私の弟
「ほんとに生意気だね」と私はチハルの事も思いながらまたヒロセに言った。「うちも生意気。全然言う事なんか聞かないよ。…やっぱうち、仲良くないんだと思うんだよね」
「キモトの弟、入ってきたら教えてよ」
「え~じゃあヒロセも教えてよ?」
本物の兄弟のヒロセとヒロセの弟が、どれだけ似てるか確認したい。
新入生が入場してきた。パチパチと拍手で迎える私たち。
ヒロセが先に弟を教えてくれる。
ヒロセの弟はヒロセより弱冠背丈が小さくて、それでも顔はヒロセにそっくり。
あ、ヒロセの弟こっち向いた。
「可愛いじゃん、ヒロセの弟」素直な感想を口に出してみる。「ヒロセにそっくり」
新入生が入って来た事で保護者席も並んだ在校生もザワザワしているので、私たちもこそこそ話を続ける。
「え?て事はオレも可愛いって事?」ヒロセが困ったような笑い顔を浮かべて聞いてきた。
「あ~~…うん。まぁそうかも」
「なんだよそれ。うんて素直に認められたら気持ちわりぃわ」
「そう?」
「あいつ、生意気な割には結構オレのまねばっかしてる。服とか。聞く音楽とか。うぜえくれぇに」
「そうなの?可愛いじゃんそれ。うちなんか小学ん時は可愛かったけど、だんだん偉そうになってきて、私の言う事なんか全然聞かないよ。お前とかって言うし。この間名前呼び捨てにされた」
「オレもされるよ。1歳しか違わねえから仕方ねえ気もする」
そっか、されるのか。
なんだ。
じゃあチナって呼ばれるのも気は進まないけど私も許そうかな。
…そうだよね、うちなんて6カ月しか違わないもんね。
チハルが入って来たのでヒロセに教える。
「え、あれ?」とヒロセ。
「うんあれ」
「あれ?」ともう一度聞くヒロセ。「キモトんとこあんま似てねえな」
言われてちょっと困る。
まあね!本当の姉弟じゃないからね!…そうかやっぱ似てないか。
「なんかお前の弟、すげえモテそう」
まぁ新入生の中では見た目良い方だよね…
「え、もしかして私の事モテなさそうって言ってんの?」
ハハ、とヒロセが笑い出すので「しっ」と口に指を当てて黙らせた。
「まぁ…なんかゴメン」というヒロセ。
「そこで謝んないでよ」
「だよな。いや、そういうわけじゃなくて、お前の弟、なんか目立ってんなって事。すげえモテんだろ。ちょいうらやましいわ」
「でも中学は男子校行ってたんだよ。寮に入ってたんだ。でもそんなに女の子に優しくないと思うけど」
私には特に、優しくないしね。
「そういうのが」とヒロセが言う。「逆に喜ぶ女子も多いんじゃね?なんか女子ってイケメンだったら大概の事許すじゃん」
嫌だな私は。
私は優しい人が好き。
ヒロセとそうやって話していたら、前を通ったチハルが急にこっちを見て目があった。
何よそ見してんのよ、と思う。が、私の周りにいた女子がコソコソ話し出すのが聞こえる。
「見た今の?」
「見た見た、こっち見た子メッチャかっこいい…」
「…背も高いし、なんかすごいカッコいい」
…それ私の弟だよ?
新入生を全て迎え入れ、私たち在校生も席について式が始まった。
式順が進み、ここへきてはじめて知ったのだが、新入生の挨拶をするのがチハルだった。
教えてくれたっていいのに!
チハルの名前が呼ばれて驚いた。お母さんは知ってたのかな…知ってたら教えてくれるよね…
名前を呼ばれて立ち上がり壇上に向かい、落ち着いた様子でそのまま壇上へあがる姿に周りのザワザワが、特に女子のザワザワが大きくなる。
それに全く動じることなくチハルはゆっくりと礼をすると、折りたたまれた挨拶文を静かに通る声で読み始めた。
偉いなチハル。ちゃんと落ち着いてる。言葉もはっきりしてるし、ずっと紙面を見たりせずにちゃんと前も向いて。
カッコいいじゃん。今お母さん、嬉しいだろうな。私も誇らしい。
あれ私の弟!ってちょっとみんなに言いたい気分だ。
こんな大役、私だったら慌てふためくよね。まぁそんな慌てそうな人には挨拶をする役なんて回ってこないけど。周りのザワザワも結構大きくなってきた。
「在校生、静かに」という先生のアナウンスが入る。「君たち上級生でしょう?新入生が挨拶してるのに」
やっと式が終わって私たち2年と3年は体育館の片付けをする。新入生と保護者は教室で説明を受けるのだ。
片付けながら周りの女子たちが話すのが聞こえる。
「さっきの新入生の挨拶の子、メッチャかっこ良かったんだけど~~」
私の弟だから、と心の中で答える私。
「うんうん。私入場して来た時も『あ』って思った~~~」
やっぱりね。
「落ち着いてて下級生と思えないよね?」
生意気なんだよね。
「1年の校舎に行って間近でみたい感じ。何組かな」
すんごい、嫌がると思うけど。…そんな事もないのかな。
「あんな子同じクラスにいたらいいよね~~」
いや、だから感じ悪いんだって。…やっぱ私じゃない女の子にはそうじゃないのかな。
「いいよね~~~」
「毎日すんごい楽しそう~~」
「気合い入るよね~~」
「てか、あんだけカッコいいともう彼女いるでしょ?」
「あ~何人かいるね。毎日違う子と遊ぶとかさ」
そんな事はしてないと思うよ。感じは悪いけどそんな女の子をバカにしたような事を私の弟はしない。
「何かそれでも許せそうな気がする~~」
そうなの!?
「きゃ~~~」
いや、許されないよね、そんな事。
やっぱ彼女いるのかな。
いたらやっぱりムカつくような気がする。男子校でしかも中坊だったチハルに彼女がいて、共学で高校生の私にいないって、そりゃムカつくよね。
聞いても私には絶対に教えないんだろうな…
いるんだったらどんな子か見たいな。その子には異常に優しかったりして…
…キモっ!
想像したら余計ムカついてきた。私には生意気な態度ばっかり取るくせに。
ムカつくし、その子の事だけ大事にしてるんだったら、やっぱり寂しい気持ちも結構するかも。