寂しくてどうしようもなくなって、チハルも同じ感じになって、とにかく家にいられなくて二人でドライブしてた途中で寄った事があったんだよ、むかしね。で、その時も今くらいの時間で同じようにココア買って。そしたらね、そのココアの缶を入れてくれたビニル袋に、店員の子が求人案内のフリーペーパー入れてくれてて、それを見て仕事を探して、チナちゃんのお父さんのいる所で仕事する事になったんだよ」
「そうなの?初めて聞いた」
「いや、まあ寂しい時の事はあんまり喋りたくないから」
父はその事を知っているんだろうか。、
「その時の店員さんがイケメンでね、今もいるんだけど、なんか全然歳取んないんだよね、今でも25歳くらいにしか見えない」
「なにそれ…こんなちょっと不気味な場所でそんな不気味な話するの止めてよ」
「ここね、地下がものすごく広いんだよ。ちょっとしたスーパーくらいはあるから何でも揃ってんの」
…それほんと?あの小振りな極普通の外観のコンビニの地下に?いや、ほんとに不気味な感じ。
「ねえ、お母さんほんともう帰ろ」
ハハハ、と母が笑った。「その時チハルもそう言ってた。気持ち悪ぃから帰ろうって」
私と出会った頃よりまだ小さいチハルを想像する。
「ねえチナちゃん、」と母がニコッと綺麗に笑って言った。「チハルよりもね、きっとヒロセ君の方に先に彼女が出来ちゃうよ」
「へ?」
「だってヒロセ君カッコいいじゃん。チハルなんか見た目で寄って来る女の子ばっかだと思うけど、ヒロセ君に近付いて来る子はヒロセ君の中身がちゃんと好きな子だと思うから、ホントの本気でヒロセ君を好きわけでしょ?ヒロセ君だってその子を良いと思ったらやっぱそれは付き合っちゃうでしょ。チナちゃんがだんだん仲良くなろうって思ってて、ヒロセ君も今そう言ってくれてたとしても状況は変わるんだから」
そうだよね…
…ヒロセだって私の事を好きな感じで言ってくれてるのなんてほんの今だけかもしれない…
かもしれないっていうか、その可能性限りなくデカい。
だってあんな感じの良い子が私の事をいいなって思ってくれるなんて、そんなうまい話あるわけないのにあったから浮かれてた!
ごめんキモト、とヒロセが言うのだ。『可愛い後輩に好きだって言われたから』みたいな…
「だからね、」と母。「もっと軽い気持ちでヒロセ君と付き合ってみたらいいんだよ」
「え!?」
「なんちゃって」
「…」
「そしたらチナちゃんの言うようにチハルも他の子に目を向けるようになるかもね」
「…」
「なんちゃって」
「…」
「まあもういいや。疲れたし帰ろう」
母は言って、飲み終わったココアの缶をドリンクホルダーに置くと車を発進させた。




